第六章:そのお仕事、お引き受けいたします(7)
次第に外が明るくなり始め、イリヤはサマンサを呼んだ。
今日は聖女として白いドレスを身につける必要がある。その上に白のローブを羽織るのだ。聖女といえば、白らしい。
毒婦、悪女と噂されたイリヤから見れば、無垢なイメージの強い白は縁遠い色でもある。
朝食用に簡素なドレスに着替え、マリアンヌの部屋に寄ってから食堂へと向かう。
お披露目の儀には、マリアンヌを抱いて参加したいと、イリヤは告げていた。
本来の聖女はマリアンヌである。彼女を連れていくことで、少しでも偽物という罪悪感から逃れたかったのかもしれない。
「おはよう、マリー」
「ま、ま~」
「おはようございます、奥様」
「おはよう、ナナカ。今日はマリアンヌもうんと可愛くしてね」
ファクト家の使用人たちも、イリヤが聖女であったという話は知っている。
クライブが選んだ女性が実は聖女であったという話で、使用人一同、盛り上がったらしい。こっそりとサマンサが教えてくれた。
そうやって喜びを伝えられるたびに、イリヤの心は黒く染められていった。
だけど、先ほどのクライブがそれを取り払う。イリヤが偽物の聖女であるのは、国を守るため。これは必要な嘘。
そしてマリアンヌが成長し、彼女が聖女としてその責務を全うできるだけの力を身に付け、本人がそれを望んだときに、マリアンヌを聖女として発表すればいいのだ。
イリヤはそれまでのつなぎ。
「まんまんまんま~」
マリアンヌの母親になって、そろそろ半年が経とうとしている。まだ半年だけれど、マリアンヌからしたら彼女の人生の半分近くは、イリヤが母親として寄り添っているのだ。
「おはようございます」
「ぱ、ぱ、ぱ、ぱ~」
「おはよう。マリアンヌは今日もご機嫌だな」
眼鏡をかけていて、前髪をすっきりと後ろになでつけているクライブは、いつもと変わらない。
マリアンヌの離乳食も進んでいて、今では自分で掴んで食べようとする。そうやって彼女が食べやすい物を、料理長のジムが考えて用意してくれるのだ。
「んまんま」
食べ物を掴み、手足をバタバタと振る彼女は、クライブも言ったように機嫌がよい。
「閣下。マリアンヌもそろそろ一歳になるわけですよね?」
「そうだな。誕生日はわからないが……」
「でしたら、マリアンヌが一人歩きした日を一歳の誕生日に決めましょう。今はまだつかまり立ちしかできませんが、そろそろ歩きそうな気もするんですよね」
「わかった。では、マリアンヌが一人で歩いた日をマリアンヌの誕生日にしよう。次の日に、急いでパーティーを開く」
一歳の誕生日。それをファクト家のみなで祝いたいというクライブの気持ちを感じ取った。
「……あっ」
そこでイリヤは思い出した。マリアンヌといえば、忘れてはならない人物が一人いる。しかも、いろいろと厄介な人物である。
「あの……閣下。その……」
イリヤの言葉の先をクライブが奪い取った。
「陛下の件は気にするな。むしろ、アレがいないほうがパーティーも滞りなく進む。終わったところで、オレから伝えるからいい」
どうやら、クライブも同じようなことを心配していたようだ。
「マリー。あなた、本当に愛されているのね」
イリヤは食事中であるのに、マリアンヌをぎゅっと抱き寄せた。
「あだ~あだ~」
「嫌がってないか?」
「喜んでいるんです!」
いや、これはマリアンヌが嫌がっている。食事を邪魔されて怒っているのだ。だけど、悔しいからクライブには、そう言っただけ。
マリアンヌもすっかりと朝食を食べ終えて、機嫌も戻ったところで着替えである。淡く薄いピンク色のドレスを気に入ったようで、「あ~あ~、あ~あ~」と楽しげに声を出している。
イリヤは装飾もほとんどない、真っ白なドレスを身につけた。袖のレースには細かく花模様が描かれていて、光を受けると微妙な角度で虹色のように輝く。派手ではない華やかさがある。
「イリヤ、準備はできたか?」
いきなりクライブが扉を開けて部屋に入ってきた。
「旦那様。せめてノックをしてからお入りください」
サマンサに咎められようが、クライブは気にしていない様子。
「イリヤ……」
何か言いたそうにこちらを見つめているものの、口元を手で押さえ、その肝心の言葉が出てこない。
「なんですか? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってください。気持ち悪いじゃないですか」
「あだだだだだだだ~」
マリアンヌが声をあげると、クライブも我に返ったように目を瞬く。
「あ、あぁ。マリアンヌ、かわいい服を着ているな」
クライブの声に、コホンとサマンサが咳払いをする。その視線はじとぉっとどこか蔑むような視線にも見えた。
「旦那様」
さらに咎めるような鋭い声。
「あ、あぁ……イリヤ……その、あれだ。よく似合っている……」
たったそれだけの言葉であるのに、なぜかクライブは頬をほんのりと赤くしていた。そうなればイリヤだって恥ずかしくなる。
「あ、ありがとうございます……」
その様子をサマンサがニコニコと見ているし、ナナカの腕の中のマリアンヌもあ~あ~と嬉しそうに声をあげていた。
「では、イリヤ。マリアンヌ。行こう」
これからイリヤは正式な聖女として、国民にお披露目される。
それはマリアンヌを守るためだと自身に言い聞かせて、イリヤはナナカから愛らしく声をあげている彼女を受け取った。




