第57話 アキラという人物
いつも誤字報告ありがとうございますm(_ _)m
『ハッ』と目を覚ますと、ベッドの上でした。
私の顔の上にダラリと眠っているヤツのシマシマ尻尾が乗っていたので、チクチクして目が覚めた様だ。
ゆっくり辺りを見渡す。
そして自分に何があったのかを反芻した。
一見普通の部屋の様だ。
部屋に置かれている装飾品もシンプルな感じのものが多く、統一感がある。
掃除も行き届いている様で、部屋の隅にも埃ひとつなさそう。
でも残念なことに、自宅の自分のベッドではない。
この景色どれも全く見覚えがなかった。
ビリッとした痛みが走る。
思い出した様に足の先を見ると、包帯が巻かれ治療された跡があった。
「ごめんなさい、回復魔法使える子が今いなくて……」
左の人差し指と右の人差し指を交互にくっつけては離すを繰り返しながら、恥ずかしそうにしている黒髪の……。
私は驚いて目を見張った。
さっき私に話しかけていたのは、私が意識を失う前まで石の中に埋まっていた少女ではないか。
その少女が私より元気そうな顔色をして、私の寝ていたベッドの横に座っていたのだ。
「……えっと驚かせてしまったよね?…あの、お礼言いたくて…。助けてくれてありがとう……」
そういうと私に深々と頭を下げたのだ……。
「……マスクの人に連れてこられたので……仕方なくではありますが……」
突然ぶち切られても困るけど、ここで『いえいえ、お気になさらず』なんて社交辞令言える訳もなく。
怯えながら後ろに後ずさる。
「あああ、ごめんなさい!何もしません。ホントです!なので、怯えないでください……」
自分の顔の前で激しく両手を振りながら、彼女も後ずさっていく。
その様子に思わず凝視して固まる私。
「本当に何もしないので!あの、話をしましょう!わたしと!」
消えそうな声で『どうしてもあなたに伝えないといけないのです』と唇を一文字にした。
私に伝えたい事とは。
聞きたいが4割で6割は聞きたくない、帰りたいが占めていたが。
きっと私に拒否権がないのだろう、大人しく頷いた。
彼女は両手を振り続けながら頭も振り始めたので、仕草が止まった時にはフッラフラだった。
その様子に思わず吹き出してしまうと、彼女は驚いた様な顔をしたが、恥ずかしそうに微笑んだ。
「わたし、アキラと言います。えっと、どうやら100年ぐらい封印されていた様です。」
ようですって……。
見えない冷や汗が頬を伝う感覚で、引きつった。
私が寝ている間に、マスクたちに色々聞いたのかしら……。
「あの、私はエステル・カーライトと申します……。ベッドの上からの挨拶で申し訳ありません……」
上半身起こした状態で頭を下げるが、目眩がして思わず頭を支える。
「エステル、さんは……もしかして『転生者』ですか?ご自分が『悪役令嬢』だと知っておられますか?」
目を伏せがちに、チラチラと私の顔色を見ながら、言葉を選ぶ様に話し始める。
「えっと、『転生者』というものが分からないのですが、前世の記憶があるままこの世界にいるので、多分それにあたるものだとは思ってます。あと、『悪役令嬢』についてですが、ヒロインに当たる方にその役割だとは言われたことがあるのですが、そもそもこの世界の元になるゲームを私は知らなくて、そのため生まれ変わったんだという意識しかないので、自由に生きて人生を謳歌しようとしております。」
「……すごい!自由にですか!」
アキラと名乗った彼女は私に嬉しそうに微笑んだ。
「そっか……ゲームをやってないのですね……?ではこのゲーム……いえ、この世界の流れ的な事はご存知ありませんか?」
私は首を振る。
「さっきも言いましたが、この世界のヒロインに当たる方に流れは聞きました。乙女ゲームの世界で、えっとタイトルが……」
思い出そうとこめかみに人差し指をトントンとする。
アキラが正解を言おうとするのを、わざわざ手で止めてまで。
