~接敵~ 向き合う自覚
午前の日差しが荒野を照り付ける。その活力的な日差しは順応できない動植物たちを鈍くさせ、苛立た、衰弱させる強さがあった。
疲労が蓄積された桜たちにとってあまり好ましいものではない。
〔アル・スカイ〕が横たわるドッグの渓谷にある浅い横穴をテント代わりに桜とミュウはいた。日陰のほうは幾分か涼しく、少しばかり水気を含んでいた。
「何ぃ? 結局勇子とはあれから話していないのか?」
ミュウが甲高い声で問いただした。
「はい……」
桜は複雑な顔つきで、作業機械のメンテナンスを進める。作業機械も度重なる整備に疲弊しているようで、各所の金属疲労が目立っている。こればかりは人の手で修理しなければならない。
ミュウは困った顔をして、膝元に円盤状に収縮している作業機械を置く。彼女は桜のように回路を直すことも部品交換もできないため、汚れてしまった外装を拭き掃除するのがやっとであった。
「まったく……」
言葉をつづけようとして、ふっと重たいため息が出てしまう。それから肩をすくめて正面で行きかうロフクスの整備員たちを目で追った。
彼らは保存食などを運搬し、〔アル・スカイ〕のリア・ラックにあるコンテナに積み込んでくれている。だが、一週間ほどの積載が限度である。そうしなければ、ロフクスの生活を圧迫してしまうのだ。
「で、結局一人にしているのか?」
ミュウは間をおいてから、横目に桜を捉える。
勇子のことである。
桜は作業機械のひとつが終わると再起動をかけて、左の方に流した。それから、右に積み上げられている磨き上げられた作業機械に手を伸ばす。まるで重ねた皿のように置かれている作業機械たちはピクリとも動かず、メンテナンスが終わるのを待っていた。
「とてもきれいになりましたね」
「話をそらすなっ」
桜の下手なはぐらかし方にミュウは思わず声を荒げた。
「すみません……」
桜はハンチング帽を少し下げて目元を隠す。
視線を作業機械の緻密な回路に向けて、焼き切れかけている配線を見つけては整理をして隣に置いている道具箱から替えの部品を取り出す。
ミュウはそのちまちました工程を横目に見ながら、真っ黒に汚れた布巾をバケツの水に浸したすすぐ。
「勇子のあの神経質さは放っておくと悪化するぞ」
「わかっています。けど、わたしにはどうしてよいのか、わからないのです」
「励ませばよかろう」
桜はあっけらかんと言うミュウの言葉に口元をとがらせる。
「その言葉が見つからないのです」
ふてくされた口調に、ミュウはふぅんと意地悪な笑みを浮かべて布巾の水を絞る。桜にも反発する力がついたのは心強いことだ。イエスマンをしているよりも、ずっと話しやすい。
しかし、彼女の刺々しい方は疲労から来ている風にも感じ取れる。
「そんなもの、自分で考えるしかあるまい?」
「ミュウ様は明朗快活でいらっしゃるから……」
桜はちらりと作業機械を再び拭き始めるミュウを横目にとらえる。
「勇子様が繊細な時に合わせるのは危ないのかもしれません……」
その言葉は音となって出ることはなく、口の中で飲み込まれた。
ミュウが調子のいい時はけんか腰の言い方になってしまう。気位が高いせいもあるのかもしれない。そんなときにナーバスになっている勇子と会話をしようものなら、余計な問題を引き起こしかねない。
桜は作業機械の回路を修繕すると、次はアームと脚部の関節を自分の手で動かして金属疲労や摩耗がないか確認する。ちょうど今手にしている機体は足首の関節に引っかかる手ごたえがあった。
すぐにその部位を分解すると、湾曲しているプレートを見つけて取り替える。
「精緻な心遣いはわらわとてできる」
ミュウは作業機械を拭きながら、さも当然に言う。
「心強いお言葉ですが――」
桜はムキになるミュウに切り返そうとしたとき、渓谷に砂埃が巻いた。
