~敵視~ 家族団欒
ロフクスの食事処は賑々しく、露店が寄り集まってできたような場所である。渓谷の断崖の下に半分外にせり出したドーム状の広い空間で、多くのヒトたちが利用する屋外フードコートのようなものだ。
その一席に招かれた桜たちはそこで遅めの昼食をとることになった。日はまだだいぶ高いが、時刻はおやつ時くらいだろう。パイロットスーツから開放されたラフな服装は気が緩んでいた。
空腹も相まって桜たちは運ばれてきた香美の利いた料理の数々に生唾を飲む。
「どうぞ、冷めないうちに」
そういうのは同席するジッドら、〔マリーネン〕操縦者とその家族である。家族ぐるみの集まりなのだろうか、彼らの間はすこぶる良好であった。同時に桜たちに気を使っている空気もあった。
だから、その中にいる桜たちはとても疎外感を感じている。
「いただきますっ」
桜はミュウと勇子を交互に見て言うと、箸を手に持つ。
勇子は見慣れた食器を巧みに使って、小皿に料理を取っていく。サングラスをしたままだ。
桜もぎこちないながらも、箸使いは問題なかった。
「うぅ……」
ただミュウだけは箸の扱いに悪戦苦闘して、眉間にしわを寄せて目についた野菜炒めを取ろうと頑張る。しかし、箸さきは一向に掴む気配がなく、すべって交差する。
上座にいる彼女たちを左右に並ぶジッドたちが心配そうに見つめる。
「姫様、わたしが取ってあげる」
「う、む。善き心がけだ」
勇子の進言に、ミュウは顎を引いてぼそぼそと答える。このまま失態を見られるよりかは、そうしてもらう方が体裁が守れると考えた。
桜は二人の様子を見ながらも春巻き風の料理を一口含む。五臓六腑に染み渡るうまみ、パリパリの皮とシャキシャキした野菜の歯ごたえは筆舌に尽くしがたくうまい。彼女は自然と笑みをこぼした。
「おいしいです!」
「そいつはよかった」
その一言にジッドたちもほっとしたようだった。
「父ちゃん、食っていい?」
お預けをくらっていた男の子がデムドのほうを見ていった。彼らも遅い昼食で腹ペコであった。特に食べ盛りの少年には酷な話であった。
「おう。たんと食え。何がいい?」
「導師様の前だからって、いい父親面すんじゃないよ」
デムドが隣にちょこんと座る幼い息子にそう促すと、取り皿に言われた料理をよそっていく。その横には奥さんが小言をごねて食事を勧める。
「わたしを導師として認めてくださるのですか?」
「言い伝え通りのべっぴんさんじゃないか。それで、俺たちのためにいろいろしてくれるってんなら、おいおい話せばいいさ。それよか、うちのカミさんと変わってくんねえかね」
「あんたって人は!」
軽口をたたくデムドの頭に奥さんの拳が振るわれた。それを見て子供はげらげらと笑う。
その様子に桜はどこか懐かしさを感じる。
と、同席する女の子二人の視線に気づく。興味津々に互いに耳元で囁きあい、様子をうかがっている。
桜も思わず食の手を止める。
「どうかしましたか?」
桜が問う。
すると、びくりと二人の女の子は肩を震わせて、つややかな毛並みのしっぽを逆立てた。それから、困ったように視線を泳がせて、二人を挟んで座るギィとその奥さんに顔を向ける。
「お父さん、あの人、導師様?」
「髪の毛真っ白。尻尾もないよ」
「こら、指をさすんじゃないの。すみません」
ギィの奥さんは瞳孔を開いて、慌てて桜に頭を下げる。
「いえ、お気になさらず……」
ギィの妻子はみな綺麗で女筋に強い印象があった。昔の伝奇小説に出てくる容姿端麗の妖狐がそのまま出てきたかのような貞淑な雰囲気が漂ってくる。
「綺麗な人……。任氏伝とかそういうの、思い出すわ」
勇子はギィの奥さんの美しさにそう言葉をこぼした。
「何だそれは?」
ミュウは勇子から料理を取ってもらった小皿を受け取ってそう質問した。聞いたことのない名前だ。
「古い伝奇小説よ」
それだけ言うと、勇子はようやく料理に手を付ける。甘辛く炒められた肉団子を口に運んで、ほっこり笑顔を見せる。肉厚な歯ごたえに噛めば噛むほどうまみが広がっていくのは美味である。
