第20話 戦え! 雪の妖精さん!
「ジャック、見ていいよっ」
「……」
ノアははしゃぎ、僕は俯く。
コタツがあったら潜り込みたい。
さっきまで出ていた太陽を、雲が隠してしまう。
雪をすこしだけちらつかせていた。
ついでに僕も隠してほしい。
「おう」
と振り返ったジャックが、目を細めた。
僕はたまらずルノの背後に隠れる。
「二人ともめっちゃ似合ってるな。すげぇ可愛いよ」
えへへ、とモデルポーズを取るルノの後ろから僕はジャックをちらりと見る。
「ノア。ありがとな。着てくれてすげぇ嬉しい」
「うん、その……、ありがと……」
褒められるのも、見つめられるのも恥ずかしすぎて、気付かないうちに僕はルノのポンチョの端を握り締めていた。
するとルノがポンチョの手を解いて、くるりと回り、僕の肩を掴んで後ろへ来た。
「ブーツと、この膝上まである白い毛糸のニーソ! 今日偶然これ穿いててよかったよ。そしてスカートから覗くニーソまでの僅かな太腿の露出。これが良いのだよ! 偉い先人たちは〝絶対領域〟と呼んでいた、女の子の絶対的な武器であり可愛さの象徴なの!」
私とノアの絶対領域を見れたのは、ジャックの日頃の行いの良さじゃないかなうへへ、と。ルノが各部位の説明に、僕の身につけているものへ触れながら熱弁を振るう。
くすぐったくて、身体をよじってしまう。
「ぜ、絶対……? お、おう。よくわかんねぇけど、二人とも肌白いし、雪の妖精みたいだわ」
普段から粗野な言動が目立つジャックにこうまで褒められ、喜ばれると、僕も恥ずかしい思いをしてまで着た甲斐があった。
「雪の妖精とか、ジャックって意外とロマンチストだ」
「うるっせ。つぅかお前の方がノアをガン見じゃねぇかよ。ノアをまさぐる姿はどこの中年おやじかと思ったわ!」
と身をかがめルノに軽くデコピンをする。
「おやじとか酷くない!?」
ジャックが笑い、ルノも笑う。
僕も少しリラックスできてきたとき、林の奥からアランとサーシャ姉が帰ってきた。
「枝集めてきたぞー」
二人が小枝を抱えて走ってくる。
肉を刺す分には十分なので、残りは火にくべよう。
「アランがウサギ見つけて追いかけてて時間かかっちゃったの」
「捕まえられなかったけどなぁ。やっぱノアすげえよ」
だから呼び捨てにするな! とアランにゲンコツを落としたサーシャ姉が目を丸くした。
「わぁぁ。ルノ様にノア様、可愛いです! よく似合ってますぅ!」
ありがとー! とサーシャ姉と両手の指を正面から絡めて、二人でぴょんぴょんと跳ねる姿は、やはり女の子だなぁと感じた。
スカートは穿いたけど、やはり僕はここまで女の子になりきれない。
「ジャック、肉と火の距離これくらいか?」
姦しい女子の絡みなど眼中にないと、アランはジャックが切っておいたウサギ肉を枝に通し、地面にぷすぷす刺していく。
「適当でいいぞ。好きな焼き具合を、距離調整して自分で見つけてみな」
「おーう、わかった!」
僕らもジャックから串肉を受け取り、火で炙る。
熱せられた脂が弾け、じわじわ垂れ落ちる。
辺りに何とも言えない良い香りが漂いだす。
「やっべぇうまそー」
「アラン、よだれ垂れてるから」
「うっしゃ、塩ふるぞ。あとこれ、胡椒もあったんだわ。こいつをかけると、ぐっと美味くなるからな」
孤児院の兄弟たちは、血は繋がっていないのにまるで家族みたいで、こんなちょっとしたやり取りからだけでも、絆の深さとか、互いに思い合っていることとか、愛情の表現だとか、温もりだとか。心地の良い様々な感情がたくさん伝わってくる。
