5-真夜中のおかし:実
まず耳が冴えた。鈴虫たちがさざめいている。実はうとうとと目を開いた。なんどか瞬きを繰り返す。部屋のなかは、蛍光ともついていないのにしらしらと明るかった。出窓のほうへ寝返りを打つ。月の明るい夜だった。秋をつげる風の音に、実はまた目を閉じた。
カッ、チ。コッ、チ。カッ、チ。コッ、チ。
時計の音がする。実はまた目を開けた。上体を起こす。喉が渇いてしまった。実はベッドを抜けだした。廊下へ出る。暗がりのなか、ひっそりひっそり歩いていく。階段の途中で、実はふと足をとめた。キッチンから明かりが漏れている。オレンジ色の、薄い光りだった。実はそっとキッチンのドアの前にたった。どこのあかりがついているのか、検討がつかない。実はなんだかどきどきして、ゆっくりとドアノブを下げた。音がしないよう、慎重にドアをあけた。
有機だった。有機が、キッチンにたっている。オレンジの薄灯りは、コンロの真上に備え付けられている小さな電球のあかりだった。甘い匂いがして、実ははっとした。お菓子の甘いにおいだとわかって、いつも朝の。テーブルにときどき朝になると置かれているお菓子だと思った。実は嬉しくなって、一瞬部屋へ入ろうとした。
その瞬間、有機が、ズッと鼻を鳴らしながら目元を拭ったのがわかった。それで思わずピタリと動きを止めた。顔は見えないけれど、泣いているのだとわかった。あのときの。あの日みた泣き出しそうな有機の顔を思い出す。その涙を、いまひとりで流しているのだと。たまらなかった。実は息をつめて、どうしていいかわからず立ち尽くした。すっと。油断しているとドアがひらいて、カタン、と鳴った。有機がびっくりして振り返った。実が立ち尽くしていると、有機がふっといつものように笑った。
「起きちゃった?」
実は素直に頷いた。有機がうーん、と明後日のほうをむいて少し考えた。
「……ホットケーキなんだけど」
ちょっとだけ食べる?
そう聞かれて、実はさっきよりも大きく頷いた。そして有機のそばへ駆け寄った。有機が一口サイズに切ったホットケーキを目の前にもってきてくれる。実が口をあける。口にはいる。甘く、柔らかい。実がもぐもぐとすると、有機が嬉しそうに目を細めた。甘くて、やっぱり柔らかい。けれど、少し、哀しい味。




