第26話 双月に叢雲花に嵐 2
「何してんの……」
背後を振り返る。
月明かりに照らされた人影があった。
いや、違う。
照らされているのではない。光源である双月を従え、さらにその背後には数えることすらできない無限とも思える星々を控えさせた、王……いや、神とでも形容すべき対象。畏れを抱かずにはいられないほどの美しい女性の姿を象った、汚物なんかが触れてはいけない存在が、そこにいた。
その女性をルノだと認識するのに、さして時間はかからなかった。
不平等で理不尽なくらい、世界に愛されていようとも、僕にとってのルノとは、それ程身近で大きな存在なのだと、呑気にそんなことを考えていた。
けれど、神々しいとすら思えたルノは、僕の方へ歩み寄りながら、とても弱々しい顔をする。
冷たい北風に、一つ括りに結った髪がたなびき、見覚えのある、お揃いだったポンチョをはためかせながら、ルノは僕の目の前に立った。
「ルノ」
「うん、そうだよ。ルノだよ。ノア……、裸で血だらけで……何があったの」
言いながらルノは、暖かいお湯で僕を洗い、すぐに振動させた温風で水気をとばしてくれた。
石橋に散乱していた僕の衣服も、血の付いた所を同様に綺麗にしてから、すぐに魔力糸を使って着させてくれる。
「何がって」
「うん」
「復讐しにきたけど戦争をちらつかされて、僕も犯されそうになって、気が付いたらこいつら兵士を全員殺してて」
僕は言いながら、ルノが降ろした兵士達を観て、
「今から王子と后を殺そうとしていたところ」
と締める。
ぐっと唇を噛んだルノが、僕を抱きしめた。
「もういい、もういいんだよ。もう終わり。お家、帰ろ」
僕の頭を撫で、顔を離したルノが僕の目を見つめる。
僕は、ルノの目を見つめ返す。
意味が分らないという意思を込めて。
「こいつら皆殺しにしないと、戦争になるんだって」
ルノは悲しそうな顔のまま首を振る。
「戦争には絶対にならないように、お父様とヴァレさんが動いてくれるから。だからもういいんだよ」
「何がいいんだよ」
「何がって……」
「アランが殺されたんだ! 何が良いって聞いてんだよ!」
僕はルノの胸ぐらを掴み上げ、唾を飛ばしながら怒鳴りつける。
「……ノア」
僕を見下ろすルノの目に浮かぶ同情とも哀れみともつかない気配に、苛立つ。
「ジェイフィスを殺す! 后も殺す! 王子一行はモンスターに殺されたってことにすれば戦争なんて起きないだろう!」
ルノを掴んで持ち上げていた手を、彼女が握りかえしてくる。
「もう殺さなくてもいいってことだよ。殺さなくても戦争なんて起きない」
「ふざけるな!」
「ふざけてなんか、ない」
僕の手首を握ったルノが、力を込め、僕の手を解く。
「戦争は起きない? そんなこと関係ないんだ、こいつは殺さなきゃいけないんだよ!」
喚き、ルノの手を振り解く。
僕は野良犬みたいにルノを睨みながら言う。
「何のために」
「決まってんだろ! こいつはサーシャ姉を犯したんだ! もし妊娠してたらどうなる。そうでなくてもサーシャ姉には一生消えない傷ができたんだ! 僕はその辛さを痛いくらい、自分が経験したことがあるみたいに分るんだよ! それに、こいつは! アランを虫けらみたいに殺した! あの刺し傷や切り傷、ルノだって見ただろ!? あんなことをして、平気な顔をしてる奴なんか、害悪でしかないから、二人の為にも、これからあいつが傷付けるだろう人たちの為にも、僕が殺すんだ!」
ルノから表情の一切が消え去った。
いつか、どこかで見たことのある刹那の顔。
すぐに、ルノは哀れみを湛えた笑みを浮かべた。
「ご立派、だね」
ぶちん、と僕の中で何かがキレた。
「馬鹿にするんじゃねぇよ!」
僕は、右の拳をルノの頬目がけて振るう。
ルノは、僕の目を見たまま微動だにしない。
拳がルノの左頬へめり込んでいく。
頬の肉に押されるようにして、彼女の左眼が歪む。
