第98話 高難度クエスト
【ホマレ視点】
第2子ホクトの誕生後、今後も子どもが増えていく事を見越して俺達はもう少し大きな家を探すことにした。
出来れば姉さんの家に近いフォンティー地区で見つけたかったがそうは上手くいかない。
結局、おふくろから同じウェストベリアーノで少し離れたウェンド地区にある家を紹介された。
ここは元々リーゼ商会が所有していた建物だが管理してくれるならと譲ってもらったのだ。
実家の方も元は譲ってもらった建物だしナダ共和国ではこういう事が多い。
新居を立てるなど余程の金持ちがすることだ。俺達の身の丈には合っていない。
「ホマレさん、コーヒーをどうぞ」
「…………ありがとう」
クリスが淹れてくれたコーヒーを飲みながら一服する。
「ふふっ、蹴ってますよー。楽しみだなぁ」
そんな風にセシルのお腹は大分大きくなっていて来月くらいには生まれる予定だ。
本来は一人生まれから準備という予定だったが『あたしは大好きな冬に産みたいです。夏になんか耐えられません』とごねた為、協議の結果フリーダの妊娠中であったがセシルとの子作り計画を早めることになった。
「そういえばジェス君、お義母様から何か聞いてますか?」
「ん?何の話だ?」
「お義母様、リーゼ商会の会長を辞められたそうですよ?」
「何だと!?」
そんなのは初耳だ。
まだ50歳を迎えたばかりだって言うのに一体どうしてそんな……
「新しい会長にはメイシーさんが就かれました」
何で自分よりも年上のメイママに会長を譲ったんだろう。
まさか何処か悪い所でも?
「それでお義母様は名誉会長に就任されました」
「…………」
何だ、実質的には相変わらず商会で影響力がある状態じゃ無いか。
あれかな。最近よくアリス姉さんの所へ行ったりウチにもよく顔を出している。
思うに『孫と触れ合いたくてたまらない』とかなのかな。
商会を大きくするために働きまくった反動ってやつかもしれない。
何だ、心配して損したぜ。
視線を追う中でクリスはてきぱきと動きアルとホクトのオムツを替えると自分の支度を済ませていた。
「それでは行ってきます」
「ああ………気をつけてな」
ぺこりと頭を下げてギルドの仕事に出た俺はうんうん、と頷きながら小さく息を吐き妻達の方を見る。
「さて、あいつも行った事だし……お前達にちょっと聞きたいことがある」
俺は非番だし、セシルは産休中だ。
フリーダも子育て中にて冒険者としての活動は中止している。
ナギはアルが生まれてからほぼ専業主婦化している。
というわけでここにはクリス以外の全員が揃っているのだった。
テーブルを囲み、年下、幼馴染、年上である3人の妻をじっと見つめた。
「クリスについて、だ。お前達、何を企んでいる?」
その言葉に全員が思い思いの方向に視線を逸らせていた。
この家への引っ越しが終わったのが1週間前。
今の所、俺、フリーダ、ナギ、セシル、アル、ホクトの6人家族あったはずだが何故か不自然にもうひとり同居人が居た。
そう、クリスである。
フリーダの妊娠が確定した後、クリスは仕事の傍らよくウチに来ては色々と手伝ってくれた。
警備隊の仕事も結構忙しかったので正直、助かっていた。
クリス自身が勉強熱心な子なので俺達から色々と学び将来に生かしているのだろうと温かい目で見守ったし、ホクトが生まれる時も大いに助けて貰った。
ただ、ホクトが生まれた辺りからちょっとした違和感があった。
ウチに出入りする頻度が多くなっていったのだ。何なら泊って行きそのまま仕事へ向かう事も。
ナギが『女の子のひとり暮らしは物騒だからねー』と言っていてその時はそれもそうだと納得していた。
だがこの家に引っ越した時、当然のごとくクリスがついて来た。
しかもごく自然な感じで妻達も彼女を受け入れている。
フリーダが言うには『住んでいた建物が取り壊しになってしまう。困ってたからそれならウチにくればいいと誘った』と言っていた。
そしてセシルも『あたしが動きにくくなっている時に料理とか手伝ってくれると助かるんです』とか言っていた。
ただ、それを加味してもやはりクリスがついて来た事に違和感があった。
流石におかしいと思って調べたらクリスが住んでいた建物の取り壊し予定なんて全くなかった。
「いくら鈍感な俺でも流石におかしいとわかる。それに、今の反応で分かった。全員グルだな?」
3人は黙っていた。ほぼ認めたようなものだな。
さて、誰から崩していくのがいいかな。まあ、そんなの一択だが。
「セシル……」
「ひゃい?あーと……あっ、お腹蹴りましたよ?元気な子が生まれるといいですねぇ」
「そうだな。俺も楽しみだ……って誤魔化すな。俺が思うにお前が黒幕だろ?」
セシルは視線をあちこちへ泳がせながら口笛を吹いていた。
わかりやすいんだよお前は……フリーダとナギは意外と水面下で動くのが得意だから誤魔化すのも上手だ。だがこいつは……
「やっぱりそうか。クリスのあの状況とお前達の距離感……つまりクリスを『4人目』として引き込むつもりだな?」
