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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十三章
98/118

~雪原~ 雪上の迎撃戦〈後編〉

 投稿時間がいつもより遅くなってしまいました。申し訳ございません。


 戦闘パート、後篇です。楽しんでいただけたら幸いです。

 舞い上がるマイクロミサイルを、〔ガム・ガラン〕二機がマニピュレーターのビーム射撃で撃墜することは容易なことであった。


 マイクロミサイルが撃墜されると黒煙を伴った爆炎が膨らみ、飛行形態の〔ガム・ガラン〕はそれに乗って上昇する。〔カムシャリカ〕二機も地上への牽制射撃を行いながらついていく。


「厄介だな、まったく」


〔ガム・ガラン〕二番機の操縦者は口惜しそうにつぶやく。


「チィッ。やはり、センサをつぶされてる」


 ゲムも口元をゆがめて焦りを感じていた。


 地上と空とでは、まさに雲泥の差が生まれている。しかし、マイクロミサイルをいくら落としたところでその発射もとを特定できない歯がゆさを拭うことはできない。


「どうするんだ?」


 ゲムの〔ガム・ガラン〕一番機は密集する『ノア』の部隊に接近しながら問うた。


「どうすると言ってもな……!」


 二番機の操縦者は視界の端で損傷した右腕部をさらした状態の〔ガム・ガラン〕一番機を捉えつつも、薄くなった黒煙を突き破り、打ち上げられたマイクロミサイルを撃墜する。


 爆発で集合していた部隊は一度距離を開けた。


〔ガム・ガラン〕二機は頭部を展開して、三百六十度回転する。それで索敵をするのだが、敵機らしい反応はつかめなかった。


 再び黒煙が視界を遮る。


「ええいっ。視界がきかない。これじゃぁ、高度を下げて応戦するしかないんじゃないのか?」

「ああ、そのほうが賢明か……」


 ゲムは〔ガム・ガラン〕二番機の操縦者が焦っているのに気づく。そのことが自身を平静にさせていった。『ノア』側も混乱している状況で自身まで慌てふためいては地上にいるだろう戦力の思うつぼだ。


「空戦を仕掛けてこないんだ。他の奴らも気になるが今は――」


〔ガム・ガラン〕一番機は人型形態に変形しながら果敢に高度を落として、黒煙のカーテンを抜ける。その降下は目立ちながらも流麗な軌道を描く。


 冷えた風に粉雪が舞う地上は、一瞬ゲムの空間認識があやふやにする。だが、すぐにも空の澄み切った青色や太陽の輝きを目に入れて回復させる。


「援護だ!」


〔ガム・ガラン〕二番機の操縦者が、自機の左右についている〔カムシャリカ〕に言った。


 彼らは〔ガム・ガラン〕一番機を支援するようにして上空で旋回を返し、マイクロミサイルを迎撃しつつ〔ガム・ガラン〕一番機の降下を急がせた。


 その様子はネッズ・リペットも感知していた。彼は離れた丘陵に居座り、砲身の先に広がる空域で戦闘が繰り広げられているのを見据えている。


「一機か。用心深い」


 わずかにキューポラから頭をひっこめて、十秒にも満たない黙考で考えをまとめる。


「奴が一番厄介かな……」


 ネッズはつぶやいて、髭を引くつかせる。


 強力なビーム兵器を搭載しながら攻撃をほとんどせず、人型形態のまま弾むような飛行を繰り返して位置を探っている。一発のビームが雪を瞬時に溶かし、水蒸気を巻き上げることをよく理解しているのだろう。


 そして上空の敵。飛び回られていては厳しい。何とかして地上に引きずりおろす必要がある。


 ネッズは防眩ゴーグルを下げて決断する。そして、首元の通信機のスイッチを入れた。


「こちら、ネッズ。リンゴを落とす。モグラの用意だ」


 マイクロミサイルサイロを搭載できる多脚式戦車と言っても、すべてが超科学(ハイパーテクノロジー)で構成されている機体ではない。


 原始的な暗号は全車両に通達されて、各員は一斉に動き出した。


「リンゴ? どういうのだ?」


 無線を傍受したゲムも一瞬電波の発信元が何を言っているのかわからず混乱した。


〔ガム・ガラン〕一番機は対空砲火の薄くなったのをいいことに、高度を一気に下げる。発信元を探ろうと頭部を左右に振るがすでに切れたようだ。


 その瞬間、どこからともなくスノーモービルが轟音を立てて滑走してきた。


「こいつ、正気か!?」


 スノーモービルは白煙を巻き上げながら、こともあろうに〔ガム・ガラン〕一番機の足元へと突っ込んできた。はたはたと分厚いフード付きの防寒具が風に揺れているのも見える。


