第32話 招かざる王子。
「第2王子が何でうちに?」
リリアはそう呟いた後、『お母様あああああ!!!』と母のいるサロンへと走っていった。
ナイス、妹。
すぐさま城に連絡して引き取って貰おう。
リリアの叫び声で何とか落ち着いて、自分を取り戻す。
「……あの、御付きの騎士や侍女とかは?」
「撒いてきた!」
「撒いてきただと!?」
こいつ舐めてんのか。
王族が従者も連れないでここまで来たというのか……。
呆れて言葉が出ない。
「王子が御付きも付けずに出かけるとか、どっかで誘拐や傷付けられたりしたらどーすんだ!!」
思わず説教ポーズで第2を指差す。
第2は一瞬驚いた顔をしたが、また楽しそうに笑った。
「誰もしやしないだろ。僕がいなくなった事も気がつかれてないのに。」
「いや、今頃大騒ぎだろうよ…。あなたがいなくなった事で騎士や従者が処分の対象になることをわかってますか……?ましてやうちに来たことで怪我などされたら、うちに責任が出てくるんですよ?」
「へぇ、知らなかった。」
ふむふむと顎に手を当てて頷く。
こいつ……!本当に馬鹿なんじゃないのか!!
「ちゃんと考えて行動しやがれよ、おい……」
思わず『はぁん?』とドスの聞かせた顔と本音がダダ漏れになる。
その顔を見て第2はまた、満足そうに笑った。
「いやぁ、ここは落ち着くわ」
そしてゴロンとソファーに横になった。
…私のお気に入りのソファーが……!!
何となくいけ好かない奴に自分のお気に入りを汚された気分に、手がワキワキと動く。
唖然と立ち尽くしていると、すごい足音をさせて家族が総動員した。
「「セドリック殿下!!!」」
父と母の声が見事に揃う。
「カーライト伯爵、夫人、お久しぶりです。突然の訪問をお許しください。一刻も早くエステルに会いたかったものですから……」
ギュンッと母と父がすごいスピードで首を動かし、私を見る。
「私に会いたかったんじゃなくて、行くとこがなくて思いついたのが私だったの間違いだろう……」
肩から深い息が漏れる。
その様子でまたギュンッと第2を見る二人。
……首がちぎれそうだよ、二人とも!!
「……そうとも言いますね!」
第2は満面のよそ行き笑顔で私たちを見た。
「殿下……城は今大騒ぎです。今お迎えのものがこちらに向かっておりますので、すぐにお戻りの準備を……」
父が第2に頭を下げる。
「エステルがどうしてもというので、しばらくご厄介になろうかと!」
「おい、話が噛み合ってないぞ……!ていうか、いつ私がどうしてもなんて……」
そこまで言いかけたら第2の手が私の口に伸びてきた。
『フゴッ』
「もう、エステル照れてるの?」
そのまま両親には見えないように第2の顔が私に近づく。
『ち、近い!やめろ、離せ!』
塞がれた口でモゴモゴ言おうとすると、第2が私に耳打ちした。
「大人しくいった通りにしないと、速攻で僕と結婚まで一気に進めて一生監禁するよ?」
『フギャッ』
全身が逆立った気がした。
いやその前に婚約もまだなんですけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
こいつはやる気。
見開いたまま、目だけを動かして第2を見る。
第2はチラリと私を見つめ、口の端をあげた。
「……わかった?」
私は小さく何度も頷く。
それを見た第2はニッコリと笑い、父と母の方へ向き直した。
『さぁ言え』と言わんばかりに、私を軽くつねる。
「……いったぁ!!……そうなんです忘れてました!!そういえば今日招待したんでしたぁ!」
「エステルしばらく厄介になるね?」
「勿論です殿下。どうか何もない家ですがごゆっくりと……」
「……エステル?」
母がメラメラと般若のような顔をして仁王立つ。
「……お、お母様……」
蜘蛛の子散らす様に、リリアと父が母から離れて行く。
「……エステル、ちょっと?」
仁王が親指を部屋の外へ向ける。
「……はい。殿下、暫くここでゆっくりしてくださいね!!私はちょっと用が……」
「……エステル?早く。」
私は仁王の後を追って部屋から出た。
そこからはもう仁王のありがたいお説教を1時間は食らうこととなるだろう。
やっと落ち着いた仁王に第2に脅された事を説明出来たのは、またそれから1時間後である。
やっと解放され部屋に戻ると、『スゥスゥ』と私のベッドで寝ている第2。
私が叱られている間に、私のご飯までペロリと平らげ、湯浴みをし、兄の夜着を借り、私のベッドで……!!
