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第27話 エリオットとのお茶会。

スカート握りしめ事件から数日が過ぎた。

エリオットから深い青い色をした綺麗なドレスや、普段着が数点贈られてきた。

きっとスカートを弁償したかったのだろう……。

もう忘れたいからいいのに……。


てか何でクリーム色とか青ばっかなんだ。

こないだ切ったスカートは紺色だろう……。


私はこう言う色を今まで着た事がない。

ずっと目立たない色ばかり、紺や深緑などを好んで着てきた。

なのでこんな色、着れる自信もないのだが……。


「いただいた服を着ないのは失礼に当たります」


そう言ってウキウキタンスにしまっていくエル。


この服を着る時がくるのだろうか。

だがその時は早々に来る。


『定期お茶会』がエリオットから打診されたのだ。

夏休みに実家のある領地に帰る前にお詫びがしたいとの事だ。


だから、もういいのに!!


「オレも行っていいのか?」


異様にクラウドが張り切っていた。


「美味しいもの食べたいからでしょ?」


私が横目で呆れたように見ると、クラウドはその通りだと言わんばかりに『キャッキャ』と笑った。


彼は普通のアライグマではないので、何でも食べる。

と言うかアライグマ自体も雑食らしく、スナック菓子など油っぽいものが好物だったりするらしい。

だが彼は普段動物に毒になる玉ねぎや、チョコレートなどのお菓子も大好きである。

聖獣は食事自体はあまり取らなくてもいいそうなのだが、彼は人間の食べる物にとても興味があるようで、ゴミまで漁って食べていたのだ。


「エステルと一緒だと美味しいものが食べれて幸せだぁー!」


ウヒョウヒョと二足歩行で喜ぶクラウド。


「……そりゃ良かったね……。」


私は洗ったばっかりのクラウドの体をグレイの粉で汚している。

白いアライグマは目立つが、グレイのアライグマは普通だろうし。


この粉は魔法でできていて、塗ると洗い落とすまで持続してくれるし、ベタベタ服についたりもしない便利なものらしい。

アーロン先生が変装用にサマンサ先生に作ってもらったものを分けてもらった。

……て言うか先生変装してどこへ行っているのだろう……。

ちょっとした秘密が気になるお年ごろ。


まぁ変な詮索はいたしません!

自分の首が危ない。


「これでどう見てもタヌキだ。」


「アライグマだって!」


「今日はタヌキでいいじゃん。聖獣とかばれたら困るんだってば!」


「なんでこまるんだよ!」


「……いいの?

聖獣ってバレたら、私から離されてどっかにつれていかれちゃうよ?

どっかに閉じ込められちゃうかも?

それできっといっぱい機械で調べられちゃうかもね。

魔法だって何かかけられちゃうかも?

そしたらおいしいもの食べられなくなるよ?

それでいいの?」


「……オレは今日はタヌキだ!」


よーし、上手く騙せた。

ニヤリと黒い笑いを浮かべる私。


「よーし、行きますか……」


私は普段にないクリーム色のワンピースを着させられた。

クラウドもお揃いの色のリボンを結び直す。

エルが感動に打ちひしがれながら、私の支度をする。


今日は眼鏡を取り上げられてしまった。

久々に自分のキツく、つり上がった目と対面する。

思わず目を背ける。


「エステルお嬢様、とてもよくお似合いです!」


私の髪を結いながら、エルが嬉しそうに笑った。


今日はサイドを結い上げ後ろは流す感じの、今までしたこともない髪型になっていた。

うぅ、落ち着かない。

今までにない色の服を着て、今までにない髪型をして。

こんな辱めを受けてまで会いに行かなきゃダメなのか……。


「いいですか?ちゃんとお洋服のお礼を言って下さいね?」


エルは私の鼻を人差し指でそっと添えた。


「わかってる!そしてこれ渡せばいいんでしょ?」


エルとお礼にって昨日クッキーを焼いたのだ。

王子なんだからきっとこんなの食べないよ!って言ったんだけど、エルがどうしてもって言うので…。


王子の部屋までの足取りが重い。


「お嬢さまぁ、今日も中々進みませんねー、おみ足が。」


エルはニコニコと手を広げる。


……だから抱っこは遠慮すると言ってるだろう……!

私が断るポーズをすると、またえらくガッカリするエルだった。

……なんで抱っこしたがるの!!


エリオットの部屋の前へ到着と同時に部屋の扉が開く。

……自動ドアか!?

なんて訳はなく、足音に合わせて部屋付きの次女が開けてくれただけでした。

前回はノックする隙があったのに、今回は進化している。

……なんてできる人なんだ……!


そんな妄想をして一人で笑っていると、やはり背後に奴が現れる。


「ねぇ、兄上に告げ口したでしょ?」


私の肩に気安く手を置く、ヤツ。


「……しばらく見なかったですけど、お元気そうで何より」


うすら笑みを浮かべて振り向くと。


私の顔を見るなり第2は、目を見開いて口を開けっぱなしで立ちすくんだ。


……なんてアホヅラ!!