 上空にいる〔ガム・ガラン〕二番機と〔カムシャリカ〕二機も雪上に流れる白煙の影を見つけて注目した。そして引き寄せられるようにして無意識のうちに高度を下げていった。


 すべての目をスノーモービルが集めた。


「どういうつもりだ!」


 ゲムは突っ込んでくるスノーモービルに焦りを感じて、機体を後退させながらビームを撃った。


 閃光が瞬き、あっという間に雪が解ける。スノーモービルも一瞬のうちに蒸発してしまう。ビームによって一気に蒸発した雪が水となり、水蒸気となり、派手な入道雲を打ち立てる。


 空に雷鳴のような音が轟き、地上、空中を含めて身が震えた。


 そして、その振動と共にネッズたちは動き出した。


「ってぇ!」


 ネッズの号令が轟くと、雪原に散らばる多脚式戦車の主砲が一斉に火を噴いた。


 彼らの狙いは水蒸気を避けるようにして旋回する『ノア』の部隊。その〔カムシャリカ〕二機である。


「下から――」


 破損している〔カムシャリカ〕の操縦者がうなった瞬間、飛んできた榴弾の真っ赤な爆炎がモニタを突き破ってきた。


 空中で右足を失った〔カムシャリカ〕が爆発。


 もう一機の〔カムシャリカ〕まで湧き上がる砲弾にやられて無残にも落下していく。かろうじて〔ガム・ガラン〕一番機だけが炸裂する榴弾の爆発に耐えて、飛行形態のまま高速で離脱する。


「やられた!」


 ゲムも身の危険を感じて、〔ガム・ガラン〕一番機を水蒸気の中に突っ込ませ上昇させる。少しでも対空砲火をやり過ごすためだ。


「移動する。ミノムシの住処へ向かえ」


 ネッズは静かに全車両に伝える。


 砲撃を済ませた多脚式戦車は雪上を素早く移動。その合間をミサイルサイロを搭載した多脚式戦車が時間を稼ぐ。


 ネッズはキューポラから顔を出すと真っ青な空を見上げて、〔ガム・ガラン〕二機の軌道を目で追う。飛行形態時の翼が照り返す朝日はとてもよく目立つ。


「やりましたな」

「へっ。無人のモービルに騙されるとはね」


 砲撃手と装填手が冗談交じりに言い合った。


 しかし、まだ砲撃直後とあって耳鳴りが止まない。車内も少し煙っぽい。


「距離を取られたな。導師の救出作業が気になるが――」


 ネッズは冷たい風にさらされて鼻先をむずむずさせながら雪原を見渡す。


 青と白で分かたれた世界。ゴーグルなしでは眩しくて目を焼いてしまう極寒の地。戦車隊は十何メートルも降り積もった雪の上を走る。機体は重たいものの、脚部の先で水蜘蛛を展開させて走ることを可能としている。


「時間を稼ぐしかない」


 ネッズは再び頭上を見上げて、警戒に入った。


 対空戦闘は慣れてきたつもりである。しかし、空を自由自在に飛ぶ〔ガム・ガラン〕二機相手ではさすがに分が悪い。奇襲に成功しただけであって、相手はより一層注意深くなるだろう。


 雪上迷彩で紛れている多脚式戦車もいつ位置を知られてもおかしくないのだ。俯瞰から見られているのだ。気づかれたら最後敵の目は多脚式戦車の軌道などすぐに判別できてしまうだろう。


 そして、多脚式戦車はある程度移動を終えると機体を停車させてじっと待機。各機は暖房機器もない戦車の中で震え、白い息を吐き出しながら次の命令を待つ。


 ネッズも頭をひっこめて頭でキューポラの蓋を支えながら敵の出方を待った。


「我慢比べか?」


 上空に退避したゲムは敵の意図をすぐに察知していた。


 高度一〇〇〇メートルまで上昇した〔ガム・ガラン〕二機は東方へと進路を取っていた。ほとんど気流に流されているだけであるが、このまま撤退の流れも考えられる。


「どうする? 脱出ポットを回収して撤退するか?」

「そういうわけにもいかないだろ!」


〔ガム・ガラン〕二番機の操縦者は怒声を上げる。


「上になんて報告するんだ。それに〔アル・シリーズ〕を完全に破壊できる機会だ。あと一歩なんだ」


 ゲムは併進する〔ガム・ガラン〕二番機を一瞥して、サブ・モニタに視線を移した。コンソールを操作すると機体の状態が表示される。


 右腕部を破壊されているが、戦えないわけではない。しかし、増援が出てきたというなら撤退がセオリーである。航空戦力であれば『ノア』の操縦者も躍起にならなかったはずだ。