セシルは観念したように話し始めた。
孤児院でクリスと出会ったあの時に誘いをかけていた事。
そして昨年から自然と俺に受け入れられる様、家に招いていた事。
「あの子はジェス君の事を好きだったんです。家族を失って絶望していた時に手を差し伸べてくれたあなたが心の支えだった。何かそれが自分と重なってしまったんです」
幼い頃に家族と共にイリス王国に引っ越したセシルにとって俺への想いは生きる糧だった。
病的なまでの『3』への執着も元はと言えば俺に起因する。
「あたしは女神様のお導きであなたと再会できて、フリーダやナギにも受け入れてもらえた。とても幸運でした。だけどそれが無かったら今頃はあの政変で色情貴族の慰み者になっていたでしょう。こんな温かな家庭は手に入れられなかった」
当時、俺はクリスの事を男の子だと思っていた。
だが実際は女の子だった。正直腰を抜かすほど驚いたものだ。
「ホマレ。あんたと恋人になってからしばらくしてわたしを孤児院での活動に連れて行ったことがあっただろ?あれはクリスにとってもの凄くショックな出来事だったらしいんだ。クリスが髪を伸ばさず男っぽく振舞っていたのはわたしの真似をしていたからだってさ」
「ちょっとでも可能性があればって思ったんだね。でもその後、ホマはナギ達、セティと結婚した。そして、今度はセティを連れて孤児院へやってきた」
あいつの心情を考えれば確かに絶望的、だよな。
あの時の『失恋』はそういう意味だったのか。
「あたしは、あの時のクリスは崖っぷちに立っていたと思うんです。何かの拍子に足を踏み外したら……」
「そうかもしれない。だけど踏み外さず、違う人生を見つけることだって出来たかもしれないんだぞ?」
「何で……ジェス君は……クリスの事を認めてあげないんですか?あんなにいい子なのに」
セシルが目を伏せる。
「そうじゃない。だが妻として迎える以上はやはり幸せになって欲しい。お前達3人は上手くやれていると思う。だけどな、本来は難しい問題なんだぞ?」
幾らナダ女性の気質が一夫多妻に向いているとはいえ皆がそうではない。
一夫一妻の家庭の方が圧倒的に多いし姉さん達はいずれも一夫一妻。
アリス姉さんなんか『仮に浮気したらもぎ取ろうと思う』とか結構物騒な事言っていた。
姉貴、それはもう死刑宣告だ。しかも姉貴なら物理的に出来る握力だから寒いものを感じてしまう。
実家の方にしてもおふくろ達が仲良くやっているのは互いの存在に依存しあっているからであってそうでない誰かがいれば確実にどこかで崩壊していたかもしれない。
現におふくろが言っていた。『アンジェラが居なかったらボク達が辿っていたのは悲劇だった』と。
「ナギもそれは考えたよ。元々、地球ではそれで痛い目見たからね」
ナギは動画配信者をしていた時にある男性を巡ってトラブルになり大炎上した過去がある。
「だけど、あの娘は大丈夫。むしろ、ナギ達といるべきだって思う。セティがあの子を誘った時、そう感じたの。『4人目』になるって目標があの娘の道標だったと思う」
「ホマレ。あんたに相談しなかったのは悪いと思う。だけど、あの娘がウチに来るのは『流れ』だったと思っているよ。だから……」
やれやれ。
「わかっているよ。だけどこういうのはもう二度としないでくれ。クリスを4人目として迎える方向で行こうと思う」
3人の顔がパーッと明るくなる。
「ただ、本人の意志もあるし何より年齢が問題だな……少し手ごわいぞ」
現在、クリスは16歳。
ナダ共和国の法律だと15歳から結婚可能だが未成年の場合は保護者の許可が必要となる。
現在のクリスは親が居ない状態だから保護者になるのは…………色んな意味で気が重い相手だな。
「やりましたね、ジェス君。幼妻ゲットですよ」
「妊娠してなかったらでこチョップしていたところだ」
セシルが『酷い』と抗議の声をあげたがとりあえず無視だ。
まあ、確かに結婚したら『幼妻』になるのか……何だろうか、背徳感が半端ないぞ?
「いいか、クリスは働いているが法律上は未成年になる。そしてあいつの場合、『冒険者ギルド』に所属しているよな?」
そこでナギが『げっ』と気づく。
流石だな。ナギは結構頭の回転が速くて助かる。
「この事は考慮していなかっただろ?」
「どうしたって言うんだよ?ナギ、わたしにもわかる様にどういうことか説明してくれ」
ナギは非常に気まずそうな顔をしながら言った。
「この国の法律だとね、リスティの保護者って所属している職場の長になるんだよ」
他の職場ならまた状況は違ったがクリスの場合は『冒険者ギルド』という信用性の高い組織に属している。それが今回はネックとなっている。
「それに何の問題が……あっ!!」
ようやく気付いたか。
現状、クリスの保護者になっているのはサウスベリアーノ支部のエリア長。
つまり、俺の姉であり自身の『行き遅れ』を非常に気にしている『29歳』のケイト姉さんというわけだ。