第51話 新学期前の静けさ。
次の日みんなはそれぞれに戻っていった。
リオンもビクターも自領ではなく、王都へ向かっていったし。
一番遠くてマギーの自宅だが、マギーも今回ビクターについて王都で過ごすみたいだ。
思わず『夫婦か!』とツッコミ入れたくなったのだが、既に両家公認なのにまだ婚約にも至っていない。
コーディはうちに残った。
領地が取り上げられたので、お母様も実家に戻っていらっしゃるらしく、そこから準備して新学期に備えるとなると、あまり時間もないだろう。
コーディは兄の婚約者だし、もう他人ではないしな。
グフフ。
コーディと手を繋いで、みんなを見送った。
とても、静かになったサロンに2人で座ると、とても寂しくなった。
コーディと背中合わせに椅子に腰掛けて、会話をしている。
顔を合わせると、なんだかお互いの寂しそうな顔にさらに寂しさが増すからだ。
コーディは肘掛けに肘をつき、頬を支えている。
「どうなるのかしらね?」
「学園?」
「……そう。」
「どうなるかなぁ……もう正直不安しかない。この夏休み色々ありすぎたし……私の頭は、実は何ひとつ追い付いて来てくれてない。」
「そうよね……。私もまだなんだか夢の中にいる様だもの。」
「……それはね。うん……」
兄との婚約もあるし、ちょっと浮かれ気味なこともふくまれているんだよね?
なんてからかえなかったけど、わざわざ振り向いてまで、ニヤニヤとコーディを見つめる。
コーディは『ポン!』と顔を赤くして目を泳がせる。
可愛いなぁ、恋する乙女。
まさかコーディもこんな可愛らしいとこが見れるとは。
私のニヤニヤに拍車がかかる。
『いい加減にしろよ』と言わんばかりに今度は赤い顔で頬を膨らませた。
……これ以上はやめておきます。
姿勢を正す様にまた前を向く。
広くなったサロンに友達の残像が見える気がする。
「あと少しで学園かぁ。」
「……そういえばエリナもだけど、ステイシア・ワイラー嬢たちも、お戻りになるのよね?」
「……すていしあ?」
『はて?』と首をかしげる。
あまりのキョトンさに、コーディは深く溜息を吐いた。
「……まさか本当に忘れているの?」
「……え、えーっと。」
思わず『ヒントをください』と言わんばかりに、コーディに向かって合掌をする。
コーディがさっきより深い溜息を吐いて、私を睨み付けた。
「……マギーの件で……そう、あなたがクリスマスちゃんだとか呼んでいた方よ。謹慎がとけて夏休み明けから登校って言ってたわよね?」
「……覚えてますとも!」
壮大な嘘を吐く私に、不信感たっぷりの目で見つめる親友。
……忘れてました!!すいません!
「それ考えたら前途多難ね。だってさ、男女校舎まで別れたら必然的にクリスマスちゃんと、その取り巻きと、私ら3人とエリナとってみんな一緒になるんだろうか……?」
「……波乱万丈なクラス展開になりそうだわ……」
コーディも頭を抱えてまた溜息を吐いた。
そして何か思い出したかの様に小さく『あ、そうだ』と呟いた。
「……そういえばね、お母様から手紙が来たの。」
コーディは少し小さな声で話し始めた。
「サイラス様は英雄騎士様と色々法には触れない方法でって、私が卒業するまでフランチェス姓を名乗れる様に仰っていたのだけど…。剥奪された名前をいつまでも使い続けるよりお母様はこれを機に離縁してフランチェスの姓を抜けることにしようって言ってるわ。」
背中越しに小さく丸々背中が見なくてもわかった。
「お兄様はコーディがこの件に関して、学校でいじめられないか心配なんだよ。姓が変わると勘ぐって何やかんや言うやついるしね……。」
「そうね…。婚約破棄した挙句、父親と元婚約者が罪人ってね…。
しかも早々に別の方と婚約が成立するなんて、まさに大悪女みたいじゃない……?」
「……なんかコーディかっけえ……。マジリスペクトっす!
……私なんて言われた通りにも悪役令嬢というものを遂行できてないよ……。」
「……それは……。」
ここでコーディは何かを飲み込む様に黙る。
しかし噂に関しては、貴族の子供はどんだけ暇なのかっていうぐらい噂話が大好きである。
噂話の尾ひれなんて、最高のデザートになることだろう。
コーディはため息をつきながら、椅子の上に膝を抱えたポーズで私に寄りかかってくる。
私もそれに答える様に、コーディに寄りかかった。
「今となっては別にフランチェス姓に拘りがなくなっちゃったのよね。お母様はこの一件で自由な鳥の様に生き生きしてらっしゃるし、私も好きにしていいと言ってくださったの。
誰が何を言おうと、もう堂々と生きていこうって。
お母様の実家の方も、すごく前向きに是非と言ってくださってね……。
……というか、このままフランチェスを名乗ってる方が、噂の的になりそうだわ……。」
「あー、今回の問題か……。学校が始まったらどのみち噂の的だよね……。だって生徒会長と副会長いなくなってるんだもの……。
ていうか何に変わろうが、どのみち数年後にはカーライト姓だしね。」
コーディは無言でびくりと反応する。
そっと振り向くと、耳まで真っ赤なのを必死に両手で隠していた。
……こんな可愛いのに、兄で本当にいいのだろうか。
意外にあの人も顔に似合わず腹黒だと思うんだけど……。
まぁ、コーディのことが大好きそうだから、大切にはしてくれそうだけど。
思わず良い案が思いついて吹き出しそうになる。
「……ていうかもうさ、コーデリア・カーライト名乗っちゃえばいいんじゃない?」
私のこの言葉に、コーディはますます顔を赤くして俯いた。
「そんなの心の準備が追いつかないから、無理よ!」
……あぁ、なんて可愛いの、私の親友は。
結局ぐちゃぐちゃと小さなハートを痛めたコーディの名字事件は、コーディのお母さんの名前になることで決着しそうだ。
二人で新学期への不安を抱えながらダラダラと過ごしていたら、あっという間に新学期となる。




