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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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49/121

49話:学園財政の構造改革

 理事長室の重厚な扉が無音で開き、アレンが足を踏み入れた瞬間、室内に満ちていた重苦しい空気がさらに凍りついた。窓の外に広がる夕闇を背負い、彼は一切の感情を排した冷徹な足取りで上座へと歩みを進める。


 居並ぶ学園の幹部たちが恐怖の色を隠せないまま固唾をのんで見守る中、アレンは席に腰を下ろすやいなや、手元の分厚い予算資料をバサリと机の上に放り投げた。冷えた金属音が静寂を切り裂く。


 指先でその資料を軽く叩き、彼は目の前の者たちを鋭く見据えた。


「無駄な項目のリストアップと査定は終わっている。順に処置を通達するから、異存がある者は論理的な根拠を持って申し出ろ」


 一呼吸置いた後、アレンは最初のページに視線の焦点を合わせ、淡々と言い放った。


「まず、項目一だ」


【名誉職や形骸化した役職への報酬(年間約三十億円)の内訳】


「元老顧問教授、実務無しの名誉職が十五名……これらはすべてクビだ」


 そのあまりに直截的な表現に、側近の財務担当者がわずかに息を呑み、ペンを持つ手がピタリと止まる。しかし、アレンは容赦なく言葉を続けた。


「退職金を受け取った段階で、実務のない顧問に報酬など一切必要ない。全カットとする」


 年間三十億円という巨額の支出が、一言の下に切り捨てられた瞬間だった。幹部の一人が青ざめた顔で冷や汗を拭い、震える声を絞り出す。


「し、しかしアレン様……彼らはかつて国家的な功績を残した高位貴族や、学園の礎を築いた元老の方々です。学園の最高規定によって、こうした方々への終身手当の支払いは厳格に義務付けられておりまして……!」


「規定なら今すぐ見直せ」


 アレンは一切の妥協を許さぬ冷徹な瞳で、その幹部を真っ直ぐに射抜いた。


「過去の功績に対する対価は、すでに支払われた退職金で完全に精算されている。現在、学園に何の実務ももたらさず、ただ名誉にしがみついて毎年のように巨額の金を吸い上げているだけの連中に払う銭は一枚もない。どうしてもこの枠の存続に意義があるというなら、その確固たる根拠と具体的な代案を示してから発言するように」


 反論の余地を完全に封じ込める圧倒的な理詰めに、幹部たちはもはや誰も声を上げることができず、ただ項垂れて頷くしかなかった。


「次に、項目二だ」


【迎賓館・大広間・庭園の維持管理費(年間約五十億円)の内訳】


 めくるページの先にある数字に、幹部たちの一団が再び息を呑む音が聞こえた。アレンは構わず、冷徹な視線を資料から上げる。


「迎賓館・大広間・庭園の維持管理費。年間五十億円だ」


 その巨額の数字に、施設の管理責任者が青い顔のまま、おずおずと口を開いた。


「あ、アレン様……貴族来賓用の迎賓館の維持や、広大な観賞用庭園の景観保持には、どうしても莫大な費用が……年に数回とはいえ、高価な美術品や調度品の定期的な輸入・補修が不可欠でございます。それに、庭師や従者、保安要員を含めた専属管理スタッフが約二百名も常駐しておりまして、その人件費と宿舎費だけでも年間十五億円が……」


 アレンは鼻で笑うと、その言い訳をばっさりと切り捨てる。


「年に数回の利用のために、高価な美術品や調度品を定期的に輸入するなど言語道断だ。そんなものは一切必要ない。補修が必要なら、必要最低限の規模にせよ」


 さらに、アレンは人員削減と運用の見直しを突きつける。


「そもそも、維持管理に二百名もいらん。十名で足りる。その十名には余計な装飾の維持ではなく、建物の点検管理に従事させろ。補修が必要な箇所が出たなら、必ず申請を出せ。わざわざ大きな地震でも起きたかのように大掛かりにやる必要もないだろう。稟議が通れば、相見積もりにより発注先を決める」


 スタッフの削減と手続きの厳格化に幹部たちが慄く中、アレンはさらに畳み掛ける。


「それと、施設の保安が必要なら自分たちで抱え込まず、冒険者ギルドに依頼を出せ。巡回程度ならDランクでも十分にこなせるだろう……まあ、俺もDランクだしな」


 自らのランクを飄々と引き合いに出しながら、アレンは無駄な人員と設備の肥大化を冷徹に削ぎ落としていった。


「次に、項目三だ」


【物品調達の癒着による差額(年間約八十億円)の内訳】


 アレンが冷徹な動作で資料のページをめくると、理事長室の空気はさらに張り詰めた。


「物品調達の癒着による差額だ。合計して年間八十億円の無駄が発生している」


 その金額の重みに、調達担当の幹部が冷や汗を拭いながら身構える。アレンは容赦なくその内訳を突きつけた。


「まず、特殊触媒や薬草類の独占購入差額が年間四十五億円。特定の古い商人ギルドと結ばれた独占契約により、市場価格の三倍から五倍というふざけた言い値のまま買い続けさせられていたことによる差額だ」


 アレンの鋭い視線が、特定のギルドと癒着していた者たちを射抜く。


「独占は全面禁止とする。今後、一定以上の金額の調達を行う場合は、必ず相見積もりを出させろ。――それと、その特定のギルドにはこう伝えろ。『これ以上の不当な取引を続けるなら、これまでの購入金額と癒着の実態をすべて公表する』とな」