整った顔を崩しながらも、ルノは僕を見つめ続ける。
僕はそのまま拳を振り切った。
ルノは倒れなかった。
足を広げ、踏ん張り、ごくんと血を飲み込み、もう一度王子への道を阻むかのように、僕の前に立つ。
「何で邪魔するん――」
「私は!」
叫んだルノが、僕がやったように、握り締めた右手で、僕の頬を殴った。
「私が!」
意識が飛びそうになる。
でも倒れてたまるか。ルノだって堪えたんだ。
何とか踏み留まると、ルノはそのまま両手で僕の肩を掴んでくる。
「人殺しをするノアを見たくない! ノアに人を殺させたくない! それだけだよ!」
「またそれかよ。〝私が、私が〟……。いい加減にしろよ!」
「しないし! もし王子を殺すというなら、私を先に殺してから行けばいいじゃん!」
「そ、そんなこと出来るわけないだろ!?」
「はは……、その程度のお粗末な覚悟で、何がサーシャ姉の為? 何がアランの為? 甘えたこと言うな!」
「っ、んだと!?」
「なによ!」
僕らは互いに互いの胸ぐらを掴み合う。
そして二人して上体を仰け反らせ、同時に、額をぶつける。
全く同じ服、同じ身長に、似た肌の白さ。
全く同じ髪型をした僕らは、額を相手へ押し付けるように首に力をいれ、食いしばって睨み合う。そしてもう一度、上体を反らせて、頭突きを見舞う。
僕もルノも、オーラなんて纏っていない。
生身のまま、三度、四度と、額をぶつけ合う。
「ふぅ、ふぅ」
「はぁ、はぁ」
左手で相手を掴み合い、腕の長さだけ距離を離し、睨み合う。
「何なんだよ、お前は……」
「だから、お前って言うなし」
霞む視界でルノを見る。
ルノも僕を見据える目の焦点が合っていないようで、何度か目をしばたかせる。
「お前にっ!」
「ルノだっ!」
「ああもうしつこいな! ルノに! 僕の何が解るって言うんだ!」
「想像するしかできないこともあるけど、全分解るもん!」
「ふざけんなよ! 一緒に育ってきただけで解るもんかよ!」
違う! と、髪を振り乱して叫んだルノの顔は、今にも泣き出しそうで、
「解るもん! 知ってるんだもん! 野明が全部教えてくれたんじゃない! それに、約束したんだ……」
そこまで言ったルノは、あからさまに動揺したことが表情から見てとれた。
しばらくの沈黙。
互いの額に、血が一筋ずつ、伝い落ちる。
「僕が全部教えた……? それに、約束って、何なんだよ……」
互いを掴み合っていた左手を、力無くだらりと同時に降ろす。
「ルノ、まさか、前世の……、記憶が、あるのか?」
拳を振るわせ、足元を睨み付けていたルノが、キッと僕を射竦めるみたいに見上げた。
「前世の記憶なんて、ない」
「じゃあさっき、僕が全部教えたっていうのは何なんだよ!」
「それは……」
ルノが俯く。
僕は彼女の言葉を待つ。
「前、ノアが珍しく、寝相で私に抱きついてたことあったでしょ……」
「あった」
思い出したくもない。
朝目覚めたら、隣に背を向けたルノがいて、僕はそんな彼女に脚をからめて抱きついていたという、思い出すのも恥ずかしすぎる黒歴史が。
「その時に、私の耳元で自分のことを寝言で語ってたんだよ」
「なんだよそれ……」
降り注ぐ雪の中からたった一片の当たりを掴むような、たぶん僕にしか気付けないほどルノの微かな違和感を含む仕草から、口調から、その態度から僕は確信する。
ルノは嘘をついている。
僕に、赤裸々に語れる過去なんて、そんな生前の記憶などないのだから。
でも、言いたくないのなら、今はまぁいいや、と、
「僕の事わかってるならどいてくれ」
僕はあからさまに話題をすり替えて、ジェイフィスの方へ一歩を踏み出す。
「行くなら私を殺せって言った」
でも、ルノはやはり、立ちふさがる。
「殺せるわけがないだろう」
「じゃあ諦めれば」
「通る。お前を倒して、ジェイフィスを殺す」
言う僕をルノは睨み付けたまま、動かない。
僕はもう一度、左手でルノのポンチョを掴む。