焼けてくるウサギ肉越しに、そんな三人を見ていたら、隣にいたルノが僕の肩にもたれかかってきた。
「こゆの楽しいね。幸せだね」
僕にもたれ掛かりながら、ルノは肉を回し、まんべんなく火を通していく。
「うん」
お陰様で。とは心の中だけで呟いておいた。
数分後、周辺の空気を蹂躙するかのごとく良い匂いが立ち込め、僕らは川の水を湧かして煎れた紅茶で乾杯して、ウサギ肉を味わった。
また、こんな風にみんなと食べたいな。
※
「アランまだまだあんぞ、たんと喰ってでかくなれよ」
「ふぁふぁへほへ!」
結局、ウサギ一羽を五人で分けては、食べ足りなかったアランが文句を言い、そこの林を通りかかったウサギ第二号を僕が仕留めてバーベキュー再開となっていた。
「私たちはこれで十分だよ」
「ですよねぇ」
ルノとサーシャ姉はお腹が苦しいのか、腰かけている丸太に手を付いて仰け反り気味に笑い合う。
「ノアはまだ喰うか? ほれ」
ジャックがニカッと笑って、一切れだけ肉の刺さった串を手渡してきたので、ありがとうと受け取る。
僕もほぼお腹いっぱいだったのだけど、もうちょっとだけ食べられそうだった。でも、そんなこと一言も言ってないのに、アランは僕が欲しいと思う適量を渡してくれた。
なんだかんだ、この人も凄い。
昔チコに感じた、適わないなぁという思い。
同じものを、ジャックにも感じた。
「ジャックって私たちにとっても、頼れるお兄ちゃんだよね」
ルノの発言に、僕も肉を食べながら「うん」と頷く。
「勘弁しろよ」
と笑うジャックは、まんざらでもなさそうだった。
そのことが妙に嬉しかった。
楽しそうなジャックを眺めていたら、彼の表情が一瞬険しくなる。
「おい、何でこんな辺境にロードナイト王家の馬車が来るんだよ」
僕らのキャンプ地の向かいには小川があり、その先には街道がある。
といっても、石畳が敷かれたしっかりとした道ではなく、踏みならされて草があまり生えていないだけの田舎道だ。
そこを、三台の白い馬車が連なって移動していた。
馬車の側面と、護衛の旗持? が掲げている白い旗に、盾に重ねた二本の剣が交差する紋章が描かれている。
おそらくジャックは、この紋章がロードナイト家のものだと知っていたのだろう。
「あ、そういえばお父様が言ってた。お后様と王子様が、旅の途中でここに立ち寄るって」
「言ってたね」
僕が言うと、ジャックが、
「そういやぁよ。ロードナイトの王子様が《竜の子》だって、公表されたろ」
含みのある目でジャックが僕を見ながら言う。
「うん。確か名は、ジェイフィス・ノアール・ロードナイト」
ノアールの名を持ち、さらに、伝説の英雄の家名を背負う、正真正銘のロードナイト家の王子である。
ジェイフィス王子を《竜の子》ノアール・ロードナイトの生まれ変わりと認める御触れが出たのは、今より三年前。僕らが五歳のときだ。
当時その話を父さんから聞かされた僕は、あまり興味も無く、どちらかというと、ほっとしていた。
なぜなら、僕は、自分が竜の子だということを隠して生きていたからだ。
当然、これから先も、大っぴらに言い廻るつもりもない。
だから、本物を名乗る人がいるのなら、どうぞどうぞ、なのである。
その後、ヴァスカルカの家へルノを連れて行き、彼が持っていた〝アーシュレインの書〟を、ルノにも読んでもらった。
当然、〝日本語〟の箇所がルノにも読めたことで、僕とルノが、世界樹の神子の予言以外からも、竜の子であるという事が示される結果となった。
