十九話
箸で麺をつまみ、それをつゆにつけた後、口まで持って行き、麺をすすった。
ズルズルという音を立てると同時に口の中に麺つゆの味が広がりる。
ここは蕎麦屋。空きっ腹を満たすために入った店だ。
俺たちは次の町に来ていた。
町に着いたと同時に美幸に頭を下げられた。「あの時はどうかしていた」と。あの時とは美幸に接吻を交わされ、危うく食べられそうになった時のことだ。
当然俺は許した。それにしても、真面目な美幸でもあんなことになるとはな。それにしても、あの時はどうかしていたってことは、俺に対する告白も気の迷いということか。
そうとわかると残念だな……。
ちなみに紀伊はあの後、少女の姿になり、今現在俺の横で麺をすすっている。
「これを食べ終わった後、買い出しに出かける」
あの娼婦の町、一矢の故郷からこの町に来るまでの道中、一言も発さなかった一矢の口が開いた。
あの町からは逃げるように去った。八咫烏の襲撃と、それによって一矢のことがあの町で働いていた一矢のお姉さんにバレたからだ。
何故か一矢は自分が捨てられた弟であることをお姉さんに秘密にしていた。バレたことが衝撃だったのだろう、今現在までずっと口を閉ざしていたのだ。
さて、話は変わるが、逃げるようにあの町を去ったため、荷物をすべてあそこに置いて来てしまった。よって現在、野営を行うための道具が一切ない。もちろん、武器や防具も。今身に着けているものだってあの宿のものだ。
幸い、お金だけは持ってきていたのでそれで道具を揃えようということだ――ん? 武器? 防具?
「あーっ!」
あることに気づき声を上げる。
突然俺の声に驚いたのか、紀伊、一矢、美幸は驚いていた。
一矢に至っては、つゆが喉に引っかかったのか、苦しそうに咳払いをしている。
「ど、どうした」
「月輪が……月輪がぁ!」
そう、刀、月輪をあの町に置いて来てしまった。それだけではない防具もだ。
「ああ、武器か。それくらいこの町にも置いてあるだろう。心配することはない」
「そうじゃありませんよ! あれらは桂月様から頂いたものなんですよ!」
俺の言葉に紀伊、一矢、美幸は「あー……」と声を漏らす。
前に一度、目立つとかそんな理由で桂月様から頂いた兜を捨てたことがある。結果、桂月様が俺の前に現れ、こってり絞られた。
その時、紀伊は武器の見張りをしていたのだが、少し持ち場を離れている間に月輪を盗まれたので俺と一緒に絞られた。
「まあ、その、覚悟するのだな」
一矢が他人事みたいに言い、再び麺をすすり始めた。
「いや、何か他人事みたいですけど、一矢も関係あるんじゃないですか? あと美幸も。思い出してください。桂月様に言われたことを」
平然としていた一矢と美幸は俺の言葉で気付いたようで、箸を止めた。
そう、あの時絞られたのは俺だけではない。短いが、一矢と美幸も絞られたのだ。
桂月様はあの時二人に「お手本にならなければならない」と説教した。
町を去る前に冷静になり格好悪いが、宿に荷物を取りに戻るようにどちらかが促していればあの宿に荷物を置き去りにすることもなかっただろう。
全員説教確定だな。
「もし」
声が聞こえ、声のした方を向いた。
そこには質素な甲冑に身を包んだ男がいた。何者だ?
「そこにおられるお方は、八咫家の姫様では?」
男は美幸を見て言った。
八咫家の姫様。確かに美幸のことだ。
この男、何故そんなことを――まさか!
