第39話 甘い雰囲気なんてなかったのだ。
うーん。
私はベッドの上で胡座をかき、腕組みした状態で首をかしげる。
私の目の前には、少し焦げたメモ用紙1枚。
メモ用紙?と聞いて、勘の良い方はピンときますよね。
そのピン、……正解です。
誰に言ってる訳でもないのに、私は人差し指をピンッと立てる。
……実は。
このメモ用紙について、話さなければならないことがあるのです。
事の流れを説明しますと……。
フロアさんとダイアンさんのやり取りを目撃した後、ずっとバレないように監視していたのです。
お菓子なんて目に入らない。
誰の話も笑顔でかわす。
心ここに在らずです。
エステルは顔の筋肉が鍛えられた。(+5)
エステルは目力がさらに強くなった(+10)
ダイアンさんが再びセドリックの後ろに戻ってきた後、入れ替わりにお茶のおかわりを取りに、フロアさんがキッチンへ立ったのを見て、慌ててクラウドを起こして、一緒にトイレに行くふりして立ち上がります。
何事もなくキッチンの横を通過して、影からこっそりとフロアさんを見つめておりましたら。
フロアさん、小さく折り畳まれたメモ用紙を広げ読み始めます。
そして、口元を押さえ嬉しそうに微笑みました。
ギョギョギョーー!!
あのメモはどう考えてもさっきダイアンさんが渡したと思われるもの。
それを読んであんな嬉しそうに笑うなんて……。
や、やっぱりダブル不倫とか言うやつじゃ……。
というか、実は別れてなかったとか。
噂によって別れたふりをしてまだ繋がっていたとか!?
そもそもあの噂もセドリックが絡んでたわけじゃなかったし。
……まあそれも私しか知らないんですけど。
うわー信じられぬ。
なんとしてもあのメモを、あのメモの中身を確認せねば……!
私はなんの使命感かわかりませんが、プライバシーに『ずけッ』と介入する気満々です。
私はフロアさんが持つメモの存在に集中しておりました。
するとフロアさんは、静かにキッチンのコンロに火をつけました。
そしてメモを……
『やっば!!!』
証拠隠滅する気だ!
私はとっさにクラウドを放り投げます。
……フロアさんめがけて。
「あぎゃぎゃぎゃー!何しやがるんだよ!!!」
宙に舞いながら、クラウドは叫びます。
と、同時にフロアさんも飛んできたクラウドを受け止めようと声をあげました。
そりゃ突然動物飛んできたらビックリですよね……。
でも思わずメモを落とした所を、私は近くのカレンダーの端をちぎり取り、小さく折りながら近寄ります。
……大丈夫。12月のとこちぎったから当分見つからない……。
フロアさんは突然視界に現れたアライグマのモフモフ感にホワァとした顔をなさいました。
その間にササっと素早くすり替えます。
そして、火の付いたコンロの脇にソッと起きます。
ちょっと焦って爪先が焦げましたが、今は気にしない。
私はフロアさんに突然現れたアライグマの事を平謝りします。
「すいません突然暴れて飛び込んでいっちゃって……」
アハアハ言いながら頭をかきます。
「いいのよ!ビックリしたけど、触らせてもらえて嬉しかったわー!」
そう言いながら、とても(私に対して)機嫌の悪いアライグマを撫でてらっしゃいました。
……優しい!!
でも、怪しい!
フロアさんから人相…いや、タヌ相の悪くなったアライグマを受け取ると、私はソッと庭に出るフリをしました。
そしてまた観察です。
キイキイ暴れるアライグマは庭に行ってもらいます。
私が見えなくなったのを確認すると、フロアさんがメモを探します。
私が作ったカレンダーの偽物を見つけると、確認もせずに火に落としました。
小さな紙が燃えるのを確認して、火を消します。
そして燃えかすを見ながら、ウットリと笑うのでした。
くああああ!!!