「あまり、失礼なことを言うな。導師様もここまでの道のり、大変だったんだ」
ギィが娘に対して厳しい口調で言った。
しかし、どこか肩身の狭そうな印象が残る。身内三人が女ということもあってか、強く言えない雰囲気がどことなくあった。
「えぇー。そうなの?」
ギィの横につく小さい女の子は目を輝かせて、桜を見つめる。好奇心旺盛で、尻尾を大きく振っているのがわかった。
「はい。思い返せば、本当に多くの方々に助けられてここまでやってきました」
「どうしてここに来たの?」
今度はお姉ちゃんがキイキイ声で問う。横にいるお母さんがムッと厳しい視線をいるのを、彼女は気づいていなかった。
「それは……」
子供の手前、桜は侵略軍の話題を振ってよいものか迷った。
「ちょっとしたお仕事。ほかのヒトたちと協力ができるようにってここの長に頼みに来たの」
勇子が諭すようにしていった。危機感をあおるようなことはしたくない。ジッドたちの対応を見ているとそういう話題にはあまり関心がないようでもある。
女の子たちは黒髪でサングラスをかけている勇子を怪しそうに睨みつけながらも小さく頷いて渋々了解する。見たことのない毛色とサングラスの胡散臭い感じが警戒心を強めていた。
その顕著な表情を見逃せるはずもなく、勇子は桜に擦り寄る。
「何か、変だったかしら?」
「たぶん、そのサングラスではないかと……」
桜は苦笑いを浮かべて、不満げに口元を尖らせる勇子をなだめる。
「うむ。これはうまい」
そんな二人に気をとめることなく、ミュウは箸をがっつりつかんで春雨の入ったスープに夢中であった。のど越しのよい春雨に、すっきりとしていながら鶏がらの風味が鼻を抜ける。野菜にしみた味わいの深さは美味の一言に尽きる。
おわんを持って口にかき込む彼女の様子を同じようにして料理を食らうデムドの息子が発見する。
「同じ食いかたしてる。母ちゃん、あのヒト行儀悪いよ」
ミュウは耳ざとくその声を聞いて火がついたように顔が熱くなる。奇異の目を向けられているのではないかと、ますますおわんを傾けて顔を隠した。
「コラッ! なんて口を利くの。口の周りも汚して、手間がかかる」
母親が口の周りを汚している息子に言いながら、ナプキンで乱暴に汚れをふき取る。
「大変ですね」
ギィの奥さんが苦笑いを浮かべていった。
「ほんとよ、もう。男だからがさつで……」
「うちの子も自由気ままで――、あ、この間お借りした――」
「ああ、アレ。よかったでしょう?」
「それはもうっ」
さらにギィとデムドの奥様方はきゃっきゃと話を込みだす。
桜たちにはそうした親同士の楽しそうな会話の風景を見たことがなかった。両親が他人とかかわっている光景が想像できないのは悲しいことだ。自分たちが家族という小さな社会でしか生きていなかったと実感させられる。
ファルフェン、ラトゥ、ラミィもみな家族を大切にしていたし、隣人を敬愛していた。だから、よそ者の桜たちもよくしてもらえるのだろう。『導師』という称号だけでなく、彼らの人徳が高いのだ。
桜はそれから、ずっと気になっているジッドの家族に目を向ける。一番若いジッドの家庭には赤ん坊が一人、母親の腕に抱かれている。
「お近くでごらんになりますか?」
と、桜の視線に気づいたジッドの奥さんがやわらかい口調で言った。
「は、はい」
桜は緊張して上ずった声で返事をすると、席を立ってジッドと奥さんの間に立った。彼らの肩越しから覗き込んだ赤ちゃんは頭の毛がうぶうぶで、まぶたが重いのか半目であった。ロフクスらしい特徴はまだ見受けられない。尻尾は体を包む布によって隠れているようである。
ふっと赤ちゃんとお母さんから乳の甘く、優しい香りが桜の鼻をくすぐった。
「赤ちゃん、こんなに近くで見たの初めてです」
桜はなんともいえない不思議な感覚に酔いしれて、声を潜めていう。小さな息遣いは確かに生きている証拠で、同じヒトとは思えないほど小さな小さな命である。
