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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第一章
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~遭遇~ 救助活動

『ノア』の港からレーザー誘導灯が伸びる。金糸のように輝く四つのレーザーが、近づいてくるシャトルを導く。


 (サクラ)はその光を眼下に捉えて、自機の位置を少し上げた。無数の増設用鉄骨を足場にして移動し、適当な場所で彼女の〔ボール・ボーイ〕が脚部のフックを展開し固定する。シートのショックアブソーバーが衝撃を緩和し、緩やかな屈伸運動がさらに減滅させる。


「…………」


 (サクラ)はメガネのブリッジを上げながら、操縦桿を横に倒す。


 機体は基部で回転して、青い星『ファルファーラ』を背に向かってくるシャトルの天蓋に向ける。平べったいリフティングボディの機影は翼を広げた鳥のようにも見える。


 あの船には『ファルファーラ』で暮らす人が乗っている。期待と不安、希望と絶望を含んだ言い知れない気持ちがこみ上げてくる。『ノア』の最高統括機関である元老院との会談のために、遠路遥々宇宙にまで上がってきた原住民は何を思ってこの場所に来たのかも気になる。


 (サクラ)はやきもきした感情を押し殺して、時間を確認する。作業開始から三時間。そろそろ定期休息の時間だが、一向に指示がない。持ち主の続けろという意味だろう。


 いくら作業用のパワードスーツでも宇宙線を完全に遮断できるわけではない。長時間の作業は人体には有害である。


 (サクラ)はハンチングの位置を直して、操縦桿をぐっと握りなおす。


「仕事、しませんと……」


 急に罪悪感を感じて、(サクラ)はペダルを踏み込んで自機を歩かせる。〔ボール・ボーイ〕が鉄骨の上を綱渡りするように一歩一歩進んでいく。機材を搬入しているプラットフォームまで取りにいかなければならない。


 とはいえ、すでに港側はシャトルの着港シークエンスに移行して、建設業者はその方に気を取られている。他の勤労者もまたその光景をぼんやりと眺めて、仕事をする雰囲気ではなかった。


 それだけ、注目されている会合である。


 その中で勤勉に働こうとするのは、(サクラ)くらいのものだ。


 オープンチャンネルのノイズが大きくなる。眼下をゆっくりと行くシャトルの推進機関の影響だろう。


 しかし、港へ近づいていくとその砂嵐の無線から声が微かな声が聞こえた。か細く、電波の位置を探知しようにも発信元は磁場の変動で大まかな位置しかわからない。


「港の方から……?」


 (サクラ)は現場監督からの通信かと思った。


〔ボール・ボーイ〕の解析能力ではどのチャンネルか把握できない。しかし、それをとりあえずの道しるべにして機体を動かしていく。


 言い知れない緊張感が冷たい宇宙の映像から伝わって、(サクラ)は思わず胸蔵を掴んだ。




 受け入れの準備は順調だ。


 宇宙服に身を包んだ数人の学生が教師に連れられて『ノア』の港口、エア・ロックまで来ていた。これから異星の外交官を乗せたシャトルが来るともあって、学生たちはそちらの方に気が向いてしまう。


