~帰郷~ 故郷のマシーン
透き通るような青い空と薄い雲の雲海。眩しい太陽の日差しと双子月の影法師がモニタの左右位置して、針路を指し示す。
〔アル・スカイ〕は貿易風を掴んでミュウの故郷、レルカント領へと急いでいた。
レルカント領はニィたち、ファルフェンの孤島から北西に上がったところにある。西の大陸に近い群島の端にあり、海に面した町らしい。ミュウたちの種族唯一の国であるが、領と称しているのはあくまで群島の一部、領地を所有しているにすぎないからである。
「…………」
ミュウは高高度から見下ろす海と散らばった島々の影を見て、不安な気持ちが膨らんでいく。雲よりも高い位置にいるからではない。自らが定めたニィたちへの援助のことや、故郷の親兄弟に会うことの反発心が彼女をそわそわさせる。
深くシートに体を押し付けてみたり、また浅く座ってみたりしてむず痒い体を落ち着かせようとする。
うなじにかかる髪の毛のざわざわする感触も癇に障る。
「姫様、シートにしっかりと座って。敵がいないとはいえ、危ないわよ。あと、ヘルメットは着用」
「う、む……」
勇子からの内線にミュウは頬を膨らませて、甘栗色の髪を束ねてまとめる。
礼儀正しい彼女がフランクに話すようになってからは、逐一注意するようになった。遠慮なく規範を押し付けようとする言動は実家で暮らしていたころの窮屈さを思い出させる。
それでも、膝元に置いていたヘルメットを被って、首周りの気密チャックを締める。
「ハァ……。まったく」
ミュウは愚痴って正面を見据えて、上下に揺れる光景を眺める。
〔アル・スカイ〕は貿易風を背に受けて、脚部に集中させた圧縮空気を踏みつけて前に流れていく。上下運動はするものの操縦席のショックアブソーバーで緩和されて、体感する揺れは微かなものであった。だが、視界ばかりはどうしようもなく、緩やかな放物線を描く軌道では弾んでいるように見えてしまう。
普通の人ならこの光景だけで吐き気がするだろう。
ミュウも映像酔いして偏頭痛を覚えると、足元へ視線を落とした。
と、ちらちらと光が瞬く。一か所にとどまっているのではなく、移動している。既視感を覚えて、その影を注視する。
「……ん? 何かいる……?」
ミュウが生真面目に足の合間に顔を近づけて、モニタに映る光に目を細める。CGが作り出す微細で精緻な映像でも目を凝らして、その像を正確に捉えるのは不可能だろう。
すると、桜はミュウの声から雲海の隙間から見える光を拡大して、ウィンドー表示する。
映ったのは粒のような島々を縫うようにして光の火線。それと尾を引くように煙が引かれる。ジェットエンジンが引き起こす飛行機雲だ。それを伸ばしているのはキラキラと輝く銀色の物体だ。
それと見慣れた〔アルファ・タイプ〕のシルエットである。〔アル・スカイ〕のデータバンク照合でも九割との予測が出ている。
「下方で交戦……? みなさん、支援に入ります」
桜はメガネを外して、ヘルメットのバイザーを下ろす。それから空いている手でコンソールを操作すると拡大画像を勇子とミュウに送った。
画像を見て、銀色の物体を見たミュウの表情が険しくなる。
「勇子、真下の飛行機雲、確認できるか?」
「確認したわ。銀色のは、どこの機体?」
勇子は注意力が散漫になっていたのを自責しながらも、桜の迅速な判断に合わせて解析作業に入る。バイザーに映るHUDには機体の情報が順次更新されて、通常モニタと兼ね合わせて作業を並行する。
その素早い処理能力が勇子の長所である。
ミュウが勇子に早口で言う。
「わらわの国にある〔リリック〕という機体だ。こんな近海で戦うなんて……」
桜と勇子は耳を疑ったが、彼女の悔しげな口調に偽りはないと感じた。