ジェット音に似た甲高い音が響き、ゆっくりと〔ジンガルザー〕一号機が進入して〔アル・スカイ〕の上を通過していった。
「おたまじゃくしか?」
ミュウが舞う砂埃に目を細めて、〔アル・スカイ〕の少し先で着陸する一号機をそう比喩した。
桜は修理中の作業機械を抱え、ハンチング帽を抑えると体を丸める。横穴に入り込む砂埃がうなじを打つ。
ジェット音が止むころには砂埃も収まって、彼女たちの座るシートには砂粒がちらついている。
「まったく迷惑な……。わざわざ、ここを通過する必要もあるまい」
ミュウはそういいながら、自分の周りの砂埃を地面のほうに払いのける。
「偵察をしてくれたのです。天候も、気になりますから」
「あなたが指示したの?」
道具とシートを整理する桜にミュウは感嘆の声を上げる。
広い視野を持ち始めたのだと思うが、彼女は帽子を取ってパッパと埃を払う。しかし、その顔には苦笑いが浮かんでいる。
「いいえ。ガディ様が道中の下見は必要だろうと勇子様とお話をされていたのを聞いただけです」
ミュウは納得しながらも、勇子が個人的に動いていることが気になった。
「桜も見習わなければならないぞ」
「はい……」
桜は一瞬暗い表情を浮かべるも、すぐに愛想笑いを作る。
と、そこへ一号機操縦者ジッドがまっすぐに桜とミュウの下に歩み寄ってくる。
「導師様」
「はいっ。何でしょう?」
桜は上擦った声で返して、すっと立ち上がる。
「ここ、お願いします」
「うむ」
ミュウはそう言って、桜のお尻を叩いて送り出した。
桜は急に叩かれたことに目を丸くするも、その勢いに任せてジッドの下へ足早に行った。
「仲がよろしいようで」
ジッドは社交辞令を口にして、帽子を取って立つ桜を迎える。白い髪と白い肌が明るい太陽に照らされると、輝いているようにさえ見える。そして、神秘的な赤い瞳が眼鏡越しに緊張の色を見せている。
「あ、はい」
桜は愛想笑いをして、手を前に組んだ。
ジッドが手にしているバインダーの調査資料を確認して、差し出した。
「ここより北、一〇〇〇キロ先までの調査報告書です。天候につきましては、今夜あたりに砂嵐が来るのではないかと予想されます」
「はい。調査、ありがとうございました」
桜は慇懃にお辞儀をすると、彼からバインダーを預かった。綺麗で精緻な文字と図面で、それが手書きだというのだから好感が持てた。
しかし、ジッドは桜の反応に小首を傾げる。
「あなたは導師であるはずが、なぜそうも腰が低いのです?」
「少しでも誠実でいたいだけです。不快、でしょうか?」
桜が不安げに問う。
ジッドはその神経を逆なでする質問に苛立った。
「そういうのは下で働く人間に、不安を与えます」
「あなたは導師様の下で働いているのではありません」
桜は言い切ってジッドの顔をのぞき込むように少し背伸びをする。
ジッドはますます困惑して、ふさふさのしっぽを不満げに小さくゆすった。無責任な発言としかとらえようがなかった。
「あなたが、ジッド様が戦う必要があるとお思いになるから、協力をしてくださるのでしょう?」
桜の屁理屈のような言葉に、ジッドは乱暴に頭をかきむしる。
「はぁ……」
苛立った気持ちを吐き捨てるように短く息を吐く。未熟な民主主義的考えに呆れ、彼女の統治力への疑問が膨らむ。
「自分も一応は小さい編隊ではありますが、まとめ役をしています。そのまとめ役としての経験を申し上げるなら、体裁は気にした方がよろしいのです。まして、これから武装同盟の代表となる方ならば、なおさらです」
ジッドの力説に桜はぺたんと踵を地につけて、上目づかいに見上げる。
「お、おっしゃることはごもっともですが……」
桜は腕組をして見下ろすジッドから視線を離し、せわしなく赤い瞳が泳ぎ回る。
「導師様。我々ロフクスは――、皆があなた様をそう認めています。しかし、その力に見合わないと判断されれば、皆があなた様から離れるでしょう」
