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高校生の私が中学生になった理由(わけ)  作者: 一色 舞
第四章 答え合わせ
23/27

5

「うっわ、改めて神社を見るとちょっとどころかかなり怖いね……」

「今更だな」


 昼間はまったく気にならないのに、鳥居はどうして赤いんだろうとか……お社の壁の汚れが人の顔に見えたり、街灯の明かりが火の玉に見えたり。上げだしたら、きりがない。

 猫缶のゴミはお社の後ろか……一番奥。

 恭介が先頭を歩き、その後ろを私が付いていく。服の裾を少し握らせてもらって、これで何かあっても見捨てられることはないとほっとする。


「……おやつ、歩き難いんだけど」

「まぁまぁ」

「ったく、人の気もしらないで」

「?」


 ため息をつきながら、恭介が無事に猫缶を回収する。それを私が持っていたコンビニの袋へ入れて、終了だ。


「ありがとね、恭介」

「ん?」

「恭介がいなかったら、ユキちゃんを助けてあげられなかったかもしれないからさ。それに、私の話も信じてくれたから、嬉しかった」


 ふにゃりと笑って、私は恭介の頭を撫でる。

 付き合っていたときはしょっちゅう撫でていたけれど、過去へ来てからは初めてだ。なんだか新鮮な感じだなと思っていると、恭介の頬が少し赤く染まった。


「……とりあえず、お参りしてから帰るか」

「そうだね。私、お財布を忘れちゃってお参りできなかったんだよ!」

「罰当たりめ」


 そう言いながらも、恭介はお財布から五円玉を取り出して私にくれた。

 いいご縁がありますように、五円。

 なんとなくそれを空にかざすように見て、ふと月がないことに気付く。そりゃあ暗さもひときわなはずだよね。

 五円玉が月の代わりみたいだ。


 そんなことを考えていると、横からチャリンとお賽銭を投げ入れる音。恭介がさっさとお参りしているのを見て、私も慌てて五円を賽銭箱へと投げ入れる。

 夜中だから鈴を鳴らすのはぐっと我慢し、手を叩いてから合わせ、神様に祈る。


 ――ユキちゃんが早く元気になりますように。


 それから。


 ――恭介がこれから先、ずっと幸せでいられますように。


 今まで散々頑張って来ていたのに、ここにきて最後の神頼み!

 しかも私は欲張りだから二つも頼みごとをしました! しかも恭介のお金で……! 私はこんなにも強欲だったかと笑いつつ、隣の恭介を見ると――静かに目を閉じて、じっと神様に祈っていた。


「――――……」


 きっと、私のことを祈ってくれてるんだ。

 私は恭介のことを祈ったから、お相子だね。


 ……そういえば、過去へ来たのもここの神社がきっかけだったな。体が痺れて立てなくなって、その時もそう、祈ったのは恭介のことだった。


「私は本当に、恭介を中心に回ってるなぁ」


 恭介の周りから決して離れようとしない。

 確かに、そう考えるとポテトと塩っていうのもいいかも。なんて、今更ながらに思う。


 私はもう一度、パンと大きく手を叩く。


「恭介がこれからずっと幸せでいられますように」

「……おやつ」

「それから」

「?」

「私も、幸せになりたいです」


 両手をぴったり合わせて、閉じた瞼は震えていて、最後の言葉はわずかな風でかき消えてしまうのではないかと言うほど小さかった。

 でも、〝幸せ〟って、人によって違うよね。

 私が幸せだと思うことと、神様が幸せだと思うことが一致するといいな。


「この、馬鹿おやつ!」

「あ、またばかって言う! 恭介にずっと私のことを黙ってたのは……そりゃあ、悪いとは思ってるよ? でもね、私にだって譲れないものくらいあるんだから!」

「そんなの、俺だっておやつを譲ろうとは思わないぞ」

「へ?」


 言うやいなや、恭介がぐっと私の腕を引っ張った。

 突然のことにバランスを崩すと、私はすっぽり恭介の腕の中に納まってしまった。思わず、転ぶところだったのを助けてもらった――なんて思ったけど、違う。


 ――抱きしめられてるんだ。


「きょ、きょうすけ……?」


 ドキドキと、早鐘のような心臓の音が私の耳に届く。

 私が呼びかけるも、恭介からの返事はない。いったいどうしたんだと、恭介の顔を見上げれば、黒い瞳は真剣な眼差しでお社を見ていた。


「もし、そこに本当に神様がいるっていうなら――俺の一生分の運でもなんでもくれてやるから、おやつの病気を治してくれ。発症させないでくれ」


 恭介が私を抱きしめる腕に、力を込めた。

 ぎゅっと抱きしめられるのは、安心するから好きだ。でも、今は恭介の涙が頬を伝って零れ落ちてくるから……まったく落ち着かない。


 背中をぽんぽんと撫でて、私は「大丈夫だよ」と言うことしかできなかった。




 ◇ ◇ ◇



 おやつの温もりを感じて、数年後におやつが死ぬなんて――俺にはどうしても考えられなかった。

 何より現実的じゃないし、自分の身近で誰かが死ぬことを今まで考えてこなかった。


 ――未来からきた、俺の彼女のおやつ。


 付き合ってるんだと告げられて、いったい俺がどれほど嬉しかったかおやつはわかってるんだろうか。

 素直に俺に抱きしめられて、安心するかのように体を預けられる。それは、今までの俺とおやつの関係じゃなくて、未来の俺とひまりの関係なんだということを見せつけられているかのようで。


 ……どうして、未来の俺はおやつのピンチに役立たずなんだ。

 なんて、どうしようもできない怒りが自分の中に沸き起こる。おやつ自身も倒れるまで気付けなかった病気を、どうにかして俺が気付くことができたんだろうか。


「大丈夫だよ」

「……何が」

「え」


 俺を慰めるように、背中を撫でるおやつ。

 意地の悪い返しをして、俺はおやつを困らせてしまう。一番辛いのは、間違いなくおやつのはずなのに。


「いや、ごめん」

「ううん。恭介は、別に何も悪くないよ」


 病気になっちゃった私が駄目だったんだよと、寂しそうなおやつの声が耳に届く。


「おやつは別に、何も悪くはないだろ」


 病気を自分の意志で防げるのなら、この世に病気なんてものは存在しない。

 少し震えてるおやつの肩をぎゅっと抱きしめて、もう絶対におやつから目を離したりはしないと心で誓う。


 そう、誓った。


 でも、現実は、神様は無情で――俺の腕の中にいたはずのおやつがかき消え、忽然とその姿を消してしまった。

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