「よろしいですか?」
桜は今一度足元を視認すると、操縦桿を握りなおす。自動操縦モードが解除されて、操縦権が桜に移譲される。
合わせて勇子、ミュウも戦闘態勢になって了解する。
〔アル・スカイ〕が機体を捻って、急降下する。風を切って、マントをはためかせながら低空で繰り広げられている戦闘を俯瞰する。
雲海を切り抜けると、紺碧の海に岩礁が連なる海域がモニタいっぱいに広がる。ぞわっと三人は悪寒を感じた。
〔アルファ・タイプ〕は三機。偵察部隊なのだろう。精力的な交戦ではない。
ただ、もう一方の機体、ミュウの故郷に属する〔リリック〕は六機で過剰なまでに絡んでいる。
その姿はまるでトビウオのような機体であった。鋭いナイフのような機首に目玉のようなキャノピ、細長い胴体、機尾には縦にしたV字の尾びれがあった。そして、揚力を生み出している主翼の胸ビレと水平尾翼としての腹ビレが展開している。推進装置として、背中に二機のジェットエンジンらしき円筒機構を装備している。
その半透明な翼が太陽光を反射して、桜たちの目印になる。ミュウが見た光の正体はこれだ。
「敵味方識別はできないから、気を付けて」
勇子が忠告しながら、〔アル・スカイ〕にせめて〔リリック〕の形を覚えさせて火力制限をかけた。誤射を控えさせる安全処置だ。
ミュウは〔リリック〕の貧弱な機関銃の軌道を捉えながら、歯噛みする。遮二無二〔アルファ・タイプ〕を追い掛け回して乱射しているだけだ。
追尾されている方は上下左右に後続を振り回して、遊んでいるようにも見える。
「格好だけで、落とせるものか……」
〔アル・スカイ〕が高度を下げて、戦闘空域に進入する。右腕部に脚部のハードポイントに懸架されているバリアス・ショットガンを握らせる。
まるで海面に浮き上がってきた魚の群れに突っ込む海鳥のように〔アル・スカイ〕は降下し続け、狙いを定める。
ミュウは〔アルファ・タイプ〕のスタミナを鑑みて、混戦に持ち込む気はなかった。味方に攻撃されるのは嫌だったし、時間を浪費したくなかった。
「————っ」
ミュウはトリガーを引いて、機体が握るバリアス・ショットガンの銃口が瞬く。
放たれたビームが瞬く間に海面に着弾して、真っ白な水蒸気を膨らませる。その風圧がごちゃついている戦闘機すべてに襲い掛かった。
驚いたように両陣営の機体は回避行動に出る。
〔アルファ・タイプ〕は上空へ、〔リリック〕はヒレを畳み、ジェットエンジンのエアインテークと排出口を閉鎖して海へと潜った。
〔アル・スカイ〕は脚部を海面に向けて、スラスターで減速をかけながら上昇してくる〔アルファ・タイプ〕部隊を牽制。当てるまでもなく、敵は逃げ腰で適当に応戦しながらジグザグに後退していった。
「敵、撤退を確認」
「ミュウ様、お見事です」
勇子と桜の声を聴いてミュウは射撃をやめて息をつく。
「偵察部隊に躍起になって……。そのくせ、逃げるのは海中だものな」
ミュウは自軍の機体が取る機動のことを言った。
強力な火力を持たない〔リリック〕でもレルカント領の主力機だ。他にも船舶などの技術もあるが、機動兵器〔マリーネン〕と呼ばれる部類は〔リリック〕だけである。
「この子とは雲泥の差だ」
ミュウはシートの肘掛をなぞって、〔リリック〕と〔アル・スカイ〕の圧倒的なまでの火力と機動力の差を思い起こす。
〔アル・スカイ〕は減速しつつ、足場になる岩礁に降り立って得物を収める。海水につかった岩礁の上に立つ機体は静かに周囲を見渡しながら、両腕を上げてさざ波の音を注意深く解析していた。
勇子は囲うように動く巨大な魚の影を捉えて、それが〔リリック〕だとすぐにわかった。
渦巻くように旋回して、徐々に狭めてく。