ジッドは桜が詐欺を働くような不届き者とは思わない。今一つ力不足なところが目立ってしまう。それも決定的に危うい不足だ。
「そ、そうございます」
桜は恐る恐る視線を戻しながら、背筋を伸ばす。しかし、バインダーを力強く抱きしめて言い知れない不安を紛らわす。
彼のいう通りだ。『導師』としての役割を当てられた以上、それに見合う行動と言動は必要だ。飾り役だから、とミュウと勇子は補佐をしてくれるが、組織が大きくなれば間に合わなくなる。
意識はしている。しかし、どうすべきか。
ジッドは瞳孔を細くし、じっと睨み付ける。
「……ん。あなた様の歳を考えれば、その行動力は評価に値します。しかし、その弱気な態度はいかがなものか? 直さないおつもりで?」
頭ごなしに言われて桜は押し黙ってしまう。
「その態度が民を困惑させる」
ジッドが語気を強める。今は協調しなければならない時だとわかっていても、誰かが彼女の欠点を指摘しなければならない。
彼女は若い。圧倒的に経験が不足している。だからこそ、今ジッドにできるのは操縦者としてだが、リーダーの姿を見せることであった。
「何だ?」
ミュウは横穴から、背中を小さくする桜と威圧的に佇むジッドを見比べる。自然と立ち上がり、件の二人の下へ歩み寄る。
カラッとした太陽の日差しが肌を指すように照り付ける。
「何か、問題でも?」
「あんたも一国のお姫様だろうに」
ジッドに急に言われて、ミュウは訳が分からず目を白黒させる。
「何をいきなり――」
「わたしは皆様を手助けしたいだけです」
桜がミュウの言葉を遮って、震えた声で言う。
ミュウは面食らって、発言を控えた。前後の脈絡がはっきりせず、自分が蚊帳の外にいる疎外感が腹の底をむかむかさせる。
「その言い方だ」
ジッドは深くため息をつく。何を言っても、抽象的な言い回ししか使わないのにはあきれるばかりである。その証明のために行動しているのは承知できるが、語彙力がないのは困りものである。
「もう少しみなのリーダーとして威厳を備えてもらいたい」
「威厳、と言われましても」
桜は人の上に立つことに抵抗感があった。長い間、人々に虐げられて育った彼女には上に立つ人を幾人も見てきた。悪い人ばかりに仕えてきたわけではない。が、圧倒的に醜悪な人格者が多く、彼女の心を臆病にさせた。
しかし、今度はその臆病さが上に立つことを拒否させるのだ。
桜にはその矛盾と向き合うことができずにいる。
「どうすればよろしいのでしょうか?」
その言葉にミュウも思わず顔を覆って、首を横に振った。一番言ってはいけない言葉だ。
ジッドもそれには面食らって、一瞬言葉を失う。
「あなたの人徳を頼るほかないだろう?」
「人徳?」
桜は人徳の意味をうまく呑み込めなかった。
ますますジッドは彼女の幼稚さに腹を立てて、足が貧乏ゆすりを始める。
「自身に厳しいのであれば、その厳しさを他人にぶつける器量を身につけろということだ」
「そんなこと――」
「やってみせろ。そのために、あなた様は言葉を世界に広めたのだからな」
それじゃ、とジッドはむしゃくしゃした気持ちで桜を押しのけるようにして去っていった。
彼の中ではまだ桜を信じきれない部分がある。操縦者としての技量と人を統治する力は違う。彼女にはその器量の広さというか、ヒトに対して気持ちが定まっていないように思えた。
すべてを受け止めることが決して他人を幸せにするわけではない。そのことを自覚しない限り、縮こまった態度は改善されないだろう。
「厳しさ、ですか……」
桜はバインダーを抱きしめて、去っていくジッドの背中を見つめる。
「あやつのいうことも一理ある」
その横でミュウがしみじみという。
桜は不安げに隣に視線を移し、凛とするミュウの横顔を見た。
