6:傭兵ギルド
お久しぶりでございます。更新滞っていてすみません。今後も気まぐれ更新になります。
というのも、別の連載を主軸に据えているからです。申し訳ない。
その日俺は、お忍びで街へと繰り出していた。典型的なお忍びなのだ。普段なら、外出するときは基本が馬車。そして、徒歩でどこかを散策するときには、護衛が何人も傍に付く。そのわずらわしさが無かったのは、学園にいる時だけだ。あそこは警備が万全で、俺もただの生徒として生活していたので。…いや、貴族の令息令嬢オンリーの学園だから、護衛とメイドとか連れて来始めたら収拾が付かなくなるだけなんだが。
つまり、今の俺は、執事のレールと二人きりで街を歩いている、ということだ。なお、服装はいつものモノと全然違う。レールが用意してくれた、ごくごく普通の一般人が来ている既製品のシャツにズボンだ。レールも同じような格好をして、いつもはきっちり結わえている黒髪を、すこし乱して束ねている。口調も表情も仕草も、彼の素である下町出身チンピラ上がりモードだ。どこからどう見ても、名門貴族の家に仕える執事には見えません。すげぇ。
「アル、あまりキョロキョロするなカモられるぞ」
「…了解」
現在のレールの役割は、多分俺の兄貴分というところなんだろう。チンピラ上がりモードで、口調も素の荒いもの。ついでに俺のことをアルと呼ぶ。…まぁ、こんなところで、「アルフォンソ様」なんて呼べないわな。呼んで、うっかり素性突き止められたら、大混乱だ。
俺とレールが向かっているのは、傭兵ギルドだ。傭兵ギルドは各地にあるが、王都のそれは特に大きい。王都でも貴族達御用達の区画にあるのならば警戒はいらないが、傭兵ギルドは庶民区画とスラム区画の間に立っている。スラムの奴らが何かをやらかせば、傭兵達を乗り越えなければいけない、というような位置づけなのだ。そこへ向かうのだから、丸腰というわけにもいかず、俺もレールも一応武装していた。
俺の剣は長剣だ。まぁ、いわゆるブロードソードとかの一般的な剣だな。何しろ学園で習う剣術が長剣かフェンシング系かなので、男はだいたいこっち選ぶんだよなぁ…。まぁ、どこでも武器手に入るってのは利点だろうし、片手で武器、片手で魔法が可能だから汎用性も高いし。…ただ、正直、10代の青年が持つにしては、立派すぎる剣であるのが難点だ。だってこの剣、ミスリルソードなんだよ。実家の持ってきたから。
まぁ、鞘に入ってる段階だったら気づかれないだろう。気づかれたら、それだけで目の色変えて襲ってこられそうだ。どう見てもお坊ちゃんだしな、アルフォンソの外見。カツアゲされないように気をつけよう。
なお、俺の前をすたすた歩いているレールは、ぱっと見では武装しているようには見えない。アイツの武器は基本的に打撃と暗器だ。執事は武器を見えるように持ち歩かないというスタンスらしい。なお、レールの師匠はクインティーヌ侯爵家の執事長のナイスミドルだ。鬼のようなしごきに耐え抜いたのはレール一人だけらしい。他は執事業務は出来ても、武術は彼のしごきに耐えられなかったとか…。…むしろ、それに耐えたお前が怖いよ、レール。
レールに案内されるまま、貴族区画を抜け、庶民区画の外れまで歩く。…街はまだ活気に満ちているが、どこかうっそりと忍び寄る陰鬱さを感じてしまう。多分俺の錯覚だろう。俺はこの先この国に何が起こるのかを知っているから、妙に感傷的になってしまうだけだ。…そうだと思いたい。
「ここが、傭兵ギルドだ」
見上げた建物は、まぁ、日本の役所みたいな建物だ。長方形の大きな建物。門番よろしく立っているのは若手の傭兵。レールと二人、お辞儀をして中に入る。傭兵ギルドは、単純に傭兵としてだけじゃなく、採取依頼だの討伐依頼だのも引き受けるから、庶民が入ってきても問題はない。受付カウンターには、スキンヘッドのおっさんがいた。ちらりとこちらへ向けられる視線は、訝しげだ。
そのおっさんが、俺を素通りしてレールを見て、唇の端を持ち上げた。…あぁ、レールよ。お前、ここへ俺より先に探りに来た筈だが、何をやらかしたのかね?周囲の傭兵達が、微妙に殺気を放ち始めてるんだが。お前、まさか傭兵ギルドに来て、見込みの無い傭兵に喧嘩売ったとかじゃなかろうな?