 脅しとも事実の通告ともつかぬ冷徹な言葉に、幹部たちは背筋を凍らせる。さらにアレンは、もう一つの不正へと指を滑らせた。


「次に、魔法陣用インクや特殊金属等の中間マージンが年間三十五億円。大量消費される基礎資材において、不透明な仲介業者を何重にも挟むことで、無駄な上乗せ分が発生している。これも即座に改めろ」


 調達担当者が震える声で「で、では、新たな仕入先はどのように選定すれば……」と問うと、アレンは鼻で笑った。


「相見積もりをとれ。……ちなみに、『株式会社バルツァー・ラボ』に見積もりを取ってみろ。あそこを通せば、俺が正しい適正金額を直接明示してやる」


 不透明な利権の構造は、アレンの一声によって完全に根絶やしにされていくのだった。


「最後に、項目四だ」


 アレンは分厚い予算資料の最後のページをペラリとめくり、冷ややかな目を幹部たちへと向けた。


「形式的な行事や式典の予算……王侯貴族を招いた大舞踏会や祝賀会だ。これが年四回開催され、一回あたり十億円、合計で年間四十億円が消えている」


 その金額に、式典の主管を務める責任者が冷や汗を流しながら、怯えた様子で声を絞り出した。


「お、お待ちください、アレン様! 四半期ごとに実施されるこれらの祝賀会は、学外の有力な貴族や王族方を招き、学園の権威を示すために不可欠な外交的行事でございます! 会場の豪華な設営や特選食材の調達、一流の音楽隊の招聘、さらには来賓の皆様へお渡しする高価な贈答品や厳重な警備費用を考慮しますと、どうしてもこれだけの規模の予算が……!」


 アレンはその弁解を冷たく一瞥すると、鼻で笑って一蹴した。


「知らん。そんな見栄と無駄の塊のような催しに、学園の金をドブに捨てる余裕は一切ない」


 一刀両断された責任者が絶句する中、アレンは机の上で指先をトントンと軽く叩きながら、容赦ない条件を突きつけた。


「どうしても開催したいというなら、まず稟議を出せ。内容を一つずつ細かく検討してやる。ただし――その内容には、当然ながら詳細な相見積もりの内訳が入っていることが絶対条件だ」


 丸投げの予算執行を完全に封じ込め、すべての無駄を徹底的な管理下に置くアレンの姿勢に、理事長室の幹部たちはもはや反論する気力すら失い、ただ青い顔で深々と頭を垂れるのだった。


【招かざる客たちへの招待状】


 アレンは、処理を保留にしていた最後の項目――形式的な行事や式典の予算について、手元の資料を見つめながら思考を巡らせた。


「四半期ごとに実施される王侯貴族を招いた大舞踏会・祝賀会……一回あたり十億円か」


 年間四十億円が消えていく見栄と無駄の巨額予算。本来であれば即刻全廃か厳格な事前稟議に切り替えるべき案件だが、アレンはふとアゴに手を当てた。


(……待てよ。見栄を張るためだけに金をドブに捨てるのは論外だが、学園の宣伝として使うなら、この催しも悪くはないな。ちょうど最近世話になった顔なじみも増えたことだし、近況報告ついでに招待状でも送ってやるか)


 本人は至って気楽な「旅先で知り合った友人や仕事仲間に同窓会の案内を出す」程度の感覚で自らの構想に納得すると、青ざめた顔で指示を待つ幹部へ冷淡に問いかけた。


「次の開催予定はいつだ?」


「は、はいっ! 再来月を予定しております……!」


「……そうか。既に手配が動き出している案件なら、今さら白紙撤回する方がかえってキャンセル費用などの損失を膨らませるだけだな。やむを得まい、次回開催分まではそのまま執行を許可する」


 安堵の表情を浮かべかけた幹部たちをよそに、アレンは「ただし」と指を一本立てた。


「無駄に終わらせるつもりはない。俺の知り合いくらいは招待枠として席を確保させてもらう」


 アレンは受付に命じて無記名の最高級招待状を数枚用意させると、デスクへと向かった。


(ただの見栄を張るための社交パーティなら金の無駄だが、知り合いを呼んで学園をアピールする場にするなら、十億円の予算も宣伝費としてギリギリ許容範囲か)


 気軽な気持ちで羽ペンを走らせ、脳内で手際よく宛先を整理していく。


 ・バルツァー辺境伯

(国防の要であり、株式会社バルツァー・ラボの強力な共同出資者)


 ・レムリア法皇国第一王子(バルツァー・ラボ4号店・店長)

 ・レムリア法皇国女聖騎士(バルツァー・ラボ4号店・副店長)

(4号店の店長と副店長も、たまには店を離れて息抜きが必要だろう)


 ・レムリア法皇

(ついでに立ち上げを喜んでくれた第一王子の父親としても呼んでおくか)


 ・魔法帝国帝王本人

 ・魔法帝国ベルンハルト侯爵 および 令嬢エレーナ

 ・魔法帝国オクタヴィウス宰相

(あの熱心な美容水の顧客の令嬢と、いつも丁寧な手紙をくれる宰相さんたちだな。せっかくだから帝国のトップにも一枚送っておくか)


 さらにアレンは、まだ自ら直接足を踏み入れてはいないものの、黒曜龍討伐の際に国際同盟を組んだ間柄である『クレイズ神聖王国』へと思いを馳せた。


(まだ現地の下調べは完了していないが、挨拶としては悪くないタイミングだ。誰か都合のつく奴が暇つぶしにでも来てくれればいいな)


 アレンはクレイズ神聖王国宛てにも無記名の招待状を数枚封入し、自室の転送魔導陣へとセットした。


「形式ばかりの式典だが、まあ宣伝効果で回収させてもらうとしよう」


 アレンは気楽な様子で、世界の主要勢力へ向けて一斉に招待状を送り届けたのだった。

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