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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十三章
96/118

~雪原~ 出陣のする者たち

 都市の中心に位置する議事堂では緊急の会議が招集されていた。


 軍属による会議にはネーミラ族をまとめる議員たちも参列していた。宇宙からの脅威に際して、軍部が臨時の指揮権を発動したとも言っていい。


 会議は厳かな広間で開かれて、述べ十時間の時が流れた。長方形に組まれたテーブルを囲う参列者たちにも疲れが出始め、惰性な時間ばかりが流れていく。


「状況は深刻なものである。宇宙では『導師』を掲げて正当性をアピールをしてきている。この状況を覆すことは難しいぞ」

「かといって、それが絶対であるかは皆さんにもわかることでしょう?」

「現にこちらに接触してきた『導師』にはすでに同盟軍が出来上がっている。拮抗する手段はある」

「奴らは戦争をふっかけてきたのだ。無秩序な争いでないことをわかってもらいたい」

「どこの法律を適応させる気だ? 宇宙人たちは星そのものへの宣戦布告をしたからと言って――」

「そこに法的な付け入るスキがあるともみられるではないか!」


 飛び交う平行線の意見、主張。


 ネーミラ族は自分たちの社会性と宇宙の社会性について比較するものがなかった。自分たちの価値観が相手に通じるとは限らない。


「月の種族というのも、宇宙人が勝手にでっち上げた者という可能性もある」

「天文学者にでも調査依頼を出すのか?」


 そんな皮肉と疑心が入り混じった言葉すら安易に放られて、議論は泥沼に陥っていく。


 船頭多くして船山に上るとはまさにこのことか。軍部に政治、さらに司法を扱う者までが集まれば互いの権益が等しくなる方が難しい。


「宇宙との交信はできないのか?」

「そんな技術、どこにあるんですか?」


 また『ファルファーラ』の困った問題は技術面と種族の生活リズムの齟齬である。


 ネーミラ族は十八世紀に見るような議会制の安定化と民主主義的な支持を得た初期近代国家である。しかし、彼らが扱う〔マリーネン〕の多脚式戦車は自律した誘導兵器や独立した姿勢制御系など時代を飛躍した技術が使われている。


 兵器技術を生活に還元できないのも、『ファルファーラ』の特徴だ。部品レベルにまで解体したところでわかるのはどう伝達されてその部品がどんな役割をするかまでで、軽量化しようとか、別の部品と合わせれば別機能を付与できるだろうとか、思いついたところで技術転換はできないのだ。


