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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第六章
45/118

~帰郷~ 各々の立場

 ディード・リック・レルカントは 国を治めることの重責に数十年と向き合ってきた。


 領主の息子として知性を磨き、兄弟との家督争いもあった。すべてはディードの父、リック・ハウゼン・レルカントに認めてもらうためである。男として生を受け、父の背中をずっと見続けていつか越えなければならないと自負もしていた。


 だが、それ以上に父親に人並みの愛情を注いでほしかったのかもしれない。そのために家督を継ぐほかなかった。


 ディードは見事、兄を抑え、弟を踏み台にして王の座についた。他の兄弟もその器量によって地域を収める役職につくことができた。満足はいかなくとも、先代の采配は間違いではなかったと感じいる。


 そして、子息、子女を持ってようやく確信を得たと思う。


「…………」


 ディードは静かに伏せていた顔を上げる。


 長い午前の日差しを取り込んで、涼やかな風が吹き込む部屋には苦渋の面持ちをする男たちが座っている。


 彼の牙城である屋敷に数年ぶりに男兄弟が集まった。応接間の長い卓上に並んで座り、ディードを上座に地図を広げながら、各々意見を交わしていた。そこにはミュウの義理の三兄弟の顔もあり、各行政機関の長官たちが出席している。


「すでに我が国の領海にまで侵攻しているのです。この状況がどういうことを意味するか、わかっているのですか?」


 ディードの兄が、弟に対して慇懃な言葉遣いで進言する。


 誰もその様子に不信を感じず、実力者に対する礼儀だと思っている。その兄にも自尊心はあるも、彼はディードが王としてよくやっているほうだと認めてもいる。


 執行機関の長官が続く。


「我が方のマリーネン部隊は二個大隊。海上艦艇部隊は三個大隊。陸上の砲兵部隊が二個中隊であります。このままの戦力では、沿岸での迎撃は不可能と考えます。よってここに、本土防衛武装の強化を進言いたします」

「それでは経理が回らんというのがわからんのか? 国民から吸い上げるにしても、厳しいのですぞ」


 経理担当が口酸っぱく常套句を述べる。


 領主が収める国とはいえ、各機関の連携なくして機能はしない。王とはその彼らの混雑する意見をまとめ上げ、判断を下す。例え、間違っていようとも誰もその判断を覆すことはできない。


 だからこそ、ディードの口はいつも以上に重く、この場に居合わせるすべての者の表情や議論を静かに、正確に分析しなければならない。


「やはり、導師を名乗る娘の力を借りるべきではないだろうか?」


 弱気な執政官が思わず零す。


「何をおっしゃいますか。それでは、我々、レルカントの民は小娘の力なくして国を維持できぬということですぞ」


 ガルダードが息巻いて反論する。


〔アル・スカイ〕については確かに自国の〔リリック〕をはるかに上回る戦力を保持している。一騎当千の力があるという報告も受けている。


「女の、それも小娘の力を借りるのも、やぶさかでは——」

「それはあなた方の勢いが衰えている証拠です。しっかりしてください」


 ガルダードの熱弁に耳を傾けながらも、出席する各長官は唸るばかり。


 仮に『導師』を名乗る娘の手を借りてはしまえば、すなわち、国としても、男としてもプライドは崩れてしまう。長らく男性社会構造をしてきたレルカント領だから、女の力を認めるようなことはしたくない。


 加えて自国の強かな女性ならばこれを機に行動を起こしてもおかしくない。それこそ、ミュウを筆頭にして政治に口を出すようになるだろう。


「よろしいのですか? 我々、男が国を守り、民を守ってきた事実を流れ者に崩されてしまうのですぞ? 積み重ねてきた伝統を断ち切るとおっしゃるのですか?」


 その意見には出席者のほとんどが思うところで、小声で賛成する者もちらほらといる。


 ガルダードはそこで決起するものがいるかと思ったが、やはり勢いが衰えたのだろう長官たちは渋い顔をしている。彼らにとってもこの議題は慣れないもので、国防に対しては演習こそすれ対外政策をほとんどしたことがない世代である。


