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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第三章
24/118

~結成~ 小惑星帯混戦〈前編〉

 小惑星帯(アステロイドベルト)にシャトルが突入すると、護衛艦から〔AW〕、〔カムシャリカ〕数機が発進して追随する。護衛艦といっても、巨大なスペースシップだ。戦闘能力もなければ、大した装甲を持っているわけでもない民間輸送船である。


小惑星群に突入することなく、護衛艦は上下に別れてシャトルの影を追った。


「各機、周辺警戒をしつつ、シャトルを護衛しろ。デブリに当たって死ぬなよ」


 隊を率いる隊長機がゆったりと小惑星を避けながら、シャトルへと接近する。それに続く機影が三機。他の機体は小惑星の影に隠れるようにしてシャトルを追跡する。


 シャトルを直接追う機体は航路を阻害する小惑星をのける作業をするため。


 他の機体は想定される不明勢力の機体を警戒しての伏兵だ。十年前にも、小惑星帯(アステロイドベルト)を超えるところでシャトルが撃墜されてしまった。その時は小惑星が密集した中を進むなどしなかったが、戦闘を考慮すれば身を隠すのには、打ってつけの状況である。


「ブランクを埋めるにはちょうどいいが…………、見たことのない物質だ」


 小惑星と小惑星の間を移動する〔カムシャリカ〕の中で、シャントッド・コーディルはマニュピレーターにあるセンサーが解析した小惑星の含有成分を見て驚いた。


 炭素や亜鉛に混じって、どの元素とも結びつないものが検出された。含有率は非常に少なく、化合物でもない。


「これは未知の物質だぞ。いや、『ノア』だってこの中から物資を調達しているんだ。研究されているだろう」


 シャントッドは好奇心を無理やり理屈で押さえつける。


 今は任務が優先だ。そう心に刻み込んで、喝を入れる。


 彼の機体を含めた〔カムシャリカ〕の護衛隊はメイン・スラスターによる飛行を控えて、小惑星を足場に次の小惑星へと流れていく。太陽嵐の影響でレーダー各種が乱れており、スラスターの閃光は敵に察知されやすい。


 しかし、中には密集して行動する機影も見られ、さらにはバランスを崩してサブ・スラスターを断続的に噴射している機体もあった。


 シャントッドはそうしたふ抜けている機体に近づいては、態勢を整えさせたり、背中を軽く押して散らばらせる。


「宇宙での戦闘を忘れたのか? 目だけに頼るな。感覚を外に向けろ」


 喝を入れられた僚機は返答して、慎重に散開していく。


 そうした人影をシャトルのキャビンにいるミュウは視認して気が気ではなかった。


「護衛の部隊か。驚かせないでほしいな」


 ちらちらと小惑星の合間で太陽の光に当たって浮かび上がる〔カムシャリカ〕のシルエット。あたかも木々を渡る猿のような身のこなしには、ミュウも妙な感じがしてならなかった。


 組織的な動き。シャトルと一定の距離を開いて、つかず離れずの追跡をしている。専門的なことはミュウにはわからないが、素人の感想として彼らは洗練された組織だと思った。


「ああいうのが星に降りるのは、あまり歓迎できないな」


 ミュウはほぉっと息を吐いて、シートに体を寄せた。無重力にあって、頭に血が上って悪い。頭痛は和らいでも、足が冷えてしかたない。


「戦力を保持しているというのは、何とも居心地の悪いこと……」


 常に銃口がこちらに向いている気がしてならない。


 ここは宇宙空間だ。『ノア』の居住区と違って、破壊されて困るものはない。〔カムシャリカ〕は携行している武装を躊躇いなく使うだろう。


 影響がシャトルに来るかもと考えるだけでぞっとする。彼らがその気になれば、シャトルをハイジャックして降下することだってできる。卑しい疑義だとは思うも、『ノア』の過剰さは『ファルファーラ』の外交官たちをそう思わせるだけの威圧感がある。


 ミュウは『ノア』が武力制圧を本気で考えたら、と邪推してしまう。


「十年前のことを思えばこそなのだろうが————」


 その時だった。


 キャビンにけたたましい警報が鳴り響き、反対側の窓が真っ暗になる。


 ギャァアンッ!! 


