~帰郷~ 家族の謁見
レルカント領の首都は切り崩した断崖に家々をちりばめた、海を臨む美しい町である。三日月型の海岸沿いと囲われたコバルトブルーの浅瀬は天然の宝石を思わせる。
段々畑には小さなの白い花々をつけた柑橘系の樹木が並び、常夏の太陽をいっぱいに吸っている。海にも漁業船の白い帆が揺れている。
〔アル・スカイ〕は首都の崖の上、内陸に続く街道から外れた納屋が連なる一角に駐機されている。
一方で桜たちは岬に居を構える屋敷に出迎えられて、レルカント領を収める王と謁見するところだった。
ミュウにとっては父親との再会なのだが、その表情は硬く不愉快そうである。
「……」
桜と勇子はパイロットスーツのままで、無礼な気もした。が、駐機した直後に使いの者がそのままで、と三人を案内している。
焦っているのはどうもレルカント領でも同じことらしい。
屋敷に入り、日光が差し込む廊下を歩きながら桜と勇子はその美麗なつくりに驚嘆する。美術史に精通するわけではないから、どういう文化思潮があるのかわからない。見る者を静かに包み込む様な心持にさせてくれる雰囲気が漂っている。
「ハァ……」
吐息にも似た声を出して、桜はハンチング帽を脱いでお腹の位置に両手を合わせる。
「こちらになります」
案内をしてくれた使いの女性はひときわ大きいドアの前で止まって、こうべを垂れながら一歩足を引いた。しかし、うつむきな彼女の瞳が白い髪と肌、緋色の瞳を持つ桜を一瞬捉える。
先頭のミュウはその動きを見逃さなかったが、口には出さず扉を押し開ける。
ドアの隙間からふっと甘果の芳香が鼻をくすぐる。疲労が和らぐような安らぎがミュウの胸を包もうとしたが、彼女の意志は甘美な安らぎを受け入れない。
桜たちがその後ろをついていくと、その先の部屋は想像していたよりもこじんまりとしていた。
通されたのは玉座の間。
その座は一段高い位置にあり、初老の男が厳かな雰囲気を放ちながら座している。
桜と勇子はその老練な彼の鋭い瞳に気圧されて、礼儀を尽くさんと跪いた。例え、桜を『導師』と担ぎ上げようとも、彼の威厳を前にしては愚劣さを露呈することになる。
ミュウも悔しそうに王を見据えて、そして、側面に並ぶ義理の兄たちの驚く顔に苛立ちながら跪いて頭を下げる。
「父上————いえ、ディード・リック・レルカント王。ご心配をおかけいたしました。ミュウ・ミュレーヌ・レルカント、ただいま帰りました」
震える声でミュウは帰還を報告する。父とは認めず、王と呼称するのが彼女のささやかな反抗の態度だった。
「…………」
しばらく沈黙が続く。その間もミュウは頭を上げず、許しが出るまで頭を下げ続けた。嘲笑する声が壁際から聞こえても、沸き立つ怒りを抑えて彼女はじっと耐える。
桜と勇子も頭を下げたまま、王の出方を窺った。
ようやく、といったところで王であるディード・リック・レルカントは玉座に浅く座りなおしながら口を開く。
「面を上げい、ミュレーヌ。よく、帰ってきた」
ずんとお腹に響く野太い声。
ミュウは青筋を立てながら顔を上げて、ディードを睨んだ。ミュレーヌという名前、母から継いだ名前で呼ぶ彼の心境を計ると、頭が沸騰しそうになる。
しかし、ディードはそんな娘の睨みなど気にも留めず、同じく顔を上げる桜と勇子に視線を移した。
「そのものか、導師を名乗る娘は?」
桜は自覚して返答しようとした。
その時、壁際に並ぶ三人の男たちの一人が立ち上がって割り込んだ。
「父上。そんなお伽噺を信じるおつもりで? こんな子供だましのこと、妹の悪戯かと思いますが」
「人の話に割り込むなって、お義母様から教えてもらってないのか? ガルダードお義兄さま?」