 相手は地上戦力のみ。〔アル・スカイ〕も墜落して、あと一歩で破壊できる。


 そのあと一歩という欲望。その慢心に任せるだけでは勝ちえないことをゲムは冷徹にわかっていた。


「状態はよくない。が、ここで使わないのも惜しい」


 ゲムはサブ・モニタを掴んで見やすい角度にしながら、ぶつくさとつぶやく。


〔ガム・ガラン〕の性能は決して低くない。地上戦力の殲滅も不可能ではないはずだ。何より『ノア』の操縦者の扱いを覚えるのも必要だと感じた。


 彼らの〔アル・スカイ〕への憎悪は並ではない。それを制御することが出来れば、月の民は『ノア』の精鋭(グラナド)軍隊アルマダを掌握するのも夢ではないのだ。


 ゲムの口元に陰険な笑みが浮かぶ。


「いいだろう。弔い合戦だ。付き合ってやるよ」

「恩に着る」


〔ガム・ガラン〕二番機は機体を傾けて、反りかえるような軌道を取りながら戦場へと反転する。モニタの上で太陽がねじれた機動を取って後ろへ流れた。


 快晴の空を飛ぶ二機の飛行機械は高度を落として派手な風切音を響かせる。


「戻ってくるな……」


 ネッズはキューポラから頭を出して敵機の飛び去った空を見上げる。耳をそばだて、髭を引くつかせる。ゴーグルをしているおかげで、太陽を背にして接近する〔ガム・ガラン〕二機の軌道を捉えることが出来た。


 戦力差を知ってなお突っ込んでくる相手は恐ろしい。徹底抗戦の敵は自爆すらいとわない戦法をとることを戦車乗りたちはわかっている。


「導師様の方は接触できたのか?」


 ネッズは中に引っこみ、ななめ左右に控える装填手と砲撃手を見た。


「どうにか。しかし、機体の損耗が激しいとの報告だ」

「わかった。少し、手荒になるぞ」

「いつものことだろう?」


 ネッズは砲撃手の冷静な質問に小さく笑みを浮かべる。


「そうだったな」


 同乗している戦車乗りたちはおじけてなどいない。その心強さにネッズはいつも支えられ、勝利へと導いてきた。そして、何よりも勝利へと貢献する部下たちの働きあってこそだと彼は身に染みていた。


「各車に伝達」


 ネッズは染みついた癖でキューポラの小窓をのぞく。当然、敵影など見えず、真っ白な光景ばかりが広がるだけだ。大隊規模の戦車隊を率いてきたが、その機影すら見えない。


「東に移動する。海峡近くにまで戦場を遠ざける」


 その直球の指令に各車の戦車乗りたちは戦慄しながらも、そうするしかないと覚悟を決めた。


 ここで戦うには町が近すぎる。加えて、地下都市は一つではないのだ。海にまで引き込まないことには被害がどれだけ出るかわかったものではない。隣人、友人、家族を生き埋めにしてしまうかもしれない。


「戦車隊は慎重に。敵はまだこちらに気づいていない。落ち着いて移動をしろ」


 ネッズは一度そこで交信を遮断する。これでこの通信は敵に傍受されたものだと考える。敵はこれで戦車大隊のおおよその動きを掴む。それにうまく乗ってくれれば、町から遠ざけられる。


 戦車大隊すべてが囮であり、討伐隊だ。


 ネッズはその重圧を飲み込んで、砲塔下に顔を突き入れるようにした。


「マリウス。出してくれ」

「了解」


 運転手のマリウスは重たいレバーとハンドル、固いアクセルとクラッチを操りエンジンの回転数を上げる。ガタガタと固い振動が車内を走る。


 氷のように張りつめていた冷たい空気が崩れていく。車内温度は氷点下のままだが、彼らの気分は熱くなっていた。


「ケスルマーが先陣を切ります」


 通信手がエンジン音と砲弾のこすれ合う音が響き渡る車内で声を張り上げた。


「よし。状況再開だ」


 ネッズは臆することなくキューポラを開けて半身を出す。視界を確保しなければ、多脚式戦車は前に進まない。危険だとしても視界の悪い戦車と視界をつぶす雪原ではこの方法が確実なのだ。