 年寄りの時代は終わった、とガルダードを含めたレルカント三兄弟は思う。それに彼ら兄弟を支持する次期長官の座を狙う若者も多数いる。


 世代交代が近い、と若者たちは息巻いている。


 三兄弟が胸中強かな野望を抱き、ほくそ笑んでいると白ひげを蓄えた文化庁長官が挙手をする。


「ガルダード王子。老婆心ではありますが、いかがなものか? 伝統を重んじる精神には感服致すところですが……、導師様は建国にご助力をしてくださった方。何か、そう……、新しい風を連れてこられたのではないかと、思うのです」

「新しい風? そのようなもの、あるはずがございません」


 ガルダードが彼のしわがれた声を黙らせるように声を張った。先手を取られた、と唇を噛んで悔しがる。


 確かに解釈を変えれば、導師にこそ新時代を運ぶ力があると言えよう。それは言い訳にもなったし、何より『導師』の力量や動きを知ることができる機会でもある。


 他の長官たちが隣近所でひそひそ話をし始めて、雲行きが怪しくなる。


 強い日差しを背に受けるガルダードは寒気がして打開策を練る。


「では、こういうのはいかがでしょうか?」


 と、ボルバルジードが提案する。


「導師様、とした場合、彼女にはこの国に残ってもらい行動を制限いたしましょう。その上で他国との交渉を導師の名のもとに行うのです。我らに大義があると見せるのです」


 誰も賛成の色を示さないが、逡巡の顔をしていた。


『導師』という存在を吸収できれば、レルカント領はそれだけでこの星の救世主伝説の末裔を継承し、多種族との外交政策に乗り出しても名誉と名実が後ろ盾してくれる。


 口実と便宜的な言い回しである。


「ほかの国がそれに賛同するとでも?」

「はい。もちろんです」


 ボルバルジードが自信たっぷりに問うてきた長官に答える。


 その様子にディードは瞳を細め、他の兄弟たちが嫉妬の眼差しを向ける。ここで点数稼ぎをしようというのだ。


「妹がそれを立証しています。島国の種族でありますが、我々と同じ歴史観を持っている、と。しかし、その種族にはマリーネンのような技術はありません。そこで、西の大陸にいるマリーネンを保有する部族と同盟を結び、部隊を強化する」


 応接間に感嘆の声が上がり、ボルバルジードは確かな手ごたえを感じた。


 ミュウがファルフェンと接触したことで、外交策に疎い彼らでも『導師』というカードがあれば可能だと予測していた。もちろん、ただいるだけではなく自分たちが上だと主張できる環境は必要だ。

 

 すると、ディードが静かに口を開く。


「例えるなら、どこの部族だ?」


 低音の重たい声がこの場に緊張を運んでくる。


 ボルバルジードも迂闊な発言はできない、と内心で戦々恐々としながら口を開く。


「ラトゥのような戦人がよろしいかと……」


 ディードの顔色は変わらず、巌のように動かない。


 ボルバルジードを含めて、彼の返答を冷や汗をかきながら待つ。問題はないはずだ。あったにしても、堪えられる自信が三男にはあった。経験のない、独りよがりなものでも、蓄えた知識は間違いないと信じていた。


 すると、ディードはため息をついて息子の至らなさを指摘する。


「マリーネンの部隊を吸収し、誰が指揮を執る?」

「それは(わたくし)が——」

「できるのか? 短期間に」


 言われて、ボルバルジードが口籠る。例えとして出した部族がマリーネンを保有しているような噂や歴史的記述は何度か見たことがあった。


 それがどんな性質の機体なのか。戦術や指揮系統はどうなっているのか。冷静に考えれば、〔リリック〕のような潜水飛行艇と相性のいいものが何かもわかっていない。


 ディードはしかし、まだある追及点を述べる。


「交渉の日時を決めるのも、使者を派遣するにも時間はいる。まして、こうして我々が攻撃を受けようというのに他の部族は無事、というわけでもあるまい」


 出席者、特に年寄りの高官たちは静かにうなずいた。それらの欠点に気付いている者もいたが、王子の勢いには勝てず口を閉ざしていた。


「最後に、導師について明確な証拠があるわけではない。だが、それを立てるのもよい手だろう。その上で誰があの娘を迎えるかが、問題だ」

「それでしたら、この不肖ジルバードがなりましょう」


 ジルバードが意気揚々として名乗りを上げた。


 皆が奇異の目で見る中、彼の自信満々な笑みはとても現状を理解しているようには見えなかった。


「お前はこういう場でなんてことを————」

「待て。話を聞こう」


 ディードは彼の腹を探る様に目を細めて、ガルダードの声を制した。


「国民にも我々が成人しておきながら、所帯を持っていないのは知ってのことと思います。そこに侵略軍が攻め入ってくるという不安から、士気が下がっていく可能性があります」