「この間の兄ちゃんか。何だ?また喧嘩か?」
「ギルマス、俺は先日も喧嘩を売った覚えはない。向こうが勝手に突っかかってきたんだ」
「確かにそうだが。お前さんの態度がそれを誘発したんだろうよ。素人さんにしちゃ、妙に態度がでかい」
楽しげに笑うおっさん。どうやらこのおっさんがギルドマスター、ギルマスらしい。というかレール、お前やっぱりやらかしてたのか!?相変わらず、血の気多いな、このチンピラモード!執事モードだったら滅多に手は出さないくせに!
申し訳ないと思いつつ、俺はレールの後ろで頭を下げた。ウチの者が大変失礼をいたしました、の気分だ。実際レールは俺の執事なんだから、その暴走に関して、俺が頭を下げるのは当たり前だな。うん。
そんな俺を、ギルマスは面白そうに見ていた。…あぁ、血の気の多いレールの連れにしては落ち着いてるとかそういう判断?いや、別に俺、血の気が少ないわけでも多いわけでも無くて、普通なんで。あと、今日はちゃんと目的がありますので。
「ガロスという傭兵がいると聞いてきたのですが」
レールの横に並び、ギルマスに問いかけた。レールと傭兵達のにらみ合いは続いている。…そっちは放っておこう。流石に、俺が隣にいるのに乱闘騒ぎはしないだろう。もししたら、それはそれだ。
ギルマスは、俺の問いかけに目を細めた。ほぉ、と楽しげな声を出す。…あぁ、やっぱりそういう反応になるか。この時期のガロスは、傭兵として指名を受けることはほぼなかったという。その真価を知るのはギルマス一人、というぐらいに、ただの飲んだくれてるオヤジの筈だ。
案の定。
「あの飲んだくれに何か用か、兄ちゃん」
ギルマスの返答は俺の予想通りだった。そうか。やっぱり飲んだくれてるか。こくりと頷いてみせれば、オヤジは視線を2階へと向けた。2階には、傭兵ギルドの酒場がある。待機中の傭兵達が飲み食いしている場所だ。レールの肩を叩いて、2階を示す。頷いたレールと二人、階段を上って2階の酒場へと足を踏み入れた。
がやがやと賑わっている酒場の奥、窓の光も入らないような片隅で、男が一人、延々とグラスを傾けている。アル中を疑われても無理が無いぐらいの飲みっぷりだ。なお、今までの稼ぎで金は余ってるから、別に代金を踏み倒しているとかではないらしい。ただ、ここ数年彼は、マトモに仕事をせず、たまに適当に魔物討伐をするぐらいだとか。
かつて、無冠の武王と呼ばれた男、ガロス。無冠の、というのは、幾多の戦場や任務で大きな功績を挙げながら、いずれも賞賛を浴びること無く隠れてしまったことに由来する。運が無いとでも言うべきか。ガロスの功績は確かだと誰もが知りながら、彼を表彰する機会は毎回潰れる。だが、それは彼にはどうでも良かった筈だ。無冠の、というのはむしろ彼にとって誇りだったはずだ。王侯貴族の与える評価などくだらないと切り捨てて、その剛剣だけで生き抜いてきたのが、ガロスだ。
俺の知っているガロスより、数年は若いはずなのに、何故か老けて見えた。多分それは、彼の全身から気鬱のようなものが漂っているからだろう。くすんだ赤毛に茶褐色の瞳。日に焼けた褐色の肌。鍛えられた戦士としての全ては残っているのに、その瞳だけが沈んだまま浮かび上がってこない。…え?俺、こいつどうやって引き上げりゃ良いの?引き込まないと駄目なんだけど。
「貴方が無冠の武王、ガロスか?」
「……何だ、小僧」
「私はアル。貴方に依頼をしたい」
「断る。子供の遊びに付き合う趣味はねぇ。他を当たれ」
予想通りの反応だった。レールがこめかみに青筋を浮かべているが、手で制する。だからお前、普段の執事モードはもうちょっと沸点高いだろ!?それともアレか?執事の時も同じぐらい沸点低いけど、執事の仮面被ってるということで、無理矢理押さえつけてるのか?話して解決しようという俺の平和的な思考を無視するんじゃ無い。お前はすぐに手が出るの止めなさい。
俺とレールのやりとりを、ガロスは面倒そうな目で見ていた。…その、死んだ魚のような、虚無に満ちた瞳は好きじゃ無いな、ガロス。俺は知ってるぞ。アンタは強い男だ。そんな風に鬱屈しているのは似合わない。何せ、アルフォンソ・ソル・ラ・クインティーヌが片腕にと願って、レジスタンスの実権を預けるほどの男なんだからな。
