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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第三章
22/118

~結成~ 届けたい思い

 手配した資料は思いのほか簡単に入手できた。


 ミュウは迎賓館の自室で待機する間、薄っぺらい光学端末で出力された資料を読みふけっていた。枠線の中で光が板状に展開していることにも慣れてきた。だが、どうしても目がちかちかする不快感からは抜け出せない。


 用意をした女中が丁寧に端末の操作法をも教えてくれたこともあって、書籍のページをめくるような感覚で読めるようにはなっている。


「しかし、これで一般教養と専門分野の史実書を担うとは奇怪な……」


 ミュウはベッドにうつぶせになって、資料に目を通す。


 その姿ははしたなくもアンダーのワンピース。下着姿である。着飾ったアフタヌーンドレスを長時間も着ていられない。一人でいるときくらいは、解放感のある格好がいい。


「目がちかちかしてかなわん」


 長時間眺めて、ホログラフィに目が疲れる。


 これなら紙媒体の方が目に優しい。ついでに言うなら、重みや厚みがある方が好みである。これらのツールの技術力が高いのは認めるところではあるが、利便性が扱う者の技量を超えている。


 文字も『ファルファーラ』の言語へと自動変換されいるが、文脈がところどころ突飛な表現をしている。ニュアンスの問題なのか、すべて堅苦しい言い回しになっている。


 ミュウは文章を読むのに辟易して、足をパタパタと運動させながら流し読みをする。


 大概の内容はこうだ。


〔アル・シリーズ〕という〔AW〕は各コロニーに一機ずつ存在し、殲滅戦を考慮して作られた一騎当千の性能を搭載した機体。同朋の恨みを晴らすために、特攻した機体もあり、それによる爆発は隣接していたコロニーをも巻き込んだとされている。


 しかし、三人乗りであるという記述はどこにもない。どれも一人乗りで、機能美だけを追求していた。


〔アル・スカイ〕はそれだけ特異な存在に思えた。そして、過去の兵器とは違う系統に属している。


「結局、〔アル・シリーズ〕の実態は謎のままか。決戦兵器だのと大仰なことを言っても、機能面は全く開示されていない。ここの住民はこんなお伽噺を信じているのか……」


 ミュウは寝返りを打って、仰向けになると天井を見つめる。


 お伽噺。〔アル・シリーズ〕が『ノア』の中で悪魔的偶像となって、それに類する〔AW〕は全盛期より性能を抑え込んでいるらしい。理由は簡単。無益な戦力を保持しないため。種の存続を決意して、ようやくその血塗られた機械を破棄、封印してきた。


 結果として武力の代わりに厳しい精神構造を強いられて階級制度が確立された。存在に値する命、そうでない命。均一の価値。貴ぶモノを失って、平等を手に入れる。存在規定は生産性の有無である。


「新天地を見つけて、その事実を改めるだろうか」


 天井にぶら下がる照明を見つめてつぶやいた。


『ノア』は目と鼻の先にようやく掛け替えのない、多くの犠牲を払って見い出した『ファルファーラ』という星である。移民ができれば、これまでの社会体制から脱却して本当の尊厳を獲得するだろう。


 閉塞的な状況から離れたい、と誰だって願う。そのために息巻いて、無茶をしてしまうのも事実だ。


 その気持ちをミュウはわかる気がした。


 王室で生きて肩身の狭い思いをして来れば、外の世界へ飛び出していきたい願いも出てくる。その結果がここで寝転がっている始末。


 外交官としての目的、野心を持ってはるばる来たというのに何が得られただろうか。


 いや、欲しいものならあったはずだ。


「わらわは、レルカント領の皇女である。であるから…………、友など」


 望むべきではない。


 ミュウは胸元に手を置いて、目を細める。同世代の友人など求めてはいけない。王族として常に民の上に立ち、規範となる義務がある。子供であろうとも貴ぶべき精神があるのだ。


 友達という存在を感じたのは、あの二人が初めてだった。


 胸の奥が熱くなって、あの時ひかれた手の暖かさが懐かしいことを思い出させる。


「母上……」


 最も親しく、最も近くで肌のぬくもりを感じていた存在。


 母親の手とあの純白の少女の手が似ている気がしてならない。


 ミュウが寂しさに身を沈めていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 反射的に起き上がって、ミュウはぎょっとした表情でドアを見た。木製のドアはひっそりと日の光の影にあり、陰気な雰囲気を持っていた。