 一〇〇ボルトの電圧に対応した機械を二〇〇ボルトの電圧を流すコンセントで使おうとするのと同じである。


 どちらかに不具合が起きて、機械は動くことを忘れてしまう。


 ネーミラ族にはそれを解消させるだけの学識に至ってないのである。


「軍部のリペット中佐の報告はどうなっている? これが正式な軍人が出す書類かね!」


 すると、議長を務める髭をカールさせた男が壇上に提出された書類を叩いていった。


 その一言で出席者は口をつぐみ、ネッズ・リペットに視線を集中させた。出席者たちは彼に一目置いており、(サクラ)たちを任せたのもネッズの経験を評価してのことである。


「内紛時、参謀として活躍した軍人の書くことかね」


 出席者の一人が気難しい声を上げる。英雄的な活躍をした軍人であるネッズが力をつけることを恐れると同時に現状の打開に必要な戦略家として重宝している。


 議会にとっては一人の英雄の存在は危険でしかないのだ。


「例の偽物かどうかという報告。これは君の勝手な想像ではないのかね」

「いいえ。事実として、提出しました」


 ネッズは席を立つと全員を見渡す。その中には陸軍将官や政界の重鎮たちが重い顔をしていた。


「彼女たちの動きには信憑性があります。地上にありますマリーネン、並びに通信機器からの記録はそちらの資料に記載している通りであります」

「だから、子どもの作文コンクールではないのだよ。どこの世界に子どもの、それも異邦人のものをすぐに信じる奴がいる?」


 議長の言葉に周りがざわめく。


 潮騒のようにつぶやきは繰り返され、不安と猜疑心が押しては引いていく。


 ネッズはその中でも自分の芯を曲げることはなかった。その強さこそが議会の雰囲気に合っていないのである。


「自分たちの現状をよくお考えください。宇宙からの侵攻は着々と進められております。もはや、ネーミラ族だけの問題ではない、と自分は考えます」

「君のいうことはわかる、中佐」


 長く、目元を隠す眉毛をした陸軍将官の一人がしわがれた声で言う。髭も垂れ下がり、覇気のない視線がネッズを捉えていた。


 ネッズは思わず顎を引いて、彼に向いた。


「今この場で我々が議論をしたところで進むべき道が開けるわけではない。議長、ここはその異邦人たちを出席させるよう取り計らってもらえませんかな?」

「何をおっしゃるか!」


 老体の陸軍将官の横で、別の将官が机を乱暴に叩く。グラスが一瞬飛び上がって、テーブルに着地する。その音を聞いてか、眠りこけていた文官までも目を瞬かせる。


「これは我々の問題であって、部外者を入れるわけにはいきません。それに、ネッズ・リペットが言うことだ」

「静粛に願います」


 議長がカールしている髭を整えながら、興奮する将官をいさめる。


「中佐はかつての権益紛争で多大な戦果を挙げた参謀である。彼の戦略的な意見は――」

「前線をもっとも知る男でもある。そのような軍人が我々のことを考えて、ものをいうと思うか?」


 興奮が収まらない将官はつい口任せに怒鳴り散らした。


 これには、ネッズも全身の毛が逆立ち、肩に力がこもる。胸の内が沸々と怒りで煮えたぎる。


 その様子を察してか、議長は壇上を思い切りたたいてざわめく出席者を黙らせる。


「皆々様、長い間の議論に疲れが見えてきたようです。ここでひとまず、休憩にいたしましょう」


 安堵の息がそこここで湧き上がる。実りのない議論を続けていたともあって、彼等の肉体、精神の疲労は想像を超えていた。


 ネッズも感情的に反論することを押しとどめて、ドカッと席に座って腕組をする。


「ここの連中は何もわかっていないのか?」


 一人、髭を引くつかせながらネッズは口の中で愚痴った。


               *     *     *


 休憩時間が設けられ、会議の参加者は各々館内で休憩を取ることとなった。豪奢な内装は目にまぶしく、閑散としている。


 参加者のほとんどがレストルームへ足を運ぶ中、ネッズを含めて数名がレストルームから二、三部屋離れた場所にある公衆電話へと足を運んでいた。


 ネッズは後ろに並ぶヒトたちを一瞥しながら、受話器を耳に当てて壁にかかっている送話器に言う。


「ああ。まだ、帰れそうにない。導師様のことは大丈夫か?」

『はい。モリソンとアリーシャの面倒を見てもらってしまって……。先ほど、お休みになられました』

「そうか……」


 ネッズは懐から懐中時計を出して、時間を確認する。時刻は朝方といったところである。


「すまないが、起こしてくれ。会議に出席してもらうかもしれない」

『……はい。そのように』

「すまない。部下をそっちに送る。対応を頼む」

『はい……。そのように』

「……すまない」


 妻の重苦しい言葉に、ネッズはもう一度謝罪の言葉を口にして受話器を送話器の取っ手に戻した。何を言えばいいのか、わからなかった。そのことが、ネッズの胸に突き刺さる。


「これでは、機械だ」


 ネッズは重々しくつぶやくと踵を返して、公衆電話から離れるとレストルームへと足を運んだ。帽子を目深にかぶったのは、暗鬱とした顔を見せたくなかったからだ。


 そこでは会議のイライラをため込んでいた参加者たちが葉巻やらタバコやらを楽しんでおり、部屋の中は薄煙で覆われている。


 その煙たさにネッズの鋭敏な鼻が引くつく。


「リペット中佐」


 と、ネッズがレストルームの前で立ち往生していると、あの眉毛の長い初老の将官が歩み寄ってきた。


「少将殿っ」


 ネッズは敬礼をするが、老いた少将は手を振って下げるように示した。


「いい。いい。そんな畏まらなくて。休憩のときくらいは、な」