「他には興味は無い。私が頼みたいのは貴方だ」
「悪いが、俺は依頼は受けねぇんだ」
「魔物討伐でも護衛でもない。話ぐらいは聞いて貰えないか?」
「……一つイイコトを教えてやる、子供。頼み事をするならそれなりの喋り方を身につけろ。あと、態度がでけぇ」
「…それは失礼した。いつも、こうなので」
にこりと微笑んで見せた。そこで初めて、ガロスは面白そうにこちらを見た。相変わらず無気力だが、それでも、彼の興味を引くことには成功したらしい。上から下まで俺を見て、一般庶民の服装に不似合いな容姿と所作、腰の獲物に視線を留めて、面倒そうに舌打ちをした。…いや、気持ちはわかるけど、舌打ちは止めて欲しい。
このやりとりで、ガロスは俺が庶民の子供では無いことを理解した。裕福な商人層の子供でもないことすら看破しただろう。貴族だと判断しての舌打ち。とても面倒そうな彼に、素の俺は同感だと言いたい気分だ。貴族に関わるとろくな事にならないのは、この国の長年の歴史が物語っている。…まぁ、俺はその筆頭とも呼べる存在なんだが。
「道楽に付き合うつもりもねぇ。…どうしても話がしたいって言うなら、それなりの腕を身につけてから来やがれ。…死なないようにな」
「それなら、もう資格を満たしていると思うんだがな」
「あぁ?」
「いや、今日の所はこれで失礼しよう。…では、また」
訝しげなガロスに笑いかけ、背を向けて立ち去る。まぁ、いきなり今日あってすぐにゲット出来るとは思っていない。ただ顔合わせはしておきたかった。とりあえず、印象には残ったんじゃ無いかと思う。それで良い。
レールと二人で階段を降りれば、ギルマスが肩を竦めてこちらを見ていた。どうやらおっさんにはお見通しだったらしい。俺も同じように肩を竦めれば、宥めるような笑みが向けられた。どうやら、ガロスを指名したところで、俺はギルマスの評価をある程度獲得したらしい。
またとギルマスにも挨拶をして、二人で傭兵ギルドを出る。そこでふと、妙にスラムの方が騒がしいことに気づいた。何だ。チンピラでも暴れてるのか。そう思ったが、違うことに気づいた。
誰かが叫ぶ、「魔物だ!」という声が、聞こえたのだ。
ほぼ反射的に、声のした方へと走り出す。冗談じゃ無い。こんな街中に魔物が現れてたまるか。どんな経緯で入り込んだか知らないが、さっさと駆除してやる。以前のゲームの身体能力は持ち越せないが、そこで培った経験は持ち越せる。よって、おそらく今の俺は、この年齢の本来のアルフォンスよりも戦える。…何より、戦いに対する覚悟が違う。
いきなり走り出した俺の隣を、レールがぴったりと付いてくる。遅れて、傭兵ギルドから何人か出てきたようだ。だが、そんなことはどうでも良い。俺の目的は、魔物の駆除だ。
逃げ惑う人々と反対方向に走っていけば、魔物に辿り着く。安直な理由だが、今回はそれで正解だったらしい。スラムの一角で、倒れた人々と魔物の姿が見えた。小型の熊、グルーベアーだ。見た目こそ人間の子供ぐらいの小さなサイズだが、中身はえげつない。熊のくせに早いのだ。
「レール、怪我人を頼む」
「アル!?」
待てと叫ぶレールの声を無視して、腰の剣を抜いた。ミスリルソードなんて街中には不必要かと思っていたが、何が幸いするかわからないな。グルーベアーは見た目の割に体毛が固い。切れ味が良くて困ることは無い。住人に爪を振り下ろそうとしていたグルーベアー達が、俺の姿に気づいて向き直る。標的を変更したらしい。野生の本能は凄いな。
5匹のグルーベアーが俺に向かって飛びかかる。誰かの悲鳴。レールの俺の名を呼ぶ声。聞こえるそれらを無視して、右手で握ったミスリルソードの柄に左手を押し当てる。小さく口の中で呟いたのは、グルーベアーの弱点である炎の呪文。ただし、こんな街中でぶっ放すつもりはない。俺がやるのは、武器に魔法を込めることだ。
「はっ!」
向かってくるグルーベアーと自分の間合いを計り、相手の勢いを誘うように一瞬だけ身体を引いて、次に前へと飛び出し、剣を振るった。元々切れ味の良いミスリルに、特効である炎魔法を込めている。おまけに、ミスリルは魔法との相性も抜群だ。グルーベアー達は、まるでバターでも切るみたいに、綺麗にばっさり真っ二つ。…まぁ、アルフォンソのスペックなら、これぐらい軽いわな?