「仮にも代表をするのが導師様だ。桜にはヒトを手助けする優しさだけでなく、ヒトを強くする厳しさも見つけてもらわなければな」
「ミュウ様……」
ヒトを強くする厳しさ。
桜の心臓がトクンッと小さく跳ね上がった。琴線に触れた肌のざわめきが膨れ上がる。
「お互い頑張らんとな」
ミュウはほほ笑んで、桜の背中をたたくと横穴のほうへと戻っていく。
「あの、これ、勇子様にも見せてきます」
「うむ。よろしく頼む」
桜はお辞儀をすると、帽子をかぶり〔アル・スカイ〕のほうへ小走りにかけていく。
* * *
勇子は仰向けのシートに身を沈めて、サングラスを少し下にずらす。
ハッチで切り取られた空が目の前にぽっかりと浮かぶ。
「補給のことは以上か?」
操縦席のスピーカーからノイズ交じりの声が響いた。長距離通信をしているオリノの声だ。時間帯もあってか、ノイズが徐々に強まりだしている。
勇子はサングラスを元に戻すと、コンソールに手を伸ばす。
「はい。あ、マントの替えとバリアス・ショットガンの触媒チューブもお願いします」
「了解した。二、三日中には補給物資を投下する。座標設定はいいな?」
「はい……。お手数をおかけします、所長」
勇子は静かに応答して、右横に立体スクリーンに映し出された補給物資のリストに追加品を加えた。
「空が綺麗か?」
スピーカーの向こうからオリノのすっきりとした声が響いた。
「え?」
「勝手にメイン・カメラの映像を拝見させてもらってるよ。こっちでは青い空など見れないからな」
「あぁ、そういえば、そうですね……」
勇子は気持ちがまだもやもやとしたままで、適当な返事を返していた。視線を空に移してもサングラス越しに見る風景は薄暗い。だが、そのほうが『ノア』の地面のある空を思い出させてくれた。
切り取られた空だというのに、深く吸い寄せられる吸引力があった。
「ちょっと前まで、一面の青空を見たことなかったのに。見慣れてしまいました」
勇子は嘘を言った。だが、オリノの反応を待たずに次の言葉を出す。見透かされそうな気がしたのだ。
「わたしたちが求めているもののはずなのに、ですよ?」
しばしの間をおいて、オリノが返答する。
「『ノア』の連中には空に関心がないからな」
彼女の皮肉が勇子の胸を穿つ。
「地球という星で生まれたはずの人間にはその羨望はあっても、今はもう受け入れるだけの感性は衰えているよ」
「わたしもそうでしょうか?」
勇子は自分の中で渦巻く不安からそう問いかけた。
「フッ。そういうか?」
オリノの鼻で笑う声に、勇子は頬を赤らめる。安易に本心を吐露してしまう自分が恨めしかったし、簡単に読み取ってくるオリノもいやらしく感じられた。
「疲れが出ているようだな? 『ノア』のようにカッチリと決まった生活習慣を送れなさそうだものね」
オリノは冗談半分に言う。
しかし、勇子には悔しいほど図星であった。
「少し、ホームシックになっているだけです。ここは居心地が悪いから」
強がりのつもりで発したが、勇子は自分の器量の小ささを思い知らされる。
『ノア』で生まれ、育った環境を思い出す。何不自由のない生活だった。宇宙の広大さも適応していけた。
だが、『ファルファーラ』の有機的な環境はときに勇子の気持ちを逆なでもする。今がその時であった。『ノア』でなら、このようなストレスは少なかった。
すると、オリノの声が隙間風のように流れ込んできた。
「その居心地の悪さが、君の父親の求めていたものではないのか?」
勇子は父親のことを言われて、息苦しさを覚えて表情を硬くする。
ノイズが大きくなり、産毛が逆立つ苛立ちが増していく。
「焦っているのだろう?」
オリノが核心を突く発言をして、勇子はサングラスを外した。その挙動は疲れていて、緩やかにお腹の上に置かれた。
お腹を膨らませる呼吸とともに手が上下する感覚を覚え、青い瞳は切り取られた蒼穹を捉える。
「わかりますか?」
