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第53話 月日は流れ……

「待ってってば!」


新学期早々寝坊である。

クラウドが『早く早く』と急かす中。

エルが必死に私の剛毛の髪を結ってくれている。


10歳の時は2つに結っていた髪は、14歳の今は少し大人ぶって後ろに一本のしめ縄のような編み込みをしてもらっている。

去年から女子も統合に見据えて剣術の授業が始まり、流石に後ろで結わないと邪魔でしょうがなくなったからでもある。


「お嬢様急ぎましょう!でもこれだけは食べていってくださいね!」


そういうと口にフルーツをポイポイと放り込まれている。


「わかってうわ、いそぎまふ」


「お口に入ってるのに喋るとお行儀悪いですよ!」


いや、エルが口に放り込んでるんだけど!

言い返したかったが、お行儀悪いと言われては、これ以上喋れない。

モグモグ手で隠しながらカバンとクラウドを抱えて、教室棟へ走った。


新学期早々遅刻はしたくない。

きっとアーロン先生の事だ、初日で遅刻なんかしたら放課後残されて、反省文書かされる。

放課後はダラダラするのがいいのに、反省文なんて……!


4年たちましたが。

足の速さは然程変わっていないので、必死に淑女という言葉を部屋に置いて私は走るのだった。


教室に汗だくで入ると、先生はまだ来てなかった事に胸をなでおろした。


「エステル、ホッとしたでしょうけど…先生一度お見えになってプリントを取りに戻られただけなのよ。」


「えええ、マジか!」


コーディのツッコミに残念そうに額を抑える。


「遅刻は放課後反省文書かせるぞーって笑顔だったわよ」


コーディも笑顔でそういった。

うへぇ、こんな急いでも無駄だった。くそう。


私は自分の名前が貼られている机にカバンを置いて座った。

やった!真ん中一番後ろだ。

ウキウキと机にノートをしまっていく。


ふと。

斜め前にピンクブロンドの髪の毛の少女を見つける。

私はゆっくり見上げた。


4年で彼女の可愛さは磨きがかかり、誰もが目を奪われる少女へと成長していた。


「……エリナ?」


私は思わず彼女の名前を口にする。


彼女は自分の名前を呼ばれ、ゆっくりと私を見た。


「……まぁ?私を知ってらっしゃるの?私はエリナ・ローズデールと申します。良かったらお名前を教えていただける?」


そこにいた彼女は、まるで私の知っている彼女とは全くの別人だった。


「……え?エリナ……?」


エリナは私を『キョトン』として見つめている。

私がわからない……?


私も動揺してしまい、それ以上何も言葉が出なかった。

彼女は困ったように微笑み、お辞儀をしてまた前を向いて授業の準備をしはじめた。


「……どうなってんだ……?」


思わず呟く。

考え込む私の背中をポンと誰かが叩く。


「エステル!」


振り向くとリオンとビクター、エリオットにセドリックがいた。

仲良しか、4人で揃って登校なんて。


私の驚き戸惑う顔に、4人はそれぞれに意味ありげに笑う。


まぁ、クラスが別れてもほぼ毎日のように化学準備室で会ってたんだけど。

教室で会うのは新鮮で眩しく見えた。

なんだこのキラキラオーラは!!

こ、これが『攻略対象者』というものなのか!


ゆるふわ金髪碧眼に、素晴らしく整った顔を持つプリンス兄弟に、長かった紫の髪を短く切り揃え、騎士長の兄をも超える剣の腕と期待の星に、次期生徒会長とも噂されていた学年トップの頭脳明晰な黒髪の眼鏡。