どさりとグルーベアーが崩れ落ちると、静寂が満ちた。ついで、わっとわき起こる歓声。住民達が口々に俺をたたえているが、そんなことは知ったことじゃない。そういえば、怪我人は大丈夫だろうか。レールに怪我人の様子を問いかけようとして、そこで。
俺は向けられた殺気に脊髄反射で反応し、背後から斬りかかろうとしてきた男を、無造作に切り捨てていた。
胸の辺りに一文字の傷を作った状態で、男が倒れる。…あぁ、炎の魔法がまだ残ってたか。人間の肉を焼く胸くそ悪い匂いが漂った。だが、魔物の驚異が去ったことを喜んでいる人たちは、こっちに気づいていないらしい。…まぁ、ぶっちゃけ、怪我人の血の匂いとグルーベアーの死骸の匂いでごちゃごちゃだからな。騒がしいせいで、今のやりとりのことすら気づかれてないようだ。
「アル!」
「大丈夫だ、レール。…しかし、うっかり反撃で殺してしまったが、生かしておかないとまずかったんだよ、な?」
「…アルは、こいつが手引きをしたと思うのか?」
「可能性の一つとして。そもそも、グルーベアーはこんな街中に出る魔物じゃ無い」
そう、グルーベアーは森の奥深い場所を好んで生きている。素早く面倒くさい熊だが、こちらがちょっかいをかけなければ、森の深奥で勝手に暮らしているのだ。それが何で街中にいるのか、是非とも教えて貰いたかったんだが、うっかり殺っちまった。やれやれ。脊髄反射って怖いな。…何しろ、今までのゲーム転生人生で、不意打ち喰らったら死ぬとすり込まれたせいで、敵意を向けられたら反射で攻撃しちまうんだよなぁ、俺。いかんいかん。侯爵家の跡継ぎがコレとか、物騒極まりないぞ。気をつけよう。
目の前の死体をどうしようと考えてしまう。殺すつもりは無かったので、処理に困ってしまう。正直、今日ここにいるのは家族にバレたくないわけで。誰か俺の代わりにこいつを秘密裏に処理してくれないだろうか。いっそ、魔物と一緒に。
「…どんだけ規格外なんだ、小僧」
「……ガロス?」
呆れた顔をして立っていたのは、ガロスだった。何でここにいるんだ。基本的に傭兵ギルド2階の酒場から動かないだろう、アンタ。意味が解らずに首を捻ったら、大きく息を吐き出した。
「それの後始末は、魔物と含めてこっちが受け持つ」
「…それは助かる。流石に、どうしようか悩んでいたいんだ」
事実なので、俺は素直に礼を言った。ぺこりと頭を下げて、そして上げた俺を、ガロスは真っ直ぐと見ていた。…うーん?もしかして、貴族の坊ちゃんだと思ってたのに、予想外に戦闘能力高いことに驚いてるのか?いやいや、学園で剣も魔法もたたき込まれるから、上流貴族は普通にスペックは悪くないぞ。戦闘に慣れてるかは別として。
なお、俺ことアルフォンソは、休み時間とかにこっそり学園抜け出して、魔物相手に修行する程度には戦闘に慣れていることをお伝えしておこう。ちょっと修行バカみたいなところがあるんだよ、アルフォンソ。人間相手より魔物相手の方が遠慮がいらないからって、普通にざくざくやってたしな。おかげで今のスペックがあります。助かる。
もうここに用事は無いので帰ろうとすると、ガロスの大きな掌が俺の肩を掴んだ。見上げた先の茶褐色の瞳は、酒場で会ったときとは違って、真っ直ぐと俺を見ていた。…おや?何か知らないけど、気鬱は晴れたのか、無冠の武王サマ?
「気が変わった。お前の話を聞かせろ」
ぶっきらぼうに告げられた言葉に、俺は笑った。それはもう、アルフォンソの美貌を最大限に生かせる素晴らしい笑顔だったと思う。いや、普通に嬉しかったからな。これで一歩踏み出せる。前に進める。俺が生き延びるために必要な道筋が、ちゃんと描けそうだ。
それでは、契約についての話をしようか、無冠の武王ガロス殿?
とりあえず、未来に向けて一歩進めたようです。
頑張れ主人公。