~接敵~ 第一回連盟会談
「だから、状況によっては皆さんを一か所にまとめて、防戦する体勢も考えなければならないでしょう?」
ロフクスの謁見の間で勇子・星許は熱弁した。謁見の間の明かりを務めるたいまつの炎のように彼女の口調には熱がこもっていた。
そこには桜とミュウ、ロフクスの長であるガディ・ガーが、気難しい表情を浮かべる。
作業機械の映像による無線を使い、第一回連盟会談が催されていた。日が昇ってすぐの通信が安定した時間帯に開催され、これまで出会ってきたファルフェン、ラトゥ族とラミィ族、ミュウの父親との衛星通信を開いており、ノイズは小さく彼らの顔合わせには問題ない。
『ファルファーラ』のヒトたちからすれば、発光するスクリーンに映るヒトの顔ぶれをどこまで信用していいのかわからなかった。その映像が作る顔が本物かどうか、判断できないからだ。いまだ半信半疑といった様子で、『ノア』の技術力を受け止めるので精一杯の様子である。
「簡単に言うが――、簡単なことではないぞ」
ガディは老練な男、レルカント領の領主を名乗るディード・リック・レルカントの発言に頷いた。
続いて、ラミィ族のリャオ・ニャオが渋った表情を浮かべる。
「場所もなければ、おのおの治める領域がある。こちらもようやくヒトが集まってきたところなのよ」
「合理的ではありますが、それは難しいかと。われわれの様に故郷を追われたならまだしも……」
ファルフェンの長であったツェ・ズゥのお側役の男性、フィが言い難そうに提言する。彼は今は亡きツェ・ズゥの後をついでファルフェンを立場にある。だから、ディードやリャオ、ガディの思うところはわかるつもりである。
「それより、この通信というものは大丈夫なのだろうな?」
ディードが神妙な面持ちで問いただす。
「通信衛星は後方支援の所長――、オリノ・ロンナスが監視、管理しています。この時間帯での通信は『ノア』側にキャッチされることはないと思われます」
「大した自信だ」
勇子の早口の言い分に、ガディが大あくびをかきながら言った。
勇子は朝の早い時間とはいえ、彼らの合間にある弛緩した雰囲気が嫌だった。まだ顔を合わせて間がないのを考慮しても、自分たちの権益にかかわる重要なことを議題にする。
彼女にとっても『ノア』のことで名誉挽回しなければならないという自負もあった。先日の交戦を思い出して、『ノア』に悪評がたたないようにする必要がある。そのことが余計に彼女の腹の底をムカムカさせる。
「そのオリノさんはこの場に参加しないのか?」
リャオは顔を合わせる面子に目を走らせて、少しは互いの様子を感知するようになっていた。
「これは地表での伝達ですから、『ノア』とはつながっておりません」
「なるほど、それで宇宙にいるヒトたちには知られないと」
「その通りです、ツェ・フィさん」
勇子はお側役であった男、ツェ・フィに軽く会釈する。
名前を言われたフィはまだ自分が一族を率いる器でないことを自覚しながらも、今はその役職に従事するしかなかった。やわらかい笑みからは彼の堅実さや誠実さがにじみ出ており、桜を含め顔を合わせる統治者たちには好印象である。
「問題を整理しましょうっ」
そこに勇子の鋭いが切り込んで、全員の顔が一瞬きょとんとする。
彼女の必死な形相にミュウが眉根を寄せる。苛立ったようにうなじにかかる髪を一度払った。
「勇子、急ぎすぎだ。わらわたちはともかく、みなはまだ顔を合わせたばかりである。参加していない者もおるのだから、もっと時間をかける必要が――」
「状況は変わっているのです! のんびりしている合間に侵略軍のみならず、『ノア』まで強行手段に出られたらすぐにもやられてしまうわ」
勇子は苦言を言うミュウに怒鳴った。
「な――っ」
ミュウが驚きの表情を浮かべて固まる。
冷静である勇子が焦燥感にかられている様相は異常である。目を血走らせて、全員を見る視線は刃物を突きつけるがごとく攻撃的であった。
