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二十一話

 廊下を兵士たちが慌てた様子で行き交っていた。

 何があったか走らないが、警鐘、行き交う兵士たち、これらの事からただ事ではないのは確かだ。

 その中の一人を捕まえて正行様たちの居所を聞くと、大広間に集まっているのだと言う。

 俺たち四人は大広間へと続くふすまの前に到着した。大広間から幾つもの声が聞こえ、騒がしい。

 中に入るためにふすまを開けた。

 大広間では甲冑を身に着けた家臣団がざわめき、ほとんどの者が近くにいる者に「何があったのか」と問いただしている。

 そんな中、奥の上段の席で、正行様と正直は立派な甲冑を身に着け、並んでどんと構えて座っている。

 そんな状態の大広間に、俺たちは足を踏み入れた。


「おお、参ったか」


 俺たちを見つけた正行様が言った。


「正行様。これは一体。何が起こったのですか?」


「まだ分からぬ。じゃが、時期に物見の者が参るだろう。それまで待ってほしい」


 なるほど、物見待ちか。家臣団たちが「何があったのか」と騒いでいる事に納得がいく。


「申し上げます!」


 誰かが声を上げた。それは後ろ、大広間の出入り口から聞こえてきた。

 その声が、今まで騒いでいた家臣団たちが静まり返る合図だったのだろう、しんと静まり返り、皆入り口を見つめる。

 後ろを振り向く。そこにいたのは俺たちをこの城に連れてきた者たちと同じく、簡素な鎧を身に着けた兵士だった。

 兵士は片方、右の膝を床に付けてしゃがみ、頭を下げている。

 兵士は顔を上げた。


「どこぞの軍らしき一行、この小田原城近くに現れた模様!」


 家臣団がざわつく。

 そんな家臣団を正行様は「静まれ!」と一喝して静めた。


「その軍、何か目立ったものがあるか?」


 正行様が兵士に質問する。


「相手の軍が持つ松明で確認できたのですが、鳥が描かれた旗を掲げておりました」


 鳥が描かれた旗。

 この旗を掲げる軍は俺が知っている、とは言っても一つしか知らないのだが――。


「その鳥、足は何本じゃ?」


「恐らく三本かと」


「三本足の鳥が描かれた旗……八咫烏か。名上め、我々が反旗を翻したと気付き、八咫烏に我々を討つように命を出したな」


 八咫烏。かつて、美幸の母上が頭を勤め、没後、遺言により一矢が継いだ軍隊。

 そして現在は裏切りにより八咫家の元家老であり、名上とつながっている久虎が頭になり指揮する軍隊。


「一矢殿。お主は八咫烏の頭を務めていたと聞く。八咫烏について知っている事、できれば討ち破る方法を知っていれば教えていただきたい」


 正行様、正直様をはじめ、家臣団は一矢に注目する。


「八咫烏は変化を遂げました。自分が知っているのは変わる前の八咫烏。変わった後の八咫烏は美幸のほうが詳しいかと」


 皆、今度は美幸に注目する。


「八咫烏は西洋伝来の鉄砲を導入しました。この鉄砲、優れたもので今まで使っていた火縄銃の弱点である水を完全に克服し、更には装填の簡易化がなされ、射撃速度も向上。射程距離も伸びている。非の打ち所がない鉄砲です」


 改めて聞くと、戦う相手からしたら絶望しか感じさせない武器だ。


「――姫君。我々に勝ち目はあるのだろうか?」


 そう思うのも無理は無い。

 今の八咫烏の兵士たちにはその武器が支給されている。正行様の言われた通り、勝ち目はあるのか?


「はい。あります」


 美幸は答えた。

 即答だった。


「ほう、即答ですな。聞かせていただこう」


「西洋伝来の鉄砲、あれは母上が存命の時、母上が独自で情報を仕入れ、西洋の方と秘密裏でこの月輪国で誰よりもいち早く仕入れたものです。未だにあの鉄砲の存在自体を知らない者がほとんどでしょう。存在自体知らないという事は当然、鉄砲の仕組みも知らないと言う事。私は唯一、母上よりあの鉄砲の仕組みを教わっており、ある細工を施せば鉄砲を撃てなくできます。鉄砲は強力ゆえ、八咫烏はあの鉄砲に依存していることでしょう。それが使い物にならないと知るや兵士たちは混乱。戦線を放棄するかと」


