526.弟は腹を決める。公安と足並みが揃わなくなったら?親に合わせた子になるか、子に合わせた親になるか。弟が無事なことは偶然ではない?
弟は、ヨッシーくんと話すことを諦めない。
よほど仲が良かったのか。
「ユキミの友達という立ち位置よりも、誰かの指示に従う方を優先している理由がユキミにも分からないうちは、ヨッシーくんの誘いに乗るな。」
仲の良い間柄なら、腹を括るタイミングは、遅かれ早かれくる。
ヨッシーくんと弟の仲が元通りになる可能性はないと思う。
「兄ちゃんの言いたいことは分かるし、言う通りにした方がいいとも思うけれど、兄ちゃんに言われるのは腹が立つ。」
と弟。
「利用されているヨッシーさんに弟さんが利用されてろくでもない目にあってしまった後では、何もトラブルの起きていなかったときのような友達に戻ろうとしても。」
とカガネ。
カガネが弟を心配しているのは。
カガネにとって弟は、俺以上に未知数な動きをするからか?
弟がこの先どう振る舞うかについて、予想できるほどのはっきりした確証を俺は持てていない。
俺は弟を知らない兄だが、カガネは、どの程度弟を把握している?
「俺を傷つけたがっているやつらに頼まれたヨッシーが俺を呼び出したせいで、俺が無事でいられなかったら、という話をしていますよね?」
と弟。
「はい。弟さんだけが傷付くことも、弟さんとヨッシーさんの両方が傷付くことも、呼び出しの後に二人とも殺されてしまうことも十分考えられます。」
とカガネ。
「家の中で発砲させる人とつるんでいるヨッシーの呼び出しに応じた後も、俺やヨッシーの命が保証されるなんてことは、あるわけがないということですね。」
と弟。
「ヨッシーさんが指示している人物に従っている限り、ヨッシーさんが本音を喋っているかどうかは、判断し辛いでしょう。」
とカガネ。
「ユキミが聞いて嘘と分かるような発言をしたら、ヨッシーくん自身がどんな扱いになるか。
ヨッシーくんがやつらと付き合って今まで生き延びてきたのなら、生き延びるためのラインを知らないとは思えない。」
「ヨッシーさんが生き残ってきたのは、生き延びられないラインを踏み越える振る舞いをしてこなかったからです。」
とカガネ。
「俺はヨッシーに指示しているやつを追いやり、ヨッシーと話をします。
腹を割って。
いつから、何があったのか、全部ヨッシーの口から聞きます。」
と弟。
弟は、腹を決めた。
弟が腹を決めるように誘導したのは、俺ではなくカガネだ。
弟の家族である俺が誘導するより、他人のカガネが誘導する方が、後々、弟の感情にブレは生じにくい。
今日のデスゲームでは、俺達三人とも巻き込まれた被害者だ。
しかし、支援団体との因縁となると。
俺と弟は当事者だが、カガネは第三者だ。
カガネが支援団体と関わっているのは、カガネが公安だから。
俺と弟が支援団体とぶつかるとき、どちらかが生き残り、どちらかが死滅するまで、人生を賭けて戦うことになるが、カガネには途中で撤退を申し出る余地がある。
正義が勝たないデスゲームの参加者として顔バレしていたカガネに支援団体が接触してくる可能性を考えると、公安を辞めたカガネが無事ではいられるとは思わない。
ただ、公安を辞めるのではなく、配置換えを希望して、支援団体から遠ざかる未来をカガネは選べる。
目的が同じだから、と公安と歩調を合わせて動いている今は問題にならなくとも。
俺と公安の歩調が合わなくなったときに、俺が下手に出る予定はない。
交渉して取るものを取ったものの、信用できる人手が不足し、取ったものを活かせず、トラブルが勃発するようでは、俺の望む未来とはほど遠い。
弟にはまだ伝えていないが、後で考えさせようと思っていることがある。
弟が位置情報を共有していなくとも、今も自室から出てこないお父さんが、誰かと位置情報を共有している可能性は、十分ある。
お父さんお母さんは、最終的に俺を守ってきたが、途中、途中は守れていなかった。
お父さんお母さんの死守したいラインを越えない範囲におさまっていれば、お父さんお母さんは、積極的に息子を守ろうとはしないと思う。
お父さんお母さんの、最初は必ず、自分達が楽な方へ流されるという習性を、俺は何度も目の当たりにしてきた。
今気になっているのは、お父さんお母さんのどちらが、最終的な決定権を持っていたか。
お父さんお母さんは、どちらかの意見だけを通すようなことをしていなかった。
俺の知るお父さんお母さんは、二人の意思だと分かるように言動を揃えていた。
弟の知るお父さんお母さんは、片方が突き進むと、片方が止める役割を果たしている。
お父さんお母さんが二人だけでいたとき、二人はどうしていたのだろうか?