一瞬頭をよぎるタイトル。
『あっ!』という顔にアキラの期待がかかる。
自信を持って、こめかみにあった人差し指を前に立て。
「ドキがムネムネプリンスでしたっけ?」
ええ、これが私の本気の回答である。
アキラは一瞬目を見開いて固まるが、次の瞬間壮大に吹き出した。
大爆笑である。
笑い転げ、これでもかというほど床に転がり続けた。
あ、私が目覚めた時には制服ではなくなっていたので、生足は死守されている。
ヒイヒイと肩を震わせ、号泣するぐらいの涙を流し、起き上がるアキラ。
「エステルさん、ヤバい。面白すぎる。」
と、私の手を握り締めた。
えっと、なんかすいません。
これドキ☆ムネファンがいたら、そのうちボコられるんじゃないだろうかと背筋が冷えた。
「あー、面白かった。わたしダメなのよね、笑い上戸なんだ……」
呼吸が戻らず、いまだにハァハァと疲労感満載のアキラを見つめる私。
「……すいません……笑わそうと思ってたわけではないのですが……。」
「いや、わたしが……って話が進まないですね。とりあえず謝罪もこっちに置いときましょう!」
アキラは爽やかな笑顔を振り撒いた。
「……そうですね……」
「改めてわたしはアキラと言います。長くなりますが、わたしから説明させてください。
何か質問がある場合、話を聞き終わってから聞いてください。」
私が大きく頷くと、またアキラが爽やかに微笑んだ。
「今から100年前に『ドキ☆プリ』の続編『ドキ☆プリ2』の世界に転生してきました。2の世界は簡単にいうと、魔族と精霊の戦争に人間界が巻き込まれて、ヒロインが選ぶ『対象者』と結ばれることによって、その種族が勝ち、最終的にはその種族が世界を統一して平和になるという、まあ乙女ゲームですから恋愛重点に置かれたストーリーなので、本来本格的な戦争には発展しないはずでした。」
『はずでした』が私の心に重く残った。
黙ったままアキラを見つめると、アキラは困ったように俯いた。
「話がまとまらず、ごちゃごちゃしてしまうんですが、この制服に見覚えありますか?」
「前世の世界で女子高校生が学校へ通う時に着る制服ですよね?」
アキラは頷いた。
「はじめこの世界にきた時、わたしは転生ではなく異世界に飛ばされたんだと思いました。
わたしは前世でも学生だったので……。でもよくよく見るとこの制服に見覚えがなかったし、気がついた場所にあった湖に移るわたしの姿は、前世の姿とは大きく違っていたのです。
……正直に言ってしまうと、前世のわたしはもっと小さく、そしてもっと平凡な顔をしていたので……。」
そういう彼女は照れ臭そうに俯いたまま、また両手の人差し指をクルクルと指遊びを始める。
黒髪に頬にかかる前髪を片耳にかける姿に、誰しもが目を惹くだろう。
長く広がったまつげを何度も瞬きを繰り返す。
大きなクリッとした目に、少年のような爽やかさがある容姿。
私があまりにも見つめるので、顔を真っ赤にしてまた俯いてしまった。
「わたしが気がついた時、実はもう1人同じ制服姿の少女が倒れていました。わたしだけではなく、もう1人同じ境遇の少女がいたことに、わたしは心底ホッとしました。
独りじゃないと。
彼女は『エーコ』と名乗りました。
彼女もまた、『転生者』として、このゲームを知っている人物でした。
わたしたちはここが大好きな『ドキ☆プリ2』の世界だとわかった時、お互い何度もこの世界の事を語り合いました。
わたしたちは本当にこの世界に生まれ変われて嬉しかったからです。
『対象者』となる精霊王、魔界の王、人間界の王、隠しキャラの聖獣の王子など、自分が恋い焦がれた『対象者』について語り明かしました。
どのルートを何度攻略したとか、お互いで自分しかわからない様な隠し小ネタなども伝えあったり……。
『エーコ』といる日々は本当に楽しかった。」
『エーコ』という名前に引っかかる。