「失礼しました」

「相変わらず、生真面目な男だ」


 少将は温厚な笑みを浮かべると、トコトコとすぐ近くのソファーへ歩んでいった。ネッズもそのあとに続いていく。


「物騒なことになりそうだな」

「はい。侵略軍の問題はすでに大陸中に広まっている、と導師様方はおっしゃっていました」

「そうか……。よいしょっと」


 少将はソファーに座ると、深く背中を預けて深いため息をついた。年老いた体で長時間の会議に参加していたのだ。疲労もたまるというものである。


 ネッズは立ったまま、彼の言葉を待った。


「君も損な役回りになったね」

「慣れております」


 ネッズの端的な言い方に少将も眉をひそめて唸る。


「現今の軍部は力がない。かつての戦果でかき集めた権限も風前の灯火。それに政務官まで縋っているような状況を中佐はどう分析する」

「我々だけで侵略軍と戦うことは不可能です。そして、国権もまた同じかと」

「みんな、いい暮らしをしたいからな。手放せないだろ」


 少将は自虐的に言った。


 レストルームを見渡せば、その豪奢な絨毯やシャンデリアに見る成金趣味は権力者や富裕層の贅沢である。贅沢のしすぎだと論ずるジャーナリストや学者も少なくない。


 ネッズは至極真面目に言う。


「そのすべてを自分たちは失うかもしれないのです」

「そのように感じるか?」

「はい。このまま雪の下にいては、文化も停滞の一途をたどるだけだと確信しております」


 少将はちらりと眉毛を上げて、ネッズのまじめな顔を見た。


「そのためには、ここに揃う面子だけでなく、皆にも我慢の時を強要することになる。その時、責任が取れるかね?」

「責任云々で二の足を踏んでいては、敵に寝首をかかれます」

「ことは慎重にすべきだぞ?」


 ネッズは一瞬髭を引くつかせた。


 一瞬、自身の家族のことが頭に浮かんだ。もし読みを誤った時、自分だけでなく家族もろとも路頭に迷わせることになる。


 すると、少将は深くため息をついて滾々と話す。


「君は若く、まだまだやれるだろう。そのことで、ミランダが足手まといというのならお門違いだ」


 少将はネッズの妻の名前を言って、彼の反応を窺った。意地の悪い言い方だと自負している。彼もまた穏便に事を済ませたいがために、ネッズを引っ込ませる腹案を持っていた。


 そして、別のことも。


 ネッズは口元を固く結って、うつむいていた。様々な葛藤が渦巻いているのだろう。


「それでも時間は待ってくれません」


 ネッズは言葉を絞り出すと顔を上げる。


「妻にも子どもにも、今はまた軍人としての自分の背中を見せるしかありません。ご理解ください、お義父さん」


 少将は小さく首を縦に振って何も言わなかった。それが答えならば、やらせてみようと考えるのだ。


 その瞬間、一人の憲兵がレストルームに飛び込んできた。


「ご報告いたします!」


 憲兵はそこで肩で息をして言葉をとぎらせる。よほど急いでいたのだろう、ひざに手をついている。


「地上観測班より入電。侵略軍と思しき機影が上空を旋回しているとの報告です!」


 レストルームにいる参加者たちは気を逆立てて戦慄した。


「こんなにも早くっ!」

「どうするのだ?」


 武官、文官問わず唐突な出来事に混乱が生じる。


「指示をお願いします。大将殿」


 伝令役の軍人もここに軍部の指揮官がいることを知っているから指示を煽る。


 しかし、混乱の中で誰がそんな事態に責任を取るというのか。


「君、すぐに第四戦車大隊を招集しろ!」


 ただ一人、ネッズだけは厳しい表情を浮かべて誰よりも早く行動に移る。


 その鶴の一声に混乱していた会場が静まり返り、先陣を切る男の背中を見送ることしかできなかった。


               *     *     *


 朝の冷え込んだ空気の中に飛び込んできた知らせは(サクラ)たちの胡乱な脳髄を活性化させて、行動を起こさせた。


「わかりました。迎えの人にはこちらから説明します」


 (サクラ)はネッズからの電話に凛として答える。それから、食べかけのパン口の中に放り込んだ。


 その隣では電話の引継ぎをしてくれたミランダ・リペットが不安そうな瞳を向けている。


『我々もすぐに地上部隊を出すつもりだ。こちらの位置を悟られたとも限らない』

「了解です」


 (サクラ)は口元を手で押さえながらいうと、咀嚼したパンを飲み込んで改めて会話をする。行儀が悪いとわかりながらも、一刻を争う状況に頓着している余裕はない。


「わたしたちの動きをつけていた可能性もあります。戦闘はできうるかぎり回避します」

『そうしてもらえると助かる。では、また後ほど』

「はい。失礼します」


 ネッズの冷静な声に(サクラ)も感化され、気を引き締める。


 壁にかかっている送話器に受話器をかけると、リペット夫人に振り返った。


「あの、主人は?」


 リペット夫人は控えめに聞いた。


「侵略軍が接近しているとのことです。中佐もきっと動きます」

「そうですか……」


 リペット夫人はうなだれて、髭を垂れ下げる。その悲しげな表情はすぐにもわかった。


 (サクラ)はリペット夫人の手を取ると強く握った。


「ネッズ様は聡明な方です。それに、家族のことを大切にされている方だと思いますよ」


 出会って間もない(サクラ)が言うのもおかしな話である。


 しかし、彼女にはネッズやリペット夫人の間に距離はあっても、隔てるような壁や溝はないように思える。互いに思うがゆえにどこかよそよそしい間隔。それでも愛情を忘れない気づいかいがある。