いやー!!なんか嫌ぁぁあ!
寝た子を起こすわけにいかず、自分のテリトリーで無防備に寝入るヤツに、声に出さない絶叫を繰り返すのだった。
私は泣く泣くリリアのベッドに居候させてもらった。
リリアは『お姉さまと一緒に寝れるなんて嬉しい!』と天使の笑顔で気を使ってくれたが、私の心は荒れ模様だ。
ううう……。
アイツは、悪魔だ。
私に厄災しか運んで来ない。
ベッドの中でもうこれ以上関わりたくないと思ったのだが、すでに私の部屋にいるので関わらないという選択肢がないことに気がつき、シクシクと泣きながら寝た。
次の日、早朝から第2の捕獲に連絡を受けた騎士たちがゾロゾロとうちに押しかけてきた。
おっせーよ!!
何やってんだ、すぐこいよ!!
夜中でも喜んで押し付けたと言うのに……。
恨みがましくブツブツと騎士たちの背中に念を送る。
だけど、ふと。
うちに着いたばかりの騎士たちは、疲労と安堵の表情とで複雑な顔をしていた。
どうやら連絡があってすぐきた感じか?
さっきまでの裏エステルをそっと心にしまう。
「……セドリック殿下!!」
その中でもちょっと見た目上司的な人がすぐ第2に声を掛けた。
「殿下、なぜこの様な勝手な事を……!」
「僕、お前嫌い」
「私のことが嫌いなのでしたら配属を別の騎士に代わってもらいます。ですからこの様な勝手な行動を……どうか……」
騎士の上司は跪いて懇願する。
それを全く見ようともせず、前髪を指でクルクルしながら別の方向を向いていた。
昨日から突然の訪問や、ベッドの占拠にイライラが募っていたので、その第2のツーンとした態度に私の怒りも振り切れそうになる。
ツカツカと第2に歩み寄って、顔をガシリと両手で挟む。
ソッポを向いている顔をグルンと騎士の方に向ける。
「ちょ、痛い!エステル!」
首を抑え、痛がる第2の綺麗な碧い目が私を見る。
私はその目を睨みつけるように見返した。
「何があったか知らないけど、嫌いだけでこんな事をしたわけじゃないよね?八つ当たりは自分でも間違ってるってわかってるよね?」
「……それは!」
「昨日も言ったけど、あなたの行動次第で処分されるのは彼らなの。それでも仕事だから罰せられるのが嫌だからってあなたを探すの諦めた?
……あの様子だと一晩中寝ないで探してたんじゃない?
それはみんな仕事じゃなくて、あなたが心配だからきたんだよ。それも分からない?」
第2はジッと何も言わず、私を見つめる。
この国の騎士たちの仕事始めは必ず、洗濯された制服や手入れされた鎧をつけて綺麗な状態で任に就くとお祖父様が言ってたのを思い出す。
これはうちの国の騎士たちの制服が白いのもあるのだろうが、一点の曇りない騎士の心に掛けていると言われているらしい。
早朝一番でやってきた彼らの制服は、ひどく綻び、汚れていたからだ。
騎士たちは目を伏せる。
それでも上司の人だけは第2から目を離さない。
「もう小さな子供じゃないんだから、こんなワガママを無理やり通すのは、これで最後にしたほうがいい。さぁ、たくさんの人に迷惑かけてるよ。どうするの?殿下。」
「僕は……」
第2が今までに見た事ない顔をして私を見つめてる。
『見ろ』と言わんばかりに汚れた騎士の服を指差す。
やっと目線を移動させ、騎士の方を見た。
「ダイアンすまない。僕が悪かった……。」
第2が言葉を発すると、騎士たちが激しく動揺する。
『あのセドリック殿下が我々に謝っただと!?』
『こ、これは明日世界が滅びるのでは……?』
動揺する騎士たちを上司が涙を拭って制止した。
「ご無事で本当に安心致しました。さぁ、王妃も心配していらっしゃいます、帰りましょう……」
……これでやっとユルユルな日々が帰ってくる。
私の平和は守られたわけだ。
さぁシーツを交換してもらって、隅から隅まで徹底的に掃除して、第2の痕跡を消し去ろう。
自分のテリトリーに少しも残さず消し去る……。
『フフフ』と黒く笑う私。
第2は膝を折り、傅く上司騎士の手をそっと取り、口を開いた。
「それとこれとは別。悪いけど僕しばらく此処にいるから。ダイアンも付けるならついて?」
「はぁ!?」
思わず口から声が漏れる。
今のいい話はどこへやったよ、こいつ……!
