~別離~ 勇子・星許
新しい歴史を刻むための使節団がシャトルに乗り込んでいく。希望の星、ファルファーラへと出迎えた外交官たちとともに降り立つ番だ。
無重力の港には、見送りの人々が詰めかけていた。盛大な出港式が模様されて、一般の人々までも一目見ようと港の展望スペースに詰めかけて、大手を振っている。
それとは別にシャトルとをつなぐタラップと特設ステージは港に露出して、重役たちや報道陣、鼓笛隊が備えている。
「是非とも、頼むぞ」
「わかっています。必ず成功させ、移民計画を現実のものとします」
「頼んだぞ。みなが使節団の成功と無事を祈っている」
重役と使節団の代表が期待と信頼とを確かめ合うように握手を交わす。
その光景を小さな女の子が見上げていた。特設ステージの床にマグネットシューズをしっかりとつけて、おどおどと大人の社交場にその青い瞳を走らせる。
着飾った着物の裾をぎゅっと掴んで、スーツと宇宙服、さらに衣装をまとった鼓笛隊を目にするたび、不安な気持ちが広がっていく。
と、その小さな体を背後から持ち上げる人物がいた。
「こらこら、ちゃんと待ってるって言ってたろ、勇子?」
「お父さん……」
少女、勇子・星許は振り返って目を丸くする。
抱き上げる彼女の父親は微笑んで、勇子を風船のように宙に浮かせるとくるりと正面を向かせた。彼もまた使節団の一人で宇宙服を着ていた。
幼い勇子には父が遠くへ行ってしまうと別っていたから心苦しい。眉根を寄せて、無愛想な顔になっていた。
「お父さん、早く帰ってきてね?」
「もちろんだ。お土産も買ってくるよ」
父ははずんだ声で言うも、一人娘の表情に笑顔は訪れない。
勇子は父が帰るまでは教育機関と呼ばれる高等施設に在籍することになる。そこは初等教育から大学教育までを支援するコロニー唯一の学び舎だ。新生児の中でも、階級が上位の子息子女、もしくは才児でなければ入学など到底かなわない。加えて、勇子はまだ初等部に入る年齢にも達していない。
それでも入学できたのは、彼女が必死になって努力を積み重ねたからだ。階級だけで判断されるのではなく、実力を持って大人たちをうならせた。才能何てない。だから、秀才になるしかなかった。
一重に旅立つ父を安心させたいが故の子供の精一杯の気遣い。
「早く帰ってきてね、約束だよ?」
「ああ、約束だ……」
父が目を細めて、愛おしげに右手の小指を立てる。
勇子は差し出されたその小指に自分の小さな小指をからめた。無重力に浮かぶ感覚に慣れていても、顔が膨れていく気持ち悪さがあり、その絡めた指も水ぶくれに触れる様な不快感がある。
「一人にしてごめんな。あいつとは、追々話はつける」
あいつ、というのは勇子の母のことだ。
父は意図的に妻の名前は口にしなかったし、親しい呼び方もしない。勇子が生まれてからは、ずっと他人行儀に距離を取っている。
勇子は父の辛そうな表情に自分の体を支える彼の腕にそっと手を置いた。
「あの人のことはいい……、いいから」
精一杯に父を安心させようと口から零した言葉。
母親の話題は勇子自身楽しいものではない。彼女の母は純血の日本人、父もまたそうだ。二人は民族の血統を重んじる系譜にあった。だから当然、二人の間に生まれた子供もまた生粋の日本女児でなければおかしい。
だというのに、生まれてきた娘の瞳は青い。なぜか瞳の色だけは黒くも茶色くもない、青色。そこには遺伝子的な欠陥、つまりどちらかの先祖に別の民族の血が混ざっている可能性があった。
勇子の存在は両家の混乱を招くこととなり、ついには母が我が子を捨てたのだ。
「もう平気だから。だから、お父さんはわたしを見捨てないで」
勇子は言って、涙をこらえる。
仕事の邪魔をしてはいけない。子供を理由に大切な仕事を放り出してはいけない、と彼女は考えていた。短い人生で得たのは、迷惑をかけないこと。
「立派な大和撫子になるから。だから、見捨てないで……」
小さな誓い。
勇子は自身に磨きをかけて才能につぼみをつけ出している。そして、一層の努力を重ねて父と母、そして祖先の人たちが望む清楚可憐な女性である大和撫子になることを胸に刻む。
父が一瞬悲しい顔を浮かべたが、すぐに笑顔を作る。
「当たり前だ。誰が見捨てるものか」
ぎゅっと勇子は抱きしめられて、父から漂うタバコの臭いが鼻を擽る。
大嫌いな臭いのはずなのに、なぜか安心できる不思議。父のにおいなのだ。勇子にとって、忘れはしない強い感覚の一つとなっていた。
そして、別れの時を惜しむように父はゆっくりと我が子との抱擁を解いて、床におろした。それから、屈んで目線を合わせる。
「行ってくる。留守番、がんばってな?」
「はい。行ってらっしゃい」