謁見の間の絨毯の上にちょこんと座る三人の少女たちをガディは玉座から見下ろしながら、勇子の神経質に鼻を鳴らした。
「そういえば、ラトゥの隊長様は?」
桜は脱いでいるハンチング帽をぎゅっと胸元で握りしめながら、リャオに尋ねる。愛想笑いが余計に切羽詰まっている感じを出していた。
「ん。都に集まっているほかの部族の取りまとめに動いている。賑わっているよ」
リャオの報告は桜たちにとって朗報である。
散り散りになっていた部族が集結している。侵略軍の攻撃を受けて、拮抗する戦力があり、多くのヒトが生き残っている証拠である。
勇子は不服そうに口元を尖らせる。
「戦力はどれくらいになりますか?」
「機体も数が出てきている。が、まだまだ真っ向勝負には手厳しい状態だ」
「どこも同じようなものだ」
リャオの疲れている様子にディードがやんわりといった。
ガディもほかの部族の苦労を聞きつつ、玉座から少し腰を浮かせて座りなおす。
「侵略軍が西の大陸に広がって入るようだが、どうにもその拠点の位置がわからんな」
「北方の可能性が高いのでしょう?」
ツェ・フィは確認するように問うた。
それにはガディが答える。
「幾度か偵察をしているが、こちらも不用意に近づけないというのが本音だ。だから、今後の展開も考えて導師様たちが先陣に出られる」
皆が桜に注目して言葉を待った。
彼らは桜を『導師』として扱う気構えはできていた。まだうら若き少女であっても、ガディたち、ロフクスの町まで行脚してきた功績は認めなければならない。
もちろん、その卓越した操縦技術も彼女を先導者として推す理由でもある。
桜は映像の顔ぶれとガディを見渡して、最後に左右につくミュウと勇子に視線を送った。
「はい。わたしたちは多くの部族と接触して、ネットワークを広げるのが役割です。ですから、今後の方針について、わたしから皆様に強制するようなことはありません」
「我々に判断を任せると?」
ツェ・フィが神妙な顔つきで言う。
「もちろん、こちらから警鐘や指令は出します。ですが、ここにいらっしゃる皆様が互いに協力できる同盟でありたいとわたしは願います」
「君主としてみなさんを統治するために彼女はいるのではない、と理解してもらいます」
勇子が桜の言葉を補足する。口調はまだ固く、緊張しているようであった。挑戦的で、威圧的な言葉は参加者たちを一瞬なりとも不快にさせた。
そこにミュウが割って入る。
「あくまでもこの同盟は各員の協力によって維持されるものである。法や規定はまだないが、直面している問題はもはや一国だけでどうにかなるものではない、とわらわは思っておる」
「なるほど……」
ディードが娘の経験からくる自信と気迫に頷く。
「食糧難や武力の差に付け込まれて、侵略軍の領域を広げるようなことになれば次は我が身と考えるべきだ。そのために足りないものを補う同盟は必要なのではないか」
「まぁね。それは実感できるよ」
「異論ありません」
リャオが苦い笑みを浮かべ、ツェ・フィも同意する。
その様子に勇子は悔しさがこみ上げ、ただ見ているしかなかった。彼女のほうが『ファルファーラ』についてよく考えている印象だ。
ミュウは小さく頷いて、ツェ・フィのほうへ顔を向ける。
「補給に関してはファルフェンが請け負っていると聞くが、進捗は?」
「はい。今日の正午にはラミィ族の都に艦を到着できる予定です。オリノさんのおかげで、水上航行に問題はなく、近日中には空中航行の試験も予定しております」
ツェ・フィは生真面目に答える。
彼らが所有する戦艦はこの同盟の動脈ともいえる戦力だ。まだ全快ではないにしても、巨大化する同盟に対応するためその機能を解放している。
「リャオ様、食糧物資の他に必要なものは?」
桜が言った。
「人手も増えてきているから、今回の補給で十分。こちらもレルカント領への派兵と何機かマリーネンを送る」
「すまない。こちらの兵装では火力不足でな」