上司騎士もポッカーンである。
我が家伝統のポッカーン。
見事に素晴らしいポッカーンを披露した上司騎士はポッカーンとしたまま第2を見上げる。
「ど、どういう……」
口をパクパクするも、声にならない様子。
そりゃいい話でまとまったと思ったのに、『それとこれは別』とか言いやがったわけですから。
1発……いや3発位グーでパーンとやってやりたいよね。
……分かる。
すごく分かる、その気持ち。
「もーお前帰れ!!」
思わずブチ切れた私が叫ぶと、『ブハッ』と吹き出して笑い出した。
「ごめんごめん。今ちょっと天敵が城にきてんだよ。なので僕は避難したいって事なんだけど。」
「…第2の天敵なんて仲良くなれそうだから是非誰だか教えて欲しい。」
思わず本音が口から出る。
「……エステル不敬罪にならないからって、全て正直に物を言いすぎだよ……」
兄が苦笑いしながらバスケットを抱えていた。
きっと人がたくさんきたから、クラウドを隠してくれているんだろう……。
すまないクラウド……あとでいっぱいおやつ作ってもらうからね……。
「てかエステル、しばらく置いてよ。」
「やだ。」
「え?いいの?さすがエステル!」
「いや、まったく逆なこと言ってるだろう!!」
「ということで、ダイアン。護衛はこっちでお願いしたいんだけど。」
上司騎士はしばらく渋い顔をしていたが『……わかりました』と小さく答えた。
「ね、やだって言ってんの!聞いてる?ねえ!!」
「……それ以上反対するなら本気で兄上に代わって婚約発表するよ?」
『今す・ぐ・に。』
すっごい良い笑顔でそう言った。
「それもヤダ!!!絶対やだー!!」
「そんなに僕と婚約したかったんだ?今すぐだって?もー、エステルのせっかちさん!」
そう言って半狂乱の私の鼻をツンとつついた。
うわああああ、馬鹿やめろマジで!!
メガネをずり下げてまで必死で嫌がる私の手を掴んで、面白そうに笑う第2。
その様子を見て、各自が悟り、諦める騎士とうちの家族。
そして自分の仕事を遂行しに散った。
これってさ、いわゆる人身御供だよね?
『第2は新しいおもちゃを手に入れたようだ。』
『大人しくしてくれるなら、わずかな犠牲ぐらい仕方がない。』
騎士たちが小声で言う声が耳につく。
「……それは私のことですよね!?」
わあわあ騒ぎまくる私に騎士たちは聞こえないふり。
それを笑顔で見ていた第2がそっと耳打ちする。
「いい加減名前で呼べよ。ほら言ってみ?」
「第2。」
「それ名前じゃないから!」
「なんで名前で呼ばせたいんだ……めんどくさい兄弟だな!」
「ふうん?」
掴んだ手に力がこもる。
「いだだだだ!……痛い痛い!チカラツヨスギ!」
目に涙が溜まり、痛がる私を楽しそうに見つめる。
「ドSか!」
「ほら言ってみ?言わなきゃもっと強く握って折る。」
「折る!?今折るって……!」
『ギュッ』
「いだああああ!やめろ!……ください!ねえ、セドリック!!」
満面の微笑みなセドリックが私を見ている。
「よく出来ました!」
「お前は馬鹿なのか!こんなか弱い乙女に力でねじ伏せるとか王子のやることじゃないだろう!」
やっと離してもらった手首を何度も撫でる。
「あーエステルに罵倒されると、すごく元気でるー!」
そう言うと、あぐらをかいてる膝に頬杖を付く。
「……ドMかっ!!」
すごく嬉しそうに笑うセドリック。
こうして私の平穏だった夏休みは、台風がやってきて波乱に包まれていくのだった。