ここまでが私が先ほど見た一部始終です。
ただいま夕飯前の時間。
私は『さっき摘んできた野草の種類を今すぐ調べたい』と、誰が聞いても疑問が残る理由をつけて、絶賛部屋に引きこもっております。
「はぁ……」
メモを開く勇気が出ない。
これを見てしまったら、私は後に引けなくなる。
本当にここまでするべきなのか。
もう宰相を締め上げたら聞けるのではないだろうか。
そんな葛藤をしているのだった。
クラウドは私の分のおやつを贈与したことで、買収成立した。
機嫌もいつも通り。
モシャモシャと大好物の焼き菓子を頬張っております。
夕飯前なのに……。
「そのゴミ捨てないのか?」
クラウドがフンフンとフロアさんのメモ用紙を嗅く。
「これは重要な証拠なのだよ、ワトソン君。」
私は大げさに手を広げた。
「……何だよ、ワンタンって。」
「なんで全部食べ物に聞こえるの……」
キョトンとしてこっちを見るクラウド。
「……まぁいいや。これは重要な証拠なの。でも見ていいのか悩んでいる……」
フンフンとまた匂いを嗅ぐ。
「これ腹黒王子のよく後ろにいるやつの匂いがする。」
「……やっぱり!?」
「やっぱりってなんだ?」
「いえ、こっちの話。」
「中身見ちゃえばもう悩まなくて済むぞ?」
「……見たら見たでまた悩むってば……!」
「見ないと先に進まないだろ!もう持って来ちゃったんだし見ろよ!」
『めんどくさいなぁ』と続ける、クラウド。
人間はめんどくさい生き物なんです!!
うだうだ迷っている私をよそに、さっさと器用にメモを広げてしまった。
「あ、ちょっと……!」
広げたメモを私に向ける。
そこには。
『今夜、2時に裏口で。』
「ガフッ……!」
思わず出ないけど、吐き出す血反吐。
決定的じゃないっすか!!!
「うあああああ!!!」
突然の発狂。
流石の私も激しい動揺に頭を抱え、ベッドでうずくまる。
クリント君になんて言ったらいいんだ。
人の秘密に首突っ込むべきではなかった。
私の奇声に外に控えていた侍女が私に声をかける。
あわててメモをポケットに詰め込んで、野草に虫がついてたと誤魔化した。
ポケットの紙切れが、えらく重さを感じる。
「はあ……」
喉に何かつかえた感じがして思わず鎖骨のあたりに手をやる。
ソッと撫でるが、不快感はなくならない。
「……あいつらにも協力してもらうべきじゃないのか?」
「こ、こんなこと言えないでしょ…特にリオンは自分のお姉さんのことなのに……!」
「でも、知らないままにされる方が友達だったら辛いと思うぞ。」
「……それは……。」
「気苦労王子の方は手を繋いだ仲なんだし相談すると喜ぶんじゃないか」
「なんで私が喜ばせないといけないの!」
思い出して、顔面瞬間湯沸かし器。
一瞬で真っ赤になった。
クラウドは冷やかす様に私をとても嫌な顔でこっちを見てる。
「まぁ、腹黒王子には内緒でいいけどな!」
そういってクラウドは『キャッキャ』と笑った。
……1人だけハブ!!
そんなわけにはいかないだろうけど……。
とりあえず、なんて言おう……。
なんて言えばいいんだあああ!!!
「うあああああ!!」
また再び発狂。
きっと侍女さん、私の事すごく変な令嬢だと思ってる事だろう。
……こんな時、エルがいてくれたら。
急遽決まったこの旅行。
急すぎてエルは休暇を取っていたのだった……。
なので一緒に来れず、王宮の余った侍女さんのお世話になる羽目となった。
侍女さんがまたこちらを気にして駆けつけてくれ『また虫が…!』と誤魔化したら、サッサと野草を片付けられてしまった。
いや本当侍女さん、すいません……。
どうせならもっと可愛い声で発狂すればよかったなぁ……。
夕飯の時間となり、重い足取りで食堂へと進む。
リオン達にどうやって言おうかと、ポケットがまた重く感じるのだった。
というか、クリント君には悟られてはいけない。
これは荷が重すぎる。
こんなことを考えながらなので、食事も喉を通らない。
死にそうな顔してスプーンを握りしめる。
タイミングも掴めず、ただ夕食の時間が過ぎていく。
私はまた喉に何か詰まる様な感覚に襲われた。
食事の時間が済み、早々に席を立とうとする私をエリオットが追ってきた。
「エステル、体調でも悪いのか?」
「いあ、体調はすこぶるいい筈だけど、なんというか精神的に食欲が……」
私の泳ぐ目に眉を寄せる。
「すまない……手を繋ぐのがそんな嫌だったとは……」
「違う!!そっちじゃない!でも今思い出させないで欲しい!何故なら動揺してしまうからだ!!」
何故私は速攻で否定をしているのか。
「それなら、よかった……」
エリオットは恥ずかしそうに俯いた。
「……イチャイチャやめてくれる?子供も見てるからね?」
突然に背後に現れたセドリック。
その横にいたクリント君の目と自分の目を大袈裟に隠している……。
「子供って、ひとつしか変わらないし!イチャイチャしてない!」
今度は2人して瞬間湯沸かし器です。
違う違う!!