ジャックの含みのある視線は、彼が僕ら二人が《竜の子》だと思っているからに他ならない。
ジャックは母の葬儀のときのことを、はっきりと覚えているからだ。
もちろん、あの時のことや、僕らのことを、村の内外問わず、話題にすることは無いと彼が言っていた。
他の村人たちも、あの時のことは胸の内に秘め、誰にも話さないと言ってくれている。
「あの馬車って偉いのか?」
肉を頬張りながら、アランが興味なさそうに言う。
「ロードナイト家は、王都を治める王家で、ここイルディアの地で一番偉い人だよ。
カーライル家などの属領地域を管理する家々の主。ようするに、僕らの父さんのご主人様ってかんじかな」
「まじかよー! ネルザール様のご主人って、めっちゃ強そうじゃん!」
「いいからアランもノアも、膝を着いて礼をしろ!」
「やだよ、肉喰いてえもん」
「うるっせ!」
僕と違い言うことをきかないアランの頭を、ジャックが無理矢理抑え付けていると、馬車が停まった。真ん中の車内から身なりの良い少年が降りてくる。
「おいお前たち、こんな寒空の下で何をしている」
川を挟んで見る少年は、僕とルノと同じくらいの背丈だ。
髪は焦茶色で、美形だけどその顔には嘲りが張り付いていて、僕の第一印象は良くない。
跪いたまま、上目遣いでそいつを見たジャックが口を開く。
「知り合いの子らとウサギを食べておりました」
ジャックの発言に、心底バカにしたような顔でそいつは「はっ」と笑い、無遠慮に近づいてくる。
「食事をする家も無いくらい貧乏なのか。下々の者の生体を余は知らぬのでな」
そいつは尚も歩みを止めず、浅い川から迫り出した岩を飛び移り、とうとう僕らの前まできた。
「余はロールス・ロードナイト王が五男、ジェイフィス・ノアール・ロードナイトである」
噂をすればなんとやら。
まさかノアール様ご本人とは。
王子が顎をくいっと上げ、見下ろすような姿勢を取る。
そんなに目を下にして、しんどくないのか。
「おい、そこの女三人、面を上げろ」
ジャックとアランは無視して僕ら女子だけを指定してくる。
ルノとサーシャ姉は言われた通り顔を上げた。
僕は従わず、その様子を視線だけで覗う。
まずはサーシャ姉を見た王子は、ほう、なかなかではないか。と感嘆の息を漏らした。
次ぎにルノを見る。
「これは美しい。このようなど田舎にも美しい者はいるのだな。それに人猫族か。亜人は正妻には出来ぬのでな、獣の妾というのも一興だろう。……で」
唐突にふざけた事を抜かしながら、次は僕を見てきた。
一方的に言われたルノは、なんだこいつという顔をしていた。
「貴様はなぜ面を上げぬ。いや、待て……、その黒髪……不愉快だな」
良いながら、王子は腰の剣を鞘ごと外し、鞘の先で僕の顎を押し上げた。
「ふん。隣の人猫族に勝るとも劣らぬ美貌だな。だが、民を惑わすその髪と……やはり瞳も黒か。気に食わぬ。貴様は余の性奴隷として飼ってやる」
笑いが込み上げてきた。
けれど、こんな馬鹿に顎をあげられたままなのも腹が立つ。
僕は鞘を手で押しのけながら立ち上がる。
馬鹿の目を見る。
真っ向から目線を合わせると、そいつの顔には狼狽の色が浮かんだ。
「僕の何が民を惑わす」
『ちょっとノア! あまり怒らせちゃだめだよ』
念話でルノが注意を促してくるが、僕は答えず、馬鹿を見続ける。
「ふ、不敬なるぞ。何が惑わすだと? 簡単だ。黒髪黒眼は伝説の英雄、竜の子ノアール・ロードナイトの象徴である! 〝触れ〟を知らぬ民は貴様を見て勘違いするであろう。竜の子の再臨だと! これほどの屈辱が余にとってあるか!? 貴様、名は!?」