「いいさ。そちらの機体も参考にさせてもらうのだから」
「ああ、遠慮なく使ってくれ」
ディードはリャオに対して慇懃に言った。
ミュウは女性に対してへりくだるディードを見て、少しだけ見直した。もう少し嫌な顔をするかと思えば、国のためならば以外にも若い女性にでも礼儀を通すのだと。
「ガディ様は何か、お困りごとは?」
桜はガディの顔を真摯に見つめて、小首を傾げる。
ガディは手持無沙汰に頭をかきながら思案する。
「今はないな」
「では、皆様にお力をお貸ししていただけますか?」
その桜の切り返しにガディは言葉を詰まらせる。最初にあった時の遠慮がちなそぶりが演技だったのではないかと思うほど、図々しい感じがした。
しかし、彼女は彼の言葉を待たず続ける。
「鉱物の加工技術を皆様にお教えください」
「技術を?」
ガディは考えてもみなかったものに不審そうに聞き返した。
そこに、勇子が手を打って説明する。
「マイクロ・ミサイルを他の場所でも製造するのか」
「はい。あくまでも専守防衛ですが、レルカント領の開けた土地には有効ではないかと……。ロフクスでも固定砲台の技術転用も考えられますが……」
桜は最後の方はもぞもぞとした声で、自信なさげに肩をすぼめる。
ロフクス族に対して損をさせているという自覚はあったが、レルカント領の防衛能力を考えると補強すべき課題であると思う。
「マリーネンなしに使うというのか?」
ガディには〔ジンガルザー〕三号機に搭載されているマイクロ・ミサイルの仕組みを詳しく理解していない。機体なしではその射出もできないものだと考えているからだ。
「そのためのシステム構築はレルカント領の固定砲台に近いもので代用はできるはずです。誘導もこちらの技術でどうにか――」
「作業機械と所長との交信で量産ラインはできます」
助け舟を求める桜に勇子がハキハキと答えた。
ガディも自国の防衛には不安を抱いていた。〔ジンガルザー〕を掘り出して以降、それ以外の〔マリーネン〕はいまだに発見されていない。〔ジンガルザー〕が町を離れたとき、その防衛の薄さを克服するできなければ寝首をかかれることになる。
「そうすれば――」
「わかった。その意見に賛同しよう」
勇子の続く意見を遮って、ガディは手で制し同意した。
勇子にはその制止は屈辱的だった。口ごもって、眉間にしわが寄る。
その反応をリャオはすぐにも感知したが、ほかの御仁は素知らぬふりをして話を進める。
「その受け取りはファルフェンの船でよろしいか?」
「はい。リャオ様達の補給が終わりましたら、そちらにお伺いいします」
「よろしい。その際には連絡を忘れずに頼む。迎えを出すからな」
ガディとツェ・フィはさっそく取りまとめる。
そこにディードが加わる。
「ツェ・フィ殿。こちらで持たせた魚介類をガディ殿に分けられるか?」
「こちらで調整してみます。かなりの量ですからね」
リャオもその話題を見過ごすわけにはいかなかった。
「こちらから特産品を贈ろう。旬の食べ物はおいしいからな」
「うむ。魚など、めったに食べられんからな。楽しみにさせてもらう」
ガディは嬉々としてその話に食いついた。
周囲を荒野に囲まれた町だ。淡水魚ですら、滅多に口にできるものではない。また青々とした緑の中ではぐくまれた食材にも興味があった。ジャガイモなどの地下茎植物とわずかな野菜を育て、家畜を育てるロフクスにはよい色添えである。
「ツェ・フィ様には苦労をかけます」
「いえいえ。こちらも、賑やかにやらせてもらってますから。空中航行の試験がてらやってみせます」
「期待しています」
「はい。本当なら艦長の顔も見せたかったのですが、あいにくと仮眠中で」
桜の気づかいにツェ・フィはやんわりと答える。
「かまいませんよ。またの機会にお会いできることを願っています」
桜の落ち着いた雰囲気にミュウがいたずらな笑みを浮かべる。
