第41話 一難去って一難。
「もう夏休みが半分終わろうとしている……!」
私が深刻そうにテーブルをダンッと叩く。
エルがそれを横目で見て、微笑んだ。
「お嬢様、楽しいことはあっという間に過ぎるものですよ!」
「楽しくない事で半分過ぎたよ……!」
まぁ多少は楽しかった。
クリント君がデレてからが、可愛い弟ができた様な気分になった。
「……弟、いいなぁ……。」
思わず呟く。
うちだったら後2ー3人は増えてもおかしくない夫婦愛だが、万が一にも私と同じ顔が生まれた時、自分が愛せるかわからないのでそれはないなと思い返す。
あの日帰る時、クリント君は私の服の裾を持って目をウルウルさせた。
「学園に行ったら会える?」
「きっと会えるよ」
「そしたらエステルずっと一緒にいてくれる?」
「学年が違うからずっと一緒は難しいけど、お昼とか放課後は毎日会えるよ」
「……じゃあ僕が学園に行くまで待ってて?」
「うん、待ってる」
「エステル約束だからね?……その時は僕と」
「はいはいはい!もう行く時間だからね?クリントその辺で!」
リオンが大袈裟に前に現れた。
「クリント、エステルは僕の婚約者だから!それ以上は……」
エリオットも慌てた様子で私の前に立つ。
「だから候補ですよね?候補は婚約者とは言いませんからねー」
「ぐぬう……」
リオンは満面の笑みで悔しそうなエリオットを見ている。
そもそも口下手なエリオットが口でリオンに勝てるはずがない。
「リオン、俺、負けないから……!」
クリント君が悔しそうにいう。
セドリックはすっごく楽しそうにその様子を見ていた。
私は一言。
「……みんな仲良くなってよかったね?」
そう言ってさっさと一人で馬車に乗るのであった。
全く何を張り合ってんだか……。
頬杖つきながら回想する。
結局そのままリオンもついて帰り、そのままうちで滞在することになった。
そしてセドリックも帰るはずもなく。
毎日仲良く喧嘩してる。
どっちがトムでどっちがネズミ……?
エリオットは流石に王子なので城に帰っていったが……。
あれ?セドリックも王子じゃなかったかしら?
……きっと気のせいだ、うん。
私はエルが持ってきてくれたお茶の入った、お気に入りのカップに口をつける。
そして再び。
「夏休みが半分終わろうとしているー!!」
と、大きな独り言を叫ぶのだった。
ふと、部屋の窓から下を見る。
何やら賑やかな声が聞こえてきた。
「お兄様のお友達がついたのね……」
うっすら見たことある生徒会のメンバーらしき人たちが、大荷物で我が家に入るとこだった。
目視で家紋の入った馬車を選別、確認。
……3人は、いる。
そういえばコーディもマギーも明後日くらいには着くかしら?
フロアさんの領地から帰ってきてすぐ、届いた手紙にそう書いてあったし。
「……生徒会のメンバーって何人だっけ?」
顎に手を置き、いつものポーズで『うーん』と考える。
……確かお兄様入れて5人?
と言うことは、ほぼ全員来たことになる。
うちの猫とネズミが粗相しなきゃいいけど……。
一瞬、背筋がひやりと凍る。
……特に、猫の方が心配……。
そう言いながら頭を抱え、猫の居場所を探しに部屋から出た。
「クソ王子ー!!触んな!ぎゃーー!」
下からクラウドの声。
……既に猫がクラウドに粗相中だった……!
「コラ!うちの大事なアライグマに何をしてんの!」
慌ててクラウドを抱き寄せた。
ネズ…リオンは奥でお母様とリリアと談笑中。
奥様キラーネズミと名付けよう。
「あいつ酷いんだよ!オレが食べてたおやつ、かたっぱしから奪っていくんだ……」
悲しそうな声に、シュンとして下がった耳。
うあああ、可愛い。うちのアライグマ可愛い!
ヨシヨシと頭を撫でて、私に用意されてあったオヤツをひとつずつクラウドに渡した。
「心外だなぁ。遊んでただけなのに。」
口を尖らせて私を見るセドリック。
「……じゃあ聞くが、何の遊び?」
「オヤツを奪った時に見せる表情を観察する遊び!」
「趣味わるぅ……!」
メソメソ泣きながらそれでもしっかりオヤツを食べていくクラウド。
モニモニするお腹周りを私はソッと掴んだ。
…体積が増えたな……。
午後の散歩はいつもより多めに行こうね……。
そう言いながら、私はクラウドのたるんだお肉を揉み続けた。
……ちょっと気持ちいい、これ。
ウットリ。
「エステル!ちょうどよかった。」
キラキラの笑顔を振りまきながら、兄がサロンに入ってくる。
「お兄様、どうされたのですか?」
私はクラウドを椅子に座らせ、立ち上がった。
「僕の友人達を紹介しようと思ってね。直接会うのは初めてだろう?」
兄の後ろからゾロゾロと現れた4人。
……あれ?4人?
