出発
ギュニウスが病床のテントに足を踏み入れると空気が変わった。
ゴブリンたちの目に明らかな怯えの色が見えた。
ギュニウスは口の端をゆがませて自嘲気味に笑うと「お前たちから命を分けて貰った。その礼を言いに来た」と頭を下げた。
病室内にどよめきが起きた。
「上の魔族、下に頭サゲない。これスゴいこと」
エドが俺の隣で、興奮しながら教えてくれた。
ギュニウスは、そのままベッドの間を歩くと一人の人間の前に立った。
「人間よ、我の傷は間もなく癒える。そうなればまたお前達の同胞の屍を山と築くだろう」
「......戦士である以上はそうだろうな」
男は病床で身体を起こすと、そう答えた。
「それが分かっていて何故助けた?」
男は無言でギュニウスを見上げると、おもむろに口を開いた。
「助けたいと思った瞬間、理由も理屈も考えたりしないだろ」
そう言って今度は俺たちを見た。
「それに、ここの先生たちにとっては敵とか味方とかじゃないんだ。全部同じ命なんだってよ」
呆れ気味に両手をあげて、男は歯を見せて笑った。
その表情につられるように、ギュニウスの眉間から皺が消えた。
「我は今まで何と戦って来たのだろうな」
そう言った彼の言葉は、深く穏やかなものに見えた。
「もよもと、ギュニウス連れてく」
エドが俺の袖を引いて言った。
塚本ドクターも「頼んでみる価値はあるな」と深く頷いた。
ワイバーンはギュニウスを背に乗せると誇らしげに頭を上げた。
「赤十字と言ったか。魔王様に話してみよう」
「お願いします」
俺は深く頭を下げた。
塚本ドクターもエドも、深く頭を下げた。
この診療所の未来の為に。
「では、先に行っているぞ」
ワイバーンの羽ばたきに土埃が舞い、頬を風が撫でた。
子ゴブリンたちは、手を振りながら追いかけ走り出した。
「それじゃぁ私達も追いかけましょう」
塚本ドクターに促され、俺とエドは荷馬車に乗り込んだ。
御者は申し訳ない話だが、塚本ドクターが務めてくれた。
道中、乗り方を教わるつもりだ。
診療所はエドが育てた看護師に、留守を預けることにした。
「それじゃぁ、留守を頼んだよ」
塚本ドクターはそう言うと、手網を打った。
馬のいななきが、青く澄んだ空の遠くに響いていった。




