~結成~ 潜入作戦
のどかなお昼の日差しがさんさんと降り注ぎ、行きかう車も少ない。迎賓館という形ばかりの記念館の立地は閑散とした場所にあった。
そこへ家電修理会社のロゴをつけたワゴンが颯爽と向かう。自動運転で目的地まで安全運転を約束しし、スモークの入った車窓は外から車内の様子など見えない。そもそも、このワゴンが偽装車であるとは誰も思うまい。
車内では桜、勇子、オリノの三人がミーティングをしていた。その空気は重々しく、二人の少女は気が進まない様子で話を聞いていた。
「えー、これから姫様説得作戦を敢行するわけだが、役割はわかっているな?」
運転席を後部座席側に向けながらオリノは心底楽しそうに言った。その格好はきちっとしたつなぎ姿で家電修理業者のマークもしっかりとプリントされている。
勇子は釈然としない。同じ服装をしながら、サングラスの奥から鋭い視線をオリノに向けた。
「所長。これは犯罪です」
「こんなちっぽけなルール違反、惑星間の中を取りとめる偉業の前にはちんけなことよ」
「そういう問題ではありません。いやらしいというのです」
「どこが? 正面切って会わせてくださいで、会えるわけないでしょ? 昔から正面突破よりは裏口潜入よ。代表的なラブロマンス、知らない?」
剽軽に言うオリノに、勇子はふんと鼻を鳴らす。
「知りませんよ」
オリノは残念と肩を上下させる。
その二人の様子を桜はおたおたと見比べて、何も言い出せずにいた。彼女だけは全身をすっぽりと覆い隠すレインコートのようなものを着て、それに合わせパンツとシューズも穿いている。
「だいたい、どうして姫様なんですか? ほかにも候補者はいるのではないのですか?」
語気を強めて勇子は言った。
「いないな。言っただろ? 姫様には星の案内と仲介人になってもらった方が色々と手間も省ける。それに、彼女もこちらにまだ未練もあるだろうしね」
オリノは冗談めいた微笑をうかべながら、後部座席で肩を寄せて座る桜に視線を移す。
ハッとなる桜であったが、すぐにしょんぼりと肩を落として、赤い瞳を右往左往させる。初々しいといえば可愛らしいが、まだまだ人づきあいが苦手な様子。
勇子は弱腰な彼女にため息が手てしまう。
「まったく、わかりませんよ……。桜も何か言ったらどうなの? こずるいって思うわよね?」
「あ、え、えぇ…………」
桜は俯いて、それっきり黙ってしまう。
オリノはそのよそよそしい態度に不安を覚えながら足を組んだ。
「もう少し張り切ってもらいたいな。一応、潜入は君なんだから」
「あ、はい。頑張ります……」
桜は苦い口調でぼそぼそとつぶやく。
そんな大役が務まるのか、という不安ばかりが募る。士気はまったく高まらない。身にまとう雨具らしいものは偏光迷彩機能を備えたステルス装備だ。以前、オリノが使って見せた不可視状態になることができる。
「変わりましょうか?」
勇子が申し出る。自信がない人にやらせても、リスクばかりが大きくなってしまう。なら、自分が率先して遂行しようという考えだ。
「それはダメだ。彼女がやるからこそ、意味がある」
勇子の提案をオリノが真っ向から却下する。
「桜は目立つ。ま、仕事はちゃんとできる子だし、お姫様も気に入っている。適任だよ」
勇子はオリノの飄々とした物言いに眉根を寄せる。
桜の容姿は確かに目立つ。『ノア』の中で白髪白肌、赤眼の少女はあまりに有名だ。最低階級の彼女をおいそれと人前にさらすのは危険だ。今回は家電修理会社の体を借りて、潜入を試みるのだ。上流階級が集まる場所に最低階級の少女を迎賓館に入れてくれるはずがない。
一層不安そうに肩をすくめる桜にミュウを説得する度胸があるか。そこが勇子の懸念しているところ。
オリノはふっと短く息を吐くと芯のある声で言う。
「桜」
「は、はいっ」
急に呼ばれて、桜は背筋を伸ばす。
「自信を持て。連れてくるのは、君なんだぞ?」
「はい……」
「うむ……。お姫様が嫌いか?」
「めめ、滅相もございません。わたしのような隷属にお優しい方で……」
思い出すのは、ミュウの期待に満ちた表情。そして、落胆した表情。
桜は彼女が自分に何を求めていたのかわからない。確かめてよいものかも、正直迷っている。
「本当にそうかな?」
俯く桜にオリノが意味深な微笑みを浮かべる。
勇子が眉を吊り上げる。彼女の考えることはろくなことがない。気ままな行動で己の目的を果たそうとしている。短い付き合いからは、そう感じた。
「彼女は仮にもお姫様。自国の建前もある。そんな彼女だ。どうして君に興味を向けたのか、不思議とは思わないか?」
「えっと……」
「あの子もあの子で、色々悩んでるんだ。聞いてあげるのが、人情ってものだ。できるな?」
「人情、ですか?」
桜はきょとんとして、言葉の意味を熟考する。
人情と言われても、彼女にはどうすることもできない。身分の違いに縛られて、言葉を交わすのも咎められている。そして何より、話を聞いたところで力になれるかどうか。
ミュウ・ミュレーヌ・レルカントを説得して同行してもらう。話をしないわけにはいかない。だが、時間は限られている。その中で一体、何を聞けばよいのかわからない。
勇子がフロントガラスに見え始めた迎賓館の屋根を睨んで言う。
「もうすぐ目的地につくわ」
「問答はここまでにして頑張りましょうか? 星の命運とやらをかけて」