 何かの余波がキャビンに伝わり、痛烈な横揺れを誘発させた。


「こういう状況になってしまう!?」 

「みなさま、頭を下げてください! 姿勢を低く!」


 キャビンクルーが飛び込んできて、指示を飛ばす。


 ミュウは上擦った声を上げて、頭を抱えて姿勢を低くする。これで何が守られるのかなど文句も浮かばない。揺れが続き、シャトルが流されているのが痺れるような揺れから感じ取った。


「敵は?」

「数、不明。太陽側に展開中」


 シャトルの横っ腹を守った〔カムシャリカ〕がビームシールドを構えたまま、シャトルの影にいた伏兵が飛び出していくのを見送った。


 先頭を切って、小惑星の処理をしていた隊長機が機首にとりついて光回線で言った。


「所属不明機の可能性あり。ダミーを張って、後退」

「了解」


 短いやり取り。


 隊長機はマニュピレーターに内蔵されているフレシェット弾を身近な小惑星に発射した。


 それが命中すると突き出した部分が発光し、シャトルの立体映像を作り出した。このフレシェット弾にはバッテリーと映写機が搭載されており、一定時間視覚、センサー系を騙すダミーとなってくれる。バーチャルダミーと呼ばれている。


 一方でシャトルは装甲のあちこちに仕掛けている装置を用いて、バルーンを膨らませる。それはシャトルを覆い、あたかも小惑星が連ねっているように見える。こちらは簡易のバルーンダミーだが、遠くからではまず見つかりにくいだろう。


 ダミーを放出して、直掩の〔カムシャリカ〕は本命がわからないよう距離を開ける。ぎりぎりで認識できる距離だ。互いの機体の間隔も気にして、あたかも待機命令が下っているように動かない。


「状況はどうなっている?」


 隊長機はついてきた部下にダミーの付着した小惑星をばらけさせながら、太陽を指標にして小惑星の合間を進んでいく。


「やはり、無理か? センサの稼働を最大にしても————、これで精一杯か!?」


 周囲一、二キロの範囲をぎりぎり捉える程度。索敵能力の低下が著しく、太陽嵐と小惑星特有の磁場の干渉が煩わしい。


 ノイズばかりが耳に入ってくると、隊長も気が気ではなかった。


 一方で飛び出していった〔カムシャリカ〕数機は敵勢力の発見を急いでいた。殿を務めていた一機がノイズ交じりの隊長の声を聴いて、振り返った。


「現在、敵を捜索中。しかし、敵は————」


 刹那、その機体を背後から串刺しにする黒い影があった。


 隊長機が捕捉したときには、ビーム兵器で胸を突かれた〔カムシャリカ〕から襲撃者が離れるところだった。爆発がないのは、的確に操縦者だけを殺したことを意味している。


「まさか、アレで擬態しているというのか。まだ寝ぼけているのか、俺は!」


 離れていく機体は実にシンプルだ。手足を収納し、体を折り曲げて、(つぶて)のような形態で小惑星に溶け込んでいった。太陽を背にしていることもあって、黒いシルエットは取り囲む小惑星と大差ない。


 隊長は自身の目が節穴であると思った。安直な変形機構である。それに騙されるというのは自堕落さを突きつけられた気分だ。


 ノズル光はない。だが、蜃気楼のように歪む光の流れを〔カムシャリカ〕各機は捉えていた。光学センサがモニタに映し出せるほど顕著な偏光だ。相手の推進装置の影響だと推察できる。


