第20章:魔法学園編 第5話:環境という名の枷(かせ)
「火と風でエネルギーの暴力性を学んだ諸君なら、環境干渉型の『水』と『地』がいかに不自由な魔法か、その本質を理解できるはずだ」
講師は、手元に用意した透明なガラスのコップに並々と注がれた水を、教壇の上に静かに置いた。窓の外から吹き込む乾燥した冬の冷気が微かに漂う講堂の中で、コップの中の水面は波一つ立てず、ひそやかに揺れている。
「諸君、水魔法の源泉はいったいどこにあると思っている? 何もない空間から奇跡のように無から湧き出ているとでも? そんな安直な幻想を抱くのはもうやめだ。水魔法の本質は、まったく神秘的なものではない。それは『大気中の湿度抽出』にほかならない。周辺に漂うわずかな湿度を急速に凝縮させ、一箇所へと力ずくでかき集めているだけだ。つまり、湿度の低い砂漠や、極限まで乾燥しきった過酷な地帯において、水魔法という系統は最初から完全に詰んでいるのだ」
講師が冷徹な眼差しのまま指先で軽く空間をなぞると、コップの中の水位が目に見えてわずかに減っていった。それとほぼ同時に、周囲に座っていた生徒たちの肌が少しずつ乾燥し、呼吸をするたびに喉がヒリつくような不快な感覚が、講堂全体を瞬く間に襲った。
「サイズの大きい水を生成すればするほど、周囲の湿度は一時的に激しく枯渇する。自分の都合の良い魔法を行使するために、周囲の環境そのものを荒廃させているという自覚は果たしてあるか? しかも、その魔力から水分への変換効率は極めて悪い。マナの消費量は、火や風の比ではないほどに莫大だ。水魔法をメインとして常用する魔術師が、例外なく軒並み体調を崩しやすいのは、魔法を行使するたびに自身の生体エネルギーを環境の維持という無駄な作業に過剰に浪費しているからに他ならない」
冷徹な語り口のまま、講師の視線は教壇の隅にぽつんと置かれた、乾いた土の入った小さな鉢植えへとゆっくりと移された。
「そして地魔法は、それ以上に絶望的な制約を抱えている。地面や大地のない場所、例えば高所での空中戦や、完全に分厚く舗装された硬い石畳の上などでは、基本使用不能と言っていい。周囲に転がるわずかな塵や砂をかき集めて形にする術もあるが、それはあくまでその場しのぎの素人細工の応急処置に過ぎない。膨大な演算量を脳に費やして、ただ道端の埃を固めているだけ。これほどの効率の悪さは明白だ」
これまで万能の奇跡として崇め奉られてきた「四大元素」の現実を目の当たりにし、生徒たちは自分たちがこれまで教わってきた甘い魔法観に深い疑問を感じ始め、重苦しい沈黙に包まれていた。
「魔法とは、本来は環境を力ずくで支配するような傲慢な力ではない。あくまでその場にある環境を綿密に利用し、そのわずかな隙間を的確に突くための技術なのだ。例えば、熟練者は、環境が過酷であればあるほど、その場のわずかな水分や塵を極限まで効率よく循環させ、最小限の消費だけで望みの水や土を自在に操っている。彼は環境を力でねじ伏せるのではなく、環境そのものと完全に調和する術を知っている」
講師は大きな黒板に描かれた、いびつな「四大元素」の循環図をチョークを持った指先でなぞった。
「環境に依存する魔法を使う以上、君たちは常に『場所』という逃れられない制約に縛り付けられる。環境を我が物顔で支配するのではなく、環境の変化に適応し、その背後にある法則を冷徹に読み解くこと。それが、次に進むべきステップだ。明日は、魔法界において最も不可解とされ、長年議論が続けられてきた『光』と『闇』の属性について触れる。研究の最前線にある、光と闇の隠された正体とはいったい何なのか」
講堂を包む空気はどこまでも重く冷たかった。魔法使いとは、自らの才能に酔いしれる者ではなく、常に世界の絶対的な摂理という見えない鎖に繋がれた不自由な存在なのだという残酷な事実を、彼らは骨の髄まで深く突きつけられていた。