「ノアールだよ。で、何でお前が屈辱を感じる」
答えを知りながら、あえて聞いてみる。
僕の口調は、不敬罪にでも問われればやばかったのかもしれない。
実際、ジャックが「こいつまだガキだから敬語とかだめなんすよ。お許しください殿下!」と、自分も適当な言葉遣いなのを棚に上げて庇ってくれた。
「なぜ屈辱か……だと? しかも余をお前と呼び、さらにノアール、……ノアールだと……」
馬鹿は鞘を持った左の手をぶるぶると振るわせ出した。
「愚かぁ! 愚物っ! 阿呆ぅ! たわけ者がぁぁ! 我こそがノアール・ロードナイトの再臨、竜の子ジェイフィス・ノアール・ロードナイトだからだ!」
ですよねー。
しかし、この馬鹿が〝本物〟だと周知されているのか……。
なんか、最初はそれこそ〝どうぞどうぞ〟だったのだけど、何か、もやもやしてきた。
言いながら馬鹿が抜剣。鞘を放り捨てた。
「余の前に姿を現したのが運の尽きよ! 片田舎の中でちやほやされて満足しておれば良いものをっ!」
まるで見てきたかのような物言い。
それと姿を現したのはお前からだけどな。
こいつの脳内妄想の内容ってとんでもなさそうだな。
真剣に、中身を覗いてみたいと思った。
突拍子のなさではルノをも上回る。
「しかも女の分際で英雄を語るとは、貴様などに余の性奴隷はもったいない。オークが主力の蛮人奴隷兵団に貴様を放ち、奴等の小作り道具にしてくれるわ! その様を見学する日が今から待ち遠しいぞ!」
英雄だなんて語ってねーし。
それにしても想像力も豊かだこと。
しかし何で、性奴隷とか妾とか、挙げ句の果てにオークに僕をレイプさせそれを見学したいとか、エロ方面の展望ばかり語るのだろう。
「うわ……きもすぎ……」
流石のルノも、小声だけど口に出して言った。
「何でいやらしい事しか言えないんだ。脳みそ白子なのか」
僕は聞こえるように言った。
『ノアって、怒ると結構毒舌だね』
『怒っては……いるけど、それよりも呆れて面倒臭くなってきただけ』
『なっとく……』
念話でルノと話していると、馬鹿はさらに、馬鹿をしだした。
馬鹿が上段に構えた剣を、「し、白子だとぉぉきえええ!」と奇声を上げ、僕目がけ振り下ろしてきたのだ。
いきなり、属国領の住民を殺そうとするこいつは何なんだ。
あ、僕が無礼なことを言ったからか。
とはいえ、常識の無さとその妄想力が、権力と合わさると、とんでもない馬鹿が出来上がるのだと学んだ。それともこれが王族の常識とか言うつもりなら、僕が叩き壊してやる、とすら思えた。
しかも、竜の子を自称しているのに、この剣速ときたら遅いのなんの。
アランでも余裕で勝てる。
正直軽く避けるために動くことすら面倒臭い。
でも、魔力糸で無力化して目立つことは駄目だ。
はぁ。結局、避けるのが無難か。
めんどくさ……、
おや。その必要もなくなったようだ。
とか、のんびり考えていると、僕の額の上、一センチを切った辺りで切っ先が止まった。
「ジェイフィス、そこまでにしておけ」
見るからに〝使える〟そいつは、父さんと同じくらいの年齢で、長身の男だった。
馬鹿の腕を握りしめ、攻撃を止めてくれたのだ。
身なりは良く、オールバックにしている茶髪を一束だけ額に垂らしていた。
「伯父上、なぜ止める!? 不敬罪だくぽぉっ」
伯父上様にみぞおちを殴られ、意識を刈り取られる王子様。
すると、馬車から厚化粧をした二十代くらいの女性が、悲鳴を上げながら躍り出てきた。
といっても、重たそうなドレスの両端を抓み、どんくさい足取りで、だけども。