 仲間がやられたことに〔カムシャリカ〕部隊はバディを組んで、散開する。敵の数は不明で、擬態されては光を味方につけなければ勝ち目はない。


「とにかく太陽を背にして、戦わなければ——」


 シャントッドも前線に上がりつつ、バディの影を横目に見た。障害物の多さに機動力の落ちた〔カムシャリカ〕が相棒では心もとない。


「やられるぞ!」


 緊張、仲間の不調にシャントッドの気分がささくれていく。


 そうした精神を強いられながら、〔AW〕は吸い寄せられて戦闘が展開された。




「戦闘の光だ。(サクラ)、確認できるか?」

「はい。ビームライフルの、ですよね?」


 そうだ、と勇子(ユウコ)は返答してセンサを最大稼働して戦況を探る。


 しかし、太陽嵐、小惑星が放つ磁場で〔アル・スカイ〕の頭部にある四つの強力なアンテナでも感度が悪い。


 辛うじて、四つの光学センサと一対の回折カメラによる複合解析映像で太陽を背にして繰り広げられる光の線を捉えていた。しかし、それは一方的で妙な光景だった。モニタに映るCGコンピューターグラフィックは鮮明に光を切り取ってくれる。


「シャトルが見えない。接近してくれ」

「は、はい」

「火器管制がない分、心細いのはわかる。しかし、前に出てくれ」


 勇子(ユウコ)の声に、(サクラ)は強く頷いて小惑星に隠していた〔アル・スカイ〕を戦闘宙域へ接近させる。


 メイン・スラスターを絞り、速度調整。サブ・スラスターで軌道を修正。巨大な機体は華麗に小惑星群を縫って、時にそれらを足場に力強く前に出て行く。


 (サクラ)の目に飛び込んでくる岩塊の数々にターゲットカーソルが定まるとコンピューターによる予測気道が提示される。だが、それ以上の速さで彼女は軌道を頭に描きそれらを無視して、最速で駆けていく。


 駆け巡る星の輝きも、『ファルファーラ』の青が縦横無尽に回る。(サクラ)は目だけではなく、自身にフィードバックされるあらゆる感触を味方につけて、感覚を研ぎ澄ませる。


〔アル・スカイ〕の全身に備えれているパッシブセンサ、アクティブセンサが自身の肌、意識の延長のように機能している。初めて乗った時の感情を逆なでするシステムと同じものだろうが、刺々しさや強迫観念は感じられない。


「…………っ」


 (サクラ)は操縦に充足感を得て、気合が入る。


 勇子(ユウコ)もまたフィードバックされる感覚とバブルスクリーンや二次元スクリーンに素早く目を通していると、これほど緻密で柔らかい感触を持った機体はないと思った。


 それでも体を振り回す衝撃に二人は体を強張らせながら、見え隠れする太陽の光に目を細める。時折見える黒い人型のシルエットは〔カムシャリカ〕だろう。


「小惑星に対して攻撃? いや、あれは敵機か。気を付けて、相手は岩に擬態してるわ」

「岩に擬態、ですか? だけど、狙いは——」

「外交官を乗せたシャトル。こういう事態は予想されてたはずよ」


 勇子(ユウコ)は陰惨な事件を思い出して、語気を強める。


 今回の襲撃。敵の擬態を思えば、なるほど、十年前のシャトル墜落は事故ではなかったことになる。各センサーは磁場の影響を強く受けている。加えて、障害物の多さが索敵の邪魔をしている。


(サクラ)を機体を小惑星群から出して。索敵が難しい」

「はいっ」


 (サクラ)は操縦桿を引き寄せて、フットペダルを思い切り押し込んだ。


〔アル・スカイ〕は迫る小惑星に着地すると、膝を曲げて一気に飛び上がった。サブ・スラスターで回避運動を取って、川のように連なる小惑星帯(アステロイドベルト)の北側に出た。左手には、『ファルファーラ』の蒼穹が大きく見え、吸い込まれそうな魅力を振りまいている。


 機体はそのまま戦闘宙域へ猛然と迫る。


 そして、警報!