指にできたササクレ程度に引っかかって気になったが、思い出せない。
うーんと唸る私をよそに、彼女の表情はどんどん影を帯びていく。
胸もとを時折苦しそうに押さえる仕草を繰り返していた。
「……本当はわたしたちは出会ってはいけないもの同士だったようです。
わたしたちの存在がわかった時、わたしたちはそれぞれの役割を担う者達に引き離されました。
私はそれを悲しみ、『エーコ』と再び会える事を待ち焦がれました。
わたしは何とか彼女と会おうと、色々手を尽くしました。
やっとの思いで『エーコ』と再び会えた時、彼女はわたしの知っている『エーコ』とは違う人になっていました。
彼女はわたしに笑顔で言いました。
『我々は敵同士なのだ』と……。
わたしは何度もその言葉を投げてくる彼女を、自分の意思で言っているのではないと信じて疑わなかったので、彼女を救おうと何度も彼女と接触しようとしました。
だけど無駄でした。
その言葉は彼女自身の本心だったからです。
わたしはそれを最後まで気がつけなかった……。
彼女の本心がやっと心に響いた時には、もうわたし達は誰も救うことができない状況になっていたのです。」
静かにアキラが顔をあげ、私を見つめた。
目が合うと悲しそうに笑うアキラ。
まるで全てを後悔しているように……。
「ごめんなさい、私の主観で話が進んでしまいました。えっと、わたしがお伝えしないといけないのは……」
彼女の目から涙がこぼれた。
それを一生懸命笑顔を作り、手で拭う。
「話を最後まで聞くという事でしたが、少し整理するために質問させてもらえませんか?」
私はアキラの顔を覗き込む。
アキラは私を見つめたまま、頷いた。
綺麗な涙がまたこぼれ落ちた。
「そうですね、かなり話が複雑なので…いったん質問をうけつけることにしましょうか……」
涙を拭うとまた笑顔を見せた。
「2の『ヒロイン』って誰ですか?あと、『対象者』は何人いますか?1はエリオットにセドリック、リオン、ビクター、アーロン先生にあとだれだっけ…?6人ぐらいいますよね?2も同じぐらいいるんでしょうか。あと、隠しキャラとは……?」
この世界にもいるんだろうか。
エリナノートにはそんなこと書いてなかった気がするけど……。
「1の『対象者』はサイラス・カーライトを入れて、6人ね。隠しキャラは2で出てきた特典みたいなやつなので、1にはいないんです。」
あ、そういえば兄だった。
すっかりコーディに押し付けたので忘れてた。
てへ。
「2の『対象者』も6人。隠しキャラ入れると7人です。
名前は割愛するけど……。
人間界の王子、宰相、精霊の王、精霊界の騎士、魔族の王、魔族の王を支える側近、隠しキャラは聖獣の王子となります。」
思わずダラリと情けない姿で寝るクラウドを見つめる。
「隠しキャラ……聖獣の王子……」
ブツブツと呟く私を見て、アキラがふふっと笑った。
「スチル見せたいぐらいです。とても難易度高いんですが、聖獣の王子はすごく素敵なんですよ!」
「……この姿から想像がつきませんが……」
私は苦笑いする。
「しかし、1ではプリが2名しかいなかったけど、2もプリと呼べる人が2しかいない上、プリじゃない比率が相変わらず多いという……」
そういうツッコミが身を滅ぼす、と。
分かってます黙りますとも。
ウハ!っとアキラがまた吹き出した。
笑いをこらえようと必死で肩を震わせる。
「……ごめんなさい。決してふざけているわけでは……」
「……いえ、ゲーム知らないとなかなか入り込めない分色々客観視できますからね……。確かに言われてみたらプリじゃない人多っ……!!」
そういうとアキラはまた笑い転げた。
……我慢ができなかったんだろう。
ほんと、ごめんなさい。
笑いが収まるのを待って、話の続きが始まった。
外からホーホーとフクロウのような声が聞こえてきた。
もうだいぶ夜も更けてきたようだ。