馬車を数え間違えたかしらと首をかしげる。
「…… 紹介するね。」
兄はそう言うと一歩斜めに下がり、並んだ4人を一人づつ私に紹介してくれた。
「右からハロルド・ベイン、マティア・トールマン、リュカ・ターナー、チャールズ・フランチェス。全員僕と同じ生徒会のメンバーだよ。リュカは会長で、チャールズは副会長。後は……省略!」
そう言うとクスクスと笑った。
「おい、サイラス!省略はないだろう!」
兄の言葉にいち早くツッコミを入れたのはマティアと紹介されたオレンジがかった赤毛の巻き毛の人。
「サイラスの妹か!俺は書記!マティア・トールマンだ。」
そう言うとさっと手を差し出される。
私はその手を戸惑いながら見つめ、スカートの裾を持ってお辞儀した。
「我が家へようこそいらっしゃいました、トールマン様。エステル・カーライトと申します。兄がいつもお世話になっております。」
とりあえず、表情筋を使い笑顔を作る。
「マティ、妹は淑女なので握手もキスも受け取らんぞ」
「チッ、門番の兄の許可が出なかったか!」
じっと睨みを効かせる兄にチャラそうな笑みを浮かべ、舌を出す。
……お前はこんなダサメガネのツリ目の手にキスするつもりだったのか……。
女なら誰でもいいのか。
思わずドン引きする。
「マティはダメだな。レディとの距離は一気に詰めたらダメなんだぞ?」
そう言いながら今度は、サラサラな青い髪をなびかせ斜めに首を傾げた人が私の前に立つ。
「初めまして、お嬢さん。僕はハロルド・ベイン。生徒会では庶務をやっている。」
こいつも懲りずに手を差し出す。
私はまたチラリと手を見て、お辞儀する。
「ようこそ我が家へ、ベイン様。エステル・カーライトと申します。兄がいつもお世話になっております。」
からのニッコリである。
「懲りませんね?うちの妹は誰からのキスも握手も受けませんて。」
兄がきつく睨む。
ハロルドもイタズラっ子のような笑いを受けべて、兄に抱きついた。
「ごめんごめん、サイラス。妹にヤキモチ妬くなよ?」
「……あなたはバカですか……?」
嫌悪感満載で軽蔑するようにハロルドを見る兄。
顔、だいぶ崩れてます。
兄のこんな顔を見たのは初めてかもしれない……。
目を見開き、兄を凝視する私。
それを見て生徒会メンバーは大爆笑する。
「兄さんのこんなとこ初めて見ただろ?サイラスは怒ったら鬼のように怖いんだ。」
ハロルドが笑いすぎて溜まった涙ををぬぐいながら言ってきた。
「ハロルド、やめてくれない?エステルが僕を避け始めたら、僕は君たちを許さないよ?」
兄は笑顔でハロルドに詰め寄る。
そんな兄の姿が新鮮で私も思わず笑ってしまった。
「初めまして、チャールズ・フランチェスだ。妹がいつもお世話になっている。」
そう言うとチャールズは紳士なお辞儀をした。
緑の髪に、ダークグレーの瞳。
顔はどちらかと言うと、タレ目で、甘め。
「妹……?あ、ようこそいらっしゃいました、エステル・カーライトと申します。兄がいつもお世話になってます。」
思わず挨拶を忘れる。
しまった、淑女としたことが……!
妹って誰だ?と考えていると。
「いつもコーデリアは君のことばかりを家でも話しているよ。キミはサイラスと似ていないんだな。まさか兄妹だと気づくのが遅れてしまったよ。」
はい!コーディのお兄さんだろうがなんだろうが、敵認定!
あー似てませんが?
ブスって言いたいわけですね?
知ってます。
それでも笑顔を崩さない私、エライわ。
「まぁ?コーディのお兄様でしたの?私父親似なのです。コーディにはいつも助けられております。フランチェス様もコーディと似ておられないのですね。」
……そのクッソ嫌味な性格がな。
頬がピクピクと動く。
ツリ目なブスで悪かったな。
こっち見んじゃねぇ!
顔は笑顔で腹の中で悪態をついたところで見えない。
「そうでしょう?僕に似てなくて可愛いんです、エステルは!」
私の肩に手をおいて、兄の目尻も下がる。
「……お兄様、美的センス疑われますから、外でそれはやめてください……」
思わず小声で諭す。
「どうして?エステルはこんなに可愛いのに!」
ぷんっと頬を膨らますあざと可愛い兄にひきつる私。
チャールズは低い声で『ククク』と笑った。
「やっとキミの妹を見れて光栄だ。」
と、言った。
そうかそうか。もう満足しただろう。
思わず『ケッ』と心の中で舌打ちをする。
「私ははリュカだ。リュカ・ターナー。一応、生徒会長をしている。」
「存じております、ターナー様。エステル・カーライトと申します。我が家へようこそ、兄がいつもお世話になってます。」
「私からも、コーデリアがいつもお世話になっていると言うべきか?」
「え?」
思わず顔を上げる。
「どうせ同じ場所に向かうのだから、私の馬車で一緒に行こうと迎えに行ったのだが、断られてしまったんだ」
そう言いながら自信たっぷりに笑うリュカ。
んん?