ルノも同じように、僕のポンチョを掴んだ。
「いくぞ」
「いつでも」
どちらからともなく、拳を当てられた同じ所を、殴り返す。
そんな殴り合いを始めた。
頬を打ち、
太腿を蹴り、
腹を殴り、
顎を蹴り上げ、
膝を入れ、
最後は互いの右拳をクロスさせての顔面の殴り合い。
そして、二人してその場に膝から崩れ落ちた。
前のめりに倒れそうになったのだけど、
それはルノも同じだったようで、
結局、互いの額をもう一度ぶつけ合うみたいにして、僕たちは支え合う形で地面に倒れ込むことはなかった。
「私のこと、殴って、楽しかった?」
「んなわけないだろ、馬鹿か」
「だよね。ごめん」
僕らは、いつか観た映画のウサギみたいに額を合わせて言う。
いつだったか、こんなことあったなと、過去を振り返った。
僕にも、振り返ることのできる過去が出来ていたことが嬉しかったし、その過去は、今生きているこの土地で育まれてきたものばかりだという事実を、僕は、噛みしめた。
以前僕は母の墓前で思っていたことを思い出す。
自分の故郷は? と尋ねられると素直にこの世界の地名を出すことが憚られてしまう。あの時はそう感じていたのに。
今はもう違うのだ。
今の僕は、故郷を尋ねられれば、イルディアにあるカーライル領、そこのラービット村です、と。胸を張って答えられる。
そのように僕を変えてくれた一番の人物は、やはり――。
「んじゃ、行く。ルノは寝てれば」
「行かせないし」
「もうやめとけって。綺麗な顔が台無しだから」
言いながら、僕は、
え、綺麗? え? と狼狽えるルノを抱きしめて、その唇を、自分の唇で、塞ぐ。
ただ唇を合わせるだけの、額を合わせるのと何ら変わらない、子供のキス。
目をうっすら開くと、ぎゅっと目を閉じた真っ赤なルノの顔が、みるみる青くなっていく。
僕は唇を重ねたまま、言う。
「鼻で息すれば」
僕の言葉を聞くなり、くわっと目を見開いたルノが、
「んふーー!」
と、馬みたいな鼻息を僕らの顔の間に落とした。
「台無しじゃんか」
少し笑ってしまいながら、唇を離し、もう一度額を合わせながら言う。
「ごごご、ごめんなさい……」
ルノは軽く握った手を口に当てながら、下を見たり、上を見たり、横を見たり、僕を見たりと、視線が忙しい。
「ううん、可愛い」
「んな!?」
ルノって、自分からぐいぐいと臆面も無く迫ってくるくせに、その逆、攻められると急に弱腰になってしまうんだな、と。八年間一緒にいて初めてみる彼女のそんな一面を、僕は愛おしく感じた。
「ちょっとずるかったけど、僕はもうルノを殴りたくない。でも、障害は取り除きたい。これはもう、僕の意地なんだ」
言って僕は、酷い罪悪感に苛まれる。
僕は、既にもう十人殺している。
九人は、僕を性の捌け口として扱おうとした報いで死んだのだと言い聞かせられるけど、一人は違う。
けれど僕は、そんな彼らを一緒くたに殺した。
僕が、過去を振り返り、愛おしむ感情を、彼等もまた持ち合わせていたかもしれないし、そんな彼等の過去や関係、人生そのものを、僕は奪い、挙げ句にその死体をも弄んだのだ。
今でこそルノに洗われて、見た目だけは綺麗な身体だ。
けれど、僕の中身は、それこそ僕が自分に例えた〝汚物〟そのもので。
そんな汚らしい物が、綺麗なルノに想われ、あまつさえこんな汚物を想ってくれる彼女の初めての唇を、〝誰かの為〟と自分の復讐欲を満たすための言い訳へとすげ替え、醜い欲望の糧としたのだ。
もちろん、あのキスが、ただ復讐を叶えるためだけの手段だったわけじゃない。
事実、僕はルノが好きだ。
けれど、でも。だから。
僕はルノの肩に手を置いてたちあがり、狂い鮫の剣を魔力糸で引き寄せ手に取る。
ルノの横を通るとき、彼女は、
「意地か……。うん、わかった」
と言ったきり、一言も発さなくなった。
石畳の上に座り、着いた手をぎゅっと握り締めていた。