そうじゃなくて!
各自サロンや自室に向かう中、リオンと王子2匹の裾をソッとつかみ、『来な!』と合図する。
微妙にビビるリオン。
体育館裏に呼び出しとかじゃないから、何もしねーわ!
みんなで裏口から庭に出る。
さっきの数々の事件を生んだ、現場である。
「夏とはいえ、夜は少し冷えるな……」
エリオットが二の腕辺りをさする。
「そ?僕はこれぐらいが好きだけど。兄上寒がりなんだよ」
「そんな事はない……と思うが。」
「僕もこれくらいの気温が過ごしやすいですね」
夏の夜風に当たりながら、庭のイスに腰掛ける。
私の渋い顔にみんなの視線が集まる。
「それで、何か話があるのか?」
「どうしたの?エステル」
エリオットとリオンがほぼ同時に私への言葉をつぶやいた。
「あのさ……」
私は今日の労力をモソモソと話し始める。
最後に、重力のかかったメモを広げ、みんなに見せた。
「誰か今日2時に、一緒に張り込みしてください!!」
私はメモを握り締めたまま頭を下げた。
戸惑いながら目を合わせるリオンとエリオット。
「……それは全然構わないのだが……」
エリオットがそういうと、チラリとリオンの顔を見た。
リオンはかなり眉を寄せ、複雑な顔をしていた。
「それは……本当なのか?いや、本当なのだろうか……」
口元に拳をあてて、下を向く。
ブツブツと何かを言いながら、ずれた眼鏡を人差し指でクイっとあげる。
「……元はと言えば、セドリック殿下、あなたが起こした原因ではないか!……あんな面白半分に噂を流さなければ姉は今頃……」
「リオン。」
私はその言葉の先を言わせない様に名前を呼んだ。
「エステル……」
何故止めるのかという顔で私を見る。
「そりゃ止めるよ、友達だもん。それは誤解があるんだよ。……まぁ私も最近知ったんだけど……」
「……誤解?」
私はウンウンと頷く。
セドリックはじっと黙ってリオンを見つめていた。
椅子に座って足を組み、肘置きに肘をつき、トントンと人差し指で唇を叩いている。
……というか、態度!!
というか不本意ながら、ヤツのフォローをしようとしているのだが。
何故私がフォローしなければならないのだと言う気持ちになる。
……態度のせい!!
踏ん反り返った王子の様だ。
王子なんだけども……。
謙虚さというものがヤツには欠落している……。
深くため息を吐く。
「セドリックは確かに、人の心を面白半分に弄んだ行為をした。噂を流し、交際している人に不安感を植え付け、結果別れる人が出た。それは事実として私がエリオットにチクったので、罰を受けている。
でも、フロアさんとダイアンさんのことに関しては、セドリックじゃない。」
「……その根拠と証拠は?」
「本人の証言のみ……。」
リオンの目が鋭くなり、私を見た。
「それは証拠にならない。嘘をついている可能性がある。」
「それはない。全て自分がやったと認めているのに、それだけをやってないという利点がない。だってこの人自分の罪を名誉の勲章と思ってる犯罪者脳だから。」
「……犯罪者脳……?」
流石にリオンはドン引きした。
まぁそうだろうとも……。
たとえは悪いが、事実だからな…。
私に『犯罪者脳』と言われている本人は全く応えておらず、『だから何?』と言わんばかりに顎を突き出し踏ん反り返っている。
「そう。犯罪脳の人にとって犯行は自分の美学。完璧でなければいけない。なので自分の犯行は全部自信持てる。でも自分じゃないのに、お前がやったと押し付けられるのは不本意なんじゃない?
