21 それぞれの結末 (レスター)
レスター視点過去回です。
「あなた方グスターク家の人間が、我が侯爵家でした事は全てわかっている」
エスクロス侯爵家の屋敷の一室。侯爵である父が、グスターク侯爵と娘のカディミアを呼び出して、その罪を追及していた。
「使用人を使って息子の婚約者の部屋に侵入し、彼女が宝石を盗んだように見せかける細工をしたこと。カディミア嬢が宿泊する為の部屋を、自分たちで荒らしたこと。何よりこの件を使って、息子との婚約を強引に進めさせたこと――全て明らかだ」
父がグスターク侯爵に詰め寄る。表情を強張らせた侯爵は言葉を失っていて、その横では娘のカディミアが震えていた。私は彼らの様子を、ただ無感動に眺めていた。
父は宰相である権力と侯爵家の金を存分に使って、グスターク家の罪の証拠をかき集めた。グスターク家の使用人を買収し、あの事件での出来事を全て白状させたのだ。
グスターク侯爵は、たかが使用人の戯言と言い逃れるつもりのようで、まだその表情には余裕があった。しかしこちらには他にも証拠がある。私は懐から一通の手紙を取り出した。そしてそれを娘のカディミアの方に突き付けた。
「この手紙に見覚えがあるのではないですか?」
「それはっ――」
一瞬でカディミアの表情が凍り付く。宛名に書かれているのは、サビーナの名前。残っている封蝋には、グスターク家の家紋が使われていた。
「相手が下位の令嬢だと思って、侮りすぎていたようですね。脅せばなんでも自分の言うとおりになるとでも思っていたのですか?」
私は冷ややかな目でカディミアを見据えた。視線で相手を殺せるなら、私は今頃殺人者だろう。彼女の策略のせいで、私は大事な人を失うことになったのだから――
「『貴女の犯した罪を明らかにされたくなければ、私の言うとおりにしなさい』……ですか。サビーナ嬢によれば、貴女の連れてきた侍女に宝石を渡されて、それをデイジーの手に渡るように仕向けられたと言っていましたよ。あの事件で貴女は宝石は盗まれたとおっしゃってたはずですが、この手紙によると実際は自分で渡したということになりますね?」
「っ――」
私の追及に何も答えられないカディミア。周到に用意された罠も、明らかにしてみればなんとも稚拙なやり方だった。元々はカディミアの考えだったのかもしれない。
侯爵家の権力を使ってサビーナに脅しをかけるつもりだったのだろうが、家紋入りの封蝋は逃れられぬ証拠となる。捨てるように指示をしたとしても、残る可能性は十分にあり、実際サビーナはそれを残しておいたのだ。
「……こんな汚いやり方を使ってまで……浅ましい……」
軽蔑の眼差しをカディミアへと向ける。だが一番憎いのは、彼らの策略を見抜けなかった自分自身だ。
(こんなことの為に……デイジーを失ったなんて……!)
罪を暴かれたグスターク侯爵とカディミアは、最早言い返すこともできず項垂れていた。そんな彼らに向けて、父は冷徹に言い放つ。
「当然のことだが、我がエスクロス家との婚約は取り消しだ。だがこの件は公にはできない。あなた方には別の罪で贖ってもらうつもりだ」
父は他にも調べてあったグスターク家にまつわる黒い噂を明らかにしていった。元々政治的に対立することも多かった相手であり、父はここぞとばかりにグスタークを叩いた。これまで相当汚いやり方を使ってきたのだろう。今回の件が無くともグスタークを追い詰めるには十分だった。
そして様々な取り決めの後、グスタークに関する罪が次々と公に明かされていった。やがてグスターク侯爵家は政治の表舞台から姿を消した。
一方のフラネル子爵と言えば、無実の罪で婚約破棄となったことで、グスタークとエスクロス相手に金銭を要求し、その両方をせしめた。
だがデイジーについては、既に商人の妻となっているので、もはやフラネル家とは関係無いとの一点張りだった。
――結局デイジーの消息については、その後もわからなかった。
そして彼女の妹のサビーナについては、エスクロス家での件は脅されていたこともあり、ただ宝石を姉に渡しただけなので、その罪は不問にされた。そしてそれ以前に犯した罪については、どこにも証拠がないとのことで、こちらもお咎めなしの結果になった。
ただサビーナ本人は、今回の件で余程懲りたのだろう。姉と同じ末路をたどる恐怖からか、必ず心を入れ替えると話していた。
こうして一連の騒動は幕を閉じ、エスクロス家もフラネル家も、それまでの日常に戻った。
――だがデイジーだけがいない。
彼女だけが、ただ一人、悲惨な運命を辿ったままだった。
だから私は何とかしてデイジーを取り戻そうと奔走した。
彼女の罪は晴れたのだ。彼女が再び私の下に戻ってこれるかもしれないと……
しかし――
「あのデイジーという娘のことはもうどうにもできない――それはわかるな?」
デイジーの為にあれこれと奔走する私を、すぐに父は呼び出した。執務室の机でグスタークの罪に関する書類に囲まれながら、父は私を諫める。この件から手を引けと。
「っ――ですが父上!彼女は何も罪を犯していなかったのです!彼女だけが無実の罪を贖い続けるなど、おかしいではないですか!」
必死に食い下がる私に、父は呆れたようにため息を吐く。そして切々と諭した。
「彼女はもう異国に嫁いだ。しかも婚約の破棄も陛下の前で宣言されたのだ。エスクロス侯爵家の跡取りであるお前が、婚約破棄をして他に嫁いだ娘を嫁に迎えるなど、到底許されないのだ」
「っ――」
侯爵としての父の真っ当な言い分に、私は何も言い返せなかった。それがあまりにも正論であると理解していたからだ。
(そんなことわかっている……わかっているけどっ……)
血が滲むほどに拳を握りしめ、反論しようとするも、父はそれ以上私の言葉を聞いてはくれなかった。
「これ以上は無駄な言い合いだ……頭を冷やせ、レスター」
そう言って父は私を執務室から追い出した。私は力なく自身の部屋へと戻る。まるで意志を失った人形のように、ただ足だけを動かして。
(……何故……私はこの家に生まれたんだ……エスクロスの家じゃなければ、彼女を取り戻せたかもしれないのに……)
私が宰相の息子でなければ、デイジーが罪を着せられることも無かっただろう。私が侯爵家の跡取りでなければ、彼女との復縁も許されたかもしれない。
自分の生まれが恨めしい。デイジーとの運命を阻むこのエスクロス家が、この身体に流れるエスクロスの血が、私は憎かった――
(……どうして……どうしてこうなってしまったんだ……)
無意識に動かしていた足さえもその力を失って、絶望と言う名の奈落へと堕ちていく。その闇から救い出してくれる者はいない。私にとって唯一の光だったデイジーを、私は失ってしまったのだから。
「デイジー……デイジー……っ」
冷たい廊下に崩れ落ちた私は、ただただ彼女の名を呼び続けた。
けれど零れ落ちた私たちの運命は、粉々に砕け、二度と元には戻らなかった――
お読みいただきありがとうございました。
一番の被害者であるデイジーのいない断罪劇でした。
いよいよ次回から現在へと時間軸が戻ります。次回はレスター視点の現在編です。
現在編はデイジーとレスターの両方の視点が交錯しながら進む予定です。