「————っ」


 (サクラ)が素早く操縦桿を切り返して、機体を翻す。スラスターの残光を食い破る様にビームが飛来した。


〔アル・スカイ〕は滑る様に小惑星帯(アステロイドベルト)へ接近する。


「気づかれました!」

「大丈夫。こっちも、ターゲット捕捉」


 勇子(ユウコ)は早くなる動悸を落ち着かせながら、バブルスクリーンが捉えた反応を言った。


 正確ではないも、〔AW〕とは違う反応が数個ある。そのほとんどがダミーだろう。しかし、活発に動く影はよくわかる。


〔アル・スカイ〕が小惑星を足場に跳躍。同時に足場となった小惑星が射撃されて、爆発四散する。


「う、っく」


 機体にぶつかる破片に〔アル・スカイ〕はマントを引き寄せ振り返る。


 マントは表面から超微粒子のフィールド形成素子を振りまいて障壁を作り出す。対ビーム特化の防壁であるが、物理に対しても斥力力場として軽減効果がある。


〔アル・スカイ〕はあちこちに被弾しながら、後方から迫る敵を捕捉していた。背中に集中する針のような視線を感じる。


「六時方向、未確認機が来る」


 (サクラ)に緊張が走る。


 背後から迫る未確認機が人型に戻りつつ、その手に射撃武装を引っ掴んで〔アル・スカイ〕の背中に狙いをつける。


〔アル・スカイ〕が勢いよく振り返る。敵が一拍遅れて発砲。


 ひらめくマントが瞬くビームを弾き飛ばす。ビームは四散して、後ろへ流れ星のように消えていく。


「————っ!」


 (サクラ)は息を飲んで、〔アル・スカイ〕を敵機へと肉薄させる。


 次の射撃。マントを盾に防ぐと、その下に隠しているマニピュレーターで拳を作る。ストレス・コンプレッション・ハンドの応用。応力と引力を作り出す発生装置は手のひらにある。その循環器であるマニピュレーターに高速でエネルギーを循環させ、表層に放出すれば強力なナックルガードにもなる。


 呼吸が止まる。


〔アル・スカイ〕はマントを翻すと、隠していた拳を突き出した。


 刹那の打撃。未確認機はボディブローを決められて、エネルギーのナックルガードに弾き飛ばされる。表面は蒸発し、ピンボール球のように小惑星帯に突っ込むと、一、二度弾かれて、爆発した。


「一機撃墜。なんて硬さなの」


 勇子(ユウコ)は冷汗をかきながら、敵機の性能に感嘆する。


 従来の〔AW〕の装甲では宇宙で岩塊に衝突すれば、一撃でおしまいだ。小石程度の大きさでも飛来してくれば、操縦席を覆う三重装甲だって食い破りかねないのだから、未確認機の頑強さは異常と言える。


 そう思いつつも、彼女は足元を流れていく小惑星帯(アステロイドベルト)に注意を向ける。撃墜した機体はずっと先。しかし、その余波で小惑星同士のぶつかり合いが起きると索敵にも効果が出た。


 足元近くに何かあるのだ。


「————いた! (サクラ)、右下の影にシャトル発見」

「しゃ、シャトル?」


 (サクラ)は詰まっていた息を整えながら、メイン・モニタに表示されたターゲットカーソルを目で追った。勇子(ユウコ)の操縦席と同調しているのだ。


 そして、何度か拡大されて、小惑星群の中からひょっこりと白いシャトルの船体が見えた。


「確認しました。そちらに向かいます」

「気を付けて。先の爆発でわたしたちの存在が露呈されたかもしれないから」


 勇子(ユウコ)の忠告を聞いて、(サクラ)は慎重に〔アル・スカイ〕をシャトルへと近づける。


 しかし、〔アル・スカイ〕が接近するよりも早く未確認機の一機がシャトルの前に躍り出てしまった。


「危ないっ」


 (サクラ)は瞠目して、機体を急がせた。


「下方から、来てるっ」

「————っ」


 勇子(ユウコ)の警告に(サクラ)は歯噛みした。


〔アル・スカイ〕は横間に流れて、下方から間欠泉のように湧き上がるビームを避ける。小惑星の合間を縫った狙撃。技量を感じさせるが、少しじれったい情動が伝わってくる。とにかく追い立てようとする乱射だ。