あることが考えられ、身構えた。それは俺だけではなさそうだ。紀伊、一矢、美幸も身構える。
「そんな、見間違いでは?」
「いえ、紛れもなく八咫家の姫様だ。入れ」
男の声に、店の中に同じ甲冑に見を包んだ男たちが四人入ってきた。周囲の客と店の者はざわつき、俺たち周辺から遠ざかる。
男たちは最初にいた男と違い、槍を持っている。
俺が考えたあること、それはこの男たちは恐らく、名上の兵士であるということ。
俺たちがこの町にいることを知り、討つためにこの店に送り込まれた者たち。
まずい、俺たちには今武器がない。襲われたら一巻の終わりだ。
「我々に付いて来て頂きたい」
襲っては来ないようだった。なるほど、名上自ら首を跳ねるということか。英雄にはなれなかったな……。
俺たちは立ち上がった。おとなしく従うしかない。
連れてこられたのは、この町を見渡せる場所に立っている城の大広間だった。
俺たちが正座している直線、偉い方が座る上段の席に一人の男がいた。
一人は、白いひげを蓄えた老人。質の良さそうな着物をまとい、右手に扇子を持ち、姿勢を正しくしてあぐらをかいている。この城の城主だろう。
そして、部屋の両隅には家臣と思われる男たちがこちらを向いて正座をしている。
正面にいる老人、あれが名上家成か。
「久しぶりですな、八咫の姫君」
老人はニッコリと微笑んだ。
「ええ、お久しぶりです。最後に会われたのは確か、十年前でしたね」
美幸は老人に対してやけにしたしげな態度をとっている。
「ちょっと、美幸。何したしげな態度をとっているんですか。相手はあの討伐すべき名上ですよ?」
隣の美幸に耳打ちする。
「違う。あのお方は『小田原正行』様。名上ではない」
名上ではないのか。とすると、考えられるのは名上の家臣。
「それで、正行様。我々をここに連れてきた理由は? まさか、我々の首を名上に差し出そうと?」
「うむ、そのように命を承っていたのじゃがな。実は――」
突然、天守閣の外へと続くふすまが勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、小田原正行と同じく上品な着物に見を包んだ、二枚目の好青年と言うにふさわしい男だった。
青年はこちらには目もくれず、小田原正行を見つめる。
「父上! 八咫の姫君がいらしたとは本当ですか!?」
青年の登場で、小田原正行は片手で顔を覆って溜め息をついた。
どうやら、青年に呆れているようだ。
「静かにせんか。来客中じゃぞ」
青年は小田原正行の言葉にハッとしてこちらを向き、その場に正座した。
「申し訳ございません。ようこそ、小田原城においでくださいました」
青年はお辞儀をした。何というか、騒がしい男だな。
「――まさちゃん?」
美幸が言った。まさちゃん?
青年は顔を上げた。それからこちらを見つめてくる。どうやら美幸を見つめているようだ。
「――みっちゃん? みっちゃんじゃないか!」
二人は立ちがって駆け寄り、手を取り合った。
「みっちゃん久しぶり! 綺麗になったね!」
「まさちゃんこそ! かっこよくなったね! 見違えたよ!」
二人は笑顔で取り合っている手を振りながら談笑している。
えーっと、あそこにいる女性は何者だ? 俺が知っている八咫美幸は凛とした言葉遣いで、めったに笑顔を見せることがない。
しかし、青年と手を取り合っている女性は凛とした言葉遣いでなく無邪気そのもの、そして笑顔を浮かべている。
今、目の前で仲良くしている女性と青年を見ているとなんかこうイライラしてくる。この気持ちは何だ。
「あー、美幸?」
一矢が女性に声をかけた。女性は一矢に振り向く。
一矢の言葉で今の状況に気付いた女性は真顔に戻り、青年から手を離し、小田原正行に向き直り、その場に正座する。
「申し訳ございません。お見苦しい所をお見せいたしました」
女性は頭を下げた。
言葉遣いといい、態度といい、いつもの美幸だ。
それに対して、小田原正行は豪快に笑った。
「ハハハ! いやいや、昔の姫君を見ているようで面白かったですぞ」
美幸は頭を上げた。
顔は茹でたタコのように真っ赤になっている。
「そ、それで、正行様。先程何か――」
「おお、そうじゃったな。名上よりそなたたちの首をはねるように命を受けていたのじゃが、我々はお主たちに協力しようと思う」
そう言いながら俺たち一人ひとり扇子で指してきた。
首をはねられる事を覚悟していた俺たちを待っていたのは、予想に反する嬉しい提案だった。
八咫刀を奪われ、八咫烏を取り返す手段をなくした俺たちは、三人と紀伊を含めた一柱で名上を討伐するしかなかった。
その中でこの提案だ。嬉しくないわけがない。
「ありがとうございます!」
俺は周りの目を気にせず大声でそう言い、小田原正行、改め正行様に頭を下げた。
俺の言動に対してだろう、正行様から豪快に笑う声が聞こえた。
「ハハハ! 元気な青年じゃな。これ、正直。この者たちを客室に案内せよ」
正行様は先ほどまで美幸と手を取り合っていた青年、正直に扇子を向けた。
「ハッ!」と声とともに正直は正行に頭を下げる。
「さあ、皆さん。どうぞこちらへ」
正直は大広間から退室した。
俺たちは、正行様に一礼すると立ち上がり、正直に続いて大広間から退室したのだった。




