20 彼女へと続く道 (レスター)
レスター視点過去回です。
デイジーを失った私は、それでも諦めきれずフラネル子爵が屋敷に戻ってくるのを待った。そして事の子細を問い質したのだが──
「娘は既に異国に嫁いだ身。どこにいるかは預かり知りませぬ」
「だが、せめてどこの国かぐらいわかるのではないのですか?!」
「さぁ……そこまでは。何せあれはもう貴族でもなければ、我がフラネル家とも何の関係もない娘ですから」
「!!」
フラネル子爵は冷ややかな目をして、歪な笑みを口もとに浮かべていた。その表情は父として娘を嫁に送り出したとは到底思えないようなものだった。
──助かりました……本当でしたら物凄く怒られる所でしたのに……──
デイジーと出会ったあの夜会の日。彼女が酷く父親に怯えていたのを思い出す。
(そうか……父親がこういう人間だから、君は怯えて何も言えなかったんだな……)
デイジーが自分の無実を周囲に訴える事の出来なかったのは、父親との関係もあったのだろう。酷く殴られて、言葉ではとても言い返せないような、そんな父親では──
激しい怒りと悔しさで、どうにかなりそうだ。握り込んだ掌に、爪が痛いほどに食い込んでいく。
(本当なら私がデイジーを守らなければいけなかったんだ──言われなき罪から、そして彼女の父親から──なのに私は……)
「さぁ、もうお話はそれで終わりですか?こちらとしては、約束通り婚約破棄をしたのですから、これ以上責任を負うつもりはございませんので」
フラネル子爵はそう冷ややかに言うと、私に出て行くように示唆した。甘い汁の吸えなくなった相手には、もう用はないのだと。
それでも私は諦めることができず、子爵を呼び止める。
「……最後に一つだけ。もしデイジーから連絡があったら……教えてほしいのです」
何でもいいから彼女の消息が欲しい。縋るような想いでそう伝えたのだが──
「……それは無理ですな。相手方には、こちらとの関係は一切断つように言い含めてありますので、向こうから連絡してくることはないでしょう」
「そんなっ……」
その返事は、私を絶望の底に突き落とした。そして──
「あれの事はもう忘れてください。我がフラネル家に、娘は一人しかおりませんので」
「っ……!」
「では、どうぞお引き取りを──」
部屋から追い出されると同時に、バタンと無慈悲な音を立てて目の前の扉が閉められた。
私は暫く呆然と廊下に佇んでいたのだが、それ以上どうすることもできず帰路に就いた。
屋敷の外へ出ると既に陽は落ち、暗闇が辺りを支配していた。
連なる糸杉の影が濃い。その底知れぬ闇の深さに、足元から飲み込まれてしまいそうだ。
寂し気に小さく嘶く馬に跨ると、重苦しい道のりを歩む。静けさの中に響く足音は、まるで死者を送る葬列のように私には思えた。
(デイジー……助けられなくてゴメン……)
心の中で彼女に謝る。届くはずのない謝罪を。
彼女は金で売られたのだ。まるで奴隷のように。
涙で滲む視界の先には、暗く寂し気な道が伸びている。
途中で分かれる道のその先に、彼女がいるのだろうか?
もしそうなら──私は──
「エスクロス様!」
突然の呼び声に、慌てて馬を止める。振り返ると侍従が息を切らしながら走って来た。
「……すみません、サビーナお嬢様に頼まれたものがあったのを、すっかり失念しておりました……これをどうぞ」
そう言って侍従が渡してきたのは、一つの封筒。
「あぁ……ありがとう」
封筒の宛名はサビーナの名前だった。きっとあの事件にグスターク家が関わっているという証拠の手紙だろう。
私は忌々しい想いでその封筒を受け取った。思わず手に力が入り、手紙はくしゃりと歪な音を立てる。
(これがあったところで今更だ……もうデイジーはいないのだから……)
唇を噛み締めそれを懐にしまうと、侍従が気まずげに声を掛けてきた。
「あの……屋敷の中では言えなかったのですが…………デイジーお嬢様が嫁いだ方というのは、多分アムカイラ共和国の方ではないでしょうか?」
「え……それは……本当なのか?」
私は突然もたらされたその情報に驚き、侍従に詰め寄った。
「……確かではないですし、その方もどこの出身かははっきりとはおっしゃらなかったのですが……」
侍従は少し眉根を寄せて、考え込むような表情をした。確信がないのかもしれない。だが私にとっては、どんな些細な事でも知りたかった。
「何でもいいから教えてくれ!」
「は、はい……その商人がやって来た際に紅茶をお出ししたのです。ミルクを入れるかと聞いたら『チャイダなら飲むんだが』とおっしゃいまして……」
「チャイダ?」
「チャイダというのは東方の、特にアムカイラで飲まれる紅茶の入れ方で、ミルクで煮だした紅茶に香辛料と砂糖を入れたものです。それが、前の奥様……デイジーお嬢様のお母上様もよく好まれてましたので、覚えておりました」
「デイジーの母上が?」
「はい、ディアナ様はアムカイラのご出身でした」
「──!!そうか!ありがとう!」
「いいえ……少しでもお役に立てたのなら良かったです」
私はようやく手にしたその情報に光明を見出し、急いで自分の屋敷へと戻った。
*******
屋敷へ戻った私は、すぐに父に事情を話した。
サビーナから受け取った証拠の手紙を見せ、デイジーは無実であったと。そして全てはグスターク家の企んだ事だと。
「……グスタークの奴め……」
父は小さく唸りながら眉間に皺を寄せる。証拠の手紙は、怒りと共に父の掌の中で潰れた。
「父上……グスタークとの婚約はあり得ません。このような手段を用いる人間など、私はとても信用できない」
「あぁ、それはわかっている……勿論グスタークには相応の罰を受けてもらおう」
父の冷徹な声が低く響いた──
お読みいただきありがとうございました。
レスター視点の過去回は次回で終わります。長かった……。
現在に戻りますと、また色々と二人の関係が進んでいきます。
若い頃に一度失った恋、歳を重ねて二人が互いをどう思うのか。その辺を楽しんでいただければと思います。




