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十八話

 何処だここは。床には畳が敷きつめられ、回りはふすまで囲まれている。しかし、一箇所だけ開かれており、そこから青天が見える。

 そして、偉い方が座るであろう上段の席がある。その背後の壁に貼り付けられた八咫烏の軍旗。

 全て見覚えのある風景。たしかここは……そうだ、八咫城の大広間だ。

 そんな見覚えのある空間、八咫城の大広間の中央で俺は美幸と向かい合って座っている。目の前の美幸は顔を赤らめていてどこか色っぽい。


「直正、私はそなたが好きだ」


 突然の告白。ちょっと待て、何? 美幸が俺のことを?

 これは冗談か何かか? 大広間の外では一矢と紀伊が待機していて、突然ふすまが開かれて「冗談でした!」なんて言ってくるんじゃ。


「だから、直正――」


 この流れはその、期待していいんだな?

 俺は唇をとがらせる。

 いつでも来い。接吻を交わす準備は万端だ。


「私の思いを受け取ってくれ!」


 直後、唇に強い衝撃が走った。

 唇ではなく、拳が飛んできたのだ。


「な……んで……」


 殴られた衝撃で後ろに倒れる最中、美幸の行動に疑問に思いながら世界は暗転していった。



 目を開けると、目に写ったのは天井だった。その天井は八咫城の大広間のものではなく、昨日目を瞑る前に見た宿泊した宿のもの。

 ここから推測されることは一つ。今までの出来事は夢だったのだ。

「美幸が突然あんな事するはずがないよな」なんて思いながら口に違和感を覚える。何か口の上に乗っているようだ。そして、痛い。

 その何かを確認するために口の上に乗っているものを掴み、引き離して見る。

 それは、自分ではない他の者の拳だった。何でこんなものが?

 目で拳、腕と辿って行くと、そこには横たわり、静かに寝息を立てている紀伊の姿があった。

 なるほど、合点が行った。紀伊は寝返りをうったのだろう。その時、紀伊の拳が俺の唇を強打した。それが俺の夢と繋がりあのような夢を見た。

 俺は紀伊の拳をどかして上体を起こした。

 部屋はすっかり明るくなっていた。どうやら朝を迎えたらしい。

 あたりを見渡してみる。一矢の姿はない。何処かへ行ったようだ。

 窓の前に美幸の姿があった。こちらに背を向けて立ち、窓より外を見渡しているようだ。


「美幸。おはよう」


 美幸に声をかける。俺の声に反応し、美幸がこちらを振り向く。


「――おはよう。直正」


 美幸がこちらに向かって歩いて来る。

 俺の前に到着すると、腰を落として俺を見つめてきた。

 美幸は昨日のように息苦しくはしていないようだった。一矢の言った通り、治ったらしい。

 しかし――。


「どうした? まさか風邪でも引いたか?」


 今度は顔が赤いのだ。

 俺の質問に美幸は首を横に振る。風邪でないとすると一体……。


「直正、私はそなたが好きだ」


 どこかで聞いた台詞。そう、先程まで見ていた夢と同じ台詞だ。

 まさか、まだ夢の中なのか? 美幸が俺を好きだなんてそんなこと。


「嘘か?」


「嘘ではない。本当だ」


 戸惑う事なく美幸は否定してきた。その戸惑いもない返事に対して面くらい、何も言葉が出てこない。

 そんな俺の上に美幸が跨ってきた。そしてじっと俺を見つめてくる。


「すまない、直正。もう我慢できない!」


 突然美幸は両手で俺の頭を掴み、唇を奪った。それに驚き、俺は目を見開き全身に力が入る。

 美幸は貪るように接吻を交わしてきた。接吻を交わすたびに美幸の口から「んっ!」と吐息が漏れる。

 何だこれは……とても気持ちがいい……。

 見開かれた瞼は段々と重くなり、全身から力が抜ける。身を全て美幸に委ねることにした。なすがままだ。

 何度か接吻を交わした後、美幸は唇を離した。美幸は俺を見据え、肩を上げに動かしハアハアと荒い息を上げている。

 俺と美幸は余韻に浸った。


「そなたは何もしなくていい」


 美幸は俺の服に手をかけた。その行動に余韻が吹き飛びハッとする。

 いやいや、これはまずいって! 美幸の奴、服を剥ぎ取るつもりだ!