あんま上手に褒められてない私の表現力。

眼鏡は褒め言葉ではない。

それはわかってる。


4人はそれなりに……。

いや、それ以上に目紛しい成長を遂げた。

教室に入ってから、女子生徒の熱を帯びた視線を釘付けにしている。

みんな身長も伸びて、あっという間に私は見上げなければいけなくなった。

思春期を迎え、女子男子という垣根が出来ていく頃。

彼らの容姿はズバ抜けて女子たちの視線を欲しいままにしていた。


そんな中、斜め前にいたピンクの髪の毛が、フワリと揺れた。

視線を集めている眩しい4人組に走り寄って行く。


「エリオット様!!」


エリナは嬉しそうにエリオットの服の袖をそっと掴む。

エリオットも少し驚いた顔をしたが、微笑み返しエリナに挨拶をする。

それを照れながら嬉しそうに頷くエリナ。

その笑顔の可愛さに、通りすがる男子生徒が立ち止まるくらいに輝いていた。


「……知らない間に結構仲良しになったのかな?」


「……なにが?」


ポーチから小さなクラウドが顔を出して私の独り言に返事をした。


「あ、いや……。ごめん独り言が口から出たみたい」


私はクラウドに微笑んだ。

クラウドは眠そうに、ポーチの奥に引っ込んでいった。


この4年ひたすら交流はあっても、エリナの話は出なかった。

私が気にしていたのを知ってたので、みんな気を使って出さなかったのかもだけど……。


エリナは全く私のことを知らない感じだった。

初めて会った人間にする反応だった。


……でも。

エリオットとは順調そうだった。

何故か胸がズキンとする。

痛みに反射的に手を添えた。

だけど、その行動が訳がわからず、押さえる胸に、そして押さえる手を見つめる。


私の視線の行方を気にしていたのはコーディだった。

心配そうに私を見つめている。


席が結構遠いので会話はできないけど、両手を胸のところでギュッと握り『頑張って!』と応援されていた。

……何を頑張れと!

『はて?』と首をかしげるジェスチャーをすると、額を押さえ、『こりゃダメだ』と俯いた。


……え?

全くコーディの意図が汲み取れず、ずっと首を傾げていた。


比較的近い席にリオンとセドリックがいる。

と、いっても前後3つぐらい離れているのだが。

エリナの横にリオンがいて、その前のセドリックがいる感じ。


エリナはふと、リオンが落とした消しゴムを拾い上げて、手渡す。

リオンは一瞬戸惑ったが、自分を覚えていない様子のエリナにお礼を言いつつ微笑んでいた。

エリナは片手を小さく振り、微笑み返す。


……うーん。

なんだこれ?

なんでこんなにエリナが目に入る?


確かに私の席の前にいるのだから、視野に入るはわかるんだけど……。

それにしても異様に行動が気になっているというか。


私の中のよくわからない感情に、腕組みして考え込んだ。

今までこんなこと思ったことはない。

誰が誰と仲良くしようが、私には関係のないことだ。

基本的に独占欲なんてもの、私の辞書にはなかったはず。

疑うより、信じるほうが楽だからだ。


なんなら忘れられてショックなんだと仮定する。

でも私なら一回リセットされたなら、また仲良くなればいいじゃん?

と思うんだと思う。

でも何故だろう、この気持ち。

私の中で『おーい、そんなんじゃないよーこれは違う気持ちだよー』なんて小さな私が教えてくれているような。

お門違いな思いで悩んでいるような?


うーん。

どれだけ考えても答えは見つからず。

これが思春期なのかと、変な結論で自己解決しようとした時に。


「…エステル・カーライト。初等部最上学年に上がって初めての授業で聞いてないとは余裕だな?」


アーロン大先生が私の前で仁王立ちしていたのだった。


……あひぃ。


黒板に書かれた問題を5問も解かされた。

最後の2問はもう、意地悪だろうってぐらい難しかった。

それに加え、反省文2個追加。

1つはもちろん、寝坊のせい。


「ねえねえねえ!!私なんか変!」


お昼休み、マギーとコーディとランチ中、私はサンドイッチを片手に持っているコーディをずっと揺すっていた。


「……エステルそろそろコーディの持っているサンドイッチが崩れてしまうわよ……」


マギーが苦笑いしながら私を止めた。


「……で。」


コーディ様が口を開いた。



「何が変ですって?」


揺らされ過ぎて口を抑えるコーディ。


「……なんか変。」


私が言う。


「「……どこが?」」


今度はマギーと声が揃う。


「ここと、ここ。」


私は頭と胸を指差す。


「……お胸はまだ成長期ですからそんなに気にしなくても……」


「マギー、乳の話じゃないんだ…。そこは関係ない、気にはしているが。」


口を一文字にして目を見開く。

マギーは『まぁ!』と勘違いした事を恥ずかしそうに顔を赤くして両手を添える。


確かにいつもその乳羨ましいと言っていましたけど!