「何か?」


 弱々しい声で問うてもドア向こうの相手は聞こえていないようで、一定の間隔でノックしている。


 コンコン…………、コンコン…………。


 ミュウは煩わしい音にムッとして、ベッドから降りる。


「まったく……」


 まだ止まないノックに頭を振って、ふと自分の姿を思い出す。何か羽織るものでも、と部屋の中を見回す。


 コンコン……、コンコン……。


 間隔が短くなり、さらに強い音になって癇に障る。


「がぁうっ! 誰だ、名を名乗れ!」


 ミュウは怒気を吐き捨てて、ずんずんとドアの方へ進んでいく。服装など知ったことか。無礼千万で、一国の姫に不作法な呼び出しだ。逆に珠のような肌と艶美な肉付きを見せつけてやろうではないか。


 妙な気構えができると、さっとドアノブを捻った。それだけで施錠が解除される。


 勢いよくドアを開く。


「だ————、あ、あれ?」


 ミュウは誰もいない通路を見て、怒鳴り散らすのをやめた。絨毯と豪奢な照明が等間隔で並ぶ回廊は冷え切った風だけが流れる。


 ぽつんとドアを開いたままの態勢で、しばらく唖然とした。


「き、気のせいかの? 幽霊が出るなど、ありはせん、よな?」


 ふっと首筋に生暖かい空気が当たった。おまけに息遣いのようなものも聞こえる。


 ミュウは全身を震わせてゆっくりと周囲を見渡しながら、ドアを閉めようとしてドアノブにかかる手にそっと何が触れるような感覚を覚える。


 全身が強張って、硬直する。恐る恐る視線をドアノブを握る自身の手に向ける。


 だが、何も見えない。伝わる熱量やぞわぞわする感触だけがいまだに残っている。


「あの、もし、姫様……」


 蚊の鳴くような声が正面から聞こえた。


 ミュウはぎょっとしてドアノブの手からゆっくりと目線の高さに瞳を戻していく。動悸が早くなり、嫌な汗がどっと噴き出す。足も竦んで、今にもへたり込んでしまいそうだ。


 そして視線の先で、真っ赤な瞳がじっと彼女を睨んでいた。


 さっと血の気が引いて、目元に熱い涙の雫が溜まる。


「が、が、がぅ……」

「————っ!」


 瞬間、ミュウの体が部屋の中へと押し込まれる。赤い瞳が迫って、何かが体に絡みつく。気持ちの悪い感覚と言い知れない恐怖で頭はパニックになる。


 叫ぼうと大口を開くと、急に口元が圧迫されたように動かない。息が苦しい。


 じたばたと暴れるが無情にドアはぴしゃりと閉まって、オートロックがかかる。じわりと大粒の涙があふれ出す。この館は呪われているのでは、と怖くなってじっと見つめる赤い瞳から視線を逸らす。


「も、申し訳ございません、姫様。ご無礼を、なにとぞお許しください」


 と、赤い瞳はさっと後退して、体に絡んでいた見えない何かも解かれた。


 ミュウは肩で息をしながら、怯えながらその目を見た。よく観察すると瞳の周りを縁取ったレンズのようなものがあり、既視感を覚える。弱々しく、相手を敬う言葉遣いや声音にも覚えがあった。