 そして、ネッズ・リペットの多脚式戦車は動き出した。


 直後、爆音が轟く。〔ガム・ガラン〕二機による爆撃が始まったのだ。先陣を切った部隊に対してだろう。


「ケスルマー、勇敢だな」


 先陣を切っている男のことを思い出しながら、ネッズはつぶやいた。


               *      *      *


 (サクラ)が意識を回復させたとき、周囲の映像は死んでいた。


「う、うぅ……」


 彼女の呻きが漏れると音声認識が働いて、再起動が始まる。電子音と静穏ファンが動き出す音が耳に入ってくると(サクラ)の朦朧としていた意識が回復する。


 ぶるりと体がまず震え上がった。


「寒い……」


 白い息を吐き出し震えていたが、彼女はすぐにハッとなって身体を起こそうとした。


「戦闘は――、痛っ」


 動かした個所から亀裂が走って行くような痛みに(サクラ)は顔をしかめる。外傷はないが、まだ体は麻痺しているようだ。


 真っ暗だったモニタが復活すると、澄んだ水色の世界が広がった。雪と氷に囲まれ、太陽に光が差し込んだ幻想的な空間。澄み切った色合いは美しくも、寒さを一層強めさせる。


「ここは?」

(サクラ)、気が付いた?」

勇子(ユウコ)様……?」


 (サクラ)はぎゅっと体を抱くようにしながら、勇子(ユウコ)からの内線を受けて安堵のため息を漏らす。


「姫様も無事よ。今、外でネーミラの軍人さんが作業機械を出してくれてるわ」

「ネーミラの軍人さん?」


 (サクラ)はゆっくりと腕を上げて、操縦桿に手を載せる。そして、コンソールスイッチを押して補助カメラの映像を立体スクリーンに投影させていく。


 そして、そのうちのいくつかに防寒具に身を包んだネーミラ族がリア・ラックにあるコンテナから作業機械を取り出して損傷個所にまで運んでいる様子が映し出されていた。


 すでに作業が始められているようで、〔アル・スカイ〕はうつぶせの状態で応急処置に入っていた。


「雪の下にも坑道があったみたい。命拾いしたわよ」

「そうですか……」


 (サクラ)はコンソールスイッチを操り、外部スピーカーを入れる。


 掠れたノイズが響き、ネーミラの軍人たちは驚いて作業の手を止める。


「皆さま、ありがとうございます。とても助かります」


 導師の言葉とわかると、軍人たちも少しは誇らしげになって腕を突き上げたり、笑顔を見せて答える。


「まったく、この状況でよく言う」

「ミュウ様も起きていらしたのですか?」

「わらわは、軟ではないのでな」


 冷え切った操縦席の中でミュウは分厚い外套を脱ぎ、シートの下に押し込む。マフラーを緩める指先にはまだピリピリした感覚が残っている。だが、上体をひねったり伸びをしたりして体をほぐしていく。


「地上ではネッズが戦っておる」


 その時、くぐもった爆音と揺れが押し寄せた。


 (サクラ)は顔を上げて、爆音がした方向に顔を向ける。


 ミュウも眉根を寄せてその方向を見た。


「どれだけ持つかわからん」

「……。勇子(ユウコ)様」


 彼女はメガネの位置を直し、凛とした声で言う。


「システムの復旧、機体の修理状況をお教えください」

「システムはこっちで八割がた復旧完了。機体は関節部の損傷が激しいわ。現状、そこを優先して作業中」

「完了までの時間は?」

「三〇分」


 そんな悠長な時間を費やすことなどできない。


 (サクラ)はすぐに思考を切り替える。


「ミュウ様、狙撃の最低条件は?」

「腕が動くこと、踏ん張りがきくこと、視界を確保できること。だが、機体が雪原に出て腕が動くなら、それで仕留めて見せようではないか」


 ミュウは大見得を切って胸を張った。自信があったわけではない。やってみせると彼女は意気込む。


「わかりました。では、そのように作業を集中させてください」

「了解。五分ちょうだい」

「動けば何でもよい」


 ミュウはじれったそうに言った。


「突貫工事になるからね。姫様の腕次第だからね」


 勇子(ユウコ)は早口で言いつつも、システムの復旧と作業機械への指令を進める。手袋を取り、彼女の細い指先が素早くコンソールパネルを操る。痺れがあっても、その動きは早く正確であった。