 勇子(ゆうこ)も減圧されるエア・ロック内でシャトルのことを気にしていた。


 教師が人が通れるサービスドアの前に立って、無線で伝える。すでに空気はなくなり、周りは静まり返っていた。


「いいか? 不用意に飛び出すな。出たらすぐに命綱を手前の手すりにつけろ」


 教師の入念な注意に、勇子(ゆうこ)たち学生は了解と返答する。


 宇宙に出るのが初めてなわけではない。何度も演習で出てはいる。だが、その場数を踏んだという慢心が危険を呼び込むことだってあるのだ。


 教師がヘルメットのライトをつけて、ハンドサインを送る。扉を開く、と所作をするとドアが開いた。


 ゴウッと耳鳴りがしたような錯覚。宇宙の暗闇が何もかもを吸い込んでいくような感覚。


 開かれたドアからエア・ロック内に余っていた空気が抜ける。


 勇子(ゆうこ)は固唾をのんで、しっかりとマグネットシューズを床につける。一人、また一人とけだるそうにドアの向こうへと踏み出していく。


「ほら、ちゃんとしろっ! 学生諸君!」


 こなれているからこそ、彼らには教師のねちっこい言い回しは面倒なのだ。


 実直真面目に聞いている勇子(ゆうこ)には、彼らの軽率な行動に腹を立てつつも一抹の不安を抱いていた。本当に根拠のない些細な違和感だ。


 と、勇子(ゆうこ)の一つ前の学生の番になる。男子生徒だったと思う。彼はぐっと膝を曲げて、腰の姿勢制御スラスターのコントローラーを触った。


「こらっ! 遊びじゃないんだぞ」

「こんなの慣れてるっ」


 男子学生がいよいよ跳ぼうした瞬間、宇宙船を収容するメイン・ゲートが開かれた。


 足の裏から伝わる振動。シャトルが入港しているのだ。


 勇子(ユウコ)は手すりにつかまり態勢を維持するも、前方の男子学生がバランスを崩し同時に宇宙服のスラスターが勢いよく噴射された。


「————っ!」


 勇子(ユウコ)が身構えたときには、男子学生は宇宙へと放り出されていた。


「落着けっ! コロニーを正面に捉えろ! クソッ、ノイズが——」


 ドアの横で腰を浮かせている教師が悪態をつく。


「何してるんですか?」

「こら、顔を出すな」


 勇子(ユウコ)はエア・ロックから頭を出して、左右に視線を配った。


 すぐ横では、シャトルが姿勢制御のためにアポジモーターを使っている。イオンエンジンで賄っているために、その磁場で通信機器の障害となっているようだった。


「さがっていろっ! 救援は出す」

「先生はでないんですか?」

「できるわけないだろっ。命は惜しい」


 勇子(ユウコ)は何もしない臆病な教師を見限って、正面の空間にその青い瞳を向ける。教え子の命がかかっているというのに、保身的な言葉を吐き捨てるのがどうにも許せなかった。


「死んではダメ……」


 勇子(ユウコ)は祈る様に唇を震わせた。


 太陽側ともあって、陰影がかすかながら認めらる。


 太陽の光にかかった人影を視認して、ヘルメットのHUDヘッドアップディスプレイでそのシルエットを固定する。あとはヘルメットについてるセンサで追随してくれた。


「先生。行きますからっ」

「おいっ。星許(ホシモト)、待てっ」


 制止を振り切って、勇子(ユウコ)は床を蹴り上げて腰のスラスターコントローラーを操る。


 ドアで切り取られていた宇宙空間が一気に視界一杯に広がる。増設の基本骨子がまだ見えた。そして、シャトルの船体と方位をヘルメットのHUDヘッドアップディスプレイで瞬時に確認する。


「よし、見えた」


 勇子(ユウコ)はヘルメットの照明をつけながら、下の方、ちょうどシャトルの船尾近くでもがく宇宙服を捉えた。照明による光信号に全く反応がない。混乱している。その反応がまだ青臭い子供らしいものだともいえた。


「溺れてる——」


 腰のコントローラーを操作して、体をゆっくりとその方へ進める。周りには建設業の〔ボール・ボーイ〕が転がっているが救いの手を差し伸べようとはしない。


 彼らには、人命救助の命令などないからだ。雇い主の規約を全うしてこそ、社会復帰ができる。範疇にないことには触れない。触れてはいけない。命令違反は即時評価を下げ、厳罰が下される。


