第42話 もやもや
今話のゲストは3名
前日譚である短編『光の戦士デュランダル~かつて神童と呼ばれた転生者は凡人を経てヒーローに~』からバルキンとシャミィ夫妻。
もうひとりは短編『聖女に選ばれたが思っていたのと違う』に登場するセシルです。
いずれも目次下部のリンクから読めます。
【フリーダ視点】
ヴェラザノ海岸沿いのラグーナ上に建設された水の街、ウィグホーケン。
至る所に小型の船が通れる水路が張り巡らされ水運で発展した都市だ。
かつて王国時代は領都となっており、今でもこの地域の郡都になっているらしい。
全部、ホマレに教えてもらった事だ。
「うわぁ、これはもう何というか………あれだな、あれだよ」
「フリーダ、語彙が死んでるぞ?まあ、気持ちはわかるけどな」
「船で入るお店とかも結構あるんだよー?おしゃれだよねー」
「ええっ、船で!?」
何だよそれ、革命的かよ。
「いい店があるなら入ってもいいかもしれないな。とりあえずふたりともちょっとそこで待ってろよ」
言うとホマレは少し離れていく。
どうやらギルドへ報告に行くらしい。
「ここが、恋の都とも言われている所か。いいなぁ、この街の雰囲気好きかもしれない」
「そうだねー。新婚旅行とかにこういう所いいんじゃない」
「新婚旅行?何だそれ?」
「あーそっか。こっちには無い習慣だよね。ナギ達が居た『地球』ではね、結婚したら夫婦で旅行する習慣があるんだよ。ホマは元々あっちの人だからそういうの出来るかもしれないよね」
結婚して、夫婦で旅行か……何それ、凄くいいな。
「って、まだ結婚したわけじゃないだろ。そう言うのは気が早いんじゃないかな」
「でも、今のまま行けばその内するよね?だから教えてあげたんだよ」
「あのさ、ナギ。その『新婚旅行』ってのは、その勿論あんたも一緒だよな」
「ふふっ、どうだろうね。それは先の事だからわからないんじゃない?」
その言い方が妙に不安を掻き立てた。
わたしはナギの袖を掴む。
「言ってるよな。わたしはナギと一緒がいいからな。二人であいつと一緒に居るんだからな?そうじゃなきゃ……わたしは、嫌だからな?」
「はいはい。泣きそうな顔しないでね。ホマが来たら何事かってびっくりしちゃうよ」
「とりあえず、この街でわたしは次の段階に進まなきゃと思ってるから」
「それってもしかして……うわぁ、フィリー大胆だね。もしかして勝負下着とか着けてきた?」
しょ、勝負って!!
「ち、違う。そうじゃなくて、ナギとホマレのキスだよ。それが次の段階!!」
ナギはきょとんとした表情でわたしを見る。
「だって、今の所キスされてるのってわたしだけじゃないか。だからこの辺でそろそろナギもさ」
「あはは、そんな事気にしてくれてたんだね。優しいねー」
ナギはわたしを引き寄せるとぽんぽんと頭を叩き笑った。
「わ、笑うなよ。わたしは本気だからな?」
「はいはい。わかってるからねー」
わしゃわしゃと髪を撫でてくれるナギ。
本当に何かお姉さんみたいで嬉しい。絶対に一緒に居るんだ。離して堪るもんか。
「おーい、あっちにいい匂いがする菓子屋が……ってお前ら何してるんだ!?」
戻ってきたホマレが何事かとわたし達を見る。
「えーと、何だろうね。作戦会議的な感じ?」
「中々刺激的な作戦会議だな……、まぁ、いいや。ついて来いよ」
□
【ホマレ視点】
ある用事を終えて戻ってきたらフリーダがナギを抱きしめて髪を撫でていた。
もしかしてあのふたり……出来てるのか?
確かに仲が良いし、泊りがけの時はふたりで同じ部屋だし……えっ、まさか何か凄い事になってるとか?
うん、中々いかん妄想が捗ってしまうでは無いか。
だとしたら俺、立場ヤバくない!?
3人で居たいなぁとか考えている場合じゃないのか?下手したらふたりしてパーティ離脱する可能性があって俺が捨てられるとか!?
もやもやしながら二人を案内したのは先ほどいい匂いがしたので確認しておいたケーキ店。
通りからは少し外れているが隠れた名店に違いない。
俺はふたりを案内して店内で喫食することに。
『海雪白桃』が乗せられたティラミス風のケーキを3人で食べる。
「うわー、これ美味しいね―」
「ああっ、何か笑顔がこぼれて来るよなっ!!」
ふたりともテンションが上がっている。
何だか俺も嬉しくなってくる。こんな感じで3人であちこち冒険していきたいんだがな。
そしていずれは…………いや、いやらしい事は考えていないぞ。少しくらいしか。
「「!?」」
不意に二人の表情が凍り付く。
あっ、もしかして俺がハーレム的展開を考えた事がバレたか!?
「え、えーと二人とも。こ、これはだなぁ」
慌てて取り繕おうとするがふたりは震えながら俺の後ろを指さす。
え、後ろ?
