100人以上から愛をもらっても
「それだけ伝えたくて」
「それだけ……?」
「トオル君」
「なに?」
「ごめんね、ありがとう」
その言葉が終わると同時に電話を切った。
もうこれ以上言葉を交わす権利は私にはない。
私の汚い体で、トオル君に触れたくないから。貴方を汚したくはないから。
あ……、そういえば別れようって伝えるの忘れてた。
でも、もうそんな言葉なんていらなかったよね。
きっともう私のことなんて忘れてくれてたよね。
私のいないところで幸せになってくれてたよね。
私が彼女だなんて、恥ずかしいよね……。
アカリはポロポロと涙を流した。他の男の前では涙を見せなかったのに、トオルの前でだけはいつも泣いていた。
「……トオル……くん」
「……トオル……くん」
電話は自分から切ったのに、どうしてだろう。なんで、まだ繋がってたらいいのにな、なんて思ってしまったんだろう。
自分の声が、届けばいいななんて思ってしまったんだろう。
好きなんだ。まだ。こんな自分でもまだ恋をしてるんだ。
ようやく難病から逃れられたのに。せっかくまだ生きているのに。
貴方がいないと、明日なにをすればいいかさえ分からない。
電源を落としたスマホから音は鳴らない。
真っ暗になった画面が、痩せこけた自分の顔を映す。
『全部終わって、病気が完治したとき、まだ私のことを好きでいてくれる?』
つまり、100人以上の男と性行為をしてもまだ愛してくれますか? という質問に、貴方は平気な顔で当たり前のように「愛してるよ。これからもずっと。なにがあっても」と言ってのけた。
でも、それはきっと私たちがバカだっただけだよ。
想像してたよりもずっと、愛されるって辛いことだよ。
バカなんだよ。まだバカだよ。
100人以上から愛をもらっても
私の中には、もう貴方の愛しか残っていない。
アカリは100円ショップで買ってきたカッターを取り出した。そして自分の腕に切れ込みを入れていく。血がプクッと丸く膨張して、そして流れた。
傷口の熱さなのか、血液の温かさなのかは分からない。ただ切られた箇所は熱くて痛い。
死ぬ覚悟はなかった。でも、今まで人を騙して受け取った愛の数だけ切り込みを入れようと考えていた。
やっぱりこれは罰なんだよ。他人のことを何も考えない私への神様からの罰なんだ。
だから、甘んじて受ける。
毎日毎日、限界が来るまで腕を切り刻んだ。もう何回切ったのか忘れてしまって、ただの日課になっている。
たまにスマホの電源を入れると着歴がすごいことになっていた。全部トオル君からだった。
メッセージで「今から行くよ」と書かれたものが何件かあったが、昼夜逆転している私は寝ていて気付かなかった。
血だらけになった腕を洗い流す。
そのときあることに気づいた。気付かなかったらよかった。
傷の治りが一人分だけ早い。
いつもたくさん傷つけているから、気づくのに遅れた。
もう愛さなくていいのに……。
バカだなぁ。もう嫌いになっていいんだよ。
こんな心も体もボロボロになった人間なんて愛さなくていいんだよ。
「ごめんね……」
堰が切れたようにまた涙が溢れる。
トオル君が、そばにいてくれてるように感じることが出来たから。
気付けば世界は夏になっていた。