ミュウはゆったりと立ち上がって嘲ると、義理の長兄、ガルダード・ディード・レルカントを睥睨する。
ガルダードは目を細めて義理の妹を見たが、何も言わない。挑発に乗ってはいけないと長兄としてのプライドが怒りに歯止めをかける。
ミュウは一歩下がり桜と勇子の間に立つと、二人の顔を見て自信たっぷりに王へ視線を戻す。
「わらわはこの二人に助けられ、こうして故郷の地に帰ることができました。そして、彼女は『導師』様の子孫であられます桜・マホロバ様なのです」
ミュウは桜の手を軽く上げる。
それを合図に桜も改めて頭を下げて、一歩前に出る。緊張して挙動がガチガチだったが、王に礼儀を尽くさんと赤い瞳でしっかりとディードの深みを持った瞳を見据える。
「桜・マホロバです、レルカント王。ミュウ様にはここまでの道のり、幾度となくお力添えをしていただきました。感謝いたします」
「フンッ。導師様ともあろうものが、腰の低い。卑しいな」
と、真ん中の席に坐している男が不信の目を向けながら、嘲笑する。
ディードがゆったりとした動きでその男に手で制止をかける。
「ジル。無礼である」
次兄、ジルバード・ディード・レルカントが申し訳ございません、と表面的な謝罪を口にして聴者席に深く座りなおす。
「しかし、父上。兄上の言うことが妥当であります」
次兄を庇うように隣りの男が割って入る。
ミュウたちは相席する男たちに目を向ける。ミュウは顔を顰めて、義兄衆の煩わしさに怒りを覚える。
桜と勇子の至ってはレルカント家の力関係を推し測ると同時に肩身の狭さを覚える。剣呑な雰囲気が漂って、喉が渇く。
「このボルバルジードの聞き知るところの『導師』とは尊大な方であります。そのご息女がこのような……」
末の兄、ボルバルジード・ディード・レルカントは軽蔑の目を桜に向けて言葉を区切り、父である王に向ける。
「父上。ミュウは騙されているのです。長いこと世間を知らなかった末娘が、宇宙などという辺境に出たばかりに物の見方すら忘れてしまったのですよ」
その言い方にミュウが髪の毛を逆立てて、狂犬のように歯をむき出しに唸る。
「姫様、堪えてください」
勇子はボルバルジードの挑発を冷静に見極めながら、ミュウの腕をつかんで制止する。強張った彼女の体の感触からも、ミュウの怒りがどれほどのものか理解できる。
すると、長兄、次兄も調子に乗って歳の離れた妹を軽視してディードに進言する。
「これですよ、父上。まともではないのです」
「まるで卑しい獣。やはり、獣の乳で育った子は恐ろしい」
桜は彼らの言い方に違和感を覚えながら、三兄弟とミュウの仲の悪さを実感する。
気品や振る舞い、物腰も何もかも違う。義理の兄妹だとしても、ここまで悪化するものなのか。親兄弟のいない桜には理解しがたい難点であった。
すると、ディードが野太い声で全員に言う。
「うるさいぞ。兄妹喧嘩を見せるために、ミュレーヌよ、帰ってきたわけではあるまい?」
その一言でミュウも怒りの矛を一度、無理やりにでも収める。しかし、瞳は笑うことはなく、下劣な義兄たちを射抜いて、そして、父親を睨みつけた。
ミュウは絡んでいる勇子の腕を乱暴に振りほどく。
「はい。頼みたいことがあって、帰ってまいりました」
「して?」
「ここより南の島に住むファルフェン族への支援のために、一個船団ならびに物資を頂戴したい」
ミュウの高圧的な物言いに義兄たちもすかさず、その申し立てに割り込もうと腰を浮かせた。
しかし、それよりも早くに王の表情が曇って口が大きく開かれた。
「たわけがっ!」
怒罵が部屋中に響く。ピリピリと空気が震えて、ミュウ以外の聴衆が委縮した。威厳とは迫力に満ちた一喝である。