最終的に意見を通したのは、どっちだったか?
高校生まで一緒に暮らしていたが、お父さんお母さんが揉めている場面を俺は見たことがない。
息子の知らないところで、親二人で話し合って結論だけを俺に示していたか?
社会人になった弟から聞いた、お父さんお母さんと弟との会話の様相は、お父さんお母さんと俺との会話と違っていた。
お父さんお母さんと弟は、それぞれが自分の意見を出し合って会話している。
お父さんお母さんと俺で話すときは。
お父さんお母さんが二人して俺に丸投げしてきたものを、お父さんお母さんに投げ返すか、俺が決めたことに了承の返事をもらうことがほとんどだった。
お父さんお母さんの言うことに耳を貸した結果、しなくても良い苦労とは何かを身をもって学習した時期も勿論あるが。
お父さんお母さんは、息子に合わせた親になろうとしていたのだろうか。
美容整形手術を受けさせられたお父さんは、毎日家に帰って、弟と家事をし、弟との生活を続けていた。
息子との日常と引き換えに、美容整形手術を受ける以上の犠牲をお父さんが求められなかったと言えるか?
北白川サナの父方の祖父は、孫娘の北白川サナが支援団体の庇護下に入ることを選んでから、支援団体の協力者となり、北白川サナの生活を支えた。
北白川サナの絶対的な心の拠り所だった父方の祖母は、孫娘の目の前で孫娘の無事を願いながら、支援団体の用意した暗殺者に殺されている。
俺の家族の状況と北白川サナの家族の状況は、酷似している。
支援団体のしていることを知っても無事でいるのは、俺だけで。
俺の家族は一人、また一人と毟り取られているところだ。
弟の身体は無事だったが、弟の環境は無事とは言えくなっている。
俺の家族は、修理不可のレベルまできていて、今も侵食は進んでいるが、まだ壊れきってはいない。
弟が無事でいるのも、偶然ではない。
弟本人の預かり知らぬところで、弟を無事でいさせようと画策したやつらと、弟の無事のために動いた人の動きが合わさった成果ではないか。
表面上変わらない生活を弟とお父さんが続けていたからこそ、実家は安全だと思い込んだ俺は帰省してきた。
弟を今日まで生かしたのが、敵の作戦でも俺は驚かない。
ただ、弟を生かしたいと願ったお父さんお母さんや、他の誰かが抗った結果かもしれないという希望も俺は持っている。
弟を今日まで死なせたくなかった理由は人により違っていたとしても。
死なせないという目的が一つだったおかげで、弟が今日まで無事だったのなら。
弟がすることは、一つ。
生かされたことを利用して、支援団体に抗う意思を強く持ち、この先を生き延びようとすること。
弟が弟に助けてほしいと願う誰かと会うことは、これから避けられない。
ヨッシーくんと会いたがっているのは、弟の方だ。
弟には、自身の生存を最優先とする判断をさせたい。
弟が今のヨッシーくんを友達でないと言い切れないでいるように。
少しばかり話すようになった弟が、明日の俺からいなくなることを何も思わない俺ではなくなっている。
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