勇子が声を張ると、父は立ち上がってシャトルへのタラップに歩んでいく。
すると、鼓笛隊が荘厳な音を奏でる。管楽器の調べが高らかに、使節団の人々を鼓舞する。報道関係者たちが一斉にレポートを初めて、コロニー内で見守る人々へ中継する。
「お父さ~んっ!」
勇子は背伸びをしながら、大声で叫んだ。
タラップを進んでいく数人の外交官。その中にいる父は一度振り返って、大きく手を振った。声が届いたのだ。
それだけで安心感が湧き上がり、勇子は港のデッキクルーの誘導に従って特設ステージからゲートへと歩いていく。その間も、何度も何度も振り返ってタラップが収納されていくのを見た。
彼女は小さな歩幅で必死に歩いて、やがてゲートが閉じた。
それが父との最後の会話だった。
時間の経過は早く、気がつけば勇子・星許は十四歳になっていた。長い髪をお団子上に結わえて、細身の体を宇宙服に包み込む。青い瞳を隠すサングラスを取り払うと、周囲にいる同級生を見渡す。
その鋭い視線に数人の同級生は委縮して、そそくさと宇宙服に着替えてヘルメットを被る。前時代では宇宙服は一人で着ることも危ぶまれた扱いにくいものだった。しかし、時が経てば宇宙服は簡略化されて、一人でも十分な気密チェックから手入れまでできるようになっていた。
無重力での宇宙服の着替えなど朝飯前だ。
移民コロニー『ノア』の人々にとって、宇宙は自分たちの庭のような感覚になっていた。
「嫌よね。建設現場の見学だなんて」
「つまんねー犯罪者集団のお守りだろ? くっだらね」
「ほっときゃいいんだよ。宇宙に放り出しとけば死にたくないって泣き喚くんだからよ」
「あの映像には笑った、笑った」
勇子は級友たちの会話に苛立ちつつ、自分のロッカーにサングラスをいれるとヘルメットと取り替えた。すぐにも被って、くだらない話声を遮断する。
教育機関に在籍する人間の数は総人口の二割程度。中でも、義務教育ともいえるティーンエージャーの数は数百人程度。次世代を担うはずの子供という存在は、『ノア』にとって荷物でしかない。教育費用だけで莫大なエネルギーを使うからだ。
その費用で冷凍睡眠できる人間の数をどれだけ増やせることか。生活水準がどれだけ向上するのか。娯楽施設がどれだけ立つだろうか。
寿命など些末な考えでしかない。何千年と宇宙を漂ってきた人間にとって、肉体の衰退はさしたる脅威ではなかった。発達した医療技術、機械技術、一方通行のタイムトラベル。
魔法のようなアイテムに囲まれて有頂天になり、子孫を残す理由などなくなっていた。
それでも、子供が生まれるのはある種のステータスを獲得したいからだ。子供を授かった両親は『ノア』の中でも優れた人間である証明であり、残すべき遺伝子を持っていると評価される。
生まれた子供は芸術品のような扱いだ。
勇子も純血種という物珍しい立場で一目置かれていた。肉体の美学、というのか。昔にはダビデやらヴィーナスといった石膏像がそんな風にもてはやされいた。
「あんな人たちと同じだなんて……っ」
勇子は気密を確認しながら、ヘルメット内でつぶやいた。
級友と言っても彼女よりも四、五歳上の人たちだ。彼女以上に教育機関で勉学に励んでいたはずだ。しかし、飛び級して編入してみれば息苦しい場所だった。
『ノア』の思想である『優れた人類の存続と繁栄の促進』が曲解しているのか、少しでも劣っているところがあれば見下し、見捨てる。
利益にならない人間の替えなどいくらでもいる。だから、無能と決めつけられた人間が一人死んでも何の感傷はない。
「こんなの間違ってる」
勇子はそう言い下して、一足先に更衣室から出て行く。
無機質な白い明かりが照らす通路を泳ぐように流れて、バイザーを上げる。青い瞳が鋭く輝く。
「死んでいい命を決めつけるなんて……」
胸に去来するのは、かつての辛い思い出。
十年前、ファルファーラへの使節団が小惑星帯で轟沈した事件。最後の映像更新が撮影した未確認の機影が波紋を呼び、やがてファルファーラで稼働している〔マリーネン〕と呼ばれる巨大機体ではないかと疑念が膨らんでいった。
互いの信頼を崩す事件が尾を引いて十年もの間、交渉の機会は閉ざされていた。
そして長年に待ち望んだ機会がようやく訪れたのだ。勇子は外交員として立ち会いたかったが、まだまだ未熟な立場。それでも記念すべき日を迎えられたのは、うれしいことであったし、何より事件で亡くなった父が報われると思った。
これにて序章は終わりです。来週から本編に入っていきます。
稚拙な文章ではありますが、暖かく見守ってください。また、ご意見、ご感想がありましたら、ぜひお聞かせください。よろしくお願いします。