「お兄様! なぜジェイフィスを! ああ、愛しい息子よ、痛かったでしょう」
や、痛みを感じる間もなく落ちてるよそいつ。
男に腕を掴まれたまま、ぐったりとする息子を、母親が奪うようにして抱きしめた。
「エリザベス。今回の一件はこの子が悪い。馬車へ連れ帰り寝かせてやれ」
「民と王族との間になにがあろうと、王族が悪いなどということがあってはなりません!」
この母にしてこの息子あり、か。
これほどの価値観の違う相手。なるほど、生まれた時からの教育の賜だということだと僕は理解した。
それより何より、香水臭い。
先程まではウサギ肉の焼いた匂いが満ちていたというのに、その香ばしい良い香りを犯し尽す。おばさん香水垂らしすぎ。馬車の中は想像を絶する匂いが充満していることだろう。
「寒いのに換気してたりして」
暇なのでどうでもいいことばかり考えていたら、つい口に出てしまっていた。
幸い、おばさんが喚いていたので聞こえてはいなかったみたいだけども。
すると、護衛の兵士が一人こちらへ来て、王子を抱きかかえて馬車へ向かいだした。
「仮に民と王族との問題だとしても、俺は許容できん。それに、ジェイフィスと同い年くらいのこの二人の娘、おそらくただの村民ではないぞ」
だろ? と僕らを振り返り微笑んだ男は、僕らの素性を知っている風だった。
だからか、ルノは立ち上がり、領主の娘としてのお辞儀をする。
「私はネルザール・カーライルが長女、ルノルーシュです。こちらは次女、ノアール。よろしければ、貴方様のお名前をお伺いしても?」
「やはりそうか」
と言った男は、姿勢を正し、僕らに頭を下げる。
「俺はヴァレンティーノ・タルタロス。ヴァレとでも呼んでくれ」
男の礼を見た夫人、いや、王子の母なら后か。彼女は、僕とルノを睨み「ふん」と鼻息荒く、馬車へ運ばれてゆく息子を追いかけて行った。
「あいつは俺の妹で、現王の第三后、エリザベス・ロードナイトだ。
さっきの子供は竜の子の再臨と言われていてね。しかし、髪色や目が黒に近いとはいえ、焦げ茶色なことに劣等感を抱いているのだ。ノアールの完璧な黒さに嫉妬したのだろう。迷惑をかけたね」
と、僕ら全員、一人一人へ丁寧に視線を送ると、頭を下げる。
そして立ち去ろうとする男が深紅のマントを翻した。
僕は彼を逃がさないようマントの端を掴む。
「ふざけるなよ。食事の邪魔をしておいて「迷惑をかけたね」だけで済ますつもりか」
ルノを含めた全員が、驚いた顔で僕を見てきた。
「あんたらからしたら、辺鄙でど田舎の臭い飯でも、僕にとっては、大切な家族や友達との掛け替えのない時間だったんだ。それを土足で踏みにじられて、はいそうですかですませられる訳がないだろう」
「ちょ、ノア抑えて」
「おいノア、言い過ぎだ。謝ってくれたじゃねーか。それにヴァレンティーノ様は、ネルザール様の盟友で、あの伝説のSランク冒険者パーティー〝白夜の狼〟のアタッカーだぞ!」
白夜の狼。
父さんがリーダーで、チコの師匠でありヴァスカルカも恐れる大魔導師ルル・ダイアンサスが唯一在籍したというパーティー。フォーサイスからここへ帰還する際にチコも加わったと聞いたけど、伝説ってなんだ。僕は知らない。
「まじで!? じゃあこの伯父様が、あの〝黒狼のタルタロス〟様! ああああ、〝白狼のカーライル〟が実のお父様じゃなかったら、どれほどの神素材だったことか! おしい、実におしい……」
詳細を知っていたらしいルノは、別世界へトリップしたようだ。ほっとこ。