ルノの気持ちを殴り、ルノの想いを唇ごと奪うことで、僕はそれでも自分の意思を貫こうと押し通った。
誰かの為、自分の為。
その心の置き所。
難しさに、厳しさ。
僕は振り返り二つ月を見上げた。
今まで感じていたような、理不尽さはもう消えていた。
僕は進む。
僕は見る。
足を氷らされ、身体の自由を奪われ震えているジェイフィスを見る。
瞼を閉ざすことのできない両目からは、壊れた蛇口みたいに涙を流していた。
ズボンは汚物で盛り上がり、漏らした尿が寒風にさらされ冷え切ってしまっていることだろう。
そんな彼を見ていると、ふと、疑問が生まれた。
「なぁ王子様。お前はなぜ、こんな目に合っているのか、わかるか」
無意識に、内心の問いを口に出してしまっていた。
ガチガチと歯を当て震わせながら、ジェイフィスは青ざめた顔で僕を見た。
「余に、貴様、が、嫉妬した、ので、あああ、あろう? 村娘へ精を授け、剣術馬鹿に勝った余に、嫉妬したので、あろう」
うう、と。後ろから、ルノが呻く声が聞こえた。
「違うよ」
虚しかった。
僕は、剣を構えもせず、ただ奴の細首目がけて、剣を薙いだ。
その僕の剣を、白い影が防ぐ。
剣と剣がぶつかり合い、影が制止した。
「……父さん」
「ノア」
僕は後ろへ飛び、距離を取る。
「父さんも、邪魔するんですか」
僕は言い、剣を構える。
父さんも、白い外套を払い、剣を構えた。
「邪魔? いいや、私はノアの為にこうしている」
「僕の為……だって?」
今し方、僕はその考え方を自分の欲望のための言訳としていたことを自覚し、恥じたばかりだというのに。
「きれい事はもう、僕だけで十分ですよ」
「その決め付けは、自分を下げるだけだ。止しなさい」
「っ! もう、問答は沢山だ!」
言ってすぐ、僕は全身にオーラを巡らせる。
ルノとの殴り合いは、何も言わないでも、お互い魔力を一切使わない肉弾戦のみという暗黙の了解があった。
けれど、父さん相手にそれでは、あまりにも不利。
「紫電」
さらに中級の雷属性を剣に纏わせる。
剣を当てれば、いくら父さんといえども、暫くの間は動けなくなるはずだ。
僕は真正面から父さんへと切り結びにいく。
父さんも、馬鹿正直に、剣を前に出して構えた。
父さんの身体のどこかにでも触れれば僕の勝ち。
それは、手の延長上にある剣とて同じ事だ。
父さんと、二度目の剣を交える。
なのに、紫電がその形を潜めた。
「なっ」
「剣の名はオディオ。魔法を憎む剣だ。俗に言う〝古代伝説級武具〟。失われたまたの名を〝真なる武具〟……というのは、ルルの受け売りなのだがな」
見た目は武骨なただのロングソードなのに。
それにしたって俗に言うって……簡単に言ったけど、古代伝説級なんて、物語りでしか見たことが無い。当然、その希少性は高く、いち領主が持てる剣などではないのだ。
まさか、普段から何気なく腰に下げ、孫の手の代わりにしているような剣がそんな大それたものだったとは思いもせず、そのことから予想される苦戦に、小さく舌打ちをしてしまう。
「魔法を憎む、要するに、付与を打ち消した」
「ああ、そうだ」
「そんなモノまで使って、僕の邪魔をして……」
ビリビリと全身が怒りで震え、痺れ、足裏のオーラを此までにないくらい爆発させ僕は父さんの周りを駆け巡る。
一足、一足全ての踏み込みにオーラを爆発させる。
「焔ぁぁ!」
中級炎属性付与魔法、世間で言うところの《火炎付与》を摸した僕の魔法。
オレンジ色の焔を纏ったブロードソードが、高速移動で光の尾を引き続ける。
「焔九閃!」
残像が放つ斬撃すら全て本物の斬撃。
九方向からによる、九つの攻撃を、瞬きするくらいの僅かな間に全て叩き込む。
けれど、最初の一閃目で即、付与を打ち消され、火の粉だけが虚しく虚空を漂った。
期待していた焔による発熱に至っては、父さんの髪の毛一本として焼くことすらできない。
残り八閃も、片手の父さんに全て受け止めいなされる。
くそっ!