後さ、彼のこの犯行全て、逆恨みだからね…。自分がやられた事を全部10倍ぐらいにして返していったっていう……。」
「そうそう、僕がバレる様なことする筈ないんだよ。」
「じゃあなんでバレたよ……お前がやったとみんな知ってたじゃないか……!」
「そんなの僕が教えたからに決まってんじゃん。」
「はぁ?」
「実際僕がやったって教えてやるまで誰一人わかってなかったし。ザマァミロだったよ。」
『クックック』と思い出し笑い中の悪魔王子。
どうせバラした時の侍女とかの顔を思い出してんだろう……。
……腐ってやがる!……性根が。
エリオットよ。君の可愛い自慢の弟の本性をしかと見るがいい。
これがセドリックだ。
チラリとエリオットを見ると、目を白黒して立ちすくんでいる。
きっと脳が処理しきれなかったのだろう。
思考停止中だった。
だが私は知っている。
人間キャパオーバーすると、自分の都合よく脳内を変換して納得する習性を持っていることを…!
ロール音の後、チーンという音が響き、エリオットの目が通常に戻る。
「セドリックが迷惑を……」
……ね?
内容はほぼ理解不能だが『とりあえず悪いことをしたので、兄として謝ろう』と思ったのだ。
結果、エリオットの中で『セドリックは悪戯っ子だけど自慢の弟』に巻き戻ったのだ。
この王子、真面目すぎて将来ハゲるんじゃないかしら……。
気苦労多すぎ……。
私がエリオットの髪の毛の心配をしている間、しばらくリオンは考えていた。
この踏ん反り返った王子を複雑な顔で見つめながら。
「……本当に関係ないのか?」
「……ていうかさ、これ。知らないほうがよかったと思うけど?」
「……は?」
リオンが怪訝そうにセドリックを睨んだ。
「それ前も言ってたよね?黒幕は別にいるだったか、穿り返すと不幸な結果になるとかって……。」
セドリックは『はぁ』と小さく息を吐く。
「僕夜はしっかり寝ないと生きていけないから、後で結果だけ教えてね?」
そして立ち上がり、さっさと部屋に帰っていった。
なんてマイペース……!
私はセドリックの言葉を思い出す。
『ほら、大人ってさ。きっかけがあればそれを利用したいと思う人も人もいるじゃない?』
『その噂で得した人がいるってことだよ。』
『穿り返すと不幸な結果になる』
……穿り返していいのだろうか……。
今更の不安。
でももう後戻りはできない。
やるしか無いんだ!
ここまできたらもう覚悟を決める。
自分の意思表示を確認したところで、リオンを見る。
リオンはずっと考え込んでいる。
そして私が見ていることに気がついて、私を見た。
「僕、何かを間違ってるのかな……?」
悲しそうな顔をした。
「……間違ってないよ。でもこれだけは信じて欲しいけど、セドリックはリオンの敵じゃない。あんな奴だけど、この事件には関わってないと私は信じた。」
「エステルはセドリック殿下にされた事を許して仲良くなったってこと?」
「はぁ!?許すわけないじゃん!!」
私は思わず声を荒げる。
その声にびくりとするエリオットとリオン。
私は咳払いをして平静を取り戻し、話を続ける。
「やったことは許してないし、いまだにクソがって思うこともあるよ。でも誤解してた部分もあったなって理解しただけ。今だに迷惑してることには変わりはない……。」
私がワナワナと手を握り締めたのを見て、リオンは吹き出した。
「エステルはエステルだね……。」
「え?私は何も変わらないけど……?」
もしやセドリックに洗脳されたとか思ってた?
そんな事を思いながら、首をかしげる。
それを見ていたリオンが目を細め、笑った。
「そもそもセドリックは私が許そうが許さなかろうが関係ないからね……?」
も、付け加えてみたけど。
また見当違いの回答だったのか、リオンが肩を震わせて笑った。
「…僕も協力する。こうなったら真相を知りたい……。」
「俺も……。」
リオンの顔を見て、エリオットも頷いた。
リオンは私とエリオットを抱きしめ『ありがとう』といった。
何故かエリオットは照れていて、笑顔のリオンと見つめあって嬉しそうにしていたので、私の中の薄い本が出せそうな扉が開きそうになったことは内緒にしておきます。
さぁ、ここからが戦いだ。
私の最大の敵は『睡魔』だから!!
リオンがふと私の後ろ姿を見つめていた。
目を細め、眩しそうに。
時折強い眼差しとなり、何かを決意する様に。
それをエリオットが思いつめた様に見つめていたのだった。




