96話 調査に向けて作戦会議
蒼太と碧羽が目を覚ましてから、およそ二週間が経った。
防災対策課の医療棟で病室を出ると、静かな廊下で、俺――橙真は動けるまでに回復した蒼太と碧羽と合流した。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
朝の挨拶が終わったところへ、風宮さんと花江さんがやって来る。
「三人とも、体調はどうだ?」
「問題ありません。もう大丈夫です」
俺が真っ先に答えると、蒼太も胸を張るように言葉を重ねた。
「俺も普通に歩くくらいなら、もう大丈夫です」
「私も、大丈夫です」
碧羽も力強く頷いてみせる。
「そうか。なら、全員会議室へ向かうぞ」
「「「はい」」」
風宮さんの後ろに続き、俺たちは廊下を歩き始めた。
しばらくして会議室へ到着する。
***
ドアを開けると、室内にはすでに数人が集まっており、俺たちを待っていた。
「よし、これで揃ったな」
風宮さんが前方に立つ。
俺たち三人も、それぞれ席に着いた。
「今回、俺たちが現地調査へ向かうのは、先日、戦闘を行った神社だ」
配られた資料に目を通す。
「だが、ただ境内の様子を確認するだけではない」
資料の地図には、赤いマーカーでいくつかの地点が示されていた。
「この神社とその周辺では、今回だけでなく、それ以前にも邪神体の発生が確認されている」
蒼太が身を乗り出すようにして、資料を見つめる。
「やっぱり、この神社周辺で連続して発生しているんですね」
「ああ、その通りだ」
風宮さんが重々しく頷く。
「単なる偶然なのか。それとも、ここに邪神体を引き寄せる原因が存在するのか。今回はそれを確かめる」
続けて、花江さんが補足する。
「神社の境内と、周辺で過去に邪神体が出現した場所を調査していきます。あらかじめ言っておきますが、今回は敵と交戦することが目的ではありません」
風宮さんが鋭い眼光で俺たち三人を見回した。
「もし現場で何か異様な痕跡や異常を発見したら、どんな些細なことでも、まず俺へ報告すること。分かったな」
「「「分かりました」」」
俺たちは息を合わせて返事をする。
風宮さんが資料の地図を指し示した。
「現地に到着したら、三班に分かれて手分けして調査を開始する。日向と俺は北側エリア、水沢と光莉は南西側エリア。そして風間は防災対策課の職員たちと共に、神社の境内を中心に調べてくれ」
「「「了解です」」」
「よし、それじゃあ、さっそく出発――」
風宮さんが歩き出しかけたところで、ふと立ち止まった。
「と言いたいところだが。そういえば」
「……?」
俺たちが顔を上げる。
「水沢と風間、お前たちのスマホは動くか?」
蒼太が思い出したようにポケットから端末を取り出した。
「あ」
スマホの画面は真っ暗なままで、一切の反応を見せない。
「完全に壊れてるな」
碧羽もポケットから自分の端末を取り出し、首をかしげた。
「私も、電源が入りません」
それを聞いた風宮さんが、小さく溜息を吐く。
「やはり壊れていたか」
俺は二人の破損した端末を交互に見た。
「二人とも、邪神体の攻撃で激しい衝撃を受けていたからな」
「たしかに。橙真の壁がなかったら、さらに危なかったな」
蒼太が少し俯いて呟く。
「俺は風宮さんから新しいスマホをもらったけど」
「もしかして、俺たちの分もあるんですか?」
「当然だ。用意してある」
風宮さんが近くのデスクに置いてあった二つの小さな箱を取り上げ、二人へ差し出した。
「現地での連絡手段がなければ、調査にならないからな」
蒼太が恐縮した様子で箱を受け取る。
「いいんですか?」
「必要経費だ。お前らは気にすることはない」
碧羽も丁寧に両手で箱を受け取った。
「ありがとうございます、風宮さん」
二人が慎重に箱の蓋を開ける。
中には新しいスマホが収められていた。
「初期設定と通信データの移行は、すべてこちらで済ませてある。以前の内部データも、概ね復旧してある」
「本当に助かります」
蒼太が新しいスマホを手にして、画面を確認する。
碧羽も無事に起動した画面を見て、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「今度は壊さないように、慎重に扱えよ」
「善処します」
蒼太が苦笑いを浮かべる。
緊張感の漂っていた会議室に、小さな笑いが広がった。
「それでは、今度こそ出発するぞ」
***
風宮さんが表情を引き締めて立ち上がる。
俺たちもすぐに席を立ち、彼の後に続いた。
会議室を出た俺たちは、そのまま地下駐車場に停車している専用車両へ向かった。
それぞれ車に分乗し、静かなエンジン音を響かせながら目的地の神社へ向かう。
車窓を流れる街並みは、少しずつ建物の数を減らしていく。
やがて、見覚えのある山道の景色へと移り変わっていった。
そして――。
「見えてきたな」
助手席の蒼太が窓の外をじっと見つめながら呟く。
鬱蒼とした木々に囲まれた、目的地の神社が見えてきた。
車が停車し、ドアを開けて外へ出る。
境内へ一歩足を踏み入れた瞬間、俺はその悲惨な光景に息を呑み、言葉を失った。
激闘の爪痕が、生々しく残されていた。
石畳は粉々に砕け、地面には地割れのような無数の亀裂が走っている。
周囲の立派な木々も半ばからへし折れ、神社が持っていたかつての格式は、見る影もない。
「想像以上にひどい状態ですね」
花江さんが胸を痛めるように呟いた。
「これでも、邪神体そのものが消滅した後の状態なんですよね……」
碧羽が周囲の痛々しい光景を見回しながら言う。
「ああ。だからこそ、この瓦礫の中に何か重要な手がかりが残っていないか調べる必要がある」
***
俺たちは、あらかじめ決められた通り三班に分かれた。
「日向、行くぞ」
「はい!」
俺は風宮さんと共に、北側の山林エリアへ足を進める。
蒼太と光莉さんは南西の広域エリアへ。
碧羽と職員たちは境内の中心部へ。
それぞれの担当場所へ向かい、調査を開始する。
俺たちは手元の地図を確認しながら、過去に邪神体が発生した地点を目指して歩き始めた。
神社に残された、凄惨な戦いの爪痕。
その奥に、一体何が待っているのか。
俺はまだ、それを知る由もなかった――。