「うああぁぁぁ!」
僕はもう、無策で突っ込むしかなかった。
このままじゃ、何のためにここまで来て、何の為にルノを傷つけたのか。
「ルノを、あんなになるまで、殴って蹴って張り倒して! 一発一発が痛かったのに! 一つ殴る度に心がすり減るみたいに苦しかったのに! それでもルノには勝てなくて、卑怯な手を使ってまでものにしたやっとの機会なのに! そこまでしてやっと手に入れたこの糞野郎を殺せる機会を! なぜ邪魔するんだよ!」
言ってる本人ですら利己的でみっともない事ばかりを喚き散らしているとわかっていながら、自分本意の怒りにまかせた剣を振るう。
父さんは、じっと僕の目を見つめたまま、淡々とその全てを受けきる。
「退いてくださいよ、退いてよ! どけっ、どけええええ!」
破れかぶれで、僕は、いっそう大きく剣を振りかぶった。
すると、父さんは、剣をだらりと下げたのだ。
僕の剣は、父さんの左肩へ吸い込まれてゆく。
父さんは防げたはずの僕の剣を、その肩で受け、
僕を抱きすくめた。
「退かんよ」
「離せ!」
焦った。
僕は、父さんを斬った。
父さんを斬る覚悟なんてもちろん持たず、僕は父さんを退ける気でいた。
でも、なぜか、父さんは僕の剣を受けてしまった。
いくらオーラを纏っていても、ダメージをゼロに出来るわけがない。僕がいくら幼く拙くても、そこまで甘い斬撃じゃなかったはずだ。
事実どうして、父さんの肩から、血が、今日さんざん見て浴びたモノと同じ色をした血が、滲み出す。
「離せんなぁ」
訳がわからなかった。
「何で!」
「私がお前の父さんだからだ」
何に対しての、〝何で〟で、何に対しての、父さんの答えだったのか。
「卑怯だよ!」
だから僕は、僕の大切な家族としての〝父さん〟という立場を引用したことに対して、悪態をついた。
「そうか? ノアがルノにしたことを思えば、私の言葉など可愛いものだろ?」
僕は固まった。
「見てたんですか……」
「ああ、一部始終」
抱きしめられるがまま、僕は固まって動けなくなった。
「じゃあ何故、ルノが通してくれたのに、何故、父さんは止めるんです!? またさっきみたいな僕の為だなんていう詭弁なら聞きたくない!」
それでも見上げ、睨め付け、叫ぶ。
「詭弁なわけないだろう」
父さんが僕の細い身体を覆い尽くすみたいに、抱きしめなおす。
「お前の為にならないからだ」
「また、ぼくの、ため……」
息が詰まる。
「ああ、お前の為、だ」
まだ、それを言うのか。
父さんは何の臆面も無くそう言ってのけた。
僕が言った、誰かの為と。
父さんが言う、誰かの為。
「私は、大事な二人娘の為なら、ロードナイト王家にイルディア全土、いや、世界中を敵に回しても良い」
同じ言葉なのに、これほど内包する決意の重さが違う事実に僕は気が付いた。
父さんは、領民の為でもなく、自分の為でもなく、ただルノと僕の幸せのために必要ならば、ジェイフィスを斬り、国を敵に回しても良いと、そう言っているのだと理解できた。
その父さんが、僕にジェイフィスを殺させない理由。
そこまではまだ、今の僕には分らなかった。
でも、僕は、自分の情けなさ浅はかさを思い知らされ、今にも心が折れそうだった。
「なぜ、今さら、そんなこと、言うんだよ……」
「私がそうしたかったのも事実だが、それより」
言いながら父さんは、涙なんて見せていない僕の目の下を優しく拭った。