この人も名前違うけどコーディのお兄さんかなんか?
言葉を汲み取れず、眉が寄ってしまう。
「なので代わりに俺が乗ってあげただろ?」
そう言いながらチャールズがリュカの肩を組んだ。
リュカはチャールズに『そうだな』と笑う。
思わず兄の顔を見る。
兄も訳がわかっていない顔で私を見た。
その反応でリュカが『あぁ』と気がついた。
「私はコーデリアの婚約者なんだ。コーデリアの卒業を待ってすぐにでも式をあげる予定なんだよ。」
私は思わずリュカの顔を見上げた。
「……そうですか。コーディはとても成績も良く、優秀な方なので進学なさると思ってましたわ」
そう言うと笑ってみせる。
「コーデリアがどれだけ優秀だろうが、女が男に嫁ぐのは早い方がいい。早く私の補佐に入ってもらわないといけないし、子も早いうちに産まなければな。」
そういって私に笑いかえす。
……はい!こいつも敵ー!
敵認定!!
男尊女卑なんてもう流行らないだろう。
なんて言い草だ。
コーディは道具ではない。
優秀な人材は勉強して知識を蓄えるべきだ。
それが男だろうと女だろうとだ。
じゃないとどんどん時代は遅れていくことだろう。
言いたいことはたくさんあるが、私はグッと堪え、表情を崩さず『そうですかー』と、笑いかけた。
兄が『考え方は人それぞれなので、それを押し付けないように』と遠巻きに諭してはいたが、聞く耳はないらしい。
なんてやつだ。
て言うか、コーディはうちに来たくないのではないだろうか?
私だったらこんな兄と婚約者がいない自宅の方がノビノビと羽を伸ばせる。
あれだったら来なくていいよといってみようかしら……。
私はお辞儀も簡単に済ませ、クラウドを連れて部屋へと戻っていった。
私の様子を見ていたリオンもセドリックも付いてくる。
「エステル平気?」
リオンが私の顔を覗き込んだ。
それをニッコリと笑いかえす。
……無言で。
リオンの表情が固まったが、すぐフッと笑った。
「激おこだなぁ」
『後ろ姿でもう、わかってたけど』と、続けた。
「……当たり前じゃない。今時あんな古い考え方してる方がおかしい。」
「そうだけど、今の時代もまだまだああ言う人は多いよ。と言うか、親からそう育てられてきたんだから、子供はそれが当たり前だと思っているよね……。」
リオンは私に気を使いながら言う。
「エステルムカつくならゲストルームに落とし穴でも作る?2階から落とす?」
セドリックが怖いこと言い出したのでおもわず『ドウドウ』と肩を叩いた。
人ん家に何する気だ。
てか2階から落ちたら下手すりゃ死ぬって!
全力で『やめろ』と目ヂカラで合図する。
セドリックはそれをキョトンとした顔で眺め、『証拠なら残さないよ?』と言った。
うちで怪我したら証拠どころじゃないでしょうが!!
「……コーディに手紙書こうかしら…。天敵が嫌なら来なくていいよって」
「えー、それは悲しくなるんじゃないかな?結構楽しみにしてたよ?」
「でもせっかくこいつらいない自宅で羽伸ばせる環境なのに、わざわざ嫌な思いしに来なくても……」
「……それでもエステルに会いたいと思うよ。だからエステルは何も言わず笑顔でいらっしゃいって言うのが一番いいと思う。選択を悩んだら、自分がどうしたら悲しいかとか、どうしたら嬉しいかを考えるといいかも?」
リオンが私に笑いかけた。
「……確かに。」
私なら来なくていいと言われたら3日は落ち込んでベッドから出られない。
たとえセドリックが10人ぐらいに増えた環境に身を投じようとも。
思わずチラリとセドリックを見る。
「……ねえ、今すごく失礼なこと思い浮かばなかった?」
「……なんでバレた!?」
驚いてセドリックを再び見ると。
「すっごい今僕を見てる目でわかった……!」
そう言い終わると同時に、私の頬を思いっきり左右に引っ張られた。
「いひゃい!やめひぇ!ごめんっひぇ!!」
喋りづらい口で笑いながら謝る。
「……そこで笑うと、エステル引っ張られて嬉しいみたいに見えるよ……」
ドン引きしたリオンに言われ、ハッとする。
誰がドMだ。
ドMはこの目の前の頬を引っ張ってる方!
あ、今はドSか……。
なんとか赤くなった頬を取り戻し、両手でさする。
夏休みの後半も、波乱万丈な予感です……はい。
いつも誤字報告ありがとうございます!
ゆるゆるとリオン編が終わったので、今度はコーディ編となります。
エリナマダー?な方、彼女たちの夏休みが終わるまで、もうしばらくお付き合いください。




