第一章:お仕事募集中です(8)
「陛下。落ち着きましょう。っていうか、勝手に暴走するな。マリアンヌ様は陛下の子ではない」
クライブの語調が荒れているが、その気持ちもわからないでもない。
「だって、マリアンヌはあんなにかわいいんだぞ? 他の男がほいほいと寄ってくるかもしれない」
「だからそうなる前に、アルベルト王子殿下と婚約を結ばせればいいでしょう?」
「そうだった」
クライブが大きく息を吐く様子を見て、イリヤも状況を理解した。おそらく、こんな調子でこのようなやりとりが一か月ほど繰り返されていたのだ。そこに、聖女の魔法暴走となれば、エーヴァルトよりもクライブに同情してしまう。
「……たく。陛下のせいで話がそれてしまってはないですか!」
「とにかく、とにかくだ。マリアンヌはクライブの養女になっている。イリヤ嬢、それでも母親を引き受けてくれるか?」
「えっ……」
イリヤは即答できなかった。ただこの仕事は非常に魅力的である。
父親役についてどこまで妥協できるか。
「つまり、閣下と私に結婚しろと?」
「そうだ」
「はぁ? 何をバカなことをおっしゃっているのです?」
そこで声をあげたのはクライブである。まさか彼も、イリヤと結婚しろと言われるとは思ってもいなかったのだろう。
「バカなことではないだろう? 君も独身。何も問題はないだろう? むしろ、この辺りで結婚しておいたほうが、のちのち楽になると思うが?」
「わかりました、陛下」
イリヤが声をあげた。
「私、聖女様の母親になります。そのために、閣下との結婚が必要というのであれば……あ~、まあ、その。あれですけれども。……つまり、契約結婚みたいなものですよね?」
「そう。そういうことだ。私はクライブとイリヤ嬢の結婚を求める。だがな、私が君たちに求めるのは、マリアンヌを健やかに成長させる親となること。ぶっちゃけ、君たち二人の関係にはこだわりはない。だが、マリアンヌの父母となるのであれば、結婚という形が自然だろう」
「……ひどっ」
ぼそりとクライブがこぼした。それでも彼は何かを考え込んでいる。
イリヤは衣食住のため、むしろ生きるために聖女マリアンヌの母親という仕事を引き受ける。そしてその聖女マリアンヌはすでにクライブの養女となっている。
「クライブ様。無理して引き受ける必要はございません。先ほども言いましたとおり、私は一人で聖女様を育てる自信はあります。私の養女としていただいても問題ありません。それに、聖女様の父親がどうしても必要となったときには、自力でなんとかしますから」
「自力でね……」
クライブはあきれたようにイリヤを見やる。
「毒婦、悪女と噂されているお前が自力で伴侶を見つけられるのか?」
「……なっ!」
「わかった、仕方ない……お前を一人にしておくと、何かと不安だ。オレがお前の夫になってやる」
お断りします。と言いたいところであるが、生活のためだと思ってその言葉を呑み込んだ。
「へぇ。イリヤ嬢は毒婦で悪女だったのか。そうは見えないけれども。人は見かけによらないと言うしな」
エーヴァルトは楽しそうに笑っている。
「ち、違います。そういう噂があるだけです。悪意を持った噂です」
「まぁ。本物のイリヤ嬢を見れば、噂が噂であって事実とは異なるというのがすぐわかるな。それに先ほどから言っているとおり、君たちの結婚はマリアンヌが健やかに成長するために必要なものであって、マリアンヌがこちらに嫁に来た後は、好きにしてもらってかまわない」
「承知しました」
エーヴァルトの言葉にイリヤは頭を下げた。
クライブは困惑の色を瞳に浮かべている。突然、知り合ったばかりの相手と結婚しろと言われたのなら、クライブの態度が自然だろう。
イリヤは生きるためだと思って割り切っている分もある。むしろ、クライブと結婚したほうが彼らの魔の手から逃げられるかも知れないと考えたのも事実。
「あ、そうそう。マリアンヌが聖女であるというのは、召喚の儀に立ち会った者だけの秘密だ。彼女は、孤児院で見つけた魔力の強い子どもとして保護をし、それでクライブが養女とした。そういうことになっている」
「なるほど。マリアンヌ様が聖女様であると、周囲に知られないようにしろってことですね」
その通りだと、エーヴァルトは頷く。
マリアンヌについては話が作られているが、それがこの国と彼女を守るためなのだろうと理解した。そしてその話を信じ込ませるだけの権力も見せつけられた気分である。
「よし、そうと決まれば。いろいろと準備が必要だろう」
そう言ったエーヴァルトによって、まずは王妃のトリシャとアルベルト王子が呼び出された。
「よかったわねぇ? クライブ。あなたにも素敵な伴侶が見つかって」
トリシャのその言い方に少しだけ棘を感じたが、エーヴァルトは「昔からこの二人は仲が悪いのだ」と耳打ちしてくれた。
そういえばエーヴァルトとトリシャも、政略結婚ではあるものの、幼い頃から顔を合わせていた仲というのは聞いたことがある。
アルベルト王子は活発な子で、マリアンヌが寝ていようがいまいが、近づいて何かしらちょっかいを出そうとしている。しかし、やっとマリアンヌが眠って落ち着いたこの時間を、エーヴァルトは壊したくなかったようだ。
「そっとしておきなさい」
何度もアルベルトに言葉をかけていた。
「では、マリアンヌの新居はクライブの屋敷でかまわないな?」
イリヤとしては、反対はない。むしろ住む場所がないのだから、準備していただきたい。
「ええ。オレはかまいません。どうせ、部屋はあまっていますしね」
「乳母やメイドはどうする?」
「それは、おいおいと。オレの妻になる人物は子守りに自信があるようですからね?」
「え?」
「なんだ? オレがいなくても、一人で聖女様を育て上げようとしたのではないか?」
「そうですけど……」