「なつかしい話題のところすまないが、ノアール。その手を離してはくれないか」
「構いませんよ。ただし、貴方か、馬車の前で立っている大男のどちらかと手合わせ願いたい。非礼への詫びとしては格安でしょう」
僕は、ヴァレンティーノの背後に視線をやる。
彼は振り返ると、溜め息を漏らした。
「〝狂い鮫〟か。あいつの強さがわかるのか」
「見たまんまの巨体ですしね」
「それもあるが、まぁその年齢で大した眼力だよ。だが、奴はだめだ。子供相手でも容赦がない」
「では貴方が手合わせしてくれるのですか?」
少し間を置いたヴァレンティーノが、僕を横目で見下ろした。
「いいだろう」
承諾を得たことで、僕は彼のマントを手放し、距離を取る。
「ところで、〝狂い鮫〟さんの名前は何と?」
「グスタフ・アレンネス。奴に絡むことは勧めない」
「覚えておきます」
言いながら僕は剣を抜く。
鞘ごとではない。抜き身だ。
「おいおいノアまじかよ、ちくしょう、羨ましいなぁ!」
止めるどころか羨ましいとか。
相変わらずジャックはジャックだ。
王族を前にしてこの胆力、ある意味一番の大物かもしれない。
いや……、
「脳内でノアを男子化、速やかに完了。
美少年剣士VSイケメン中年ちょい悪紳士。
うん、イケる。この戦いを目に焼き付け、家に帰ったら描いておかなくちゃ」
ルノはルノでこれまた大物だった。
「何か大人の話つまんねーから、ぱぱっとやっちゃえよノア」
「こら、アラン! 相手は偉い人なの! 言葉遣い!」
ああもう。
こんな場面でも平常運転なこの人たちが、僕は好きだ。
そんな大好きな人達との時間を邪魔しただけでなく、ルノやサーシャ姉の尊厳を踏みにじろうとしたあの馬鹿王子を僕は許さない。
それを擁護するというのなら、ヴァレンティーノには、相応の対価を支払ってもらう。
つまり、伝説の冒険者パーティーのメンバーであるらしい彼の、戦闘技術を学ぶのだ。
もちろん僕の溜飲を下げるため、怒りをぶつけさせてもらうつもりでもあるけれども。
「皆、健やかで逞しいな」
「でしょう。自慢の友人たちです。では……」
「ああ、いつでも来い」
彼は、マントに覆われていた大剣を背中から外した。
柄の長さから予想はしていたけど、やはりツーハンデッドソードだ。
しかし通常のツーハンデッドと違うところは、刃の幅である。
明らかに世間でいわれるところの幅の、倍以上はある。
これを得物に敵を蹂躙するのは、筋肉達磨でも厳しいだろう。となると、熟練のオーラ使いといったところか。
なら、こちらも。
竜の子だとばれるわけにはいかないので、魔法は使わない。
「もうしかけてます、よ!」
彼の目の前には、剣を下げた僕が未だにいることだろう。
しかし、僕の実体は彼の背後。
足に集束させたオーラを爆発させ、残像を置き去りにしつつ高速移動、からの、背面奇襲。
殺すつもりで剣を振りきろうとした。
けれど、ヴァレンティーノは振り向きもせず大剣を後ろへ回す。
僕の剣は、小振りでオーソドックスな両刃剣。
極大の剣の腹が、僕の放った斬撃を受け止める。
白い冬の景色に、火の花弁が散る。
「残像分身か。声までご丁寧に前に置いたままとは、八歳でよくもまぁ……」
「それはどうも。でもよく分りましたね」
「簡単さ。君の姿はそのままでも、足元の雪が舞ったからね」
「なるほど」
踏み込んだときに舞上げた雪でばれていたのか。
いろいろと考えさせられる。
けど、まだ戦いは終ってない。
そのままヴァレンティーノの大剣ごと抱くように、彼の背中に組み付いていた僕は、既に喉元へ剣をあてている。