「お願いします」


 (サクラ)勇子(ユウコ)の頼もしい言葉を聞いてうなづくと再び外部スピーカーのスイッチを入れる。


「すみません。どなたか中佐へお伝えください」


 (サクラ)の作戦内容を聞いた軍人たちは目の色を変えて、さらに機敏な動きで作業を進める。


 ここからでも味方を助けられる。


 その意志が全体に広がっていった。


               *      *      *


「了解した。健闘を祈る」


 ネッズは暗号通信を聞き、早口にそう返答した。すると、どこからともなく潮風が鼻先をかすめる。


「海が近い――。うっ」


 車体が丘陵を乗り上げて、滑るようにして窪地にへと下る。その上空を〔ガム・ガラン〕一番機が低空で過ぎていった。


 烈風が多脚式戦車を煽り、粉雪が小石のごとくネッズの顔を叩いた。それに続いて、砲口が火を噴いた。


 砲弾は低空を行く〔ガム・ガラン〕一番機の下を過ぎていった。


「あそこか?」


 ゲムは後方から飛んできた砲弾を冷静に見極めつつ、機体を変形、急旋回させる。


〔ガム・ガラン〕一番機は人型形態になると、左腕部と脚部で雪原を撫でて粉雪を巻き上げる。その粉雪は潮風に乗ってネッズたちの多脚式戦車へとまとわりつく。


 その間にも〔ガム・ガラン〕一番機がネッズたちの左側面へと回り込む。目くらましを立てれば自分の居場所はすぐにもばれてしまうものだが、風はそれを上回る速度で多脚式戦車に粉雪を降り積もらせた。


「煙幕か……」


 ネッズは真っ白な雪を顔にかぶり、体毛に雪が乗る。ほとんど視界がきかないホワイトアウトの状態だ。だが、煙幕に紛れる前の〔ガム・ガラン〕一番機の動き、彼の鋭敏な耳が正確な敵機の位置を割り出す。