 剥ぎ取られないように服を押さえる。


「直正、手をどけてくれ! 私は、我慢できないのだ!」


「やめろ! 流石にこれはダメだ!」


 美幸は俺の服を剥ぎ取ろうとし、大して俺は服を剥ぎ取られまいとするという攻防をひろげる。

 何の前触れもない突然の告白と言い、接吻と言い、今の美幸は異常だ。そんな美幸と男女の営みは避けるべきだろう。


「二人とも起きているのか――って何をしている!」


 俺と美幸は静止し、お互い部屋の入口を見た。一矢が立っている。

 一矢は素早く俺たちに駆け寄り、引き剥がした。

 助かった。胸をなでおろす


「これはどういうことだ? 説明しろ」


「俺じゃありません。美幸が突然襲いかかってきたんです」


「そうなのか? 美幸」


 一矢はじっと美幸を見つめた。

 それに対して美幸は静かに頷く。


「街の雰囲気に飲まれたか……」


「町の?」


 一矢に聞き返す。一矢はこっちに振り向いた。


「結構あるんだ。美幸のように雰囲気の飲まれ、ことに及ぼうとする奴が」


 一矢はため息を付いた。

 なるほど雰囲気に飲まれてか。美幸の行動も理解できた。


「それはそうと、一体どちらに行かれていたんですか?」


「ああ、ちょっとな。姉に会いに」


「姉?」


 美幸が話に食いついてきた。

 そうか、美幸は知らないんだな。

 美幸を見る。


「そう言えば、美幸は知らないんだな。ここで一矢の姉が働いている」


 美幸は驚いた表情を見せた。

 美幸から目を離し、一矢に向き直る。


「それで、どのような話を? まさか自分が弟だと告白を? ああ、話したくなければいいです」


「いや、隠すことではないから話す」


 一矢はその場に座った。


「聞きたかったのだ。『弟が捨てられた時どう思ったか』と。弟の事を聞いた時、驚かれた。『何故弟の事を知っているのですか』とな。そして、疑われたよ。弟本人じゃないのかと」


 疑うのは当然だろう。当事者しか知らないことを知っているんだから。


「それについては母親の時と同じく『町の人から聞いた』と答えておいた。それで、どう思っていたかというと、母親から捨ててきたことを聞いた姉はその日の夜、一晩中泣いたらしい」


 一晩中泣いた。それは一矢のお姉さんが一矢の事を大切に思っていたことを現している。

 だってそうだろう? 大切に思っていなければ涙など流さない。


「姉は言っていた。『会えることなら会って一緒に生活したい。母の行動を止めなかった過去の清算がしたい』と」


 一矢の話を聞いてある状況が浮かんだ。

 もしかしたら「一矢は一行から外れ、ここに残るのではないか」と。


「もしかして一矢はここに残るのですか?」


 俺の質問に対して残ることを選んだのなら止めはしない。

 俺に一矢の人生を決める権利はないのだ。


「いや、それはしない。桂月様とお主とは約束したからな。『名上討伐に力を貸す』と。それにここに残るのなら姉に自分が弟だと打ち明けている」


 内心、安心している自分がいる。一矢は重要な戦力というのもあるが、それだけではない。

 ここまで一緒に旅をしてきて、名前を呼び捨てにする仲になった。今更離れたくはないのだ。


 ――ズドン!