 すると、部屋の風景から浮き出るようにしてテカテカのコートが跪いて現れた。続いてフードを後ろにやって、綺麗な白髪と白玉のような肌をした顔を晒した。


「あ、さ、(サクラ)……、か?」

「はい。その通りでございます。このたびは姫様にお願いを申し上げたく、不作法な訪問を————」

「ぶ、無礼者っ!」


 ミュウは見知った(サクラ)の顔を見るなりそう罵った。


 (サクラ)は猛省して、首を深く垂れる。そのしぐさはまさしく彼女らしいものであった。


 だから、ミュウも威厳を保とうとそそくさと立ち上がって垂れ下がったワンピースの肩紐を直して、赤く腫れぼったい目で彼女を見下した。


「わ、わらわを誰と心得ておる! 不届き至極である」


 ミュウは顔を真っ赤にして激昂する。


 対して、(サクラ)はおもても上げられず、ただただ謝罪と反省をするのみである。


 ミュウもひとしきり怒鳴り散らすと、大きく息を吸って呆れたように肩を落とした。


「まったく。あのオリノとかいう女の差し金か? まぁ、よい。わらわとしても、(サクラ)に頼みたいことがあったしな」

「は、はい。それはどのようなご用件で……」

「とにかく、面を上げい。座って話そうぞ」


 ミュウは(サクラ)を促して、ベッドへと歩いていく。


 (サクラ)はおずおずと顔を上げると、周囲をきょろきょろと見回しながら彼女の後についていった。


「さて、そちらの要件を聞いてやろう」


 ミュウはベッドに腰掛けると目の前で棒立ちになる(サクラ)に視線を射た。座る様子はなく、何かを警戒するように視線右往左往させている。


 その動きになんとなしの予測を口にする。


「誰もいやせん。わらわ一人。客室なのだから、監視など無粋であろうて」

「あ、はい。失礼いたしました」


 (サクラ)はどこかズレた反応をして、ようやくミュウを見据えた。といっても、弱気な赤い瞳である。


 ミュウが仕方なく要件を引き出そうと口を開こうとしたところで、(サクラ)は言った。


「あの、もう一度ご協力の件を考え直していただけないでしょうか? 姫様の故郷をお救いしたい、とロンナス様は申しております」

「あの女の言うこと。また同じことを言うのか?」


 ミュウは足を組んで、しょんぼりする(サクラ)を睨んだ。


 故郷を救いたいのは、ミュウも同じだ。それを『ノア』の住民が持ち出すというのが、作為的であると感じてしまう。事実、『ノア』の最高統制機関、元老院ですら同じことを言った。


「で? 報酬に何を求める?」

「報酬、でございますか?」


 (サクラ)が困ったように首を傾げる。予想外だったのか、口どもってしまう。


「そうだ。何だ? 移住か? 開墾させろというのか? 一国を築きたいのか?」


『ノア』が望むのは『ファルファーラ』の大地である。そのために同族で殺戮を繰り返していたのだから、終止符を打ちたいところであろう。十年の歳月、目の前にお預けの状態であったから、我慢も限界のはず。


 しかし、(サクラ)はぽつりと言った。


「……わかりません。わたしでは、決めかねます」

「決めかねますって――――。あなたはそういう見返りがほしくて、わらわに直訴してきたのではないのか? 他ではない、このわらわに」


 ミュウは頭を抱えて、苛立った声を上げる。


 (サクラ)の優柔不断さ、というのか。何一つ決めようとしないへっぴり腰なところがどうにも気に食わない。迎賓館にはそれなりの警備がある。もし発見されでもしたら、『ノア』での実刑判決だけでなく、『ファルファーラ』との交流関係すら危うくしてしまう可能性だってある。


 たった一人の女の子の失敗が国一つを滅ぼすのだ。


 (サクラ)はそのことが理解できているようで、しかし、その責任から逃れるように『わからない』とつぶやいた。何を成そうとしているのか、何をしたいのか、はっきりしない言葉。


 ミュウはそれ以外のことを期待していたが、彼女は俯いて視線を逸らす。


「ご命令でしたから……。姫様を説得せよとの指示です。でも、わたしが姫様をお引止めする理由はどこにも————」


 言い切らないうちに、ミュウは鋭い瞳で(サクラ)を睨んだ。


「ならば、わらわとともに来い」

「え、しかし————」


 驚いて顔を上げる(サクラ)。戸惑ってメガネの位置を直しながら、縮こまる。


 ミュウはすっと立ち上がるとしっかりとした足取りの彼女の前に立つ。自尊心を踏みにじられた怒りと期待を裏切られた悲しみを込めた双眸でじっと見つめる。


「理由ならある。あなたのその姿、『ファルファーラ』に伝わる『導師』と呼ばれる救世主に酷似しているからだ」

「しかし、そんな理由はっ」

「くだらないとでも? 違うな。わらわたち『ファルファーラ』に住む種族は皆、その伝説を聞き、信じて今世を生きてきた。星を作り、我らの祖先を導き、豊かな土地を与え、守る使命をくださった。『導師』は太古の英雄であったが、彼女はまた星を渡る旅に出た」

「彼女?」


 (サクラ)はそのフレーズに引っ掛かりを覚えたらしく、目を開いた。


 ミュウはそっと(サクラ)の頬に手を伸ばして触れた。びくりと震える感覚が指先に伝わった。


「そうだ。星屑の輝きを宿した白の髪と太陽のように燃える赤い瞳、ミルク色の肌をした女性。彼女は種族を平定して、争いの時代を収めもした。わかるか? 再び『ファルファーラ』に戦乱が起ている。わらわたちは同朋を守ることしか知らない。他種族との交流を絶ち、領土を守ることしか知らない」