「ロメル! 九時方向に砲塔、回せ。マリウス、発射と同時に走れ」


 ネッズは頭をひっこめるどころか、上半身雪まみれになりながらも周囲の索敵を怠らなかった。


「まったく、重たいっ」


 砲撃手は顔を真っ赤にして、アナログなハンドルを回して砲塔を旋回させる。砲塔がきしんだ音を立てて回る。


 丘陵を滑り切った多脚式戦車は窪地で止まった。


「一機を餌にしているのか?」


 ゲムは〔ガム・ガラン〕一番機をうつぶせにするようにして低空を這わせながら、懸念を抱いていた。


 今、粉雪の雲の中に閉じこめた一両の他にあと何両がこの辺りに潜んでいるか。セオリー通りなら背後か側面に位置する多脚式戦車が何らかのアクションを起こすはず。


 しかし、そんなものは来ない。


 逆に白煙の中で赤い光が爆裂した。マズルフラッシュだ。


 バウッ! 砲身から飛び出した砲弾が丘陵の斜面に弾かれて上へと跳ね上がる。そして、数秒ののちには空中で炸裂。


 丘陵を盾にしているとはいえ、巨体の〔ガム・ガラン〕一番機は左で起きた爆発に上昇をかける。もし機体を起こしていたら、何らかの損傷を受けていただろう。


「む、やるのか?」


 ゲムは爆風による揺れに緊張して、白煙の中をサーモカメラで走査。近距離にあったために真っ赤なエンジンの熱量が高速で離脱するのが見えた。


 しかし、一対一で挑もうなどとは原住民たちは思ってはいない。


 空中ではじけた砲弾を合図に潜んでいた多脚式戦車が主砲を発射して十字砲火を仕掛ける。


〔ガム・ガラン〕一番機は鋭い放物線を描いて落ちていく砲弾を足元に見ながら、左腕部のマニピュレーターのビームを発砲した。


 地上に光の線が走って、爆音をとどろかせる。


「このまま、北東へ行け!」


 ネッズはキューポラから体をひっこめる。顔を洗う仕草をして雪を払落し、装填手、砲撃手が冷たさに髭を逆立てた。


「イヴァンの部隊がやられた!」

「殿の部隊に救護させろ。ケスルマーは?」

「もう一機と交戦している」


 通信手との会話を素早く終えて、ネッズは水浸しになった服も顔も気にすることなく小窓を覗く。かすかに交戦の光が見える。


 ネッズは自身の通信装置のスイッチを入れた。


「オルトロ。北方の光は見えるか?」

「はい。確認しています」

「牽制しろ。押されている」


 ネッズは自分と行動を共にしている戦車隊の一両にそう命じた。


「了解」


 その戦車長のオルトロは聞き分けのいい返事をした。全幅の信頼を寄せている証拠だ。


 ネッズはうなずき、交信を切る。そして、キューポラの蓋を頭で押し上げて周囲を観察。落ち着きなく、開け閉めを繰り返し外の音と状況を観察する。


 そして、後方で無煙のマイクロミサイルが通過していった。


「ミサイル?」


 それにいち早く気付いた敵の操縦者はゲムだ。


 彼は〔ガム・ガラン〕二番機が一部隊と交戦していることを目の端にとらえていたから、マイクロミサイルの進行方向とを見れば自ずと答えは算出できた。


〔ガム・ガラン〕一番機は他部隊の対空砲火を回避して、マニピュレーターのビームを連射する。


 低空でマイクロミサイルがビームに飲み込まれていく。その光が膨張すると、爆風が雪原を溶かした。水を吸った表面の照り返しがより鮮やかに凹凸が現れる。


「ミサイルを落としてくれたのか」


 二番機の操縦者もぎょっとして、接近してくるゲムの機体と合流を図った。


「すまない。助かった」

「奴らの連携はうまい。高度を取ればミサイル。下げれば砲弾だ」


 短い攻防の中でゲムは冷静に見極めていた。ネッズが統括する戦車大隊の戦術に舌を巻くばかりだ。


 対空戦に慣れている節がみられる。司令塔が迅速に指令を飛ばし、その指令を素早く実行できる部隊。たった一人で戦っているのではない。強い信頼感から生まれる連帯感が大部隊を有機的に動かしているのだ。


 自分たちにはない強さだ。


「火力で押すしかないのか?」


 ゲムは自問しながら、接近警報に素早く対応する。


〔ガム・ガラン〕一番機は飛び込んでくるマイクロミサイルをビームの爪で切り払う。その爆発に乗じて、機体を旋回させた。その後ろを二番機が追った。


「奴らの射程を測るぞ!」


 二番機の操縦者がそう言った。


「おうさ!」


 ゲムは喜んで賛同し、高度を落とす。『ノア』側も頭を使うようになってきたと感じ、一人でうじうじ悩んでいるのがばからしく感じられた。


 一番機が高度を下げ始めれば、〔ガム・ガラン〕二番機も人型形態になり、両腕部のマニピュレーターからビームを発砲する。


 出力を抑えたビームが雪原に降り注ぐ。牽制射撃の乱発だ。雨のように無数の光が雪を穿ち、水蒸気が湧き上がる。


「ん。まだやるつもりか」


 上空を見上げるネッズはすぐ近くに着弾したビームの衝撃波に体をすぼめる。雪原に似つかわしくない熱風が多脚式戦車を襲った。


〔ガム・ガラン〕二機は青い空を駆けて、白銀の地上から上がるマイクロミサイルを撃ち落としながら降下している。その速度は遅く、何かを探っているようにも見える。


「こちらをいぶりだす動きか?」


 ネッズは爆音が轟く中で呻き、颯爽と走る多脚式戦車にしがみつく。


 ビームの影響で地表は穴だらけだ。すでに戦車大隊は海峡に差し掛かっており、海の上にできた厚い氷の上を進む部隊もあった。そして、ビームによってできた穴からは水が見え、太陽の光をゆらゆらと反射させている。


「このままではまずい」


 ネッズの懸念は二つ。


 一つは上空からの爆撃によって海の氷が分断されてしまうこと。亀裂が大きく走り氷が分化されてしまえば、海上にまで展開している部隊は身動きが取れない。最悪転覆してしまう。


 もう一つは地面の上であっても多脚式戦車の機動を制限されてしまうことだ。穴にたまった水たまりは、見下ろしている〔ガム・ガラン〕からは太陽の照り返しが顕著に見えているはずだ。その上を通過するか、脚部を浸してしまうことになれば、一発で敵に発見されてしまう。