 突如大きな音が聞こえた。その音に紀伊は目を覚まして起き上がる。


「な、何!? 今の!?」


 紀伊は突然のことに驚いている。

 それは俺たちも例外ではない。


「これは、西洋伝来の――!」


 美幸が言った。


「知っているのですか!?」


「ああ、これは西洋伝来の鉄砲の銃声だ。もしや、八咫烏が。しかし、そうだとしても町を襲うなど」


「とにかく、見に行きましょう」


 俺は率先して部屋を飛び出した。

 後ろで一矢が何か言ったようだが、気にしない。

 宿に泊まっているだろう人たちが混乱して慌てて、右往左往している。そんな人たちを押しのけて宿を出て、路地を抜けて大通りに出る。

 町は悲鳴に包まれていた。人々は恐怖にかられてこちらに向かって逃げてくる。

 その人々の後ろにそれはいた。三本足のカラスが描かれた軍旗。八咫烏だ。

 八咫烏の兵士は四人いる。


「直正! 一矢! 美幸! 出てこい! ここにいることは分かっている! 出てこなければこの町を焼き払うぞ!」


 兵士の一人が西洋伝来の鉄砲の銃口を空に向けて発砲する。人々は悲鳴を上げて、その場にしゃがみこんだ。

 そして、立っているのは八咫烏の兵士たちと、俺だけになった。

 これが何を意味するか。兵士たちは俺を見つけたということだ。

 兵士の一人は俺の顔を見て口を歪ませる。


「見つけたぞ直正、死ね!」


 銃口がこちらに向けられる。


(死んだ)


 そう思った時、路地に腕を引っ張られた。銃声が鳴り、すぐ近くの家屋に銃弾がぶつかった音が聞こえた。

 引っ張られた方を見る。俺を引っ張ったのは一矢だった。その後ろには美幸が見える。

 全力で追いかけてきたのか、二人とも息を切らしていた。


「バカかお主は! 自分が腕を引っ張らなければ死んでいたぞ!」


 一矢に怒鳴られる。

 俺は「すみません」と頭を下げた。


「隠れても無駄だ! さあ、大人しく出てこい!」


 兵士がそう要求してくる。


「まさか、自分たちを追い詰めたつもりか?」


 しかし、それには従わずに死角に隠れたままで一矢が言った。


「ん? その声、一矢か。自分たちを追い詰めた? 何を言っている。圧倒的に不利なのはお前たちだ。待っていろ、すぐにそこに行ってやる。西洋伝来の鉄砲の力、思い知るがいい」


 足音が聞こえる。

 それはだんだん大きくなる。こちらに近づいている証拠だ。


「一矢!」


 心配になって一矢に問いかける。


「心配するな。手は打ってある」


 手は打ってある? この状況を打開する方法があるとでも?

 そう言えば、紀伊の姿が見えない。まさか、まだ宿の中か?

 突如悲鳴が聞こえた。大通りの方からだ。

 死角から顔だけだして大通りを見た。

 するとどうだろう、兵士たちが龍の姿になった紀伊にそれぞれ足に踏み潰されているではないか。なるほど、一矢の言った手とは紀伊の事だったのか。

 思うに、紀伊は空より兵士たちを急襲。油断していた兵士たちは対応できなかったと言ったところか。

 兵士たちは紀伊の足の下で動くことはない。絶命したようだ。

 町の人たちは呆然と俺たちを見ていた。それもそうか、突然龍が現れ、町を襲った兵士たちを退治したのだから。


「長居は無用だ。町を出るぞ」


 一矢が言った。賛成だ。


「――一矢?」


 後ろより声が聞こえた。

 俺たちが振り向くと宿の女性、もとい一矢のお姉さんが立っていた。


「一矢、やっぱりあなたは一矢なのね!?」


 お姉さんは一矢に駆け寄り両腕を掴んだ。


「さあ、何のことでしょう?」


「とぼけないで! 町を襲った人たちはあなたを一矢と言った! その名前も私たち身内の事に詳しいのもあなたが弟である証拠よ!」


 一矢は下を向いて両手を握りしめて拳をつくった。

 そして、意を決したように顔を上げる。


「単なる偶然でしょう。さあ、直正、美幸、それと紀伊、行くぞ」


 一矢はお姉さんの両手を振りほどくと走りだした。

 俺たちは急いでそんな一矢の後を追った。

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