 指先は白い肌を伝って、少し傷んだ白い髪を指先に絡めた。


 (サクラ)のルビー色の瞳が揺れる。理解しがたいのだろう。理解したくないのだろう。夢物語におぼれた女の戯言だと思っているのかもしれない。


 しかし、ミュウにはこれが真実である。協調を忘れた『ファルファーラ』の種族では今起きている侵攻軍を止める防衛線を築くことはできない。それどころか、隣国へ疑いの目を向けて戦火を広げるやもしれない危険性もある。


 それを止めなければ、すべてが侵攻軍の思うつぼである。


 だから、強く言った。


(サクラ)。ともに『ファルファーラ』へ降りて、隣国の仲を取りとめてほしい。さすれば、故郷を救えるのだ。奴隷ではなく、英雄として一生幸せに暮らせる」


 ミュウは本気だった。


 伝説上の英雄像を持ち出して、疑心暗鬼になっている種族間を取り持とうと考えている。各地に散った英雄譚という共通価値観は話を早くして、その英雄の一声は多くの種族を奮い立たせるだろう。


「だから、『ファルファーラ』をまとめ上げる導師になってもらいたいのだ!」


 ミュウの言葉に、(サクラ)は絶句する。


 何がどうなっているのか、思考の範疇を超えて混乱している。無理もない。自分で何かを決めることのできない少女が、いきなり人の上に立つというのはそれだけでかなりのプレッシャーだ。


 ミュウは彼女の髪から手を離して、その肩に乗せようとした。


「わらわを信じてほしい。そうすれば、うまくまとめて見せよう」


 と、その下ろす手は空を切った。


 (サクラ)が身を引いて、弱々しく頭を振っている。


 拒絶。彼女ははっきりとミュウ・ミュレーヌ・レルカントの誘いを拒んで見せた。


 そのことが、ミュウの中にあった期待を砕いて、頭に血が上った。


「そうか……。あくまで、あの女の言いなりというのだな?」


 ミュウはどすの利いた声で言って、目頭が熱くなっていくのを無視した。


 彼女を支えてやれると思った。そして、酷い人生を歩んできた彼女を救えると思った。『ノア』の一〇〇〇万人を救えなくとも、(サクラ)・マホロバを助けることはできると。


 そして、願わくば…………。


 しかし、それらはすべて妄想で終わってしまう。いや、終わらせるにはまだ早い。


 怯える(サクラ)に背を向けて、素早くベッドのわきにあるコール用の装置に手をかける。


 (サクラ)も一拍遅れて、彼女の動きに気付き近づこうとして。


「動くなっ!」


 あらん限りの気迫でミュウは(サクラ)を制した。


「あなたが許諾しないならば人を呼ぶ。そうなったら、ここから脱出できると思うか?」


 脅迫して、(サクラ)を威嚇する。


 彼女の利用価値は前に切り捨てたはずだ。だが、今になって、(サクラ)の容姿はある種可能性があるのではと考えてしまう。


 もうすぐ帰ってしまうことへの焦り。功績を上げなければという自責。


 ミュウは自分が来た理由を頭で反芻して、わずかな可能性も逃がすつもりはない。反目するように、胸の内ではただただ悲しくて、身が引き裂かれそうな思いだった。


 どうして建前だけで会話してしまうのか。自分が皇女だからか。彼女が最下級の身分だからか。違う星の生まれだからか。


 気持ちに素直になれない二人の間に張り詰めた空気と葛藤が渦巻く。


「…………っ」


 (サクラ)は唇を震わせ、悲しい目をした。


 ミュウはその表情に胸が痛んで、抉られて、思わず緊急呼び出しボタンを押した。


 ほぼ同時に(サクラ)は駆けだして、部屋を後にする。


 鳴り響くベルの音が迎賓館を包んだ。誰もが息を飲んで、警備員たちが慌てて動き出す。


「…………」


 ミュウは煩わしいベルの音を聞きながら、足からその場に崩れ落ちる。悔しさに歯噛みして、熱い涙をぽたぽたと流す。その雫は固く握りしめた拳にはじける。


 一方で光学迷彩で姿を透明化した(サクラ)も潤んだ瞳で廊下を駆け抜ける。フードの内側にあるスピーカーからオリノの指示が飛び、それに従った。


 (サクラ)はそうしている自分に嫌悪した。


 最後に見たミュウの辛そうな顔と頬を伝う雫の輝きが頭から離れない。

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