「ようやく気品というものが身についてきたのではないか?」
「はぁ……。そうでしょうか?」
桜はメガネの位置を気にしつつ、耳元の髪を後ろに流した。
「お前も見習うのだな」
「おてんば姫さまだもねぇ」
「ん。姫君だったのか、お前?」
ディード、リャオ、ガディの矢継ぎ早な言葉攻めにミュウはカッとなる。
「ウガァッ。わらわのどこに不満がある!」
ミュウが朝から大声を張り上げると、参加者たちは思わず笑みをこぼす。
しかし、勇子にとっては面白くない光景であった。一人焦る彼女は場の空気になじめず、うつむいて席を立つ。
「すみません。少し席をはずします」
その冷淡な声に、リャオは会話を止めて彼女を目で追った。
「朝早かったからな。君の案件も後で聞かせてほしい」
勇子はリャオの気遣いが胸にいたくてすぐに背を向けると黙って退室していった。
その後姿を桜も気づいて、リャオのアイコンタクトも察知した。ガディたちの会話の流れは良好であったし、彼ら自身で友好な関係を築いてくれるのはうれしいことだ。
桜はガディたちの会話に突っかかるミュウに顔を寄せてささやく。
「ここはお願いします」
「わかっている。勇子のことは同郷のあなたが一番だからな」
ミュウの言葉に勇気をもらって、桜は出席者たちに断りを入れると足早に退室した。
宮殿の廊下は暗く、たいまつの炎が揺らめいている。石柱に掲げられているたいまつの下、石柱に背中を預ける勇子の姿があった。
巡回する憲兵の足音が不気味に響く中で、桜は手にしているハンチング帽を強く握りしめて、勇子の下へ小走りに駆け寄る。
「勇子様……」
「何?」
勇子は疲れた顔を向ける。
「疲れておられるなら、お部屋で休まれては……」
「休んでいる暇はない。『ノア』の動きは無視できないわ。すぐにも体勢を整えないといけないでしょう?」
桜は平たんな彼女の声に固唾をのむ。
彼女の責任感と『ノア』に対する不信感が先日の戦闘で大きくなっているようであった。それを解決するために出身者である彼女は遮二無二に同盟での立ち位置を手に入れたいと思っているのだろう。
「あまり根を詰めすぎますと体に毒ですよ? もっと大らかに皆様との親睦を深めるのも大切ですよ」
「そういうのは導師様の役目なんでしょ。よかったじゃない? ちやほやされてさ」
桜は思わず息を止める。肩に力が入り、髪の毛が逆立つ感じを覚える。
勇子は自分の口から出る本音に気づかなかった。苦渋に満ちた顔をしてごまかすようにサングラスをかける。
「どうせ、あなたって――」
勇子は言いかけて、先の言葉を飲み込んだ。
桜が一歩近づいて、不安げな表情を見せる。怒るわけでも、悲しむわけでもなく、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
勇子はサングラスの奥に秘めた青い瞳を悲しげに伏せて、弱々しく首を横に振った。
「なんでもないわ。少し一人にさせて」
それから、ゆったりと桜に背を向けて歩き出していく。
「ゆ――」
勇子を呼び止めようとしたが、桜は言葉が出なかった。
今は少し一人にしたほうがよいのではないかと思う。だが、ミュウのいった通りこの問題は同郷の自分にしかわからない問題なのかもしれない。
「わたしは最低だっ」
勇子は外に向かう通路を歩きながら、自分の態度を唾棄する。
桜に『ノア』を恨んでいるのでしょう、といいかけた自分が許せなかった。面と向かっていったとき、桜は何を思うだろか。屈辱の日々をすごした『ノア』よりも『ファルファーラ』で出会ったヒトたちの暖かさを大事にするに決まっている。
その返答を聞くのが怖かった。だが、心のうちでは桜を侮蔑している。
「あの子がもともと最低階級にいて、急に導師様っておだてられるから……」
まだ太陽も顔を出さない外の空気は冷たい。
「わたしは最低だっ」
勇子はもう一度同じフレーズを言って、むしゃくしゃした気分を消化できずにいた。