「一度も?」
ジッドが不審げに問う。
「これまでの旅路で何度か目にした程度で、宇宙にいたころは見たことがありません」
「それは変わった国ですな」
ジッドの呆気にとられた声に桜も確かに、と微笑んだ。『ノア』の環境がいかに異常なのか、思い知らされる一言でもあった。
「抱っこしてみますか?」
「さすがにそれは恐れ多くてできません! でも、ああ、握手を……」
桜が大声を上げると、ジッドの奥さんの腕にいる赤子がぐずった。顔をゆがめて、手足をばたつかせる。
その様子を見てしまうとますます抱っこなどできるはずもない。ひとつ間違うと落としてしまいそうだ。か弱くて、力加減がまったく想像できない。
しかし、母親はなれた様子でわが子を揺すってなだめてみせる。
「何、どうしたの?」
サングラスをギィの娘たちに奪われてしまった勇子が桜の複雑そうな状況を見ていった。青い瞳が困ったようにサングラスを弄ぶ天真爛漫な姉妹を見ては、桜のわくわくした顔に戻っての往復を繰り返す。
「大丈夫です。何でもありません」
「無理はするなよ。恥をかくぞ」
そこにミュウが割って入った。赤ちゃんは以前にも見ていたから、桜ほど浮かれたりはしない。だが、しゃっくりのようなぐずる声を聴くと気になってくる。
桜は頷いて、改めて赤ちゃんに視線を落とす。
そのとき、視線があった。つぶらな目が確かに桜の顔を映している。すると、赤子が両手を挙げて何事かをねだる。
桜はまた言い知れない感覚に頭がぼうっとなって、引き寄せられるようして白い指先をそっと差し伸べる。
「あ……」
赤ちゃんが桜の指先を両手でつかんだ。
やわらかくて、あたたかい。力強くて小さな指先が桜の白い指を離そうとしない。
「力強い……。男の子ですか?」
「そうなんです。半年前に生まれまして」
母親が感慨深そうに返した。
桜は手先を少し振って赤ちゃんの手を振りほどこうとするが、しっかりと捕らえて体ごと動く始末である。それが楽しいのか、きゃっきゃと歯のない口を開いて笑った。
胸のうちがくすぶる。ドキドキしている。かわいいと思う。それは愛玩的なものではなく、自発的な愛情なのだろう。
自分もこうした時代があった、と記憶の奥底がさざめいた。
そして、いつか自分もこうして新しい命に触れて、抱きしめることをするのだろうか。
「すてき……」
桜の顔つきが自然と柔らかく、少しだけ涙ぐんでいた。
今まで想像もしたことのない、親になりたいと思う気持ち。好きな異性はいないが、誰かと寄り添って子供を育てる未来がいとおしく思う。
「みんな、こうして守られてきたのですよね……」
自分の父と母のことを思い出して、そんなことをつぶやいた。『ノア』の閉鎖的な環境の中で生まれ育ってきた彼女は、少しばかり両親の気持ちがわかった気がした。
ふと顔を上げれば、ギィの家族、デムドの家族の団欒がある。『ノア』でもたまに見かける光景だが、ここまではつらつとした雰囲気はない。どこにいても監視されているような油断ならない雰囲気がスペースことにー内にはあったからだ。
「守んなきゃならないからな、俺たちは」
と、ジッドが父親らしいことをつぶやいた。
まだうまく自分の息子に父親ができているかわからない。自信もない。それでも一緒に暮らしてくれる家庭の重さというか、存在感が確かに彼の大きな支えとなっていた。
何より、自分たちの家族以外にも頼もしい家族が周りにいることが心強い。
「おお、ここにいたか?」
そこにガディ・ガーがひょうきんに表れて、桜たちの様子を見て一つ力強く頷く。
「ちょうどいい。一つ、頼まれてくれ」
唐突な依頼に桜たちはきょとんとした。
* * *
空がオレンジ色に染まるころであった。
ジッドたちの〔マリーネン〕はアイドリング状態で出撃準備に入っている。操縦者も乗り込んで、すぐにも出発が可能である。
ドッグの渓谷では整備員たちが行きかい、天蓋となっている布を巻き上げて離陸コースを確保する。
「いつもどおり、気を抜くなよ」