 そうしている合間にも、小惑星にへばりついていたシャトルに未確認機の射撃が降り注いだ。


 ドドッと光芒が膨れ上がった。


 シャトルの燃料にでも引火したのか、やけに巨大な爆発だ。狙撃して後退していた未確認機が飲み込まれて、連鎖爆発を起こす。


「ああっ」

「落ち着いて、ダミーだから。中に火薬でも詰め込んでるのよ」


 勇子(ユウコ)は言いながら、恐怖心がぬぐえない。


 ダミーだと判明したのはつい先ほど、回避行動をとっている時だった。シャトルがあまりにも鮮明に映っており、被っていた未確認機の装甲が微妙に照り返しを見せていたのを〔アル・スカイ〕が察知してくれたからだ。


 ダミーに騙されたことに腹を立てながら、勇子(ユウコ)は軽率な自分を責めた。あんな簡単に見つかるような場所にシャトルが隠れるものか。


 だが、バブルスクリーンに表示されるマーカーは未確認機や〔カムシャリカ〕、さらにダミーの幻影らしい反応や小惑星が多数。それらの中から、本物を見分ける術を彼女は習得していない。


〔アル・スカイ〕は小惑星の合間を移動する擬態した未確認機二機を見下ろしながら、時折上がってくる射撃を回避する。


勇子(ユウコ)様、無線をオープンチャンネルで開いてください」

「どうする気だ。それでは敵を引き寄せることになる」


 勇子(ユウコ)は声を張って否定する。


 オープンチャンネルの無線はどんな機体でも拾うことができる(未確認機が拾うかどうかはわからないが)回線だ。それはシャトルを護衛する〔カムシャリカ〕さえも呼び寄せて、戦うことになるやもしれない。


 しかし、(サクラ)はフットペダルを切り返して機体に小惑星を蹴り飛ばさせると、Uターンを決めた。その振動が尻から頭につき上がって、二人の体が浮かんだ。


「それでも、シャトルと連絡をつけるにはそうするしかございません」

「相手が汲み取ってくれる保証はないぞ?」

「やってみましょう。姫様を信じましょう」

「しかし————」


〔アル・スカイ〕の切り返しに、追撃していた未確認機は小惑星帯(アステロイドベルト)から抜け出して、後方を取った。


 負われる白い巨人にいくつもの光が、前へと抜けて霧散する。掠っただけでもビームを収束させる力場の影響で操縦席にはくぐもった音が伝わる。


 勇子(ユウコ)はこの状況に四の五の言っている暇はないと実感する。


「ミュウ姫を信じるにも、あの人を連れ去るのがわたしたちなのに」


 山賊にひょいとついていくお姫様がいるだろうか。


 対して、(サクラ)は〔アル・スカイ〕を降下させて、小惑星の合間を颯爽とかけさせる。


「あの方はお優しいのです。大丈夫です」

「…………。説得は任せるぞ」

「はいっ」


 勇子(ユウコ)の渋々な了承に、(サクラ)は真剣な声音で言った。




 小惑星に偽装したシャトルの周辺に戦火は来なかった。


 しかし、外交官たちは真っ暗な宇宙の只中で息をひそめることに、強いストレスを感じていた。無理もない。エンジンはアイドリング状態といえ、キャビンの照明を切られて心身共に追い詰められていた。