「出鱈目だっ」


 ボルバルジードが野次を飛ばした。次兄の言いようは人心を心得ている風であったが、まるで理解していない能天気な発想だ。


 しかし、高官たちはそれを冗談で済ませる気はない。特に親類の男たちは、王の嫡男が未だ嫁や妾がいないことを心配していた。


 ジルバードはその心理を理解しているからこそ、この場で自身の身を固めようという話を切り出したのだ。


「事実として、妻や子を持たないものに人を説得させる力がないと常々思うのです」

「だから、婚期の焦りをここに持ち込むなと言っている。それとも、ああいう娘が好みか?」


 ガルダードが下世話なことを口にすると、周囲からくすくすと笑いが起きる。


 厳粛な対策会議中にもかかわらず、張り詰めていた空気が弛緩した。高官たちも行き詰った論題に疲れがあるのだろう。


 ジルバードは口を閉ざして、状況を窺う。特に父であり、領主であるディードの出方に注意を払った。


 ディードは場を支配する空気を読みながら、席を立った。


「今日は解散とする。次の招集があるまで、休息を設ける」


 それを受けて、各員が席を立ち礼式の敬礼を彼に向ける。


 ディードは自分の息子たちに一瞥をくれながら退室する。彼らが何かを企てているのは明白であった。それでも、言及するだけの力量がないと感じられた。


 歳を取ったが故の弱気からだろうか。高官たちの反応を見る限り、そろそろ権威を委譲して隠居すべき立場にあるのかもしれないと今回の集まりで体感してしまった。


「…………」


 午前の眩しい光が差し込む廊下を歩き、ふと窓の外を向ければ屋敷の庭が見下ろせた。


 簡素な庭園には剪定された庭木、小さな花壇と井戸がある。祖先が作った趣味の産物で、手入れはもっぱら庭師が行っている。


 そこに、ミュウたちが咲き誇る花を観賞している。熱心に花弁を覗き込んだり、仕事をする庭師に話を聞いたりと忙しそうである。


「世継ぎか……」


 ディードは思わずつぶやいてしまう。


 流れていく庭の光景。踊る様にはしゃぐ娘の露出した肌や青い花の色。節度がないと咎める気などなく、関心など持たなかった。


 家柄の継続がひどく薄っぺらく感じるのと同じくらいに。


 ディードの心はもやもやとして、釈然としない面持ちのまま自室へと足を運んだ。


 その上で話をすべき相手を見定めていた。


               *     *     *


 北緯五〇度と言えば、極寒の世界だ。


 四季の上では春でも、北極に近い大地は泥土の上に降り積もった固い雪に覆われている。その厳しい寒さの中で生きる種族は、狼のような顔にふかふかの体毛に覆われた犬人である。


「まったく、これじゃぁ、冷凍睡眠(コールドスリープ)してたのと変わらないじゃないか……」


 流氷が浮かぶ海の上で、『ノア』の戦艦〔アーク・フォース〕は半身を沈めて浮かんでいる。その甲板に出て、見張りをしているシャントッド・コーディルはしもやけのする顔を擦る。


 防寒具に身を包みながらも、露出する顔や服の隙間から入り込む冷気は節々に痛みを運んでくる。


「交渉は、うまくいってないのか?」


 シャントッドは手前にある三脚の監視カメラの映像を確認しながら、交代が来るのを待った。体は震えて、吐く息が白く濁ることもなくなった。


 わざわざ外で肉眼で見張りを置くのは、色々と理由がある。


〔アーク・フォース〕の各センサ感度はもちろん良好。だが、艦長の方針から人の目は珍重された。機械にばかり頼っていると足元をすくわれる、と旧態然とした考え。そこには経験則からくる信頼もあったし、操縦者の訓練もなかねている。


「ったく、操縦者だからってこんな雑用まで——」


 シャントッドは愚痴りながら、雪に埋もれた海岸線を眺める。その少し先に犬人の集落があるのだが、まったく見受けられない。交渉に出た軍人たちもどうなっているのか、わからない。


