16話 田んぼ道
「やっと休みだー……」
蒼太が大きく伸びをする。
「まだ土曜もあるだろ」
橙真が少し呆れたように言う。
「部活ない金曜日が一番いいんだよ」
「お前らしいな」
校門を出た2人はいつもの帰り道を歩いていた。
制服姿。
夕方の風。
まだ何も知らなかった頃。
蒼太が前を指差す。
「コンビニ寄ってくか?」
「またかよ」
「新しいアイス出たらしいぞ」
「それ昨日も言ってなかったか?」
「今日は本当に出たんだよ」
蒼太は笑いながら走っていく。
橙真もその後を追った。
店を出る頃には空が赤く染まり始めていた。
蒼太はさっそくアイスの袋を開ける。
「うんまーい」
「まだ歩き始めて数分しかたってねーぞ」
「アイスはなあ早いほうがいいんだよ」
「まったく意味がわからん」
蒼太は笑いながら歩く。
しばらくして、ふと空を見上げた。
「高校は地元に戻りたいよなー」
橙真は少し前を見る。
「……そうだよな」
「高校生になるくらいには帰れねぇかな」
「どうだろうな」
蒼太が小さく息を吐く。
「やっぱ地元の高校行きたいんだよな」
「まだ先の話だろ」
「そうだけどさ」
少しだけ沈黙が流れる。
遠くの空が赤く染まっていた。
しかしすぐに蒼太が笑う。
「まあその前にテストか」
「そっちの方が問題だな」
「やっぱりそうだよな」
2人は少し笑った。
住宅街を抜ける。
やがて広い田んぼが見えてきた。
蒼太が前を指す。
「今日はこっちから帰ろうぜ」
「田んぼ道?」
「あっちのほうが近いし」
橙真は少し考える。
「まあいいけど」
2人は細い道へ入っていった。
風が吹く。
カエルの鳴き声。
揺れる稲。
のどかな帰り道だった。
少し離れた場所。
碧羽は一人で帰り道を歩いていた。
同じ中学。
同じ学年。
だが橙真や蒼太とはほとんど話したことはない。
部活動を終えた帰り。
静かな住宅街を歩いている。
その時。
ふっと風が止んだ。
碧羽が足を止める。
「……?」
妙な静けさだった。
さっきまで吹いていた風が消えている。
髪も揺れない。
碧羽は田んぼの方向を見る。
しかし何も見えない。
「気のせい……かな」
再び歩き始める。
だが胸の奥に小さな違和感だけが残った。
田んぼ道。
蒼太が歩きながら言う。
「平和だなー」
「急にどうした」
「いや、なんとなく」
その時だった。
風が止んだ。
蒼太が足を止める。
「……あれ?」
橙真も立ち止まる。
さっきまで聞こえていたカエルの声が消えていた。
静かだった。
不自然なほどに。
蒼太が辺りを見回す。
「なんか静かじゃないか?」
橙真は前を見る。
田んぼの一角。
泥がゆっくりと揺れていた。
ぽちゃん。
泥が跳ねる。
蒼太が眉をひそめる。
「蛙か?」
しかし。
泥は止まらない。
ぼこり。
ぼこり。
地面が盛り上がる。
橙真の表情が変わる。
「……なんだ?」
泥が集まる。
土。
泥。
枯れ草。
それらが絡み合い、一つの塊になっていく。
蒼太が一歩後ろへ下がる。
「嘘だろ……」
ゆっくりと。
それは立ち上がった。
人のような形。
だが人ではない。
夕日を背にした巨大な泥の影。
泥がぼたぼたと地面へ落ちる。
重い音だけが田んぼ道に響く。
橙真は言葉を失った。
蒼太も動けない。
その影がゆっくりと2人の方を見る。
泥の奥で赤黒い光が揺れた。
蒼太の声が震える。
「……なんだよ、あれ……」
巨大な影が、一歩踏み出した。




