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鬼さんと私(3)

 ―― ……コンコン


「オーナー」


 より深くと唇を開いたところで、聞こえたノックの音にユーナはびくりと肩を強張らせた。


「ん、んーっ!」

「気にすることありません」


 気にします! 気にしますっ! 気にしますから離してぇっ!!

 身を捩っても、離れない。

 尚も続いたノックの音に「入りますよー」の声、嫌だ嫌だ嫌だっ! 私に他人に見られて悦ぶような性癖はないっ!! と、力の限りで足を蹴り上げようとしたユーナを、今度はあっさり離して、すっと立ち居を正したルイは「どうぞ」と何事もなかったように答えた。


 ―― ……カチャ


「頼まれてた書類揃ったんだけど」


 いいつつ部屋に入室してきたロナは、机の傍で足を止め怪訝な表情で眉を寄せた。


「―― ……ここだけ何があったんだよ」

「何も、ちょっとお茶を零してしまっただけです」


 ロナは、荒れた机上を見て「ふーんっお茶、ねぇ……」と意味ありげに瞳を細める。それを微塵も気にすることなく、ルイは机上の湯飲みをすっと起こした。


「―― ……」


 机の下に潜り込んで、きゅっと膝を抱えて丸くなったユーナの心臓はばくばくいいっぱなしだ。開いた胸元を慌てて直し、間に合って良かったよぉ、胸を撫で下ろす。

 そして、息を吐ききって揃えた膝に額を擦り付け、深呼吸。浮かんだ涙も序に擦った。


「ユーナがここに来たと思うんだけど」


 どきりとロナの台詞に身を縮め、反射的に「それなら」と足元にふりそうだったルイの弁慶をがつっと蹴った。


「っ!」


 と息をつめたのに、すみませんと心の中だけで詫びた。


「何?」

「い、いえ、なんでもありません」

「まあ、居ないなら良いや……いーんだけど……あんまり苛めるなよ?」


 ちらと机の下へとロナが視線を走らせたことは秘密……。


「余計なお世話です」


 これは書類。と当初の用事だった紙の束とファイルを濡れていないところにぱさりと載せて、ロナは退室した。

 扉の閉まる音、そして、足音が遠ざかっていった音が聞こえなくなると、はぁ、とユーナは胸を撫で下ろした。

 ぎしっと傍にあった椅子が軋む音に顔を上げると、ルイが腰を掛けたようだ。


「いつまでそこに居るんですか?」

「意地悪ですね」

「それは貴方でしょう」

「は?」


 予想外の台詞にユーナは顔を上げた。

 皺のないスーツ――ユーナが蹴った部分だけが微妙に皺が寄っていた――に綺麗に磨き上げた靴くらいしか見えない。


「僕を妬かせて楽しいですか?」

「……はぁ?」


 ユーナの頭には疑問符しか浮かばない。


「人が忙しくしているというのに、小さきものとあれが走り回るのを見ている姿は家族みたいでしたよ」


 組んだ足先が苛立たしげに揺れている。

 庭でロナが追いかけられていた姿でも目にしたのだろうか? 料理長はキッチン台の下で丸くなってがくがく震え集中攻撃を受けていて見ているほうが切なくなったから……。


 ―― ……家族、か。


 思わず抱えた膝の上に顎を乗せて、ふふっと笑いが零れてしまった。


「何が楽しいんですか」


 不機嫌そうに机の下を覗き込んできたルイにユーナは「いいえ、別に」と尚笑みを深めた。


「え、ちょっ」


 そして、伸ばした両腕をルイの首へと回しずるりと引き倒す。


 ―― ……鬼さんこちら……


 動揺するルイにそのまま唇を重ねれば、背後で派手な音を立てて椅子が倒れた。


「鬼も福も招き入れるところもあるんですよ?」


 柔らかく唇を食み、鼻先が触れる距離でふと驚いて出てしまった耳が目に付いた。角にしては余りにも愛らしい造形だと思う。可愛くて、掴んで揉んで引っ張って、ああ、でもそれでは動物虐待に……。むずむずと沸いてくる僅かな嗜虐心。それが解消されることはないというのに、見るたびに沸いてきてしまう。

 元来うさぎが愛らしい動物なのがいけないと思う。どうにも出来ないと分かっているのに、時折ルイが余りにも子どもっぽい嫉妬をするから余計に、どうしてやろうかとつい思ってしまう。

 そんなことを考えてふわふわとした幸福感に包まれたところで、ルイの溜息と、愚痴のような台詞が零れる。


「―― ……どうしてもユーナは僕を鬼にしたいわけですね」


 首に回した腕を頭頂部に運び思わず両耳掴んでしまっていたユーナは「あ」と漏らした。

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