やっぱり兄弟なのでエリオットに面影が似ているが……。


マジマジと第2のアホヅラを眺める私。


「な、なんかいつもと違うくない!?」


ジッと見つめる私に、目は見開いたまま、口だけ動く。


「色々こっちにも事情があるんですよ!!」


少し拗ねたような表情をしてチラリと第2を見上げる。


「いつもと違うと調子が狂うだろ!戻してこいよ!!」


「……むちゃくちゃ言うな!事情があるって言ってんの!」


「そんな事情なんか知らないし!」


「いいから、お前もう帰れ!!」


逆ギレしつつ、第2付きの騎士に目配せをして回収してもらう。

今日もズルズルと引きずられ、部屋に帰る第2であった。

ざまーみろ☆


私と第2の言い合いに、エリオットが急いで自室から出て来た音がした。

私は扉に向かって最大級のあっかんべーをしていた為、スッと顔を元に戻す。

平常心、平常心。


「すまない、待たせてしまったか?」


エリオットの声を聞いて振り向いた。

エリオットは袖口のボタンを留めながらこちらに歩いて来た。


えーっと、ドレスのお礼と、お礼のお菓子を渡す。

やる事言う事を復唱しながら、エリオットと目が合うと。


……は?

エリオットまでもが第2と同じ顔で固まっていた。

アホヅラに関しては瓜二つじゃないか。

いや、まだエリオットの方がアホヅラでもかっこいいかもな。


固まっているのをいいことに、こっちもジロジロと顔の観察だ。

綺麗な目。

長いまつ毛。

整った鼻すじ。

血色の良い薄い唇。

頬はなぜかリンゴのように赤くなって来た。


「……エステル、そろそろ至近距離で見つめるのをやめてもらっていいかな……?」


「……あら?」


エリオットが目を背けて下を見てしまった。

見すぎて距離感わからなくなってしまったようだ、失敬。


「エリオット様、申し訳ありませんでした」


私はスカートの裾を持ち、お辞儀をした。


「……この間みたいに率直に話してほしい。」


『椅子にかけて』と私に手で合図した。

私は頷いて、静かに椅子に座る。


侍女がカップにお茶を注いでくれる。


私はこのタイミングで焼き菓子を差し出した。


「ドレス、たくさんありがとうございました。あの、これ私がお礼にと思って焼いたものですが……よかったら。」

そっと侍女に託そうとすると、その手を取られた。


「それは頂こう。こちらに」


私が持って来たバスケットをエリオットは受け取った。

繁々と不揃いなクッキーを見つめる。


あんま見ないでー!!

型抜いた時、生地が柔らかすぎてギーってよれちゃったりしてるからー!!


あーやっぱ持って来なきゃよかった。

王子に出すもんじゃなかったんだよ、やっぱり。

こんな不恰好なモノ見たことがないとか思ってるってきっと!


恥ずかしくなり下を向く。

そんな私にエリオットは呟いた。


「とても美味しい……」


「え?」


「エステル、ありがとう。とても美味しいよ」


そう言うと、いつも眉を寄せている顔ではなく、少しはにかんだように笑うエリオットの顔があった。


「……あ、お口にあって何よりです……」


って上手い返しができない私!