 法による独裁が当たり前となって、誰も感情的には動かない。


 その点で勇子(ユウコ)は自分がおかしいのではないか、と疑義を抱く。感情的に動いて、一人の馬鹿な学生へと近づいている。人命救助のためとはいえ、明らかな校則違反だ。


「あと少し——」


 勇子(ユウコ)は推進装置の増減を慎重に行いながら、ゆっくりと移動させる。込み上げてくる不安の汗は手元の操作によるものと、気持ち的に後ろめたさを感じているからだ。


 人命と規則。どちらが大切かなどわかりきっているのに、迷ってしまうのは教育機関の空気を吸い過ぎたのかもしれない。


「大丈夫? 落ち着いて、手を伸ばしてっ」


 勇子(ユウコ)は投げ出された学生と接触を図る。距離は二メートルほど。さらに距離を縮める。


「あああ、ああっ!!」


 くるくると宙を回る宇宙服が手をばして、勇子(ユウコ)の手を掴んだ。


 その勢いに負けまいと、勇子(ユウコ)はスラスターを使って宇宙で踏みとどまる。


 ヘルメット同士をぶつけて、はきはきと伝える。しっかりと相手の両肩を掴んで、宇宙服からくる加圧の感覚ではない、人の力を認識させる。


「このまま下方の鉄骨へ流す。そこまで飛ぶことはできるでしょ?」

「あ、ああ……」

「よし。行って」


 勇子(ユウコ)は彼の背中を押し出す。宇宙服がゆったりと一番近い足元の鉄骨の方へ流れていく。


 一緒に行くことも考えたが、情けない男の手を引いていくというのもなんだか釈然としない。


「あんなのと一緒だなんて、嫌」


 つぶやいてみて、単純な生理的嫌悪感を彼に抱いていることに気付く。


 同時に自分も彼と変わらない規範を無視した違法者だ。そのことがなお、流れていく男子学生との距離を開かせる。


「これで————」


 勇子(ユウコ)は彼が鉄骨にしがみついたのを確認して、自分をその方へスラスターを噴射しようとした。


 瞬間、ドッと視界が白んだ。バイザーの防眩フィルターでも防ぎきれない光の奔流が目を焼いて、さらに体が突風で吹き飛ばされるような感覚を味わう。


 勇子(ゆうこ)の小さな体が悶える。蹴り飛ばされたボールのように、彼女の体が『ノア』から離れていく。




 (さくら)が気が付いたのは偶然だった。


 シャトルが最後の勢いをつけて港に入ろうとしたとき、彼女の〔ボール・ボーイ〕は機体を捻らせて太陽を正面にしていた。


「…………あ」


 (さくら)は太陽の光に照らされて、浮かび上がる人のシルエットを見た。勢いづいて、木の葉のように舞うその体が徐々に小さくなっていく。


 光学センサを最大にしてその影を拡大すると、宇宙服を着た人だと確信を得た。建設業者とは違うスマートな宇宙服はどこの者なのか見当もつかなかった。


 しかし、彼女の胸に去来する恐怖が陰惨な過去を脳裏に蘇らせる。暗い空間へ放り出される両親。無慈悲に傲慢に宇宙という場所が人間に平等な死を与える。


「……ダメッ」


 (さくら)の葛藤は一瞬だった。規則だとか命令違反だとか、そんな枠組みなど捨て去って機体を発進させる。


〔ボール・ボーイ〕はスラスターを調整すると、迷うことなく『ノア』から離れていく人影を追った。機体の胴体には全身をぐるりと囲むレール状に組まれた小型ハニカム・スラスターが走っており、その個々を噴射することで姿勢制御および推進力を得る。


 (さくら)はフットペダルを慎重に操り、スラスターの位置を細かく制御する。加えて手元のスティックで推進力を調整、マークされている宇宙服へ激突しないように相対速度を合わせる。


 しかし、その細やかな操作に対して〔ボール・ボーイ〕のスラスターは酷く摩耗していた。


「あと少し、お願いします」


 (サクラ)は目に飛び込んでくる警戒指示を一瞥しながら、それでも機体を進める。


『ノア』から数キロ離れて電波障害もなくなると、三次元センサが機能し目的との距離や空間把握が容易になった。


「聞こえますか? お返事いただけませんか?」


 (さくら)はオープンチャンネルの無線で呼びかける。


 すると、先ほどまで身動き一つとらなかった宇宙服が腕を大きく振った。気絶していたのだろう。呼びかけに答えるようにして宇宙服はすぐに姿勢を正し、(さくら)の機体を正面に捉えた。


「助けに——、来てくれた?」

「はい。どうぞ、この機体の手におつかまりください」

「すまない」


〔ボール・ボーイ〕が伸ばすマジックハンドに向かって宇宙服は慣れた動きで接近し、その細い腕にしがみついた。


 (さくら)はマルチ・モニタに映る宇宙服の低い背格好や透き通った声に女の子かな、と思案した。


〔ボール・ボーイ〕はスラスターで機体を翻すと『ノア』へと針路をとった。その間にも損傷の病魔は新興していた。

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