 と、コツコツと甲板を叩く音が近づいてくる。


 シャントッドが振り返ると、防寒具を着込んだ女性、トリス・カロリが歩いてきた。


「交代か?」

「いいえ。整備部からの連絡書を届けに来ただけ」


 寒空の下地蔵のように固まって座るシャントッドの横に立つトリスはタブレット端末を差し出した。


 それを見たシャントッドは目を剥いた。


「素手じゃないか!?」

「それが? 急ぎなのよ。早くして」


 トリスの細い指先が赤くなっている。フードを被った顔を覗き込めば、鼻頭や頬、耳まで真っ赤である。


 シャントッドは自分の厚手の手袋を外しながら、タブレット端末を受け取る。それと引き換えに手袋を彼女に差し出した。


「つけてろ。少し時間がかかる」

「汗ばんだ手袋なんて、嫌よ」


 トリスははっきりと言う。


 シャントッドはかじかむ指先でタブレット端末を操作しつつ、彼女に手袋を押し付ける。


「お前は馬鹿か? ここはコロニーと違う。指先が壊死するぞ」

「あなたはいいの?」

「慣れてる。これくらい」


 シャントッドは早口に言って、タブレット端末に目を通す。素早く指先を動かして、設定箇所の変更や機体の整備状態を把握し、要望を書き連ねる。


 トリスは強がりを言う男に辟易しながらも、言われた通り手袋をはめてその場に屈んだ。冷たい手袋で指先の痺れは一向に取れそうにない。


「暖かくないのね」

「当たり前だ。一時間は外にいるから」

「ふぅん。よくやるね」


 トリスは興味なさ気に言って、海岸沿いの方を眺める。


「もう二日……か。移住案はダメなのかしら?」

「住みたいのか? こんなところにさ」

「嫌よ。凍え死ぬわ」


 トリスの意見に同意しつつ、シャントッドは彼女のキッパリした言い方に嫌悪を覚える。嫌なことをはっきり言ってしまうのは人間関係が円滑に進まない場合もある。世渡り下手な印象があった。


「ハァ……。ねぇ? 操縦者って楽しいの?」

「おしゃべりだな、あんた」

「いけない? それとも、まだあのこと、引き摺ってるの?」

「そこまで女々しくない。病室に連れて行ってくれたことは感謝してる。それ以上のことは、何もない」


 シャントッドはピリピリと唇の皮に亀裂が入るのを痛みとして感じながら話した。


 トリスには情けないところを見られた。そのことで意識したつもりはない。ただ相性が合わないのだ。ぺらぺらと舌が回る奴ほど信用したくないし、物事をはっきりと言う奴も苦手だ。


 シャントッドの苦手を集合させたような女はつまらなそうにため息をつく。


「やっぱり、時代遅れの男ね。顔は好みなのに」

「いけしゃあしゃあと……。ほれ、できた」


 シャントッドは内心ドキッとしたが、平静を装って彼女にタブレット端末を返した。データを艦内へ送信することもできるが、彼の扱っているものがものなだけに慎重であった。


 トリスは何も言わず受け取って、その場から動こうとはしなかった。


 シャントッドはいつまでも海岸線沿いを眺める彼女が気になって、むず痒い心持が続いた。だが、それへの我慢は長くは続かなかった。


「いつまでいるんだ?」

「別にいいでしょう? コロニーだとこんな景色見れなかったもの」


 それに、とトリスは続けて横目にシャントッドを見る。


「手袋、暖かくして返したほうがいいでしょう?」

「余計な気遣いだ。さっさと中入ってろ」


 シャントッドが視線を逸らしてがなり立てる。


 トリスは純情な男だ、と思いつつ手袋を外して彼の頭に放った。


「じゃぁね。見張り、がんばって」

「……」


 シャントッドは立ち上がって引き返していく彼女に何も言わず、頭の上にある手袋を取った。


「まったく、よくわかんねぇ奴だ」


 彼女の気配がなくなったのを知って、そう愚痴った。


 それから手袋をはめて、見張りに意識を戻そうとする。が、かじかむ手にかすかな温もりを感じてしまうと意識は乱されて、顔がさらに赤くなる。


「まったく……」


 シャントッドは自分の男気のなさに落胆するのだった。

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