「各車、弾幕を張れ!」


 ネッズは苦肉の策だと知りながらも、そうするしかないと決断した。


 彼の指令と共に各車両が一斉にスモークディスチャージャーを放出。四方八方で発煙筒が焚かれて、白い煙が地上を覆う。


 低地を這う雲のように煙は風に流れて、戦車大隊を覆っていく。半径七〇〇メートル圏内は白煙に覆われて、戦車大隊の分布を敵に教えることになる。


「やつら、これほどまでに広く展開しているとは――」


 二番機の操縦者はマイクロミサイルの攻撃がぷっつりと途絶えたところで降下を止めて滞空する。そして、闇雲に連射をつづけた。


 その行為は迂闊である。


「よせ! こちらの居場所を知らせることになる」


 ゲムは自機に〔ガム・ガラン〕二番機の腕部を掴ませると怒鳴りつけた。


「なぜ!?」

「奴らはこれに乗じて、こちらの出方を見る気だ」

「だとして、ここのままでは――」

「状況を考えろ。死に急ぐ必要はない」


 ゲムはそこまで言って撤退する機会だとも考えた。


 煙幕を張って視界を自ら潰したのは地上部隊だ。このまま穏便に撤退すれば、体勢を立て直すことは十分にできる。


 だが、と煮え切らない思いがあるのも同じ。


 それに取りつかれている二番機の操縦者は言う。


「すでに奴らの射程範囲は把握している。このまま一気にやらせてもらう!」

「おいっ、待て!」


〔ガム・ガラン〕一番機の制止を振り払って、二番機が飛行形態のまま煙幕へと突っ込んでいく。


「奴らはここで仕留める!」


 意気込んで突っ込む〔ガム・ガラン〕二番機。


「よせ、止まれ!」


 ゲムが機体を動かそうとしたその瞬間眩い閃光が西の地表で瞬いた。


 次の瞬間には〔ガム・ガラン〕一番機の脚部が光の矢に撃ち抜かれていた。


「クソォッ! こんなところで……っ!」


 ゲムはコントロールを失い落下する操縦席の中で呻く。しかし、彼は冷静であり、身を小さくして衝撃に備えた。


「死にはしないっ!」


〔ガム・ガラン〕一番機は黒煙の航跡を残しながら、分厚い氷を突き破って海へと沈んだ。そこから遅れて、盛大な水柱が上がった。


 その水柱を遠くで狙撃をした〔アル・スカイ〕にも確認できた。半身は雪に埋もれ、かろうじて胸から上が雪から出ている状態である。機体が構えるバリアス・ショットガンは長距離狙撃モードで長い銃身と銃床を展開している。


「一機、墜落したわ」

「あまり手ごたえはなかったのだがな。もう一機は……」


 ミュウはバリアス・ショットガンの銃口からこぼれる湯気の動きを一瞥して風向きを確認する。先の一射に疑念を抱く暇はなく、次の狙撃に向けて射撃管制を調整。勇子(ユウコ)から送られる諸元を入力する。


「長距離狙撃か。この状況は不味い」


 二番機の操縦者は混乱して、機首を上げた。


 今度は高度を取れば遠距離射撃。低空では戦車部隊の攻撃。陸と空とを阻まれて、慣熟飛行もままならない機体ではこの状況を切り抜ける策が浮かばなかった。


〔ガム・ガラン〕二番機が機首を上げて、一度高度を取ろうとする。その制動によって生まれた余波が煙幕を払った。


 そこには多脚式戦車が主砲を構えていた。一両だけだはない。〔ガム・ガラン〕二番機を囲うようにして大砲を抱えた多脚式戦車が狙いを定めていた。


「ってえ!」


 各戦車長が猛々しい声を上げた。


 その瞬間、煙幕を円形に打ち払う砲弾が次々と〔ガム・ガラン〕一番機に殺到した。


 一瞬の出来事。


 集中砲火を受けた〔ガム・ガラン〕一番機は砲弾をもろに受けて、装甲を貫かれて炎上、黒煙を引きながら空へと走ると爆発した。


 その盛大な爆発で完全に煙幕が晴れて、戦車部隊はその衝撃にこらえた。そして、それが過ぎ去ると澄んだ空気が流れる。


 いの一番にネッズがキューポラから顔を出して、周囲を探る。そして、敵影がないことを確認すると通信機に手を当てた。


「敵影なし。状況終了」


 その冷徹な言葉を以てこの戦いは終結した。

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