今は違います、お胸の奥側の話です。


マギーは10歳の頃、ちょっとぽっちゃりとした可愛らしい少女だったのだが。

4年も経つと膨よかなのはお胸だけで、全体的にすらっとした女性らしい体つきとなった。

私達の女子の中で身長が一番高くなった。

最近の悩みは、ビクターより少し高くなってしまった事でひどく悩んでいる。


最近のビクターも身長を気にして牛乳ばかり飲むようになった。

そしてちょうど目の前にある膨よかなものに、視線をあえてそこに持っていかないように、目が宙を泳ぎつつある。

男って大変なんだな。

私はじっくり見るけどな。


こないだ私がビクターの代わりに見てあげようと言ったら、ビクターにも何故かリオンにも『エステルはデリカシーが足らない』だとか、『4年も経っても思考が成長してない』だとか『脳みそ幼稚園児の男子並みだ』とか、散々な事を言われたところだった。


ひどい言われようだ。

私だって色々成長してる。

……多分。


「エステルもやっと女性らしく成長しようとしているのではないの?」


コーディが溜息をつきながら、冷ややかに私を見る。


「元々女性ですが?」


「……そういう意味ではないでしょう……」


頬に手を当ててまた息を吐いた。


コーディの切れ長の目が私をチラリと見つめる。

彼女の気にしていた切れ長の瞳は、年を追うごとに柔らかくなってきた。

それは本人の知らないところで、成長を追うごとに妖艶さを醸し出してきて、兄の悩みの種となる。


先日突然私の部屋に尋ねてきたと思うと、『いいかい、エステル。コーディに悪い虫がついたらすぐ僕に報告するんだ。そしてどんな手を使っても叩き潰すんだよ』と天使の笑顔で私が頷くまで私の肩を揺らし続けたのだった。

あの時は本当に、吐くかと思った。


そういう兄は初等部を卒業して、歴史研究学に進学した。

進学をせず領地に帰り、父の下でそっちの勉強をする予定だったのだが、父も祖父もまだまだ現役のため、もっと外で勉強してこいとお尻を叩かれたらしい。

それなりに兄も嬉しそうであった。

きっと本当は進学したかったんだと思う。


そして兄と入れ替わりで、我が家の天使リリアが入学してきた。

リリアは入学してすぐ、天使が舞い降りたと言われるほど可憐さが噂となった。

私の鼻が、お空のすごいところまで高くなる。


『そうでしょう?私の妹は可愛いでしょう?』


リリアの噂をする人の横を通り過ぎるたび、まるで自分のことのようにエア自慢しまくりだった。

何故『エア』なのかは察してほしい。


「内弁慶だから、知らない人に話しかけられないんだよなー」


クラウドがボソリと痛いとこをつく。

だから察しろといったでしょう!!


このアライグマ、最近私の説明ちっくな思考を読んで、返事するようになったのだ。

『…クラウドはレベルが上がった!』なのかはしらないけど。

相変わらず、おやつを食べるか寝るかしかしてないはずなのだが……?


「そんな事より、この私の胸の痛みは病気なのですか!!」


回想も終わり、聞きたかった事を思い出す。

もうそろそろお昼休みも終わってしまう時間。


マギーもコーディも顔を見合わせる。

そして深く息を吐く。


「「……もうちょっと自分で考えようか?」」


二人とも、笑顔だけど。

目が笑ってないよ?

……何故だ、解せぬ。


ガーンとショックで固まる私。

病気ではないことだけ教えてもらったので、とりあえずひと安心だ。


だがしかし。

ふと思い浮かぶ、エリナの顔。


無意識に胸元をギュッと右手でつかんだ。

そして、また首をかしげる。


そして私の知らないところで、静かに物語が動き出す。


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