81話 天使たちの戦い
先頭に立つ私は、身の丈ほどもある大剣を肩へ担ぎながら、激しく波立つ川面を見つめていた。
「……そういえば」
ふと視線を落とし、後ろを振り返る。
「カマエルはどうした? 最近、姿を見ていないんだが」
その言葉に、後ろに控えていた天使――ラファエルが穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「あの子はあの子で、今やるべきことをやっているんじゃないかしら?」
「……そうなのか」
私はそれ以上追及することなく、再び川へ視線を戻した。
その瞬間だった。
***
――ゴォォォォォッ!!
地響きのような重低音とともに、川の中央が山のように激しく盛り上がる。
濁流を切り裂き、圧倒的な影が水中から姿を現した。
現れたのは、八つの首を持つ巨大な蛇。
その八つの首には、それぞれ不気味に輝く赤い眼が埋め込まれている。
水そのものを身にまとった、巨大な蛇の邪神体だった。
一つの首が激しい渦を巻き起こし、別の首が濁流を押し寄せる。
さらに別の首が、天を突くほどの巨大な水柱を爆発的に吹き上げた。
「来るぞ」
私は大剣を構える。
***
「ラファエル」
「はい」
穏やかな気品をまとった天使――ラファエルが一歩前へ出る。
掲げられた神杖から、まばゆい黄金色の光が一気に広がった。
光は天使たちを優しく包み込み、巨大な結界へと変わっていく。
「結界、展開します」
――ドォォンッ!!
巨大な水柱が黄金の結界へ激突した。
激しい轟音とともに、大量の濁流が弾け飛ぶ。
しかし――結界の内側へ、一滴の水すら侵入することはなかった。
「ウリエル」
「右の二つの首を抑える」
長槍を握り締めたウリエルが、しなやかに駆け出す。
迫り来る二つの首へ一気に接近し、槍を振るう。
――ガァンッ!!
鋭い一撃が蛇の首を弾き、その巨体を大きく逸らした。
「ラグエル」
「ははっ! ようやく暴れられるな!」
巨大な戦斧を担いだラグエルが、豪快に踏み込む。
「おらぁっ!!」
――ズドォンッ!!
振り下ろされた戦斧が、地面を砕く勢いで振り抜かれる。
迫っていた二つの首が、まとめて吹き飛ばされた。
「サリエル」
「……絶対に外さない」
陣形の最後尾から、サリエルが静かに弓を引き絞る。
――シュンッ!
放たれた矢が空気を切り裂く。
続けて、もう一本。
――シュンッ!
二本の矢は寸分の狂いもなく、それぞれ別の首へ突き刺さった。
「ギィィィィッ!!」
邪神体が苦痛に満ちた咆哮を上げる。
残る首が一斉に天使たちへ襲い掛かった。
***
その中心へ向かって、私は踏み込む。
――ドンッ!!
一瞬で距離を詰め、大剣を横薙ぎに振り抜いた。
襲い掛かってきた水の奔流が、真っ二つに切り裂かれる。
それでも邪神体は止まらない。
八つの首が次々と水流を操り、激しい波状攻撃を繰り出してくる。
だが、天使たちの連携が乱れることはなかった。
ラファエルが結界で攻撃を防ぎ、ウリエルとラグエルが敵の動きを抑える。
その隙を、サリエルが正確に射抜く。
そして最後に――私が敵の懐へ入り込む。
「……あいつの核は全員見えたか?」
「もちろん」
「いつでもいけるぜ!!」
「ああ」
私は大剣を構え直す。
「それじゃあ、そろそろ決める」
その一言が合図だった。
四人の天使が一斉に動く。
私の大剣。
ウリエルの槍。
ラグエルの戦斧。
そして、サリエルの矢。
四つの一撃が、残った首へ同時に叩き込まれた。
――パリンッ!!
八つの首に宿っていた赤い核が、同時に砕け散る。
「ギィィィィィィッ!!」
断末魔の叫びを上げた邪神体の身体が、大きく震えた。
次の瞬間――巨大な蛇の身体は無数の黒い粒子へと変わり、夜空へ舞い上がりながら静かに消滅していった。
***
――ゴゴゴゴゴ……!!
邪神体が消滅しても、戦いは終わらなかった。
邪神体の身体に残されていた莫大な水害エネルギーが一気に溢れ出し、川が激しく暴れ始める。
濁流が堤防を越え、周辺の街へ押し寄せようとしていた。
「ここから先へは行かせない」
ラファエルが神杖を地面へ突き立てる。
――ズズズズズ……!
神聖な黄金の光が川全体へ広がり、巨大な結界が形成されていく。
押し寄せる猛烈な濁流を、結界が真正面から受け止めた。
「……これで、しばらくは大丈夫ね」
ラファエルが小さく息を吐く。
私は結界の向こうで暴れ続ける濁流を見つめ、安堵の息を吐いた。
「橙真たちの戦いも、無事に終わっているといいが」
そう呟き、周囲を守る仲間たちへ振り返る。
「私は一度、橙真のもとへ戻る。お前たちはどうする?」
「私たちは、このままここの監視を続けるわ」
「了解した」
私の身体を、まばゆい白い粒子が包み込む。
その姿は綺麗な光を残しながら、静かに夜空へ溶けるように消えていった。
残された四人の天使は、その場に留まり、光の粒子となって川を見つめ続けていた。