「冗談ですよね、それ?」
勇子が情緒的に言うオリノに不信の目を向ける。
ことあるごとに星の命運だの、『ノア』のためと言っているが、全体像ははっきりしない。未確認勢力を叩くために〔アル・スカイ〕を送りすのはいい。しかし、個人レベルで準備を進めていたことに未だ疑問が残る。
「桜、偏光迷彩を起動してみてくれ」
オリノが命じた。
桜はそれに従って、偏光迷彩のフードをかぶると袖口にあるコンソールを操作する。偏光迷彩が一瞬、虹色の光沢を見せて次の瞬間には車内の光景と同化する。
オリノと勇子はそれを間近で確認する。
「好調だ。くれぐれも目元と足元には気を付けるように。特注のパンツとシューズとはいえ、足音まではごまかしが利かないし」
「かしこまりました。しかし、目元は……」
桜は庇の部分をちょいちょいと引っ張って深めに降ろそうとするも、どうしても目の高さまで下がらない。
「本来ならバイザーがあるんだが、復元できなくてね。俯いて歩けば、問題ないだろ?」
「無責任ですね」
勇子は欠陥品を値踏みするように桜のメガネと双眸が浮かんだ個所を見た。
うるっと彼女の目元が揺らく。睨まれたと感じたのだろうか。
「では、よろしくやろうじゃないか? 準備はいいな?」
言って、オリノは座席を反転させて前を向く。自動運転を解除して、迎賓館を取り囲む柵を横目にし、守衛が佇む正門へと近づける。
勇子は真剣な顔つきになって、サングラスを取る。それから、束ねた髪を隠すように作業帽を目深に被る。青い目を見られたくないのだ。
そして、どんな計略をオリノが抱えているか、考えるのをやめる。『ノア』が襲撃を受けた現実が起きてしまった以上、『ファルファーラ』との確執はさらに溝を深めたはず。死んでしまった父のことを考えると、それは本望ではない。
ワゴン車は検問の前に来ると停車して、守衛を待った。守衛は三人。一人は運転席へ回って、車窓を開けるオリノと応対をする。
「身分証明は?」
オリノは守衛に微笑んで、ダッシュボードから一枚のカードを取り出す。
「こういうの信用に値すると思う?」
「ずいぶんと古いデバイスだ」
「古い会社なの、ご存知でしょう? ここの機械が古いもんだから、あたしみたいなのたたき起こされるの」
「あんた、冬眠から起きたばかりかい?」
「つい先日にね」
守衛はオリノの世間話に気を許して、カードを汎用検出器にかける。それが偽装カードであることなど露も疑わず、表示された拡張スクリーンのデータが『本物』であると認証する。検出器は業者のメイン・コンピューターと政府直轄のデータバンクとの照合を一瞬にして行うもので、結果が白なら疑う余地はどこにもないのだ。
「おい。窓を開けてくれ。スモークが酷いぞ」
「すみませんね。何しろ、古い車種でね」
オリノは運手席の窓に腕をかけて、ワゴン車を見て回る二人の守衛に言った。
彼女の操作で、後部座席の窓が全開になり、守衛たちが訝しんだ瞳で車内をくまなく見まわす。彼らの目には後部座席に一人の作業員が認められるだけで、あとは何も見えなかった。
「————っ」
その間、桜は息を殺して、身じろぎせず待機する。呼吸の一つ、衣擦れの音一つ、至近距離にいる守衛には聞こえてしまう。
どっと汗が噴き出して、今にも声を上げてしまいそうな緊張感が襲い掛かる。
すると、隣でじっとしていた勇子が守衛の一人に言う。
「荷台の点検はしなくていいんですか?」
「おお、そっちから言うとは何かあるのか?」
「何もないことを証明したいだけです」
勇子はしれっとした様子で言って、後部のスライドドアを開けて降車する。
守衛たちは彼女の動きを不審に思って、そちらに注目する。
「お連れは一人で?」
「そんな大がかりなものでもないでしょう? あれで、あたしより年上なんですから。色々と微妙なんですよ。気難しいんです」
「そりゃぁ、これを見ればね」
オリノは軽口を言って、運転席につく守衛が拡張スクリーンを指差して苦笑した。そこには偽物のプロフィールが映し出されている。
勇子は淡々と後部に回って、ワゴン車の荷台を開けて守衛二人を呼んだ。後部座席と一体になっている荷台には工具や機材が綺麗に整頓されて積まれている。
守衛二人が感心した風に荷台に目を走らせて、不用意に手を伸ばす。
「手、汚れますよ」
「ああ、これはご丁寧に」
凛とした勇子の声に守衛が恐縮して、姿勢を正す。同僚はその様子を笑って、片手間に荷台の機材を眼だけで確認する。
と、ゴトンッと車体が揺れて何かが落ちるような音がした。
守衛三人が顔を上げて、緊張した視線を周囲に向ける。
「なんだ?」
「そっちで何かあったか?」
「いいや。何でしょうね?」
運転席につく守衛がオリノに尋ねる。
対してオリノはどこか得心したように手を叩いて、長い髪を掻き揚げる。
「まいったね。この車、バッテリーが不調だったんですよ。エンストしちゃったかな」
その言葉に守衛も納得したようで、普段通りの手続きをした。
勇子も守衛二人に説明して、解散させる。それから一瞬だけ、迎賓館に続く道を見た。
「頼むわよ……」
その呟きは車内から出て行った桜には届かないだろう。
桜は手筈通り、空いた窓から抜け出して一足先に迎賓館へと走っていく。オリノと勇子のことが心配だったが、彼女たちの応対を見ては自身の方が危ういと実感するのである。