 家臣団は再びざわついた。それぞれ驚いた顔をして左右の者たちと顔を見合わせている。


「なるほど。しかし、どうやってその細工を施すのですかな?」


 その通りだ。

 まさか敵に向かって、銃にある細工を施してほしいなどとお願いするわけにもいかないだろう。


「敵陣に潜り込むしかないかと」


「それしかないか……誰か我こそはという者はおらぬか?」


 大広間は静まり返った。

 当然だ。失敗すれば敵に首を跳ねられる。そんな死と隣り合わせな危険な事、率先してやりたがるはずもない。

 しかしこうしている間にも敵は、着実とこの小田原城を攻める準備を進めている。ここは――。


「私めが行きましょう」


 俺が行くしかない。



 小田原城の城門の前、紀伊の隣で俺は甲冑を身に着けて腰には刀、月輪を携えるといった出で立ち、そして背後には火縄銃を持った兵士たちを従えている。

 身に着けている甲冑は以前に桂月様から頂いたものだ。

 ちょっとまってほしい。確か今着けている甲冑や月輪は捨てたり、置き去りにしたはずでは? と思うだろう。しかし、これには理由がある。

 あれから桂月様が自らこれらをかき集めて正行様に預けていたようで、それを正行様より頂いたのだ。

 ちなみに、一矢と美幸も同様、桂月様から正行様と言う経路で武器と甲冑を頂いている。二人とも、今頃甲冑に身を包んでいるだろう。

 さて、何故このような出で立ちをしているか。今から合戦を始めようとしているのだなと推測されるだろうがそうではない。八咫烏が持つ鉄砲に撃てなくするための細工を施しに行くためだ。

 作戦はこうだ。俺は今から紀伊の背中に乗って八咫烏の元へ偽りの投降を申し込みに行く。背後より空砲を浴びながら。

 何故そんな事をするか。久虎に小田原の軍から逃げてきたのだと信じてもらうためだ。

 そして到着後、八咫烏に加えてもらうように交渉し、晴れて加えさせてもらえれば久虎をはじめ、八咫烏の将兵にばれぬよう鉄砲に細工を施す。

 さて、どのようにして細工を施すかだが、美幸いわく将兵に鉄砲の整備方法を教えていないらしい。

 そこで久虎に「美幸より鉄砲の整備方法を盗み聞いてきた」と申し出、八咫烏の将兵たちを集めて整備方法を伝授する。その時、整備とは関係ないある事をあたかも整備する手順の一つであるように、やるよう誘導する。

 翌日、小田原の軍は打って出て八咫烏と合戦。鉄砲が撃てなく混乱するであろう八咫烏相手に勝利する。こういう流れだ。

 さて、そろそろ行こう。


「紀伊」


 紀伊は頷き、その後光に包まれた。

 光が消えた次の瞬間、紀伊は元の姿、深紅の体に羽を生やした龍の姿になった。

 後ろがざわつくのが聞こえた。何の変哲もない少女が龍に化けたのだ。当然の反応だろう。

 俺は紀伊の背中に装着されている鞍にまたがった。


「直正殿。これを」


 兵士の一人が白い布を手渡してきた。

 これを何に使うかと言うと、掲げて降伏するという意志を八咫烏側に伝えるためだ。

 これを掲げずに八咫烏側に向かうと、待っているのは八咫烏側が放つ当てる気満々の鉄砲玉の雨だろう。


「直正」


 美幸の声がしたので、その方を向く。

 そこには、正行様に正成様、そして、一矢と美幸がそれぞれ甲冑に身を包んでこちらに歩いて来ていた。


「私も連れて行け。今回の事、言い出したのは私だ。その言い出した者が行かぬのは無責任と言うものだろう?」


 言うと美幸は俺の返事を待たず後ろに跨ってきた。

 まあ、美幸がいると心強いしいいだろう。


「それでは直正殿。頼みましたぞ」


「承知いたしました。お任せください」


 正行様に返事すると、紀伊は俺と美幸を乗せて飛び立った。そのままどんどん小田原城から遠ざかっていく。


「放て!」


 一矢の声が聞こえた。空砲発射の合図だ。

 小田原城からのたくさんの空砲を浴びながら八咫烏の陣営へと向かった。

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