 ミランダ・リペットもその感触を言葉ではなく、心の内に感じている。


「はい……。ですが」


 それでも戦争という非情の力が人を不安にさせる。


 まだ明かりが必要なリビングに朝の凛と張りつめた空気がまとわりつく。


「自分を信じる以上に、ヒトを信じることは難しいことです。ですが、それを乗り越えて夫婦になって、親となったのではありませんか?」


 (サクラ)は自分の胸の内にある疑念をリペット夫人にぶつけた。完全な自己満足の問いかけである。両親が自分を命を賭して助けてくれたことが、ただの妄想や勘違いでないことを確固たるものにしたいがためのもの。


 リペット夫人は(サクラ)の握りしめる手の強さに苦い表情を浮かべる。


「導師様。わたしは、主人やあなた様のように強くはございません。怖いのです。主人が遠くへ行ってしまうのではないかと」


 (サクラ)は目を大きく見開いて喉の奥から熱いものがこみあげてくる。それは悔しさかもしれない。憤りかもしれない。


 だが、確かに感じられるそれは分かり合える共感であった。


「その怖さは誰だって持っています。けれども、それはヒトを愛して、信じている証拠なのです」


 (サクラ)は静かに、しかし、はっきりという。


「わたしはそういうヒトたちが悲しむところを見たくありません。だから、必ずご主人をお守りします。約束いたします」


 リペット夫人は逡巡した。会ったばかりの女の子にそんなことができるのだろうか。『導師』と名乗ることはいえ、いまいち踏ん切りがつかない。


 だが、と彼女は思う。


 握る手の強さ。まっすぐな赤い瞳は嘘をついているのではない。真に心を寄せて、言葉を紡いだのだと感じた。


「はい……。よろしくお願いいたします」


 リペット夫人は微かに笑みを見せて答えた。


 (サクラ)はふっと柔らかい笑みを浮かべる。それから、握る手をほどいて洗面所の方へ早足でかけていった。


 そこではモリソンとアリーシャに手伝ってもらいながら身支度をする結子(ユウコ)とミュウの姿があった。


「地上で侵略軍が目撃されました」

「わかってるわよ。電話の声は聞こえていたもの。ありがとう」


 勇子(ユウコ)は黒髪を束ねてお団子にすると、モリソンからゴムを受け取る。


「まったく寒い……っ」


 バッと洗面器に組んだ冷たい水を手ですくって顔を洗うミュウ。


 その背後では、小さな椅子に立つアイーシャが彼女の甘栗色の髪に櫛を入れていた。いつにもましてごわついているウェーブの髪が滑らかになっていく。


「朝から面倒なことを……。こら、あまり髪を引っ張るな!」


 ミュウは顔を上げると、枝毛に絡まって梳くのに戸惑うアリーシャに言った。


 騒々しい身支度を傍目に見ながら、(サクラ)は緊迫した表情を浮かべる。


「侵略軍とはいえ、『ノア』のアーム・ウェアも来るかもしれません。勇子(ユウコ)様」

「覚悟はできている。それに、わたしたちの動きを観測していたのなら、いて当然よ」


 勇子(ユウコ)の言葉を聞いて(サクラ)も不安を打ち消した。同郷の相手だからと言って手は抜かない。


 すると、玄関先の呼び鈴がなった。


「導師様。お迎えが来ました」


 リペット夫人がパタパタと洗面所へと小走りに来た。


「はい。お二人とも」


 (サクラ)勇子(ユウコ)とミュウをせかした。


「がんばれよ」

「ええ。帰ってきたら、またカルタ勝負してあげるわよ」


 勇子(ユウコ)はモリソンの頭を撫でると、すぐに洗面所を出ていった。


 続いて、ミュウがアリーシャからタオルを受け取って顔を拭く。


「お姫様、またお話してくれる?」

「よかろう。その代り、お母様のいうことを聞いて、いい子で待っているのだぞ。よいな?」


 うん、とアイーシャのはつらつとした返事を聞くと、ミュウはタオルを彼女に渡した。その表情は穏やかで晴れ晴れとしていた。そして、すぐに体をひるがえすと勇子(ユウコ)の後を追った。


 (サクラ)はそんな二人の応対に信頼感を覚えると、後に続いた。


 三人は玄関の小さなホールのポールハンガーからそれぞれ外套と防寒具ひったくるように掴むと、袖を通しながら開け放たれている扉をくぐった。


 その姿に迷いはなかった。


 ヒトに危害を加える存在がいるのならば、退け、守ることを使命としているから。

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