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二十話

 「皆さんの部屋はこちらになります」


 正直に案内されること数分、俺たちは城から離れた館のとある一室の前にたどり着いた。

 部屋と廊下を隔てる障子。この先に俺たちに用意された部屋があるのだ。

 俺は部屋に入るため、障子の取っ手に手をかけた――。


(ようやく来たようですね)


 誰かの、女性の心の声が聞こえてきた。

 この女性の声には聞き覚えがある。そう、これはあの御方のもの。

 俺は取っ手に手をかけたまま、固まった。

 この障子を開けてはならない。本能がそう告げてくる


「どうした直正、早く開けろ」


 そんな俺に一矢が急かしてくる。

 嫌だ! 開けたくない!

 俺は取ってから手を離し、正直に振り返った。


「正直様、申し訳ないのですが、部屋を変えていただくことは……」


 部屋を変えてもらえることを心の中で祈りながら要望する。


「それは出来ません。父上とある御方からこの部屋に皆さんを通すように言われておりますから」


 終わった。

 俺はその場に崩れ落ちて下を向く。


「どうしたんだ、何があった?」


 一矢が聞いてくる。

 一矢は知らないんだ。障子で隔てられたこの先に絶望が待っていることを。

 顔を上げて一矢を見る。


「何があったのではなく、これから起こるのですよ……この先にあの御方がいる」


 察したようだ。一矢、美幸、紀伊の顔は蒼白になっていく。


「あ、あの、まさちゃん! 私たち久しぶりに会ったんだし二人で思い出話に花を咲かせたいなぁ、なんて! まさちゃんもお話したいよね!」


 美幸が正直の右腕に抱きつく。


「い、いや、その――」


「えっ、お話したいって!? うん、分かったよ! 行こう! じゃ、じゃあね皆!」


 美幸が正直の腕を無理やり引っ張って、俺たち三人のもとから去って行く。

 あの野郎、逃げやがったな!


「全く、いつまで待たせるのですか?」


 後ろから声が聞こえた。

 紀伊と一矢は正面を見つめたまま固まっている。

 からくり人形のようにぎこちなく後ろを向いて見上げると、障子が開け放たれて女性が笑みを浮かべて立っていた。

 目の前にいる巫女装束のその女性は俺に名上討伐を命じた張本人、桂月様だ。


「どうやら、美幸は行ってしまわれたようですね。まあ、いいでしょう。さあ、残りの三人はどうぞ中へ」


 桂月様は笑顔で手招きする。

 紀伊と一矢は観念したように中へ入って行った。

 俺はそれをただ、目で追った。


「直正、どうしたのですか? さあ、早く」


 俺は重い腰を上げて立ち上がり、部屋の中に入ると、障子を閉めた。



 「あ、足がぁ……!」


 耐え切れず、そう声を上げる。

 あれから俺たちは桂月様から説教を受けた。正座のままだ。

 説教は数時間に及んだ。数時間正座、ここまで言うと分かるだろう?

 そう、足が痺れたのだ。

 桂月様が俺たちの前から去るのを確認した後、俺たちは一斉に倒れこんだ。

 そして、今現在それぞれ足を押さえて悶絶している。


「皆、ご苦労だったな」


 障子が開け放たれ、美幸が部屋の中に入って来た。宿のものではない綺麗な着物を身にまとい、両手で抱えるように着物を持っている。

 そして、ニヤニヤと笑みを浮かべている。自分一人だけ逃げやがって、この野郎。

 美幸は部屋に入ると、真っ直ぐ一矢のもとに向かい、しゃがみこんんで、抱えている着物を畳の上に置いた。


「兄上、辛そうだな」


「ああ、辛い。自分一人だけ逃げて卑怯者め」


「なんとでも言うといい。ところで兄上、私の人差し指で兄上の足をつつくとどうなると思う?」


 そう言って美幸は右手人差し指を一矢の右足へと持っていく。


「や、やめろ、バカ!」


「ほう、『バカ』と言うか。そんな口をきく兄上にはお仕置きしないといけないな」


 美幸は一矢の右足をつついた。

 一矢が声を漏らして辛そうな表情を見せる。しかし、美幸は気にせず、何度も一矢の右足をつつく。

 鬼かこいつは。


「何か、いつもの美幸と違って楽しそうだね。何かあったの?」


 紀伊の言葉に美幸は手を止める。そして、意地悪そうな笑みはどこへやら、優しく笑みを浮かべた。


「そうだな、しいて言えば、懐かしき者に再開したからか」


 美幸が言った昔の友、それは恐らく正直の事だろう。

 正直。この部屋に来る途中で聞いた、俺の名前、直正の「直」と「正」の漢字を入れ替えた名前の男。そいつは美幸の友で、俺の知らない幼少の頃の美幸を知っている男。

 まただ、美幸と正直、二人の関係を考えるとイライラしてくる。


「ふーん、そうか、正直様と話して楽しかったのか」


「そうだ。昔の話で盛り上がってな。いや、楽しかった」


「ふーん、そうかそうか」


 こっちから聞いたにも関わらず、美幸の答えにそっけなく返事を返す。

 その返事にムッとしたのか、美幸の顔から笑みが消える。


「何だ、直正。そっちから聞いておいてそんな興味なさそうな返事を返すとは。態度が悪いぞ」


「別に。興味ないから興味なさそうに返事することに何が悪いんですかねぇ?」


 俺と美幸は睨み合った。辺りに気まずい雰囲気が流れているようだが知ったことではない。


「そ、それで、美幸。お夕食はいつごろなのかな?」


 突如紀伊が俺たちの間に割って入ってきた。

 おおかた、この雰囲気をぶった切るためだろう。

 美幸は俺から目線を外すと紀伊の方に向いた。


「そうそう、それを伝えに来たのだ。正行様より皆、城の大広間に来て欲しいということだ。それと、そこの着物は正行様からだ。それを着て大広間まで来てくれ。私は先に行っている」


