ifルートEND 僕と君の結末。
注意!
今回はボーイズラブルートなので苦手な方はスルーしてください!!
あれから数年の月日が経った。
僕は皇城務めの証である黒のローブを羽織ると、馬車から降りて城内へと足を踏み入れる。
登城した時間帯が早かったせいか、城の中にいる人たちはまだまばらだ。
通路を歩く僕とすれ違う人達は一歩横にはけて会釈してくれる。
それほどまでに今僕が背負っているものの責任は重いという事だ。
黒のローブにあしらわれた銀のタッセルは、上級貴族の出自である事の証明であり、首からかけた深紫のアメジストのネックレスは、皇太子殿下ウィリアムの近侍である事を示している。
「やぁ、エステルくん」
げ、まさかこんな所で出会うなんて……。
声の方向に振り替えると、後ろからやってきたウィンチェスター侯爵が欠伸をしながらあらわれた。
「まさかこんな所で会うとはね。君はいつもこんなに朝早く来ているのかい?」
「お久しぶりですウィンチェスター侯爵。侯爵とこの時間に会うのは初めてですね」
サボり魔で遅刻魔のこの人が、こんな朝早い時間帯に皇城にいるのはもしかしたら初めてかもしれない。
僕の嫌味に対してウィンチェスター侯爵は笑顔を返す。
この人は本当に何を考えているのかわからない。
今でもできればあまり関わりたくはないのが本心だ。
「うんうん、その生活にもだいぶ慣れてきたみたいだね」
ウィンチェスター侯爵は僕の秘密を知る人の一人だ。
結局、僕は女性に身体に変化する事なく元の男性の体へと戻ってしまったのである。
僕はお父様に事情を説明し、仕方のない事だが、エスターは帝国を守った英雄として国葬する事になった。
国葬の時に事情を知らないティベリア達を泣かせた事は、今でも申し訳ないと今でも思っている。
「知ってるかい? 次の宰相候補は君じゃないかとみんなが噂しているよ」
「ご冗談を……」
再びエステルとして生活する事になった僕は、休学届を取り下げて学校へ復学した。
学校に復学した理由は、卒業後にウィルの近侍になるためには学校を首席で卒業する必要があったからである。
そんな事をしなくても、お父様の力で無理やり捻じ込む事もできたんだけどね。
でも僕は、正々堂々とウィルの側にいるために、正々堂々と周囲をねじ伏せるやり方をとった。
今思えばあれほど忙しかった時は、僕の人生の中でも一度もなかったんじゃないかな。
まぁ、そのおかげで色々と考えなくて良かったのは助かったけどね。
二人で並んで歩いていると、途中の十字路でウィンチェスター侯爵が立ち止まった。
「おっと、私は用事があるのでここで失礼するよ」
僕は侯爵と軽く会釈を交わして、ウィンチェスター侯爵を見送る。
しかし侯爵は途中でピタリと動きを止めると、こちらに振り向いた。
「あ、そうそう、皇太子殿下に縁談の話が持ち上がっているようだよ? あっ、エステルくんなら知っていたかな?」
……だから僕はこの人が苦手なんだろうな。
知るわけもないし、知りたくもなかった。
それがわかってて此方を試すように問いかけるのだから、本当にタチが悪い。
「そうですか。それは知りませんでした、教えて頂いてありがとうございます」
僕は何事もないように振舞う。
もう僕だって子供じゃないんだ。
いつかはこういう日が来るってわかっていたのだから。
ざわめく心を抑え付け、僕は執務室へと向かった。
◇
仕事終わりに、僕はふと久しぶりの場所へと赴いた。
森の中、ここだけがまるで異世界に来たかの様に輝いて見える。
夜空に浮かぶ美しい月を水面が反射し、周囲の花畑は空に散りばめられた星々の様に瞬いていた。
決して触れる事のできないものであったとしても、ここなら触れる事ができる。
まるでこの世界に手に届かないものなどないと言われている様だ。
「懐かしいな……」
ここに来るのはどれくらいぶりだろうか。
学生時代にはよく来ていたが、ウィルの近侍になってからは滅多に来なくなった。
僕とウィルが初めて出会った思い入れのある場所でもある。
「ここにいたのかエステル」
僕の名を呼ぶその声の方向に振り向く。
「ウィル……」
最初に出会った時と比べて、ウィルはますます格好良くなったと思う。
落ち着きが出て大人の男性としての魅力が増したというべきか、貴族令嬢たちからも熱い視線を送られているそうだ。
「ここでお前と逢引するのは、もう何度目の事だろうな」
学生時代、まだ近侍になる前の僕が、表立って何度もウィルに会いにいくわけにはいかない。
だから時間がある時に僕はこっそりとこの2人の秘密の場所に何度も訪れた。
待ってても会えない時もあったけど、ウィルを待っているその時間ですら楽しかったのをよく覚えている。
今でも、僕の愛おしい思い出の一つだ。
「今日で丁度100回だよ」
近侍になってからは執務室で2人きりになれる時間も多く、それくらいからここに来る回数も減った。
こうやって時間の流れが、僕とウィルの関係に徐々に変化をもたらせていくのだろうか。
僕だってもう子供じゃないからわかっている。
ウィルは皇太子なんだから、いつまでもこの時間が続くわけじゃない。
「エスターであった時から思っていたが、お前のその記憶力の良さは一体なんなんだろうな」
「さぁね、でも僕は昔から一度見たことは忘れないんだ。そのおかげでウィルの近侍になれたのだから、神様が与えてくれたこのギフトに感謝しないとね」
このおかげで学校に復学した後も、勉学では苦労せずにすんだ。