しかし、ミュウはそれに物怖じするどころか、わなわなと肩を震わせる。
「何が!?」
「他種族とかかわることは、災いを呼ぶことになる。よりにもよって、ファルフェンだと? 恥を知れ!」
「では、滅べと!? わらわたちと変わらない、ヒトを見殺しにしろと!?」
ミュウのその言い分にディード、そしてガルダード、ジルバード、ボルバルジードが驚愕する。彼らには『ファルファーラ』の常識を知らない、夢想家の戯言にしか聞こえなかった。他種族が例え人の形をしていようと、それは同じヒト、人間ではないのだ。
いうなれば、ミュウは乙女チックな妄想にとらわれていると思われた。
「ヒトではない。この国の国民でないものをヒトとは呼ばん」
ディードの言葉には桜と勇子が驚愕する。
『ファルファーラ』の事情はまだ把握できないところが多い。それでもファルフェンの一族の生活を見れば、同じヒトの営みの中にあると感じいるところがあった。文明の発展具合ではない。人の生活の色があった。
それを見もしないで否定しまうほど、閉鎖的な国づくりが当たり前になっているのだと感じた。
ミュウはその常識違いを知っていながらも、胸に沸き立つ怒りの血潮に嘘をつかなかった。
「ならば、わらわたち、ヒトとは何だ? 国を持ち、お高く椅子に座っていればヒトなのか!? 虚弱なマリーネンで命を危険にさらす戦争をすれば、ヒトなのか!!」
その叫びにいち早く反応したのは、桜だった。
桜は感情的になっているミュウの前に回り込んで、肩をしっかりとつかんだ。興奮したミュウの瞳を覗き込んで言う。
「ミュウ様、それ以上はいけません」
「うるさい。わらわに逆らうか?」
ミュウがさらに桜に顔を近づける。鼻息を荒くして、落ち着いた桜の息遣いに腹立つ。
「その言い方は直線的すぎます。すべてを敵に回してしまいます」
桜の物憂げな赤い瞳と痛苦を抑えた声音。
「————お前っ! がうぅ……」
ミュウはぐっと出かかっていた言葉を飲み込んで、彼女の忠告に従う。指先の爪が肩に食い込んで、桜の想いを汲み取った。
すると、ディードは眉をひそめて告げる。
「下がれ。猛省せよ」
「…………」
ミュウは黙って、親兄弟を睨みつけると彼らに背を向けて歩き出す。
桜と勇子はその不機嫌そうな背中を追った。
「軍事にまで口を出すとは愚かな……」
長兄のガルダードが呆れた風に言う。
「まったく、肥溜め臭くてかなわんかったわ」
次兄のジルバードがミュウたちの背中に向かって、吐き捨てた。
ミュウはドアに手をかけて立ちどまる。ここで身を翻して、ジルバードをぶん殴ってやろうかと奥歯を強く噛みしめていた。
「姫様、ここは分が悪すぎます。機会を待ちましょう」
勇子がそう言って、ミュウの横について背中を押しながら玉座を出て行った。
「夢を見るのも大概にしておけよー、キシシッ」
末の兄、ボルバルジードが出て行ったミュウを冷やかす。
「…………」
最後尾の桜は二人が出たのを確認すると、振り返ってミュウの家族に一礼する。
礼儀は尽くすつもりである。が、こういう親兄弟の中で育ったミュウの心境は心苦しいものだったのだろう。だから、肩に力を入れて、胸を張って前に出て行く性格になったとも考えられた。
「……?」
桜が廊下に出て、ドアを閉めるとき、ふとディードと目があった。
怒りに燃えていた彼の瞳からふと潤んだ輝きが見えた。ただの錯覚か。閉じてしまったドアを前にして、いまさら確かめる気にもならなかった。
桜は手にしているハンチング帽をかぶって、先を行くミュウたちを追った。
「何が王だ。何が兄だ。まったくもって、腹立たしい……」
