第二十五話
二泊三日の旅行は白鳥にエサを与えたり、温泉にゆっくり浸かったりと本当に楽しいものだった。
フレイアも寛いだ様子で、とても喜んでいた。
そんなフレイアを見つめるアヴェリュスも、とても幸福そうだった。
「アルマースはどうだったかな」
城に戻り夕食を終え、与えられた部屋に戻ろうとしたタケルは、背後から呼びかける声に振り返った。
「王様!」
ダイヤモンド王国第十二代目国王であり、アヴェリュスの父であるアンドレアスの姿に、薄茶の瞳を見開く。
軽く波打つ豊かな白髪に白い髭を蓄えた容貌は、トランプのキングのようでタケルの抱く王様のイメージにとても近い。
もうすぐ七十歳を迎えるという。
タケルにとっては、父親というより祖父の感覚に近い。
けれども金色に輝く射るような双眸は、年齢を感じさせない若々しく力強いものだった。
「良い所であったろう」
「はい、とても!」
源泉賭け流しだという温泉は、肌の当たりが柔らかでとても心地好かった。
最初は怖いと思った白鳥も、エサを与えるうちに可愛らしいと思うようになった。
動物を飼ったことのないタケルは、エサを与えるのに夢中になり時間が経つのを忘れた。
湖で捕れるという鯛に似た青い魚は、刺身で食べても煮ても焼いても美味しかった。
タケルにとって、大満足の三日間だった。
「アヴェリュスも楽しんでいたか」
「はい。フレイア姫と、とても楽しそうに過ごしていました」
「そうか……姫君と……」
どこか思案するような小さな声音だった。
複雑な表情を浮かべるアンドレアスに、タケルは軽く眉根をひそめた。
「王様?」
「フレイア姫は、良い人となりをしておられるようだな」
「はい、とても!」
肖像画やこの国に来る経緯を聞いて、暗く無口な印象を抱いていた。
だが、実際のフレイアは驚くほど闊達だ。
考え方も非常に前向きで、コロコロとよく笑う。
ふくよかな顔で笑う姿は、お世辞ではなく本当に愛らしかった。
それでいて釣り糸の絡まった雛を助けるためためらわずに湖に入るなど、かなり勇猛果敢だ。
何より、フレイアは優しい。
弱音を吐くアヴェリュスを叱責することも激励することもなく、柔らかに受け止めた姿は、今思い出しても胸を打つ。
そして、早朝の湖で交わした会話。
あの一見以来、タケルはフレイアが大好きになっていた。
「王様もゆっくりとお話になれば、フレイア姫の素晴らしさを御理解いただけると思います」
「実際に会って話すより、人の語りで多くを知るということもあるものだ」
王宮とは、常に人の目のある場所だ。
結婚相手を求めての姫君の訪問とあれば、嫌でも関心は高まる。
「アヴェリュスは、八番目にやっと生まれた王子だ」
突然の話題の転換についてゆけず、タケルは瞳を二度、三度と瞬かせた。
「五十を過ぎての子でな。諦めかけていた時に生まれた王子で、それはそれは嬉しかった」
「はい」
「アヴェリュスには、誰よりも幸せになってもらいたいと思う。好きな者と結ばれ、幸福な道を歩んでもらいたいと」
「はい」
「だが、アヴェリュスには王子としての責務がある」
王子としての責務という言葉に、真っ先にジュリアスの言葉が浮かんだ。
適切な伴侶を選ぶことも、王となる者の務め。
エヴァンスはジュリアスと結ばれることが出来た。
けれどもそれが異例中の異例であることは、タケルにも分かっていた。
ジュリアスの言うとおり、王家に生まれた者として、気持ちを度外視して適切な伴侶を選ぶことは必要だろう。
そんな国の事情、大人の事情を思うと、自由恋愛の国で身分の違いなど気にせずに生まれ育ったタケルとしてはブルーな気持ちになる。
「国としてはシトリン王国の第一王女、イリス姫との婚姻を望んでいる」
タケルの脳裏に、鮮やかな金色の髪にオレンジの瞳を輝かせるイリスの姿が浮かんだ。
「シトリン王国は国の南側を海に面した、海産物が豊富に捕れる非常に豊かな国だ。岩塩も取れない我が国で使用されている塩の90%は、シトリンからのものでな。鉱石の採掘量も多い。今後も隣国として、より強固な関係を築きたいと思っておる」
タンザナイト王国は国土の3分の2を砂漠に覆われ、鉱石の採掘量も少ない非常に貧しい国だと語っていたアヴェリュスの言葉を思い出す。
国として、そのような貧しい国の姫君との婚姻を望むはずがない。
例え、フレイアの性格がどんなに素晴らしくても。
例え、アヴェリュスが好意を寄せていたとしても。
「御心配には及びません、王様」
アンドレアスの金の瞳が問うようにタケルを見た。
「アヴェリュスは、フレイア姫と結婚することはありません」
「賢者殿は、未来が見える力がおありなのか」
「いいえ」
アンドレアスの言葉に、タケルは小さく頭を左右に振った。
ジュリアスのように、未来を見る力などない。
だが、時間を越える力はある。
未来でのアヴェリュスの后は、サファイア王国で近隣諸国の王妃だけの集いに参加中とのことで不在だった。
だが王の間に掲げられた肖像画の中に、その姿を見た。
絵の中の女性は緋色のドレスを身に纏い、金色の巻き毛の痩身の美しい女性だった。
名前も出身地も何も聞いていない。
だが褐色の髪を持つフレイアではないことだけは確かだ。
「けれども、わかるのです」
今なら、未来を見ることを拒んだジュリアスの気持ちがよく分かる。
未来が分かるということは、明日への希望を奪い、生きる活力を無情に削ぐことがある。
「わかるのです」
知ってしまった未来に、タケルは泣きたい気持ちになった。