エスターになれと言われた時も、なった後もうまくこなせたのはこの能力のおかげだろうと思っている。
「ならば、あの時の俺の言葉を覚えているか?」
「あの時?」
僕は首を傾ける。
「エステルが例え男の姿に戻ったとしても、俺が添い遂げるのはお前だけだと言ったあの時の言葉、まさか忘れたわけじゃないだろうな?」
忘れるわけないさ、だから僕は君の手を取ったんだ。
でもねウィル、君は皇太子なんだよ? いつまでもこのままじゃいられない。
今朝のウィンチェスター侯爵とのやり取りを思い出す。
皇太子であるウィルは、いつかは奥さんを娶って子供を作らないといけないんだ。
「……ごめんねウィル。その時の言葉が君を縛り付けてしまった」
だからこそこの関係にケリをつけるのは僕じゃないといけない。
僕が彼の未来の妨げになるわけにはいかないのだから。
「僕はもうあの時の言葉だけで十分なんだ。この思い出だけ抱えさせてくれれば、ね、だからもう……」
「おい、誰に吹き込まれたかは知らない……いや、予想はつくが、勝手に先走るなエステル」
ウィルは僕のおでこを指先で軽く押した。
「まったく、お前のそういうところは変わらないな。いいか、一人で不幸になろうとするな。その前にちゃんと俺に相談しろ」
「でも……」
僕は少しムッとする。
せっかく覚悟を決めたというのに、ウィルがそうやって僕の決断を鈍らせるから……。
本当は僕だって嫌だけど、これ以外に解決策はないし、一生ウィルを支えられる今のポジションにつけただけでも有り難いと思わなきゃいけない。
「でももくそもない。言っておくが縁談なんてのは全部断ってるからな」
断ったところでそろそろ断り続けるのも限界じゃないか。
そっぽを向いた僕にウィルはニヤリと笑う。
「それとこれは極秘事項だが、どうやら母上がご懐妊されたようだ。そして解任を鑑定した医療魔術師によると、子供はどうやら男の子で間違いない。近々公表されるだろう」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を出した僕の前に、ウィルは1通の手紙を差し出した。
「そしてこれがお前宛の手紙だ」
もちろん送り主は皇后様である。
僕は手紙を開いておそるおそる中身を確認した。
はぁい、エステルちゃん元気ー?
私は今日も元気よ。でも、もうずっとエステルちゃんに会えなくて寂しいわ。
こんど久しぶりにまた一緒にショッピングしましょ。あっ、よかったらまた女装してみない?
髪の色も変えて全く別人に変装すればきっと大丈夫だから、ね?
あっ、そうそう、ところであの時の私との約束覚えているかしら。
もしもの時は私がもう1人産みます!
ちゃんと有言実行した私偉いでしょー。褒めて褒めて!
そういうわけでウィルはエステルちゃんにあげまーす。
もちろん返品不可だからね!
それじゃあ二人ともお幸せに。
あっ、そうそう忘れてるところだった……。
その代わり二人のイチャイチャエピソードを定期的に送ってください。
もし送ってくれないと……女装させて私付きの女官に任命しちゃうからね!
「……だ、そうだ」
ま、まさか皇后様があの時の戯言を有言実行なされるとは……。
思わず目眩でよろけて崩れ落ちそうになった僕の体を、ウィルが抱き止めてくれた。
「あ、ありがとうウィル」
「まぁ、お前の気持ちはわかる。俺もこの展開は予想外だった」
だよね。僕の覚悟や気苦労はいったいなんだったのかと……。
ウィルは僕の体から手を離すと、目の前で向き合うように立った。
「エステル、俺は将来、皇位継承権を捨て弟に皇帝の座を譲るつもりだ」
皇族であるウィルが皇位継承権を捨てても只の一般人になるわけではない。
空席となっているどれかの貴族位を与えられ、貴族家当主としての務めを果たす事になるだろう。
しかしそれはウィルにとって皇帝になる夢を捨てる事である。
僕は胸の内が苦しくなった。
「そんな顔をするなエステル。俺が皇帝になりたかったのは、この国を今よりももっと良くしたいからであって、それは手段の一つでしかないのだから」
ウィルは僕の頭をぽんぽんと叩く。
「そのためには皇帝になる事よりも、お前とずっと共にある事の方が重要なのだ」
僕は顔を赤くする。
ウィルはこういう事をスラリと言うから、もう!たまには言われる立場の気恥かしさも考えて欲しい。
「だから……その時まで待っていて欲しい」
「うん、いいよ。待つのは嫌いじゃないからね」
あの時と同じだ。
待つのは嫌いじゃない、それもきっと僕と君にとっての良い思い出になるのだから。
「いつかは俺とお前と、レヨンドールの3人で旅をするのもいいかもな」
ウィルは体を横に向けると夜空を見上げる。
この場所から飛び立った僕と君の初デート。
今でも鮮明に覚えている愛おしい思い出の一つだ。
「ふふ、それも楽しいかもしれませんね。もちろん、どこまででもついていくよウィル」
僕も体を横に向けて夜空を見上げる。
その時に一瞬、お互いの手の甲が触れあう。
「あぁ、ずっと一緒だエステル」
「はい」
僕たちはどちらからともなくお互いの手を取り握りしめ、同じ景色をそろって見上げた。
なお、この後ウィルに10年以上待たされる事になって大喧嘩するのだが、それはまたの話である。
ifルート終わり。
お読みいただきありがとうございました。
先週死ぬほど忙しくてやはり更新無理でした。
ボーイズラブルート、待っていた方がいるかどうかわかりませんが、これで満足していただけたなら幸いです。
それではまた第3部でお会いしましょう。
 