「ミュウ様……」
桜が不安そうな声を上げる。
ひょっこりと海面に機首を出して〔リリック〕部隊は警戒しながらも、腹部に備わっているフロート・バラストを足のように延ばして接近してくる。機種に備わっている二門の機関銃が〔アル・スカイ〕を狙っている。
「わらわが話をつける。動くな」
ミュウはヘルメットを取って、甘栗色の髪を後ろに追いやる。冷静に、実直なまでの〔リリック〕部隊の動きを見定める。
と、ミュウたちの正面、岩礁に乗り上げた〔リリック〕がキャノピを開く。操縦者が半身をさらけ出した。耐圧服に、革製の飛行帽、ゴーグルをした男。その手にはマイクが握られている。
「そこのマントの機体。我が方の領海に入っている。所属は?」
怯えを抑えた堅苦しい声が拡声器によって近海に響き渡る。〔アル・スカイ〕を警戒している。だが、〔アルファ・タイプ〕の時とは違い、話し合いの姿勢を示している。
〔アル・スカイ〕が手を上げて投降のサインを出しているから、という理由でだ。そこに操縦者の生理的な興奮や理性的な冷静さは含まれていない。
レルカント領の国民性というのか、とにかく郷に入っては郷に従えの精神が強い。言い換えれば、至極律儀な性格なのだ。
ミュウは短く息を吐くと、ハッチを開けて身体を晒した。
潮風に彼女の髪が揺れる。潮の香りと涼しい風あたりに郷愁の念がこみ上げてくる。
「その方、わらわはレルカント領第一皇女、ミュウ・ミュレーヌ・レルカントである。哨戒、ご苦労であった」
威厳たっぷりにミュウはその声を潮風に乗せて、〔リリック〕部隊に知らしめる。
眼下にいる〔リリック〕の操縦者はその声に聴き覚えがあり、ゴーグルを取って機体の背に登った。それから一歩、二歩と下がってミュウの姿を捉える角度に立つ。
「姫様……? 姫様だ! ミュウ姫様がご帰還なさった!!」
歓喜とも驚愕とも取れる大声を上げて、操縦者はハッチのヘリに立つミュウ・ミュレーヌ・レルカントを指差した。
その叫びを聞いて、他のパイロットたちも機体を動かして一目その御身を見ようと出てきた。
一様に驚きの声を上げて、目をこするなり、頬をつねるなりして夢でないことを確かめ合う。
「どうするよ!?」
「姫様は宇宙に出て、死んだんじゃないのかよ?」
「いや、あのお姿はまさにそうだろう!? 違うっての?」
「ええい、手に余る問題である」
やんややんやと互いにまくし立てて、反応に困っている。
柔軟性がないというか、規範に即した操縦者たちの様子にミュウはため息が出てしまう。
桜と勇子ものんきな操縦者たちの様子にきょとんとしてしまう。
「ならば、連行するがよい。そちらの誘導に従う」
ミュウの提案を〔リリック〕部隊は条件反射的に飲み込んだ。四の五の議論するよりも、皇女に従ったのが道理だからだ。
彼らが操縦席に戻るのと同時にミュウもまた体を引っ込める。
「これだから、ダメなのだ」
気疲れして、ヘルメットをかかえて体を折る。気分は晴れず、悶々と問題ばかりが頭の中をめぐる。
故郷に帰ってくれば、もう少しリフレッシュできると思っていたが、〔リリック〕部隊の戦い方や反応に落胆の色が濃くなっていく。
〔アル・スカイ〕は機尾を櫂のようにして動かして進んでいく〔リリック〕部隊の後を追う。
「柔軟な動きをするわね。アレが『ファルファーラ』の〔マリーネン〕という機械か……」
勇子は海面を行く〔リリック〕のしなやかな機体の動作に感嘆しつつ、データを採取する。
桜も『ノア』の硬質な機械しか触れたことがなかったために、生き物同然に動く機械には新鮮味があった。
〔アル・スカイ〕は編隊を組んで進んでいく〔リリック〕の後を飛び跳ねながらついていった。