振り向き、凍り付いた。
「お客さん。そんなに喜んでいただけて嬉しいですね。そちらのケーキは当店の自慢の品でして……」
大柄で強面な男が笑みを浮かべて見下ろしている。
やべぇ、ぼったくり請求された上で身ぐるみはがれる!!
絶対に何人か殺している顔だ。入る店を間違えた。
とりあえずフリーダとナギを守らないと!
最悪俺が囮になってふたりを逃がすくらいの気でいた方が……
「ちょっとバルキンさん!だから店側に出たらお客さんが怖がるって言ったでしょ!!」
先ほどまで接客をしていたウェイトレスさんがお盆を投げたお盆が強面の頭に直撃する。
あれ、この光景どこかで見た気がするんだけど……
恐ろしいが俺は強面の顔をじっと見て……
「ああっ!?あんた宿場やってた旦那さんじゃねぇか!てことは」
ウェイトレスの顔を確認。
「やっぱりシャミィさんだ!」
「あれ?もしかしてシスコンのお兄さん!?」
この夫婦に出会ったのは1年ほど前。
アスコーナ郡へ嫁いでいったアリス姉さんに会いたくなって休みをとって旅行した際に酔った宿場を経営している夫婦だった。
強面だが気が弱く料理が上手い夫のバルキン。
ちっこいが元気いっぱいでオブラートに包むという事を知らない妻のシャミィ。
一緒に歩いていれば人攫いと勘違いされて通報される。
強盗が入れば夫の顔を見て逃げ出す。そんな微笑ましい夫婦なのだ。
「ホマレ、知り合いなのか?」
「お前と再会した時に俺が休んでいた宿場あるだろ?あそこを経営していた夫婦だよ」
懐かしい。この人達の宿場で飯を食べた後、俺はフリーダと再会した。
「あー、あの時の宿場か。狩りの帰りに偶然あんたを見かけて追いかけたんだったよな」
「え?何その話?」
ナギに促され、フリーダは俺と再会した時の話を聞かせ始める。
するとシャミィさんが俺の傍に来て耳打ちする。
「ねぇ、お兄さん。あのふたりは、お姉さんと妹さん……ってわけじゃないよね」
「えーと、ふたりは仲間で一緒に冒険者をしてて……」
シャミィさんは『ふーん』とふたりを見比べる。そして……
「それで、あのふたりのどっちがお兄さんのお嫁さん?もしかしてふたりとも?やっぱり二人同時にヤッてたりするの?」
「ごぶほっ!!」
衝撃的なパワーワードに紅茶が気管に入った。
「ホマレ、大丈夫か!?どうしたんた!?」
「だ、大丈夫、な、何でも無い」
いきなりなんてことを言うんだこの人は!?
相変わらずオブラートに包むという言葉を知らない人だな。
「ごめんごめん。何かお兄さんハーレム好きそうだし……ってむぐぅ!?」
「シャミィ、それくらいにしてくれ。お客さんに失礼だ」
「むぐっ、うぐぅぅぅ!!」
妻の口を手でふさぎ旦那が奥へと連行していく。
その光景は確かに『少女を拉致して何かやろうとしている悪い大人』にしか見えない。
通報されるのもわかる気がした。やれやれ、困ったものだ。
ていうか気づいたけど今の会話、小声とは言えナギなら『聞こえている』んじゃないか!?
ナギを見ると何事も無い様にバルキンさんの拉致についてフリーダと笑い合っていた。
あれ?意外と普通?
俺はシャミィさんのかなりドキドキしたわけだが、もし聞こえていたとしてこの反応は……あれなのかな。
ナギとしては俺の事なんかあんまり気にならないって事なのかな。うーん、何かもやもやする。
□□
【????】
ヴェラザノ海岸。
ホマレ達がヤマタノウツボを撃破した所から数㎞離れた地点での出来事、
数々のモンスターが食い合いをする『ジュデッカの浜』は危険地帯として地元の人も近づかない。
そんな海を優雅に泳ぐ女性の影があった。
やがて女性は海から上がると大きく伸びをする。
砂浜では何人かの兵士が待っており周囲を警戒していた。
「あー、気持ち良かった。皆さんも泳げばいいのに」
「せ、聖女様!冗談はお止めください!こんな危ない所を泳げなんて何の罰ですか!?」
「えー。泳ぐのって楽しいんですけどね。それに危なくなんかないですよ、ちょっぴり大きな魚はいましたけど」
『聖女』と呼ばれた女性は兵士から渡されたタオルで身体を拭き始める。
視線の先、海にはバラバラに切り刻まれた巨大鮫が浮いていた。
「聖女様、ご報告です!」
ひとりの兵士が駆け寄ってくる。
「逃亡した『静寂の聖女』様ですが、先ほど水上都市ウィグホーケンに滞在しているとの情報が!」
「ようやく見つけましたか。休暇中の『殿下』にいいお土産が出来そうですね。さて、わがままもここまでですよ、ナギ」
---------キャラクター名鑑-----------
ビスケーン・グレゴルー・セシル
所属:イリス王国
職業:聖女ランキング3位『斬滅の聖女』