 美幸は立ち上がって部屋を後にした。


「とりあえず、着替えるぞ。まず、紀伊から着替えろ。自分たちは部屋の外で待っている。終わったら教えてくれ」


 一矢が肩をポンポンと叩いてきて、俺の横を通り過ぎると部屋から退出して行った。

 俺は重い腰を上げると、部屋から退出して障子を閉める。


「どうしたんだ? 突然美幸にあんな態度を取って」


 突然、一矢が話しかけてきた。


「何となくです」


「何となくというわけじゃないだろう。自分とお主は名前を呼び捨てにしあう仲だ。話してみろ」


 俺は口を閉ざした。

 そんな俺に対して、一矢は溜め息を吐く。


「――嫉妬か?」


「ッ!」


「その反応、やはりな。お主はあの青年、正直殿に嫉妬している。何故か。それはお主が美幸のことを思っているから。違うか?」


「何を言っておられるのですか? 美幸のことなどこれっぽっちも……」


「では、何故美幸に『楽しかったか?』などと聞いた? 思っていなければ、無視するはずだ」


 敵わないな、この人には。


「そうです。一矢の言われる通り、嫉妬です。俺は美幸のことが好きです。思っています。それで、正直様は昔の幼い頃の美幸を知っている。大広間で美幸と正直様、あの時お二人は手を取り合い、そして美幸は今まで俺に見せたことない笑顔だった。それが正直様にだけ向けられている。それが悔しかったんです」


 両手にそれぞれ拳を作り強く握りしめる。

 そんな俺の頭に何か置かれたのを感じた。暖かさを感じる。

 これは何だか分かった。一矢の手だ。


「お主の思い、美幸に伝えてみろ。まあ、付き合いが長い正直殿相手では不利だとは思うが、何、当たって砕けろだ」


「――砕けちゃ駄目でしょう? あと、不安になることを言うのはどうかと」


 沈黙が流れる。

 頭に置かれていたもの、一矢の手は頭から離れたみたいだ。


「終わったよ――あれ? どうしたの?」


「い、いや、何でもない。ほら、直正。着替えるぞ!」


 一矢は俺の右腕を引っ張って、部屋の中へ導いた。



 夕食が終わり、別館の用意された部屋の前までやって来た。

 障子の取っ手に手をかけて、部屋へと続く障子を開ける。そこには既に布団が四つ、俺たちに人数分敷かれていた。

 この城で家事を行っている人たちが俺たちが夕食をとっている間に敷いてくれたのだろう。


「布団だー!」


 俺の横をすり抜け、紀伊が布団に飛びつく。当然、布団はぐちゃぐちゃになる。

 あーあ、せっかく綺麗に敷いてくれていたのに。


「直正」


 俺は一矢を見た。


(自分は紀伊を連れて散歩でもしてくる。帰ってくる間に美幸に自分の思いを伝えてみるといい)


 一矢の心の声が聞こえた。

 俺は一矢に向かって頷くと、一矢も頷き返してきた。


「紀伊、二人で散歩でも行かないか?」


「んー、散歩? 何で?」


「いいから」


 一矢は紀伊に向かって手招きした。

 紀伊はしぶしぶ起き上がると、一矢に駆け寄る。


(じゃあ、頑張るといい)


 そんな紀伊をつれて一矢は行ってしまった。

 とりあえず、中に入るか。

 俺は部屋の中に入った。続いて美幸が入る。美幸は入った後に障子を閉めた。

 部屋に沈黙が流れる。夕食の前、邪険な雰囲気になったからなぁ。


「紀伊の奴、こんなにめちゃくちゃにしやがって」


 何となく独り言をつぶやいてみた。美幸の反応はない。



 お互い、座ってから数十分ほどが経過した。

 それでもまだお互い、沈黙を決め込んでいる。

 このままではあの二人が帰って来てしまう。何とかしないと。


「兄上に何を吹きこまれた?」


 美幸が声をかけて来た。

 驚き、反応に少し遅れる。


「え、えーっと……」


「仲直りしろとでも言われたのだろう? 安心しろ。私は怒ってなどいない。ただあの時、そなたの態度にムッとしただけだ」


 態度にムッとしたって、それ、怒っていると同じ意味では?

 って、そうじゃない! 一矢は美幸と仲直りする。まあ、それもだが、そのために二人きりにしてくれたのではない。


「そのことについては誤ります。申し訳ございません」


 俺は美幸に頭を下げる。


「しかし、一矢に二人きりにしてもらったのはあなたと仲直りする為だけではありません。俺の気持ちをあなたに伝えるためです」


「そなたの気持ち?」


 俺は「はい」と返事をすると、目を瞑って深く呼吸をする。

 覚悟を決めた。言うぞ、俺。

 目を見開いて真っ直ぐ美幸を見つめる。


「俺は、あなたの事が――」


――カンカンカンカン!


 突如、鐘の音が鳴り響いた。聞いたことがある音。

 これは、警鐘!


「直正! 美幸!」


 一矢の声が聞こえた瞬間、障子が開かれた。

 開かれた先には、一矢と紀伊が慌てた様子で立っていた。


「紀伊、一矢。これは一体」


「分からない。だが、とりあえず正行殿の元へ行くぞ。正行殿なら何か知っているはずだ」


 俺と美幸は顔を合わせて頷くと立ち上がり、紀伊と一矢と共に部屋を後にし、正行様の元へと向かった。

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