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第二十六話

 穏やかに日々が過ぎてゆく。


 タケルがこちらの世界に来て一番のんびり出来て、心安らぐ毎日だった。


 波立たない日常というのは、人の心の機微を感知しやすくさせる。


 フレイアと初めて対面した時は、公式的な所作で対応していたアヴェリュスの顔は、日を追うごとに柔らかくなり、声は優しい響きを伴っていった。


 来た当初はどこか遠慮気味で寂しげな笑みを浮かべていたフレイアも、淑女らしくないとお付きの侍女から窘められるほど、コロコロと表情を変え笑うようになった。


 白鳥の件以来グッと近くなった二人の距離は、見ていて心地好いものだった。


 けれどもアヴェリュスとフレイアの仲が親密になればなるほど、タケルの気持ちは塞いだ。

 

 アヴェリュスがフレイアに対し、好意を抱いているのは明らかだ。


 フレイアも同様、アヴェリュスを見つめる眼差しは愛情に満ちていた。


 青薔薇の庭園の傍にある東屋で紅茶を楽しむアヴェリュスとフレイアは、本当に幸せそうだ。


 けれども、二人が結ばれることはないのだ。




「まだ御友人のことで悩まれておられるのですか」




 アヴェリュスが席を外したのを見計らったように、フレイアが尋ねてきた。


 憂いた表情の中、青紫の瞳が心配をするように揺れていた。




「いいえ」




 否定の言葉に嘘はない。


 ここ数日、タケルの心を占めているのは、手術のことよりもアヴェリュスとフレイアの未来についてだ。


 優しいフレイア。


 出来れば、アヴェリュスと共に幸せになってほしい。


 けれども未来で出会ったアヴェリュスの妻は、フレイアではない。


 心配げに見つめる青紫の瞳が切なくて、タケルは視線を落とした。




「決まった未来があって……でもそれは、自分が望むものではなくて……それでも変えることが出来なくて……でも、それが受けいれられなくて……」




 整理のつかない気持ちを表すように、うまく思いが形にならず言葉が揺れた。




「きっと、皆そうなのですよ」




 惑う心を救うように告げられた言葉に、タケルは顔を上げた。


 左斜め前に座っていたはずのフレイアが、いつの間にか傍らに腰を落としていた。


 フレイアの手に握られていた真っ白なハンカチが、優しくタケルの目元を拭う。


 その行為に、タケルは自分が泣いているのだと自覚した。


 目の前のフレイアが、労わるように小さく笑む。




「望む未来を歩める者など、ほんの一握りに過ぎません。皆、自分の今いる場所で、精一杯幸せになるよう努力をしているのです」




 もし未来はいくらでも変えられるなどと言われたら、フレイアに対し反発心を抱いたに違いない。


 きっと望む未来がきますよ、などと安易な言葉で逃げないフレイアはとても誠実だ。


 優しいだけではない。


 フレイアはきちんと諭すことの出来る人なのだ。


 素晴らしい人だと心から思う。


 思えば思うほど、アヴェリュスと結ばれないことが悲しくてならない。


 思いは無意識の涙となって、タケルの頬を滑り落ちる。




「フレイア姫は……もし好きな人と結婚出来なくても、幸せだと思えますか」




 フレイアが誰と結婚するのか、タケルは知らない。


 けれども政略結婚が当たり前の王家で、好きな人と一緒になれるとは思えない。


 少なくとも、アヴェリュスとの婚姻は無理だ。




「一番でない誰かと結婚して、幸せになれますか」




 祈るような思いで告げた問いかけに、フレイアは青紫の瞳を見開いた。


 一瞬の後、困惑の笑みが口元に浮かんだ。




「それは、とても残念なことです」




 そう、とても残念だ。


 残念で残念で残念過ぎて、タケルにはどうしても諦めることが出来ない。




「けれども、不幸である理由にはなりません」




 思いがけない言葉に、タケルは濡れた薄茶の瞳を見開いた。


 驚くタケルに、フレイアは柔らかな笑みを向けた。




「縁あって一緒になったのなら、私はその方と幸せになれるよう、最大限の努力を致します」




「幸せに……なれますか」




「勿論です」




 震えるタケルの声音を支えるように、フレイアは断言した。


 青紫の瞳は幸福な未来を確約するように、強い光を放っていた。


 その眼差しに、フレイアならきっとどんな状況になっても、幸せを見つけることが出来るだろうと思った。


 例え、アヴェリュスと一緒になることは出来なくても。


 タケルの知らない誰かとでも。




「望んだ未来でなくても、人は幸せになることが出来ます」




 断言するフレイアの姿に、タケルの両目から新たな涙が溢れ出す。




「幸せになって下さい、フレイア姫」




 未来のアヴェリュスは、タケルの助言で好きな人と結ばれたと言っていた。


 自分が何か行動を起こせば、アヴェリュスとフレイアは結ばれるのかと考えもした。


 けれども未来のアヴェリュスの隣にいたのは、フレイアではない。


 いくら絵画とはいえ、褐色の髪が金色の煌きに変化するはずなどない。


 それは、覆しようのない事実だ。




「必ず、幸せに」




 タケルには、ただフレイアの幸せを願うことしか出来ない。




「はい」




 タケルの言葉にフレイアは、背後に咲く青い薔薇に負けない鮮やかな笑みを浮かべた。


 未来を知らない迷いのない笑みに、未来を知るタケルは自分の非力さを痛感し泣き崩れた。





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