524.デスゲームをクリアしても、明日出勤させたら、弟は帰ってこない。静かな廊下にいる二人。留守電がよく聞こえるのは、俺達に聞かせたいから?
俺の不平不満は、全て、支援団体に向いている。
「尾長さんとの関わりができた人が次々と休職や退職して以来、うちの部署は人手不足です。」
と弟。
弟の近くで働く人を減らすために、尾長さんが市役所の内側に配置されたのではないか。
弟の声を聞きながら、俺はほぞを噛んでいた。
弟の生活圏は、既に侵食されている。
一緒に暮らしているお父さんとお母さん。
弟が別れた彼女。
学生時代の部活仲間。
職場である市役所の上司と後輩。
今日、この家でのデスゲームをクリアしても。
明日、出勤したら。
俺の弟は、もう帰ってこないと思う。
「上司の田浦さんが尾長さんの勤怠管理をしているから、田浦さんと面談する日だけ尾長さんは出勤してくる。」
と弟。
弟が語る職場には、明日も仕事に行くことへの悲壮感がない。
仕事をしに職場に行くことは、弟の生活の一部になっている。
失わせたくはないが。
「上司の田浦さん、後輩の尾長さんと弟さんで、連絡を取り合うことはありますか?」
とカガネ。
感情にとらわれている俺は口を閉じて、カガネと弟の会話に耳を傾けた。
今日のデスゲームの答え合わせ前に、感情を優先すると死ぬ。
「仕事以外での連絡はありません。
勤務時間外に連絡をとったこともありません。
そもそも、仕事をしない尾長さんは仕事の話をする相手じゃないので。」
と弟。
用事がない尾長さんに弟から話しかけることはない、か。
関わる同僚を休職や退職に追い込んでいった職場の後輩が、用件を言わずに至急連絡を寄越せと没交渉だったかつての指導役に要求し、そんな後輩を助けろと上司が連絡してきたのは、出勤日前日の休日。
弟は、明日、仕事に行けるかどうかを心配しているが、弟の上司と後輩は、明日、弟に出勤させる気などない。
上司と後輩は、今日中に、弟をどうにかする気でいる。
俺が今からすることは、弟に生活圏への危機感を抱かせること。
「家の中で災難にあっているユキミ。
行き先を言わず、ユキミを家から出す誘い文句だけを聞かせてくる部活仲間。
関われば退職がちらつく職場の後輩からの要求。
その後輩の要求を受け入れて後輩に関われと言う上司。」
ざっと並べてみたが、暮らしに良い環境とは言えない。
「弟さんの職場の後輩と上司の留守電に追加したのは、部活仲間の留守電で弟さんが動かなかったからではない?」
とカガネ。
カガネが俺に便乗してきた。
「向こうは、こちらの動向を逐一把握しているということか。」
「今もまだ見られているって?
洗面所に仕込まれたカメラで、見つけていないカメラがまだある?」
と弟。
カメラにかかっているタオルを持ち上げて、洗面所内のカメラを探そうとした弟は、カガネに止められている。
「洗面所のカメラには、タオルをかけています。
廊下や、階段下にカメラを置いていたら、カメラに映らない私達が洗面所に立て籠もっていると分かるでしょう。」
とカガネ。
落ち着き払ったカガネの説明を聞いた弟は、ほっとした。
「洗面所の扉の向こうにいるやつらは、逐次、報告しているかもしれない。」
「扉の外には、報告要員が二人もいるからね。」
と弟。
「留守電にメッセージが入っくる間、扉の外の二人は、二人とも静かにしていた。」
とカガネ。
そういえば、家の中で聞こえていたのは、留守電の音声だけだった。
「物音がしませんでしたね。」
と弟。
静かにしようとして、静かにしていた、か。
「固定電話は、洗面所近くの廊下ですか?」
とカガネ。
「リビングの廊下側の扉に近い台にあります。」
と弟。
「固定電話を置いてある台の位置は、階段からも近い。
家のどこにいても、電話の音が聞こえるように、家の真ん中に置いたとお母さんが話しているのを聞いたことがある。」
カガネは、納得した声を出す。
「洗面所の扉を閉め切っているにもかかわらず、留守電の音声はよく聞こえたのは。
家の中にいる人が、電話の音を聞き逃さないような家の造りになっていたから。」
とカガネ。
固定電話を家の真ん中に置くのが、お母さんの家へのこだわりだったのなら。
固定電話へ留守電を入れると、家の中にいる俺達に聞こえるという情報は。
お父さんお母さん経由で、敵にもたらされて使われた、か?