「今にも泣き出しそうなお前を、見ていられなかった」
だから何で、今、それを言う……。
「何で……」
父さんの胸にしがみつく。
「何で、なんで……」
言いたいことは沢山あるはずなのに、子供みたいに拙いことしか言えない僕の頭を、父さんが撫でてくれる。
「何で、何で、なんでえぇぇ!」
父さんの分厚い胸の中、太い腕に抱かれて、
僕は、泣いて、喚いて、
叫ぶ。
堪えよう、堪えようと思えば思うほど、嗚咽をあげ、泣きじゃくって、父さんの最後の言葉のせいで折れた心は、折れる前より強く強く、繋がったきがした。
さらに、その心に熱が灯る。
父さんは、こちらへ来たルノも一緒に抱きしめた。
僕らの顔の間に無精髭の生えた顔を入れて、こう付け加えたからだ。
「子供はな、可愛いものなのだ。命すら捧げられるほどに、愛しいものなのだ」
髭がくすぐったかった。
「お前達二人を、心から、愛している」
それ以上に、心の奥の方がこそばゆく、
そして、
温かかい。
我慢しても、堪えようとしても、涙は次から次へと溢れてくる。
「それにな、ノア。お前だって、大好きだった、愛していたのだろう?」
僕は顔を上げて父さんをみた。
糸を引く涎と鼻水なんか気にもならなくなるくらい、父さんが僕へ向けた眼差しに、僕は吸い込まれる。
「サーシャが好きで、アランが好きで。皆と過ごす時間が好きで、大切で。そんな大好きな友達を傷つけた奴等を、ただ許せなかったのだろう」
「あああ……」
もう、我慢はやめよう。
今はこの人に、ただ、甘えていたいと、
僕はそう思って、父さんにもう一度しがみついて、
泣き続けた。
⇔
寒風吹きすさぶ尖塔の上。
アッシュは見た。
叢雲から顔を出した二つ月が、小さな家族を祝福するかのように照らし出す光景を。
「これが、ノアールとルノルーシュ。それに、〝白狼〟……か」
屋根の上で寝そべる。
といっても、傾斜がきついので、あまりくつろげはしないのだけど。
彼の隣には、ノアが脱ぎ捨てたローブが無造作に置かれていて、今にも風で飛ばされそうだった。しかし動くのは億劫である。
無造作に魔力糸で背嚢の中へ突っ込む。
アッシュは先の親子の戦いを振り返る。
白狼、ネルザールの動きは、達人と呼ばれる連中を遙かにしのぐ、おおよそ人の域を逸しているものだった。
おそらく、今のアッシュが《竜の目》の能力や《竜の子》の力を駆使して戦っても、ネルザールに勝てる目は無いだろう。
これが〝Sランク〟冒険者の力っちゅうわけか。
身体能力、技、そして武器。
どれも超が付くほどの一級品。
反面、
「竜の子の方は、まー、腕はまだまだやけど」
アッシュは立ち上がり、もう一度、二人の子供を見下ろした。
「にしてもや……。まさかノアールが女に生まれ変わっとるっちゅうんは……びっくりや……」
ノアの性別が反転していたこともそうだが、ノアとルノ両名の見た目がまるで姉妹のように髪型から服装までお揃いだったことが面白かった。
「ま。何にせよ……」
呟き、眼下のノアたちに背を向ける。
「こいつらが、そうなんやなぁ」
アッシュの小さな声は、彼の姿と共に夜空に溶けて消えてゆく。
~to be continued~
********************
るの「ぱぱんに良いとこ全部かっ攫われたメインヒロインのルノです」
のあ「ヒロインとは」
るの「おっさんキャラと見つけたり!」
のあ「ある意味正しいね」
るの「納得するな?」