でも、同時に。
「悔しいけど、相打ちですね」
「いいや、俺の負けだよ」
そう言いながらヴァレンティーノは、僕の脇腹に当てていた左の拳を、だらりと降ろす。
「あのままやれば、君は俺の首をかっさばいていた。
逆に俺は、よくても君の脇腹を砕く程度だったろう。だから、君の勝ちだ」
いや、背後の僕の脇腹を、密着させた拳で砕けるのだったら、それは凄まじいことだ。
ゼロ距離からの打撃で、拳の伸びしろもほぼ無い。
しかも体重の軽い僕相手に、普通なら出せる威力じゃない。
おそらく、オーラの使い方にそういったものがあるのだろう。
「ありがとうございます。勉強になりました」
「こちらこそ、楽しかった」
同時に剣を納める。
「やれやれ。ネルザールの領地で、奴への土産話が出来ちまうとは思ってもなかったなぁ」
笑いながら、ヴァレンティーノは僕に大きな右手を差し出してきた。
彼の手を握り返すと、力強く、男らしい手は、僕の小さな手をすっぽりと覆う。
そしておもむろに跪き、僕の手の甲へキスをした。
少し驚きはしたけども、悪い気はしなかった。
「改めて、俺はヴァレンティーノ・タルタロス。今度からは気軽にヴァレとでも呼んでくれよ、お嬢さん」
「わかりました、ヴァレさん。僕のことは……、ノアールだと王子が怒りそうなので、皆が呼ぶとおりノア、とでも」
笑顔で僕は言う。
すると、一瞬硬直したヴァレは、ああ、と言いながら掴んでいた僕の手を引き寄せた。僕を抱きしめながら「次に会ったらお茶でもしよう、ノア」と耳もとで囁いて、満足そうに踵を返す。
馬車の前でなにやらやり取りをしていたかと思うと、彼は車内には入らず、馬に跨がった。
ヴァレは何をしているのだろうと僕が首を傾げていると、そのまま馬でまたこちらへ駆けて来て、にやっと意味深な笑みを浮かべた。
「馬車は香水臭くてたまらん。せっかくのノアの良い香りを残しておきたいからな。じゃあまた会おう」
僕の呟き、聞かれてたのか。しかし僕の匂いってどんなんだ……。
悩む僕を他所に、訳の分らないことを言ったヴァレは、さらにはウィンクまで残して去って行った。何か女慣れしてる感じでかっこよかった。
「はわー、ノア様、男前の貴族様に口説かれて……。はぁぁん、物語りみたいにロマンチック~、いいないいなぁ」
サーシャ姉は胸の前で手を組んで、きらきらと目を輝かせ、アランはつまらなさそうに川に石ころを投げて薄氷を割って遊んでいた。
「うわー、俺も手合わせ申し込めばよかったぁぁぁ!」
ジャックはジャックで、ジャックだった。
そしてルノはというと、
「ノア……、キスされて抱きつかれたうえに、何口説かれてんの……」
俗に言うジト目で僕を睨んでいた。
~to be continued~
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るの「宅の雪の妖精が武闘派だった件について」
のあ「あの馬鹿王子は無理でした」
るの「でしょうね。そして、ノアがナチュラルボーンたらしだった件についてパート2」
のあ「え、今回はそんな要素なかったよ」
るの「……無自覚憎し。まぁノア可愛いし? そんな子に後ろぎゅうされて、色男もくらっときたんじゃない? ていうか残り香羨ましい私もくんかくんかさせて下さい」
のあ「それを言うならルノだって王子のお妾さんに誘われたじゃん」
るの「あんな性癖拗らせた中年みたいな耳年増子供いやです!」
のあ「こちらの雪の妖精も容赦なかった」