そう呟くことしかできず、また下を向いた。


「服も今日の髪型によく似合ってる。先日は本当にすまなかった。服を破かせてしまって……」


そう言うとエリオットは頭を下げる。


「わああ、もういいですから!いっぱい服ももらったし!もう忘れてください!」


思い出す事は、スカートが上がった瞬間である。

もう思い出したくないので、頼むから忘れてくれ……。


赤い顔を手で覆う。


「そうか……」


エリオットはまた照れたように笑った。


「あれから、体調はどうですか?」


「よく眠れるようになった。まるで何か憑き物が落ちたようだ。

あなたの部屋は何か落ち着く……」


エリオットは長めの前髪を指で流すようになぞる。


「クラウドのお陰でしょうか?……ってあれ、どこにいったんだろう?」


さっきまで一緒に来たはずだったけど、姿が見えない。


「クラウドを連れて来てくれたのか?」


「はい、軽い変装をしてますが……」


私は少し笑った。


『変装…?』


エリオットは首を傾げたが、すぐ分かったようだ。


「クラウドが見つかったようだ。」


エリオットはお菓子のワゴンに陣取って座っている太々しいタヌキを見て笑った。

突然のタヌキの襲撃に、ただ呆然と見つめるしか出来ない侍女さんたち。

エルもオロオロしている。


「クラウド〜!!ダメでしょー!そこに乗っちゃダメー!」


私は慌ててクラウドを抱き上げた。


「だって、これ食ってもいいやつだろ?」


そう言いながら、エリオットが用意してくれたマカロンをモシャモシャと頬張る。


「……エリオット様すみません、躾が出来てなくて……」


「はー!?オレに言ってんの!?」


マカロンで口をいっぱいにしながら驚いたようにクラウドが言った。


「クラウド以外いないでしょ!」


私が頬を膨らましてクラウドを見た。


「お前のものは俺のものだろー!?」


「どこのジャイアンだよ!!」


「じゃいあん!?ってなんだ?お菓子か?」


「それは置いといて……もぉ、食べ過ぎだってば!!」


クラウドの声は周りに聞こえなくても、だ。

私が動物に話しかけてる痛い子だと言うのは、ここにいるみんながそう思っただろうけど。

マカロンを両手に持って暴れるタヌキと、そのタヌキに翻弄させられてる飼い主の私とのやり取りに。

エリオットは吹き出して大声で笑ったのだった。


「とても仲良くなったのだな!」


エリオットは口元を拳で隠すように『クックック』と肩を震わせる。

その声に侍女さんや騎士さんも笑い始めた。


えー……。


私以外みんな笑っていると言うこの状況。

恥ずかしい。

とにかく恥ずかしい帰りたい。


もう、なんかもうさ、クラウドのせいだよね?

…タヌキのせいでめっちゃ笑われているんだけど!!


「こらー!クソタヌキ〜!!!」


「だからタヌキじゃないって言ってんだろ!!」


今日はタヌキでいいと言ったのに、もう忘れてる聖獣をやっとの思いで捕まえて、膝の上に座らせる。

もうめちゃくちゃ疲れたんですけど……。


そこからは今までにない会話の弾むお茶会となった。

初めてこんなに話したのかもしれない。

少し大人びてはいるものの、年相応の反応に私も嬉しくなる。


そろそろ時間だと言われ、帰り支度をする。

ふとエリオットの表情が暗くなる。


「どうかしましたか?」


エリオットは何も答えないまま下を向いた。


空っぽになったバスケットを抱え、タヌキを押し込む。

抵抗むなしく、眠いタヌキは素直にバスケットに潜り込んだ。

それをエルに渡しながら振り向く。


「どうかしたんですか?」


私はもう一度、向き合って聞いてみた。


「……明日はローズデール嬢とお茶会なのだ……。それで色々とどう接していいかわからなくて……」


あー、お茶会も対等かぁ。

王子の立場も大変だ。

苦笑いをしてエリオットを見つめた。


「ノートを見たことは彼女に内緒でお願いします。

あと、出来たら普通に接してあげてください。

構えてしまうと、エリオット様は顔や態度に出ると思うので。」


私はニヤリと笑いアドバイスした。

私の黒い笑いにエリオットも笑顔になる。


「ははは、エステルには敵わないな。……分かった、普通に、な。」


眉は寄せているが、口角は上がっていた。

気持ちは複雑なのかな?

でもしょーがないんだ、キミにも任務があるだろう……。


「エリナは本当はいい子です。……ただ自分の欲求に素直なだけで、いい子です」


「おい、それはいい子って言うのか?欲望に素直ないい子って聞いたことな……」

バスケットに素早く手を突っ込み、寝起きのクラウドの口をギュッと掴む。

私にしか聞こえてないけれど、それ以上水を差すんじゃない。


『いってーな!!何すんだよ!』とぶちぶち言いながらオヤツに貰ったマカロンをまた食べ始めた。


聖獣のくせに食っちゃ寝か!!

大丈夫なの!?この国は!

こんな聖獣で大丈夫なの!?


「分かった、努力する……。」

エリオットが寂しそうに笑った。


「て言うか私がこんなこというのは、エリナにとっては余裕とか思われてまた嫌われそうですけどね……。」


私もつられて寂しそうな顔になる。

まぁ、しょうがない。

エリナにもエリナの都合がある。

これ以上私がエリナにできることはない…。


エリオットが私の肩に触れようとしたと同時に。


「……まぁ、なるようにしかならないし、私は私で頑張ります!」


と、空気を読めなかった私は顔を上げた。


手をグッと握り、素早く戻す、エリオット。


ん?なんか今しようとした?

キョトンとしてエリオットを見つめたが、眉を寄せて目を逸らされた。

……ん?


私はそのままエリオットと目が合わないまま別れ、重いバスケットを抱え、帰路につく。

今日は私以外のみんなはノートを写すのに集まってくれてるらしい。

明日は私の部屋で集まるんだ。


クラウドがいるので、極力移動ができないから、不便だわ……。

こんな重いバスケット遠くまで持ち運べないし!!

絶対マカロンの倍は重くなった。

昨日から食べ過ぎなんだよー!クソううう。


明日の事を考えると、とても心が弾む。

これはきっと今日楽しかったせいじゃない。

明日の事が楽しみだからだ。

ギュッと胸元を抑え、一人で頷く私。


行きの足取りとはちがう、軽やかに部屋へと戻った。

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