 ミュウもまた窓ガラスの向こうで浮かぶ小惑星の陰影を眺めて、光というものを知覚する。


「はぁ……」


 冷え込んできた機内。バイザーを下ろして、宇宙服の温かみを持ってその寒さをしのぐ。内側に白い幕がかかる。


 ミュウは心細さを感じながら、漠然と死の恐怖を思う。


 宇宙とは体を引き裂くような冷たさを持って、光すらない闇の世界の中に心を引き込んでいく。


 と、バッと明かりが窓ガラスから差し込んだ。


 ミュウは咄嗟に姿勢を低くする。


「何……?」


 震える声でつぶやいて、恐る恐る顔を上げる。


 戦火が近くなっているのか。ビームの光とは違う照り付けだった。機体が撃墜されたものだろう。


 ぐっと奥歯を噛み締めて、体に力を込める。怖いという感情に押し殺されないように、じっと小さく蹲る。


 暗闇の中で他の外交官たちも緊張と恐怖の板挟みでとにかく理性を保つので精一杯だった。


 光の見えない場所で、彼らは祈ることしかできない。


 誰に祈るというのか。それはかつて自分たちを導いたと言われる存在、『導師』と呼ばれる英雄だ。


 ザ、ザッザ————。


 すると、耳の奥を引っ搔くような音が聞こえた。ヘルメットのスピーカーだ。


 ザ、ザザーッ。ザッ、ザッ。


 次第に大きくなる。次第に近づいているのがわかる。


 死神の足音のようで、ミュウはますます縮こまって瞳には涙をためていた。


「助けて……」


 蚊の鳴くような声でつぶやいた。


 サーッ。ブツッ。


「ひ————、ま」

「……っ!」


 ミュウの耳元で野太い声が聞こえた。こってりとして煮立ったような声音。


「ひ、め——。わ、た————」

「もう、嫌ッ。怖い、怖い……」


 耳元でささやく声が甲高くなる。


 ミュウはヒステリックを起こす寸前にまでになって頭を振った。どうしてこんな怖い思いをしなければいけないのか。じっとして、何もできないままでいるのか。


 何もしないまま人生に幕を閉じるのは嫌だ。


 瞬間、シャトルの上を高速で駆け抜けていく機影があった。


「姫様ッ! お迎えに参りました」


 はっきりと今度は鮮明にミュウの耳に懐かしい声が届いた。


(サクラ)? (サクラ)なのか?」


 ミュウは顔を上げて、縋る様に声を張り上げる。だが、彼女の声は届かない。一方的なオープンチャンネルがシャトルを経由してミュウたちの耳に届いている。


 ざわつくようなノイズの中で(サクラ)の声が聞こえる。


「姫様には多大なご迷惑をおかけしました。しかし、わたしは決めました」


 シャトルが隠れる宙域から離れていく〔アル・スカイ〕は、追ってくる未確認機とその増援を相手に逃走劇を繰り広げる。ビームが飛び交う中を岩塊を盾にしながら、どうにか耐えている。


〔カムシャリカ〕部隊までも漁夫の利を狙うように未確認機を追い立てて、〔アル・スカイ〕へ集中させる。


 ミュウにはそんな壮絶な逃走劇が繰り広げられているとは想像もつかない。だが、ノイズの中に埋もれていく(サクラ)の声に一筋の希望を感じていた。


「あなた様と一緒にあの、星を—————、お救い、した、い……」


 そして、砂嵐のようなノイズがスピーカーを埋め尽くした。


 ミュウは静かに彼女の言葉を噛み締める。そして、震える手をぎゅっと握りしめる。


「馬鹿者。星を救うなどと、大それたことを……」


 しかし、そんなことを言えてしまう彼女をミュウは好意的に思う。


 操り人形のように命令に従っているよりも、ずっと健気で頼れる存在だ。


「お、おお。導師のお言葉」

「導師様がいらしたのか?」

「ああ、なんということだ」


 他の外交官たちは絶望的な状況の中で聞いた(サクラ)のふくよかな声に感激する。


 まるで女神が降臨したような希望にあふれた心地だった。


 ミュウは覚悟を決めて、真っ暗闇の中シートと宇宙服を固定する器具を手さぐりで外していく。

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