「敵の侵略拠点を発見しだい破壊、だろ」
「早いとこ、ケリをつけようや」
ジッドたちは狭い操縦席のコンソールのスイッチをはじいて、無線で最終確認を取った。
彼らにとってはいつもの巡回任務である。
ロフクスの町はいまだ侵略軍には知られていないはずだ。広大な荒野の中にあっても、渓谷の合間に居を構える彼らを簡単には見つけ出せない。布張りをするだけでも視認することを困難にさせていた。
敵が捜索範囲を広げる前に拠点をたたけば、発見される確立はぐんと下がる。
「今回は、導師様の機体も同行することになっているはずだが……」
ジッドは言いよどんで、サブ・モニタに移る〔アル・スカイ〕を見た。
ガディからの頼みは周辺の巡回任務に桜たちを連れていくことである。彼女たちにもロフクスの住む土地を見てもらいたい願いもあったが、それ以上に真意がいかほどのものか知るためである。
本当に協力を持ち込んできただけの善良な『導師』様ご一行なのか。はたまたロフクス族を陥れる詐欺師のトリオか。『ノア』の応対もあってガディも警戒心を強めるほかなかったのだろう。
「遅いな……」
ギィがぼやいた。
しばらくすると〔アル・スカイ〕に整備員たちが集まりだした。何事かトラブルが起きたらしい。操縦者である桜たちのパイロットスーツが機体の上を行ったりきたりしている。
「どうして、動かないのだ!」
「システムの一部が書き換えられてる。起動プロトコルを壊されてるの」
「そういう中身のことはあなたの仕事だろうに」
胸部装甲で合流したミュウと勇子は焦った顔をしていた。
重要度の高い任務ではない、と聞かされているがことはそれだけに収まらない。〔アル・スカイ〕が動けない状況はなんとしても解決しなければならない。
「姫様は桜に代えのロムを出すように伝えて」
勇子は早口にいうと、機体の上にいるロフクスの整備員の一人を呼び止める。
「ごめんなさい。同行できない、とジッドさんたちにお伝えください」
「わかりました」
整備員ははきはきとして、すぐさまジッドたちの機体へとかけていった。
「ああ、もうっ。『ノア』の人たちの仕業よ。古典的なトラップを仕掛けるなんて――、猪口才なんだから」
勇子はシステム面での損傷だけを鑑みて、『ノア』の仕業と断定する。ロフクスにもその技術があるかもしれないが、構築した防壁が突破され、さらにはトラップまで仕掛ける芸当ができるのは『ノア』の技術者くらいだろう。
「何だ、出られないのか?」
「はい。同行できない、と」
ジッドは頭上のハッチから覗き見る整備員の言葉に口元をゆがめる。ここにきて機体の不調というのは怪しい。
「仕方ない。ま、俺たちだけでも対処できるだろ」
「あの嬢ちゃんたちなら、大丈夫だろうよ」
ギィとデムドは肩透かしな気分であった。しかし、残しておいて問題はないとも思うのだ。
「わかった。では、導師様たちへの警戒を強めろ。『ノア』の軍隊という前例もある」
無線を聞いたジッドは桜たちのことを信じていたが、見張りをつけるよう伝えていきた整備員に言った。
状況はさして急ぐようなものではない。
ジッドは外部スピーカーのスイッチを入れると、操縦桿を握り締める。
「出すぞ! 導師様たちには万が一のときのこの場の防衛を任せる」
方便であるが、その気遣いは桜たちのしりをたたくようなものである。
だから、復旧作業に意識が傾いて余計なことは考えられなくなった。
そして、二機の飛行タイプの〔マリーネン〕がドッグの渓谷を垂直に離陸していき、戦車型の〔マリーネン〕が渓谷の合間を走り抜けていっ。砂埃が舞いとび、整備員たちが煙を払って作業に戻る。
勇子とミュウはたちはその後姿を見送って心苦しくなる。
ふがいない気持ちが押し寄せて、動きが鈍くなりそうであった。
「さ、はやく直しましょう」
桜は〔アル・スカイ〕の首元のスライドを開けながら、呆然とする勇子とミュウに喝を入れる。
すると、二人は暗鬱な気持ちから立ち直って仕事に取り掛かった。




