第一章:お仕事募集中です(7)
「赤ん坊だから、もちろんしゃべることができない。名前もわからない。とりあえず陛下は聖女様に『マリアンヌ』と名付け、王城で保護することにした。陛下には今年三歳になった王子もいるため、王城での保護は妥当であると判断した……。王子付きの乳母などにみてもらえばいいと思ったようだが……」
そこでクライブはアイビーグリーンの目を鋭くする。
「聖女様は、泣くとああやって魔法が暴走する……。赤ん坊であるため、意思疎通ができない。腕に自信のあった乳母でさえ、自信喪失する始末。魔法の件は、国家魔法使いに依頼しようと思った。だが、聖女様は彼らを見ただけで泣く。その魔法は、彼らの想像を超えた」
「ええと。つまり……聖女様の魔力は、国家魔法使いよりも強いと?」
「……恐らく。だから、もう、藁にもすがる思いで職業紹介所に求人を出した」
「その結果、藁が捕まったということですね?」
イリヤの言葉にクライブの口元が綻んだ。
ドキリとイリヤの胸が高鳴った。ずっとむっつりしていた彼が笑ったなら、その意外性に胸を打ち抜かれても仕方ない。と自身に言い聞かせ、正当化しておく。
「だがその藁は思っていたより頑丈だったというわけだ。まさか、聖女様に眠りの魔法をかけられる者だったとはな……」
「ようするに、私は聖女様の家庭教師ということでしょうか? むしろ乳母? 子守りメイド?」
「どれも当たっていて、どれも異なる。今回、家庭教師という名で募集をかけたのは、先ほども言ったように藁にもすがる思いがあったため。詳細を記載して、集まる者も集まらないと困ると判断した」
それは虚偽表示に該当しないのだろうか。
「家庭教師でありながら家庭教師ではない? どういうことでしょう?」
「我々が探していたのは、聖女様の母親となる者だ。聖女様を立派に育てあげてくれる人物。そういった意味では家庭教師ともいえなくはない」
むしろ、養母と呼ばれるものだろう。今、はっきりと母親となる者と言ったような気がする。
だが、王城で保護したのであれば、国王夫妻が誰よりも相応しいと思うのだが。
それに、求人票には性別は問わないと書いてあった。もしかしてイリヤが女性だから母親という表現をしたのだろうか。
「陛下は、聖女様を王子殿下の伴侶にと望まれている」
なるほど、とイリヤは手を打った。
「だから、聖女様が陛下のお子様であっては都合が悪いのですね」
「はじめは陛下が養女として引き取る案もあった。何よりも聖女様だからな。だが、娘であれば嫁に出さねばならないと陛下がおっしゃられ……。結婚した日のことを考えては、悲しみ始めた。血を分けた子ではないのだが、陛下にとって聖女様は娘同然だと……」
妄想が酷い。まだ一歳にも満たぬ赤ん坊の将来を想像して、悲しみに暮れるなど。しかもその赤ん坊は自身の子ではないというのに。
「だが、嫁にもらえばいいと考えたようだ。幸い、王子殿下は今年で三歳。聖女様は、見たところ生後半年程度。年齢差としても好ましい」
大人になれば二歳半の年齢差など気にもならないだろう。だが、今は赤ん坊と三歳の幼児。本人の意思が完全に無視されているようにも見える。
「さらに王子殿下は聖女様を気に入っている。聖女様も王子殿下が来られると機嫌がよいようだ……」
クライブの目が遠くを見つめた。何かを思い出したのだろう。だがそれは、けしていい思い出とはいえないやつだ。
イリヤは先を進めるために口を開く。
「とにかく。聖女様はまだ幼いため、力の制御ができない。その結果があれ、ということですね?」
「そうだ。だから、そのためにも聖女様の母親となるような者を探していた。そして、イリヤ・マーベル。お前が聖女様の母親に相応しいと、オレたちは判断した」
オレたち。そこにはクライブの他に国王であるエーヴァルトも含まれるのだろう。
イリヤは考えをめぐらす。
どちらにしろ、マーベル邸には戻れない。サブル侯爵家なんてもってのほか。
他に仕事を探したところで、見つかるとも思えない。となれば、この話はイリヤにとって願ってもいない、美味しい話なのではないだろうか。
「住み込み可と求人には書いてありましたが……」
やはり、仕事を引き受ける上で条件は大事だ。イリヤとしては衣食住の保証が欲しいところ。
「ああ。聖女様のために屋敷は準備する。だからお前もそこで一緒に暮らすようになる」
「あの……肝心のお給金は……私としては、やはり衣食住が気になりまして……」
「聖女様にかかる必要な資金は国から出る。お前にかかる金も、聖女様の必要経費としてまかなわれるはずだ」
「衣食住には困らない?」
「困るわけがない。この国が沈まぬかぎりな」
「……わかりました。是非ともこの仕事、引き受けさせてください。聖女様を立派な淑女に育て上げると約束いたします。年の離れた妹も三人おります。家庭教師の実績もあります」
自らを売り出し始めたイリヤが身を乗り出すと、クライブはやや引いた。
「ああ。お前の実績はこの紹介状を見て理解している。家のことも、わかっている……その、マーベル子爵の件は、残念だった。
申し訳ないことをした……」
「え?」
「いや、こちらの話だ……」
そこで、突然、第三者の声が割って入る。
「私が思うに」
エーヴァルトである。
「陛下。お目覚めになられたのですか?」
クライブもあきれて、顔を横に向けた。
「お前たちの話がうるさくて、寝られるわけがないだろう?」
どうやら狸寝入りをしていたようだ。
「私が思うにだな。マリアンヌが今は誰の子になっているのかを、きちんと説明すべきだと思うのだが?」
「安心してください。私一人でも、聖女様のお世話をする自信はあります」
ちっちっちっと言いながら、エーヴァルトは右手の人差し指を横に動かす。
「そうではない。マリアンヌには両親が必要だ。そして結婚式には『お父様、ここまで育ててくださってありがとうございます……』と、うっ、ううぅ……」




