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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第五章 最後の告白
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2

「……容態は、だいぶ落ち着いていますね。もう、大丈夫でしょう」

「よかった……! ありがとうございます、先生」


 私は診察を受け、ひとまず問題ないということを先生に告げられる。とはいっても、自宅療養に戻るには最低でも数日間は様子を見なければいけないらしいけれど。

 恭介が先生に私のことを聞いている間、ぼんやり外を眺める。

 体のしびれはなくなったので、手を閉じたり開いたりしてみる。それを不思議に思ったのか、恭介が心配そうに私を見つめる。


「ひまり、大丈夫か?」

「少し疲れてしまったんでしょうね。体力的なものももちろんそうですが、精神的にも辛かったと思います。明日、たくさんお話をしましょうね」

「ありがとうございます、先生」


 体を休めて、心を落ち着かせましょうという先生にお礼を述べる。すぐ横で恭介もお辞儀をして、今夜は自分が私についていますと告げている。

 さすがに夜通しそれは申し訳ないと思って、でも……こんな時間じゃ電車も何もやってないのか。タクシーで帰るには金銭的に少し厳しい。

 いいよなと瞳で訴える恭介に頷いて、私はせめてソファを使ってねと告げた。


「わかってるよ。俺がひまりに心配かけるわけにはいかないからな」


 学校もちゃんといくから、自分のことだけ考えろと恭介が私に言う。


「……ありがと」

「あと、先生も言ってたけどあんま抱え込むな。何かあれば、全部俺に言って」

「恭介……」

「別に、それくらいで潰れたりしないからさ。こう、もっと……彼氏なんだし、俺に甘えろ」


 一人で傷つかないでくれと、恭介が私をぎゅっと抱きしめる。

 私はこれでも年上だから、精一杯お姉さん的なポジションになろうと頑張ってきたんだけど……それがまさに崩れ去ってしまおうとしているぞ。


 正直に言えば甘えてしまいたい!

 でもそれは、まだ高校生である恭介にしてみればひどく重いはずだ。そんなことをしてしまってもいいのかと、私はどうしても悩んでしまう。


 当の本人がうじうじしていて、恭介には申し訳ないけど。

 私の病気を治す薬も必要だけど、素直になる薬もあっていいのに……なんて、考えてしまうのはきっと贅沢なんだろうな。




 ◇ ◇ ◇



 体を拭いて着替えたいからと告げられて、俺は少しの間だけ病室から出た。


 病院のロビー、自動販売機でお茶を買う。

 ひまりの目が覚めて、安心して、どうしてこれで寝てられるだろうか。眠れるわけがないし、もし俺がうっかり寝てる間にひまりが苦しんだら……そう思うと気が気じゃない。

 自分のことに関してはずぼらでいいけど、ひまりに関しては別だ。


「まさか、今のひまりと過去で会ってたなんてな」


 過去の俺が異変にもっと早く気付いていれば、ひまりの病気をもっと早く発見できたかもしれないのに。そうすれば、余命が……なんてことも考えなくてよかったかもしれない。

 何もできなかった自分がやるせなくて、ぐっとこぶしを痛いくらいに握りしめる。


 俺は病室に戻って、ちゃんと笑えるだろうか。

 ひまりはきっと、俺の前では無理やり笑顔でいてくれていたんだろう。甘えてもらえなくて、何がひまりの彼氏だ。

 自分の不甲斐なさに、乾いた笑いがもれる。


 ピロン♪


「ん? こんな時間にメッセージって、杏先輩か」


 そういえばさっきひまりが電話したって言ってたな。

 スマホの画面を見ると、いつもののんびりとした杏先輩の文面が目に飛び込んできた。


 ▽やっほう、起きてるー?

 ▼こんばんは、起きてます。ひまりが着替えたりしてるんで、病院のロビーにいます。

 ▽ひまりとは電話で話たけど、森くんから見てどう? 大丈夫そうにしてる?


 杏先輩のメッセージを読み、俺はひまりの様子を思い返す。

 大丈夫かどうかって言われたら、大丈夫という部類ではないような気がする。かといって、駄目かと問われて駄目そう……という部類でもないように思う。

 でも、なんていうか危うさはある。大丈夫だと気丈に振る舞いはするけれど、本当は甘えて泣きわめきたいんだと俺は思ってる。


「…………」


 スマホの画面に、ゆっくりと文字を打ち込んでいく。


 ▼大丈夫っていうか、心配かけたくないから元気そうに振舞っている感じですかね……。体調面に関しては、先生も言っていましたけどそこまで酷くはないと思います。

 ▽あの子、結構気を遣うからね。今夜はずっとついててあげるの?

 ▼そのつもりです。

 ▽なら……安心か。というか、二人してぎくしゃくしてるんだからこれを機会に仲直りしちゃいなさいよー?


 少しからかうような文面で、早く元の二人に戻れと書かれている。

 そんなの、俺だって、きっとひまりだって、そう思ってるんだ。ただ、その選択をひまりが選ぶのは――ひどく、難しい。


「もし俺が余命を突き付けられたら、迷わずひまりを選べたのかな」


 ひまりはその選択を目の前にして、俺を選ぶことができなかった。いや、正確には――自分の幸せを選ぶことができなかった。

 その点で考えると、俺もひまりの幸せを一番に考えるように動くから同じ結果になる。


 なるんだけど――俺とひまりでは、相違点がある。


 それは、その場合のひまりと俺の幸せとは何かという点だ。

 ちなみに、俺はひまりと一緒にいられない時点で幸せではなくなるから、ひまりの選択はある意味間違っている。


 死ぬからといって、ひまりが俺に遠慮することなんてない。


「むしろ、それでも好きって言われた方が俺はずっと嬉しいけどな」


 別れたいと言われて、俺が嬉しいわけがない。


 ▼もちろん、仲直りはします。とは言っても、別に喧嘩をしてるわけじゃないんですけどね。

 ▽ひまり、ナーバスになってると思うからね。あんまり反論しないで、話を聞くところからゆっくり接してあげて。……って、私より付き合いの長い幼馴染に言うことじゃないかもしれないけど。

 ▼いえ、ありがとうございます。


 確かに杏先輩より、ひまりとは付き合いが長い。

 それでも俺は女じゃないから、喧嘩してしまったときはいつもさりげなくフォローやアドバイスをしてくれたりする。あと、ひまりの好きなものやファッションセンスなど。

 上手く聞き出せたらいいんだけど、俺はそこまでできるほど人間ができていない。


 杏先輩とのメッセージを終え、時計を見ると深夜の三時半。


「さすがに着替えも終わってるか……?」


 病室に戻ってもいいだろうと、俺は買ったお茶を一気に飲み干す。あまりロビーにいても、看護師さんや警備員さんの仕事を増やしてしまいそうだ。


 さっさと戻ろうと考えて、俺は病室の方へ足を向けて――やっぱり止めた。

 ジーパンのポケットにしまったスマホを取り出して、とある単語をネットで検索にかける。


「きっとひまりが素直になってくれるなら、これが一番……なような気がする」


 もちろん確信があるわけじゃないけど、可能性は高いんじゃないかと思う。

 一番いいのは、ひまりの病気が治ることだ。


 でもそれ以上に一番駄目なのは、ひまりがこのまま意地を張って素直になれないことだ。

 これで固くなったひまりが柔らかくなってくれればいいなと……俺は祈るような気持ちでスマホの検索結果を読んだ。

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