くどくどと毒づいているミュウを間に挟んで、桜と勇子が困った表情を浮かべる。
「姫様、そう簡単な話ではないのはわかりました。ですから、冷静に、慎重に取り組んでいきましょう」
「み、ミュウ様はそのまっすぐなお方なので、なかなか理解するのに時間がかかるかと……」
二人は先々のことを考えて、怒れるミュウを刺激しないようにしていた。
が、ミュウはずんずん大股で歩きだして、桜たちはそれに合わせた。いかり肩で、ぶつくさと文句を垂れる彼女は機関車のようで二人はどう止めていいのか。
「落ち着いてください、ミュウ様」
桜が意を決して言い放つ。
すると、ミュウは立ち止まって二人に振り返る。涙をためて、悔しそうに口をつぐんでいる彼女はまるで怒鳴られた子供そのものであった。
「姫様……」
勇子はミュウの心中を思うも、励ましの言葉が見つからない。
桜も同様で瞳を右往左往して言葉を探した。
「姫様! ミュウ姫様!」
ミュウの涙の粒がこぼれそうになった瞬間、通路の奥から女性の声がこだました。
桜と勇子はミュウの左右に上体を動かして、通路を慌てて駆けてくる女性を見つけた。
丸っこいシルエットで、エプロンをつけ、三角巾をしている。歳は初老くらいか、元気のある人だという印象が二人の頭に叩き込まれる。
彼女がミュウの背後に立つと、息を整え、感涙していた。
「よくぞご無事で。本当に、本当に……、よくぞ」
震えた声に親愛があり、彼女のミュウに対する忠誠心は桁が違う。
桜たちが反応に困っていると、ミュウは涙を拭って振り返る。その目は赤く腫れて、眉がつり上がっていた。
「ジェム。出迎えご苦労である」
震えを抑えた声に、女性、ジェム・アルフィは感極まったようにミュウの手を握った。
「このジェム。ミュレーヌ王妃につかえてより早二〇年、乳母としてなんと情けなかったことか……」
「よいのだ。ジェムが甲斐甲斐しくしてくれたこと、覚えている」
ミュウが強く握られた手の感触に胸が詰まる。
帰ってきて、心配してくれていた人がいることに嬉しくて良かったと思う。
桜と勇子もミュウが孤立しているだけではないと知って、ほっと胸を撫で下ろした。
と、そこでミュウが顔を上げて、涙をエプロンで拭くジェムに言う。
「そうだ、ジェム。風呂を用意せよ。ここ数日、まともに入っておらなんだ」
「ええ、ええっ。早急にもご用意させていただきます。と……」
「ああ、こちらは『導師』の子孫である桜・マホロバとその付き人の勇子・星許だ。二人も入るので、準備をしておけ」
ジェムはミュウから紹介されて、桜と勇子に深々と頭を下げた。今まで目に入っていなかったのだろう。ハハァ、と声を出して敬意を示した。
「姫様の乳母をしておりましたジェムと申します。『導師』様と付き人様とは知らず、とんだご無礼を」
「いいのですよ。顔を上げてください」
桜の言葉にもジェムは敬いの姿勢を崩すことなく、腰を低くしたまま進言する。
「導師様、付き人様、これより入浴のお世話をさせていただきます。なにとぞ、よろしくお願いいたします」
「あ、はい、こちらこそ……」
桜は弱った表情をすると、ミュウがはにかんだ顔を向けてジェムにきっぱりと言い放つ。
「もうよい。支度に急げ」
「はい。では、後程」
ジェムは何度も頭を下げて、いそいそと通路を引き返していった。
「気苦労の多そうな人ね」
「実際そうだ。さ、まずはお風呂に入らないとな」
勇子の言葉にミュウが何気なく答えて、歩き出す。
久々にお風呂を堪能できるとあって、ミュウの気持ちも幾分か軽くなった。しかし、父親や義兄のことを考えるとまだまだ安心できるものではない。
それでも今は少し羽を伸ばしたほうが健全か、と思うのだ。