「俺に留守電を聞かせたくてたまらないことは伝わってきた。」
と弟。
「俺達が留守電を聞いている間。
洗面所の扉の外にいる二人の気配は消えていないが、何をしているかは、扉で分からない。
次に何を仕掛けてくるか、ユキミは何か思いつくか?」
「兄ちゃんが俺に聞くのは、お母さんの成り代わりと同じ家で暮らしていた俺だから、次の行動を予想出来ないかってこと?」
と弟。
「お母さんの成り代わりだけでなく、ユキミの元彼女の声を聞かせてきた女とも、ユキミは面識があったのではなかったか?」
弟は、廊下の二人について、どれぐらい知っている?
「それぞれの特徴というのは弱点のことだよね?
二人の弱点なんて意識していなかったから、思いつかないなあ。」
と弟。
「接した時間が皆無ではなかったなら、接したときに感じる違和感はなかったか?」
「一緒にいて違和感しかなかったら、違和感を突き詰めようとはしないんだよ。」
と弟。
「違和感の元を追及すると、日々の生活がままならないというところですか?」
とカガネ。
「そうです。悩んでいても、仕事にいく時間はきます。
家で休養をとらずに仕事に行っても働けません。」
と弟。
「毎日生きていくための稼ぎがと休養があってこそ、他のことにも目を向けられるという考えには、俺も同意する。」
「追及したくなかったわけじゃない。
疑問だらけだった。
だから、お母さんの成り代わりと、洗面所の外で彼女の声を聞かせてきた女の共通点は、今言えるよ。」
と弟。
「話せ。」
「二人とも、自分からそうしたくて、そうしているんじゃない。」
と弟。
「詳しく話してみろ。」
「今から思えば、になるけれど。
お母さんの成り代わりは、お母さんに成り代わりたくて、お母さんの成り代わりをしているようには見えなかった。」
と弟。
「応募して決まったのに、働く気がないアルバイトみたいなものですか?」
とカガネ。
「やりたくなくても、お母さんの成り代わりをしている目的はあるのかも。」
「洗面所の扉を挟んで、元彼女の声を聞かせてきた女は?」
「俺のことが好きだから俺の力になって、俺を励ましたいという気持ちが伝わってきたことはないよ。」
と弟。
「元彼女の声を聞かせてきた女は、ユキミの理解者のていでユキミの前に現れたのだったか?」
「俺のことは分かっているから優しくしている風ではあっても、俺に好意を寄せているかは最後まで分からなかった。」
と弟。
「元彼女さんの声を聞かせてきた女は、弟さんに好意を持って近付いてきたというよりも、弟さんに好意を寄せられる目的で弟さんに近付いたのかもしれません。」
とカガネ。
「ハニートラップか。」
「ハニートラップって、眩しいくらいの美女に仕掛けられるんだよね?
俺、眩しいくらいの美女なんて会ったことないよ。」
と弟。
「ユキミに丁度良さそうなハニートラップ要員を見繕ったか。
もしくは、やりたくない仕事を引き受けざるをえなくなった素人に、ハニートラップをやらせたか。」
ユキミの話を聞く限り、ハニートラップのプロでない可能性の方が高い。
北白川サナが、支援団体の指示で正義が勝たないデスゲームに参加した状況と同様に。
「留守電に吹き込まれる声が、家の中にいる二人への合図になっていた可能性もあるわよ。」
とカガネ。
「留守電の音声を俺達が聞いている間、次の指示がとんでいたのかもしれない、か。」
弟は、逡巡してから口を開いた。
「兄ちゃんは、俺の友達が俺を誘拐する計画に協力しているんじゃないか、と言っている?」
と弟。
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