「フフッ。感傷的な声をしているからな」
おかしそうにオリノは言う。
「自分の目的を見失うな。父親の遺志を継ぐのだろう?」
「見失ってはいません」
「ただ、人を地上におろすだけでは何もなしえないぞ?」
オリノの挑発的な声に、勇子の気持ちはさらにささくれだった。
自分のしようとしていることを否定されている気がして、無性に腹立たしかった。
「そんなこと――」
「君はまだ、桜ほど馴染めてはいないようだ」
「またあの子っ」
勇子は桜という名前に声を荒げた。サングラスを握る手に力がこもる。
「わたしはあの子とは違う」
通信の向こうからは何も返事はなかった。ノイズばかりが大きくなる。
誰かに比べられる人生ならずっと送ってきた。教育機関で学力競争をして、自分よりも能力の劣る人の罵倒など気にも留めなかった。
所詮、負け犬の遠吠えだと。自分を変える力がなく、そうやって自己を保っているのだと。
だが、桜とだけは比べられたくなかった。この星で桜・マホロバは神にも等しい存在だというのに、かなうはずがないではないか。
その悔しさが勇子のいこじな部分を触発させてしまうのだ。
「よく、考えることだ」
その一言に勇子は奥歯をかみしめる。桜のことをなあなあにしすぎたと痛感する。
「問題を後回しにしすぎた……っ。所長!」
「悪が通信はここまでだ。わたしにも予定があるからね。じゃねっ」
オリノの跳ねるような別れのあいさつが耳に残る。
通信が切断されて、勇子は頭を抱えて叫びたい衝動を必死に抑える。操縦席から出た瞬間、自分は不要な存在になる気がして悔しくなってしまう。
「勇子様……」
そこに一番聞きたくない少女のか細い声が降ってきた。
勇子は盛大に息を吐いて、ハッチのそばでのぞき込む桜を視界の端にとらえる。目元に力がこもり、青い瞳に涙があふれる。
「何っ!」
勇子は声を張って、サングラスをかける。そうやって自分の気持ちを偽り、さらにコンソールパネルを操作して次々と立体スクリーンが起動する。
その光の板が障壁となり、桜の赤い瞳を遮る。
「あの――」
「今、システムチェックするから後にして。補給地の座標確認だってしなくちゃいけないの」
桜はそれが露骨な嫌がらせだと痛感させられて胸が痛んだ。
「そういうの、ずるいですよ……」
「ずるい? ずるい……」
勇子はカチンときて反芻する。それは自分に対してでもあったし、あっさりと言ってしまう桜の震えた声に対してでもあった。
「黙って不快な顔をされていては、わたしも困ります」
「仕事はしてるわ。システムエンジニアとして、何も不備はないはずよ」
「そうではなく――」
桜は続く言葉が思い浮かばない。
敵意むき出しの勇子を前にしてみて、恐れがこみあげてくる。大声を上げて、殴りかかってくるのではないかというこれまでの経験が脳裏をよぎる。
桜はしゃがみ込んだまま、視線を右往左往させてはたと自分が抱きしめている物を思い出す。
「ジッド様からお預かりした調査結果です」
そっとジッドから渡されたバインダーを勇子に差し出す。そこから会話の糸口を探ろうと考えたのだ。
勇子は不機嫌な顔を浮かべたまま腕を伸ばして、バインダーを掴む。
「あの、お仕事が終わりましたら、お時間よろしいでしょうか?」
桜はぐっとバインダーを掴む力を強めて、勇子への譲渡に待ったをかける。
そのささやかな抵抗に勇子は青筋を立てるが、ひったくるようにして奪い取って見せた。
「ええ。作れたらね」
ぶっきらぼうな言い方をする今の勇子には何も言っても通じないだろう。
「よろしくお願いいたします」
桜は意気地なしな自分を責めながら、彼女の理不尽な態度に怒りを募らせていった。
片や勇子は意固地な自分に腹を立てながら、桜とどう話をつけるかを思案する。
二人の心はすれ違いを続けて、これまでにない険悪なムードが漂っていた。




